第233話 ウォータースライムの名前

池の門番として屋敷に住むようになったウォータースライム。


ラムネという名前をつけたのだが、かなり賢い。


言葉は話せないが、水魔法で空中に文字を書くことが出来る。


婚約者やトール、屋敷の人間と話す時は大抵そうやってコミュニケーションを取るのだが、ラムネと一番話しているのは恐らく俺だ。


ただ、俺の場合は空中に水文字を書くことはない。


波長が合うのか、ラムネの挙動から何となく言いたいことが分かるのだ。


トールに続いてそんな頂上的な話し相手がウォータースライムとは我ながら中々におかしいが、婚約者達とはきちんとコミュニケーションを取りたいので問題ない。


まだまだ仲を深められるのはプラスだし、トールとラムネとは逆にこれ以上はないだろうしね。


……まあ、何故その二人が最初なのか分からないがそれはそれ。


「ほう、じゃあそこの水がかき氷用に凍らせる水には最適と?」


ぷるんと頷く?ラムネ。


各地を巡っていたとのことで、ラムネは水場に詳しい。


色々な俺のまだ行ったことのない場所の話が聞けるし、俺の水への情熱をまるで全て分かっているように良い話し相手になる。


ぷるんぷるんと、ラムネが欲するように体を震わせる。


「ん?ああ、ラムネね。はいはい、今準備するよ」


夏の風物詩と言えそうなラムネ。


カランカランと瓶の中にあるビー玉まではまだ作れてないけど(納得のいる透明度が出せないなどの理由で)、ラムネ自体は作れたので最近屋敷に置いてある。


売るのは順番的にまだまだ先だけど、ウォータースライムのラムネが屋敷に来てからもっとも気に入ったのが飲むラムネであった。


それこそがラムネという名前の由来。


色合い的にも近いけど、それにしてもウォータースライムがラムネを飲むとは思わなかった。


「はい、ラムネだよ」


未完成の瓶に入った状態がお気に入りらしい。


渡してどう飲むのかといえば、器用に体を伸ばして手のような突起で上手いこと挟んで流し込む。


良い飲みっぷりだ。


「殿下、失礼します」


部屋に入ってきたトールは俺と一緒にいるウォータースライムを見て呆れたような顔をした。


「またサボってるんですね」

「失礼な。お仕事は終わってるってば」


全く、トールのやつめ。


人をなんだと思っているのやら。


「ラムネ、殿下のお仕事の邪魔はしてませんよね?」


そのトールの言葉に、水文字を空中に書くラムネ。


『勿論です、トール殿。主は頑張っていたのでむしろ褒めてあげるべきかと』


そうだそうだー。


褒めて伸びる子なんだぞー。


「甘やかすと殿下はたまにダメになりますから」

『まだ成人前なので、多少は多めに見るべきですよ』

「いえ、殿下の中身はきっともう大人ですし、そう扱った方が殿下のためになります」

『褒めて伸びる子も居るんですよ』


……何故に二人で俺の教育方針の話を?


『トール殿はこれから親になると聞きました。主へのリソースをもっと奥様に注ぐべきです』

「そこはむしろもう少し減っても……いえ、何でもないです。とにかく、夫婦仲は心配ありませんし、殿下の場合は見張ってないと危険ですから」

『例えばどのような?』

「気がついたら、謎の品を売り出してたりします。それが問題ない商品ならいいんですが……」


きっとトールの脳裏には、昔あった『カレーくれくれ』事件などが過ぎってるはず。


まだ本格的に魔法飛行船が稼働する少し前。


カレーの認知度を上げようと路上で売ってたらちょっとした騒ぎになったことがあった。


屋敷を特定して押し寄せてきた連中を一人であしらったのがトールなのだが、あの事件以外にも時たまやらかしてるのでそっち方面の信用が若干ない気がする。


自業自得だけど、あんなに騒ぎになるとは思わないじゃん。


……まあ、狙って起こしたというのもなくはないけど。


その当時、両国の一部の貴族の間でそれぞれへの不信感を持つ輩がおり、それを少しでも融和しようとした結果の騒ぎだが、トールもそれを理解しているからこそ大変な役回りを任せる俺に目を光らせているのだろう。


『トール殿は、主のことをよく理解してるのですね』

「長い付き合いですから」

『それはそれとして、見えてない部分もあるかと』

「例えば?」

『……主の奥方の底知れぬ恐ろしさとか』


何それ?


そう思っていると、再びノックの音がしてアイリスが入ってきた。


「エル様、エル様。丁度お茶が入ったので飲みませんか?レイナ様たちも居ますよ!」

「お、そうなんだ。なら行こうか。トールとラムネはどうする?」


そう聞くとぷるぷると拒否を表明するラムネ。


「僕はまだ警備隊の稽古がありますので。アイリス、殿下のことよろしくね」

「うん、勿論だよ!」


微笑ましい兄妹だ。


その際、アイリスがラムネを見てにっこりと微笑む。


可愛い笑みだけど、何故か戦いてそうなラムネに首を傾げつつ、婚約者達との優雅な午後の一時を過ごす。


ラムネとの時間もいいけど、婚約者達との時間はもっといいね。


そう思いながらも、ここ最近はラムネに構ってばかりだった気もしたので少し反省。


久しく語れてなかった水愛を語る相手に丁度良かったし、相性も良かったからなんだけど……まあ、優しい婚約者達のこともちゃんと忘れてなかったというアピールはしておく。


アピールだけでなくホントのことだしね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る