第227話 遅刻の理由と気遣い

翌日、朝の時間をのんびりと婚約者達とたわむれてから、ゆっくりと支度をすると色々あってから、今度は俺一人で亜人の村に空間魔法で移動する。


あれこれとしていたら、迎えに来る時間がお昼も過ぎて、おやつが近いくらいの頃合になってしまったが、決してトールの迎えを忘れていた訳ではないと主張したい。


これは俺なりの善意でお昼までまったりすると良いという無言の気遣いなのですよ。


久しぶりの実家のケイトのためもあるし、きっとトールは義家族と仲良くやってるだろうし、邪魔するといけないから常識的な時間に迎えに行く。


うむ、我ながら中々に優しい理由だよね。


とりあえずこれで通そうと思う。


本当のところ?


いやー、連日のお出かけが続いてるし、たまには息抜きも必要かと思いながらも、あれこれと思いついてはいても時間が無くて、すっかりご無沙汰だった魔法の研究やレポートなんかをまとめて、ついでに魔道具作りに夢中になってたらすっかり時間を忘れてしまいまして。


仲良く婚約者達とお昼を食べてから、こうして遅くなりつつも迎えに来た訳ですよ、はい。


「殿下、僕のこと忘れてましたよね?」


着いて早々、軽くケイト家族と話してから、色々とお土産を準備してくれている中で、二人きりのタイミングができ、昨夜も激戦だったような戦士の顔をしながら呆れたような表情を向けてくるトール。


「そんな訳ないだろ?うちの大切な騎士様なんだから。そう大切な騎士様――」

「いえ、そういうのいいですから」


バッサリと俺の言葉を斬り捨てるトール。


連れないヤツめ。


「いやー、ごめんごめん。少し空き時間を使ってたつもりが色々夢中になってねぇ」

「まあ、それは構いませんが、遅れるのを伝える時に物だけ転移させるのは止めてください。心臓に悪いので」


一応、遅れたことを自覚できたので、メモ書きをトールの居る座標を把握して送ったのだけど、それがお気に召さなかったらしい。


「そんなに驚く?というかお前さんは驚いてないでしょ?」

「いえ、いきなり頭上から紙が落ちてきたので思わず切り刻みそうになりましたよ」


相変わらず恐ろしいうさ耳イケメンだこと。


「それで、もう一晩泊まってくなら止めないけどどうする?」

「……これ以上こっちに居ると、帰ってからが怖いので帰らせてください」


確かに、クレアは昨晩はケイトに譲ったけど今晩は譲る気は毛頭なさそうだったし、これで返さなければ俺がクレアをここに連れてくることになりそうだ。


二対一より、一体一。


何がとは言わないけど、トールさんは夜はお忙しいみたいだねぇ。


俺は子供だからよく分からないけど。


そう、純新無垢な子供だから。


「いえ、殿下は俗世に染まった大人ですから、そんなに清くはないかと」

「失礼な。まだまだ可愛い子供だろ?」

「では、可愛い子供の殿下には実技で世継ぎの作り方を学ばないといけませんね」

「いや、俺は好きな人以外抱かないから無理かな」

「その答えが既に分かってるやつですよね?」


なんてくだらないやり取りするけど、いつの間にか色々終えたケイトが「そういえば……」と近づいてきたトールに尋ねた。


「エルくんにあの事言ったの?」

「あー、いや今はまだ言わない方が……」


何やら視線を泳がすトール。


ふむ、なるほど……


「おめでとうトール。もう二人目の父親になれるなんて羨ましいよ」

「全く違いますけど」


名探偵の名推理をあっさりと否定するトールだけど、ケイトの妊娠でないなら何を黙ってるのやら。


「なに!?子供だと!?」


しかし、本人から否定された俺の推理にどこか嬉しそうに飛びつく人物もいた。


ケイト父は、どうやら娘と娘婿とのあれやこれやは考えずに単純に孫という単語に心から反応できるようになったらしい。


成長したものだとしみじみ思う。


「いえ、まだですから。今のは殿下の冗談と早とちりなので。子供に関しては、今後頑張りますのでまだ新婚ということにして頂けると……」

「トールくん……大好き!」


相変わらず巧みに嫁のハートを撃ち抜くなぁ。


そんな風に俺の言葉から発した一連のやり取りを終えると、遠回したトールはどこか疲れたような視線を向けてきた。


いや、そんな目で見られても……


「言葉足らずだったし、トールなら有り得そうだったからなぁ……」


むしろあのノリなら有り得そうなのがトールという男だし、それだけ愛されてるのだろうと納得もしてしまう。


きっと子供を宿す神様とかにも祝福されてそうだよね。


クレアとケイト、ピッケを含めて何十人産むのやら。


そしてトールはこれから死ぬまでに一度でも夜にフリーの時間があるのかは神のみぞ知ることだろうけど、俺にはそこまで関係ないので温かく見守らせてもらう。


「怖いこと言いますね……でも、これを話す方が個人的は怖いんですが……」


チラリと抱きついてくるケイトを見て、トールは隠せないだろうと悟ったのか先程は言い淀んだ言葉を口にする。


「この村から少し行った場所にあるらしいんです」

「何が?」

「誰も見たことはない、でも実在するという『隠し泉』と呼ばれる場所です」








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