第234話 ラムネの特技
我が家の池の門番、ウォータースライムのラムネには様々な特技がある。
空中に水文字を書くのはそのうちの上澄みと言ってもいいレベルだ。
スライムに共通する、毒物の除去やゴミなどの処理も特技というよりは習性に近いと言える。
ウォータースライム特有の、水の浄化能力や水魔法も自然と出来るので特技というには少し弱い。
では特技とは一体。
お見せしよう……ラムネの特技を!
俺はそっとコップにそれぞれの水を入れる。
全てが異なる場所で採取した俺のストックなのだが、利き酒ならぬ利き水がラムネには出来る。
最初の水を取り込むと、ラムネはドヤ顔のようなもの(ぷるぷるしてるだけだけど)を浮かべて答える。
『リッツベルク子爵領の北にある森の中の川ですね』
正解だった。
では次。
『これは亜人の村の近くの池の水ですね』
素晴らしい。
では最後だ。
『ふっ……これは素人でも分かりますよ』
だよな。
「『オアシスの水』」
俺とラムネは固く握手をする。
ウォータースライム……凄すぎるなぁ。
「いえ、素人でも分かりませんってば。というか何で二人とも当たり前のように分かってるんですか」
俺とラムネが分かりあっていると、見ていたトールが呆れたようにそんなことを言う。
やれやれ……
「トールよ。例えば剣術を語る時、俺とフレデリカ姉様ではそれぞれと語ることが違うだろ?つまりはそういう事だよ」
「いえ、例えが致命的に下手くそで分かりませんから」
「要するに、雑魚な俺と最強の姉様とでは剣術での話のレベルが違うのと同じってこと」
というか、トールの場合は素で天才な姉様と当たり前のように話せてしまうので雑魚と呼ぶにはかなりの差だけど悲しいのでそんな事言わない。
「俺から魔法がなくなったら何も残らないしなぁ……」
「自覚がないだけで、殿下の場合は剣術もかなりヤバいですけどね」
いやいや、フレデリカ姉様の戯れに着いていくのがやっとな俺なんて剣術は雑魚も雑魚。
魔法しか取り柄ないので、それが無かったらと思うとゾッとするよ。
それはそれとして、いつも稽古に付き合ってくれる姉様には感謝しかないけど。
息抜きになってればいいなぁとしみじみ思う。
「さてと……ラムネ、今日もお風呂お願いね」
そう言うと任せろと言うようにぷるんと揺れるラムネ。
水のエキスパートが来たので、我が家の風呂事情は少し変わった。
これまでは、魔道具で水を繋いで温めていたけど、ラムネは何と無から良質な水を生成できる上に、どういう訳か器用に炎系の魔法まで操って温かいお風呂にしてくれる。
しかも、俺の記憶の一部……知識と言うべきか?
それを俺が魔法で伝えると、前世の温泉のお湯まで再現して見せた。
入ったことはないけど、効能や水質なんかは無駄に覚えており、それを忠実に再現してくれる。
天然の温泉を掘ろうと思っていた矢先に来てくれたので感謝しかない。
テレビや雑誌、資料くらいしか見たことがなくても憧れの温泉は山のようにあった。
入れないからこそ強く惹かれる。
今世の俺の風呂への情熱を理解できるのもまた、ラムネくらいだろう。
婚約者達もお風呂は好きなんだけど、俺とラムネの好きとは少し方向が違うので仕方ない。
それでも分かってくれるだけで嬉しいのだけどね。
好きな人に好きなものを共有して分かってもらう……これ以上の幸せはないだろう。
ラムネが来て以降、この仕事がラムネに組み込まれたのだが、文句一つ言わずにやってくれる。
まあ、クレア曰く、『普通のウォータースライムは炎系の魔法は絶対使えない』らしいけど、きっとラムネは特殊な個体なのだろう。
頭もいいし、我が家の風呂沸かしと庭の池の門番として相応しい特技だ。
「トールは嫁さんと風呂入れていいよね」
「……いえ、むしろ一人で入れないかと模索中です」
無理じゃないかな?
そんな無慈悲な言葉を言うのは躊躇われたので、俺は優しい瞳を心掛ける。
「その目はやめてください」
拒否しやがった。
優しさを見せるものじゃないね。
「俺も早く結婚して、婚約者達とお風呂に入りたいよ」
「別に変なことしないなら入ればいいのでは?アイリスは元より、皆言えば入ってくれると思いますよ」
まあ、そうなんだけどさぁ……婚約者達の裸を見るのは結婚してからと決めてるし、多感な時期に入ると更に良くないと思うんだ。
まだギリギリセーフだけど、それはそれ。
それに、そうして一緒に入ることで一家団欒を楽しめる余裕が欲しいので結婚後が望ましいのだ。
「殿下は大胆なのに時たま変なところを気にしますよね」
「純新無垢と言えよ」
「そんな愛らしさは欠片もありませんよ」
そんなやり取りしていると、ラムネがくすくすと笑う(見た目はぷるぷると微妙に揺れてるだけ)。
『本当に主とトール殿は仲良しですね』
「俺の騎士だしね」
『なるほど、トール殿』
ラムネはトールの前に立つと、ぷにゅりと動いてから空中に水文字を書く。
『奥方以外の、主の近くに自分も行きます。追い越しますから』
……どういう意味だろうか?
トールも首を傾げている。
もっと仲良くなりたいのかもしれないな。
何にしても、お風呂のお礼のラムネを新しく作っておかないと。
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