第231話 トールとお酒

和風な夕飯を楽しんでから、夕食後のゆったりとした一時を婚約者達と過ごしたかった今日この頃。


いや、いつもなら過ごしていたはずなのだが、トールが話があるというので仕方なく二人で飲んでいた。


飲むといっても、15歳が成人の今世では無論、まだまだ未成年な俺はお酒なんてものは飲まないけど、トールはいつの間にか成人したので手に入ったばかりの日本酒(今世では別の名前のはず)を飲んでいた。


「これは飲みやすいですね。クレアも好きそうです」


パカパカと酒瓶を空けていくけど、そういえばトールが酒を飲むのは初めて見た気がする。


クレアはかなりの酒豪で、ケイトは甘いもの方が好きなのであまり飲まないのは知ってるけど、トールも成人してからお酒に手をつけることはほとんど無かったと記憶してるので、少し珍しい光景だけど……うん、まあいいか。


急性アルコール中毒で倒れるようなイケメンじゃないし、きっと本当は飲めるけどあまり飲まない人で、本性はうわばみとかだとしても俺は驚かない。


トールなら何でもありだしね。


「殿下も如何です?美味しいですよ」

「残念ながらまだ子供だから、そういうのは少し早いかな」

「それは残念です」


……いや、もしかしなくてもそんなに強くないのだろうか?


若干頬が赤くなってきてるし、飲むペースも上がってきている。


呂律も若干怪しくなりつつあるし、これは早いうちに本題だけは聞いておかねば。


「それで、何か言いたいことがあったんじゃないの?」


そう聞くと、トールはピタリと飲む手を止めてからポツリと言った。


「その……ケイトとピッケのことです」

「可愛いお嫁さんが二人も増えて幸せって話なら、間に合ってるけど?」

「そういうのは別の機会にでも語りますよ。実は、二人とも結婚式を今度上げたいんですけど……その、クレアの時程豪華でなくても、やりたいと思いまして」

「ほう」


嫁に言われたからではなく、自分からそう言い出すとは……やはり酔ってるな?


「いえ、これは違いますよ」

「心を読んだことはさておき、もう一杯どうぞ」

「どうも……じゃ、なくてですね」

「はいはい、分かってるよ。それで、式はいつ上げるの?」

「クレアの体調が安定して、二人の準備が整ったらとは考えてます」


クレアは妊娠中だし、ケイトの方は実家への挨拶も終わったので本人としては既に嫁ぐ気満々で、残るはピッケか。


ピッケの方は少し時間が居るだろうし、一緒ではなく個別でもいいんじゃないかとは思うけど、その辺はトールの好きにさせればいいかな。


「はいよ、んじゃ必要な準備は手伝うから好きにするといいさ」

「……すみません」

「アイリス達との結婚前に色々参考になるから、気にする必要はなし」


それに、友人としても多少は祝う気持ちもあるのだし、その程度はね。


「それよりも、少しはケイトとピッケの事で前向きになれたようで何よりだよ」

「……そうですね。僕なんかを選んでくれたことを間違いじゃなかったって思って欲しいくらいには、前向きになれてますよ」


むしろトール以外を選びそうもないメンバーなのだけど、それを言うほど野暮でもない。


「ケイトの実家に行って、母のことを思い出しました。あんなどうしようも無い父から僕たちを守って育ててくれた母に追いつけるとは思いませんが……僕は僕の大切な人達を、少しでも幸せにしたいと思いました」

「知ってるよ」


クレアの時だって、クレアの誘惑に耐えてたのだって、生真面目なだけでなく、母親への負い目が無かったと言えば嘘になるだろう。


その辺を吹っ切れたとは言わずとも、前向きになれたのなら問題はないだろうし、その辺は気にしてない。


それよりも……


「少しはお前を好いてる嫁たちを信じて、色々頼れるようになるように」

「クレアには頼りまくってますけどね」

「ケイトとピッケにもそうなれるように頑張らないと」

「所帯を持つとは大変ですね」

「そんなものだよ、世の中なんて」


まあ、前世も対して長いこと生きてはいないけど、小さい家庭という枠組みでも弾かれていた俺でもその辺は何となく分かる。


「アイリスを殿下に任せられて良かったです」

「そういうのは結婚式を上げてから言うものだよ」

「そうですね、でも殿下はアイリスを捨てないと僕は思ってますが?」

「当たり前だろ?アイリスは俺の大切な婚約者だからね」


アイリスだけでなく、レイナもセリィも……そして、アイーシャも。


大切だからこそ絶対に幸せにしてみせる。


「頼もしいです」


そう笑うトールには憂いは無さそうだった。


ちなみに、この後もポンポン日本酒を飲んだトールだったけど、千鳥足でクレア達の元に戻ってから色々あったらしく、後日クレアとケイトからトールに是非ともお酒を毎日のように飲ませて欲しいとの要望が届いた。


曰く『酔ったトールは最高に良い感じの雄』だったそうな。


……変なものでも混ぜただろうかと少し首を捻ったけど、当の本人は翌日は飲みすぎて頭が痛くて以後は酒を控えるようになるのだけど、飲まないようにしたいトールに飲ませたい嫁たちと実に面白いやり取りが目立つのはある意味凄い。

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