第229話 あめあめふれふれ

恵みの雨。


そう呼ぶにはかなり強めの雨音が外から響いてくる。


屋敷で書類を整理していたら、急に降ってきたけど、先日の隠し泉の無念を晴らすには丁度良かったので心地よい雨音に耳を傾ける。


どんよりした雲から全てを洗い流すようなそんな雨が降り続く。


地面に落ちる音、屋敷の屋根に落ちる音が実にリズミカルで吟遊詩人の歌のように聞こえる。


最も、そんな事を言うとトールが実に呆れたような顔をするのだけど。


『いえ、どう考えも吟遊詩人の方がいいでしょう。雨音は歌ではないんですから』


無粋な奴だが、普通の人はそれが当たり前らしいので解せぬ。


雨音も芸術だと思うんだよねぇ。


当たる場所、振る場所によって音色を変え、大地にしっかりと残って水溜まりなる。


芸術方面はそこまで得意ではないけど、そんな俺でもこれはきっと芸術なのだろうと思えてしまうくらいには好きなんだけど、なかなか分かっては貰えないもの。


婚約者達はそんな俺の拘りを理解してくているので例外としても、一番身近なトールがそれを理解しないのはおかしいと思うんだ。


アイリスは分かってくれるのに、妹とは偉い違いだが、奴らしいので仕方ない。


「失礼します、殿下。入りますよ」


そんな事を考えつつ、窓の外を眺めているとトールが入ってくる。


本日は屋敷での用事がほとんどなので、久しぶりに屋敷に居られるのだけど、入ってくるような用事があっただろうか?


「どうかしたのか?」

「雨が降ってきたので、殿下がサボり出すと思って様子を見にきました」

「ちゃんと仕事してるってば」


……まあ、確かに作業スピードは落ちてるけど。


「ダルテシアに住むようなって随分経ちますけど、相変わらず雨がお好きなようで」

「そりゃね。シンフォニアの馴染み深いオアシスもいいけど、ダルテシアなら、やっぱり雨の日が一番だよね」


梅雨の時期なんかは得にいい。


湿気は強いけど、まるで無限に水が湧いてくるバケツをひっくり返したように雨が降るのは素晴らしすぎる。


シンフォニアにはではお目にかかれないような光景の筆頭こそがこの雨の日かもしれない。


シンフォニアのオアシスとどっちが良いかと聞かれたら、オアシスの方が勝つかもしれないけど、雨だって素晴らしい。


天からの恵み、空からのギフトである雨は大切だと思うんだ。


そんな俺の言葉に呆れたような表情をするトール。


相変わらず分からないやつめ。


「それで、そんな注意をしに来たの?」

「それもありますが、念の為の見張りです」

「見張り?」

「前にみたいに、ひっそりと抜け出して外で雨に打たれて風邪をひきそうにならないようにです」


見張りとは大袈裟な。


まあ、確かに前にこっそりと雨に打たれたくてそのまま見とれてずぶ濡れになって、風邪をひきそうになったことはあったけど、一度きりなのでセーフだと思うんだ。


何せ、今世は環境汚染が進んでないから、雨だってかなり綺麗だし、浴びたって身体に害はないはず。


強いて言うなら、ずぶ濡れになって風邪をひくリスクはあるけど、そこまで長時間外で楽しむことはしてないしセーフセーフ。


優しい婚約者達に無用な心配させたくないしね。


「しないから安心して仕事に戻るといいよ」

「いえ、やむまでは油断できませんから」


信用がないなぁ。


まあ、確かにちょろっと外に出ようかと思ったりもしたけど、それはそれ。


「じゃあ、代わりにトールが外で雨に晒されるということで」

「嫌ですよ。というかそれ、僕には何のメリットもありませんし」


トールなら風邪を引かずに楽しめそうなのだが、俺とは感性が違うようで断られてしまう。


まあ、仕方ない。


「しかし、雨か……トール。今日の晩ご飯は魚にしない?」

「それは良いですけど、まずはやる事をやりましょうよ」

「仕方ない」


その顔が如実に物語っている。


『何故に雨から魚にという発想が出てくるのやら』と。


いやぁ、だって海産物食べたくない?


幸いにも、シンフォニアの未開地で、海よりの場所を前に発見したし、別荘を立てるためにあれこれしてる所だし、丁度良いというもの。


正確には海だけでなく、山と砂漠に囲まれた不思議な土地なのだが、あそこはきっと何かしらの加護のようなものか、パワースポットになってるのだろうし、悪くない。


その場の影響で海産物が手に入りやすくなったけど、やっぱり大きな海に面してる港町なんかも一度は行っておきたい所。


時間が無くてまだ他の国にはあまり行けてないけど、そのうちフリーな時間も多くなるはずだし、その時には是非とも海のある国に最初に行こうと決意する。


本当はもっと前からそれは考えていたのだけど、トールの結婚やら何やらでバタバタしていたし、俺としてもまだまだ勉強しなきゃいけないこと、学ばないといけないことや、なんちゃって貴族としての仕事、なんちゃって王子様としての役目なんかもあって割と忙しい。


もう時期落ち着くだろうし、そういう時間もだけど、婚約者達との時間ももっと欲しいものだ。


そんな事を思いながらも、トールに監視されつつ仕事をこなすけど、雨音が心地よくて不思議と捗る。


やっぱり雨はいいものだねぇ。

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