第200話 出先のトール
風呂から上がって、ひとまず落ち着くために祖父母の私室にそのまま連れてかれると、部屋の外には今帰ってきたばかりといったような様子のトールが立っていた。
「楽しめた?」
「ええ、それなりに」
その言葉だけで何があったのか分かってしまう自分が嫌になりそうにもなるけど、トールの習性からして十中八九、ピッケに稽古でも付けてもらっていたのだろう。
「あら、ピッケったら楽しめたみたいね」
疲労しつつも嬉しそうなトールに対して、涼しい顔でお茶を用意するピッケの様子から、俺と同じ結論になったらしい祖母の声に視線を向けると、確かに少し満足そうにも見える様子のピッケがそこにはいた。
「ほう、珍しいのぅ。やはりエルダートの見る目は正しかったということじゃろうのぅ。これなら……」
「ええ、頼んでも大丈夫そうですね」
意味深に頷き合う祖父母に少し首を傾げるけど、雰囲気的に俺よりもトールが大変な頼み事をされそうなのは何となく察せたので、思わず俺は奴の肩を労わるように叩く。
「トール、ファイト」
「突然なんです?」
しかし、格上との稽古で満足しているトールはその辺をいつものように察せてないようで、実に怪訝な反応をされてしまう。
「いや、何でもないよ。それよりも折角だしお風呂借りたら?」
「お借りしたいですが、今はまだこの熱を感じてたいので」
俺の一番の騎士で、あれこれとうるさい人も居ない祖父母の屋敷なので、俺が頼めばお風呂くらいは貸してくれるはずだが、トール的には格上との稽古後はその余韻に浸りたいのだろう。
それはまあ、長い付き合いで分かるし、そこまで汗臭いという訳でもないが……というか、トールの場合、イケメン補正なのか、汗臭くなることが全くないので今更か。
「ピッケ、いつもありがとうね」
一応、そうお礼を言うとぺこりと無言で会釈される。
分かりづらいが、祖父母との交流でそこそこ付き合いもある俺には分かる。
トールとの稽古が大変有意義で、楽しかったのだろうと。
「ピッケさん、また是非よろしくお願いします」
「……」
トールの言葉に、無言で頷くピッケだったが、その様子は育っていく若き才能を楽しみにしてる先駆者のようで……そして、同時にどこかトールのことを特別に意識してそうな、そんな気配も感じさせた。
ふむなるほど……
「トール、ファイト」
「いえ、だから何なんですかさっきから」
鈍いヤツめ……いや、本来のこいつなら人の機微にも鋭いから、油断してるのかもしれないな。
格上との稽古の後の満足感&年上の師匠からの淡い優しい好意は流石に察するのが難しいのかもしれない。
まあ、イケメンなトールは普段から自身への好意には敏感だし、クレアやケイトの熱烈な愛を知ってるからこそ、余計に気が付きにくいのかもしれないが……にしても祖父母の様子も少し気になる。
トールとクレアのやり取り見て、何かを確信してたようだし、ひょっとしてひょっとするのだろうか?
「エルちゃん、エルちゃん」
「エルダート、来なさい」
そんな事を考えていると、祖父母に手招きされるので、とりあえずそちらに向かうと、来た時と同じように2人に挟まれて座ることになる。
「ピッケ、お願い」
その一言で全てを察したのだろう、ピッケが実に手馴れた様子でお茶を用意する。
相変わらず完璧なメイドさんだこと。
まあ、俺専属のメイドさん(今は婚約者という肩書きが強いけど)のアイリスだって、年々その腕を上げてるしそのうち追い越すのも夢ではないだろう。
ドジっ子な性質はあまり変わってなくても、真面目で努力家なアイリスは日々進化してるので、俺も頑張ろうと思えるものだ。
アイリスだけじゃなくて、レイナも俺の婚約者として、俺の留守を預かるために色々学びつつ頑張ってくれてるし、セリィだってそんな二人のフォローをしてくれている。
まだ婚約者ではないアイーシャも最近は屋敷に頻繁に来て色々と手伝ってくれてるみたいだし、護衛なんかもしてくれてると聞いてるので凄く助かっている。
そんなあの子たちの頑張りを見ると、俺だってまだまだ頑張ろうと思えるのだから我ながら現金なものだけど、その辺は仕方ないよね。
好きな人が自分のために頑張ってくれている――これに心が揺れない人はきっと何処にも居ないだろうしね。
「ピッケ、これ見てちょうだい。エルちゃんに髪を整えて貰ったのよ。似合うかしら?」
「……」
「ふふ、ありがとう。久しぶりのトールくんはどつだったかしら?」
「……」
「そう、それなら良かったわ。いつも通りお茶も美味しいわよ、流石ね」
……にしても、祖父母というのはやはり凄い。
一言も発してないピッケの気持ちを寸分違わずに読み取って会話をする祖母と、それを同じく理解しつつもお茶を楽しむ祖父の安定感は凄すぎた。
多少の喜怒哀楽なら分かるようにはなったが、祖父母のようにピッケを深く知るにはまだまだ時間がかかるだろうし……それに、それは俺の役目でもなさそうなので、俺は今も満足そうな様子で護衛に戻っているトールに視線を向けて、エールを送るがやはり怪訝な顔をされてしまう。
まあ、祖父母のことだから、そこまで無茶な頼み事でもないだろうし大丈夫かな。
そう思いながら俺はピッケのお茶を飲んで祖父母の間で相変わらず孫として可愛がって貰うのであった。
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