第215話 亜人の村

アイリスと手を繋いで歩くことしばらく。


見渡す限り亜人だらけの亜人の村へと無事到着した。


「上から見てわかってたけど、結構大きいんだね」

「ですねー」


活気に満ちているし、老若男女問わずケモ耳で溢れており、中々悪くない眺めであった。


亜人と一括りに言っても、それぞれ特徴が違っているようだし、それも見ていて面白い。


例えばそこの道行く主婦なんかは少し垂れた犬耳をしているし、野菜を売ってるオジサンは羊の角が特徴的だ。


羊の角をケモ耳と定義するかは悩ましいところだが、特徴的でかつ分かりやすい呼称として俺はケモ耳と定義したい(願望)。


「そういう訳でだ、トールくんやどう思うかね?」

「どうでもいいですけど、分かってる前提で話を振るの止めてくださいよ。言葉には出てないんですから」


それは失敬。


その割には俺の心の声を分かってるように『またアホなことを考えて』と顔に出てるけど、もう少し主に対しての敬意とかってないものだろうか?


まあ、別にいいけど。


「三人とも故郷へ帰ってきた感想とかある?」

「うーん、私はここでの記憶はないので分からないです」


まあ、それもそうか。


アイリスはあまりこの村で過ごした記憶もないし、二人の母親が二人を連れて、シンフォニア近くまで逃げてそこで暮らし始めた辺りから朧気に記憶がある程度なのだから仕方ないよね。


「私の故郷はエル様と過ごしたシンフォニア王国ですから」


そう微笑むアイリスは心からそう思ってくれてるようで嬉しくなる。


「帰ったらニラせんべい作るね」

「レイナ様たちと一緒に食べましょう!」

「だね」


そう微笑みあって和んでしまうけど、トールの咳払いで程々のイチャイチャで終わる。


少し惜しい気持ちにもなるけど、ここで時間を使うのもあれだし仕方ない。


「トール的にはどうなのよ?幼なじみとの運命の出会の地は?」

「それは――」

「一杯思い出あるよね!トールくん!」


トールが答えるよりも先に食い気味に目をキラキラさせるのは本日の主役の一人のケイトであった。


「もう凄い色んな思い出があるよー!あれは最初に会った時、トールくんたら泣いてた私に――」

「ケイト、多分殿下たちにはほとんど話してるから」

「むー、何度だって話したいよー。大好きな人との大切な思い出だもん」


その言葉に一瞬言葉が出なくなるけど、トールは何とか言葉を絞り出した。


「……そうだね、大切だから大勢の前では聞かせたくないかな」

「トールくん……!うん、分かった!」


ちょろいなぁ……普段はあまりトールからそんなセリフは出ないからこそ、少し独占欲のあるようなトールの言葉が効くのだろうが、普段から言ってても効きそうなのでどっちでも同じか。


にしても、トールよ。


自分で言っておいてそんな何とも言えない表情をしそうになるんじゃないよ。


「ケイトの家は何処なの?」

「あっちだよー。もう少し行ったとこ」

「トールの家ってまだ残ってるの?」

「あそこの一番大きな建物がそうだったよ」


そう言われて視線を向けると、屋敷とはまでは言わなくてもそこそこ大きな家が視界に映る。


「今は新しい村長さん達が使ってるけど……」

「見る必要はないよ。僕らには関係の無い家だからね」


そう言い切るトールには微塵の興味もなかった。


まあ、奴としてはあの家自体には思い入れはないのだろう。


ケイトもその事が分かるのか少し複雑そうな表情をしていたが……ふむ……


「あれだね。トールのこの村での思い出の全てがケイトとのことなんだろうね」

「殿下……」

「違う?」

「いえ……多分そうですね。それがここでの唯一の思い出なんだと思います」

「トールくん……」

「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だから」

「うん……」


ギュッと抱きつくケイトにそう微笑むトール。


実に絵になるけど、時間的にもあれだし、水を指していいものか少し迷ってからとりあえず俺もアイリスを抱きしめた。


「きゃっ……エル様?」

「ごめん、嫌だった?」

「いえ……嬉しいです」


よしよしとアイリスを意味もなく愛でるけど、それを受け入れてくれるアイリスが凄く尊い。


そうしてシリアスな雰囲気になりそうになったけど、一瞬でイチャイチャへとシフトチェンジして事なきを得たが、トールとしては終わった話なので気にはしてないのだろう。


アイリスもここでの思い出は皆無だし、ケイトはケイトでトールが心配でもあるけど、ここで過ごした日々がトールの中で特別なのも分かっているようだし、余計な気を回さずに済みそうだ。


前に聞いた話だと、トールの親戚は軒並みこの世を去っており、トールの父親も失踪したことにこの村ではなってるらしく、現時点でトールとアイリスの血縁はこの村には一切居ないらしい。


余計な騒動などもなさそうだし、存分に娘さんをくださいイベントが進みそうだけど……まあ、何にしてもいつまでもイチャイチャしてる訳にもいかないので区切りの良いところで声をかけてケイトの家に4人で向かう。


俺とアイリス居るだろうか?と思わなくもないけど、アイリスも兄のご家族への挨拶が少し気になるようだし、付き合うべきなのだろう。


……というか、しれっと抜け出そうにもトールからの監視が強いのでそれは不可能みたいだし、ここで俺だけ抜けても直ぐに首根っこを掴まれそうなので仕方ない。


俺はこいつの保護者ではないのだがなぁ……まあ、いいか。






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