第91話 スラムの主

「ほら、あそこに居るのがバルバンだよ」


王都の外れの方にあるスラム街。


ケイトに案内されたそこにはかなりの住人がおり、人手が足りない俺としては人材の宝庫にも見えるが、ある程度素性は調べてから雇うべきかと、自重する。


そんな珍しい客である俺たちを見る視線をスルーして案内された先には、大柄の強面の男が静かに佇んでいた。


「バルバン、お客さん」

「……客だと?」


見ただけで強者だと分かるような風格を持っているその男はケイトの言葉に瞑っていた眼を開けると鋭い眼光でこちらを見る。


視線だけで普通の人なら気圧されそうなくらいだ。


実際、ケイトはそれにかなりビビってるようだし。


俺も本音をいえば怖いなぁ……とは思うけど、なんとなく違和感を覚えるようにも感じた。


「あ、ああ……あんたに用事だって」


そう言うと、「じゃあ、アタイは知らないから」と、さっさと逃げていくケイト。


中々いい性格をしてるものだ。


さてと……


「こんにちは、あなたがスラムを仕切ってるバルバンって人であってる?」

「……だとしたら?」

「俺はエルダート。『狂犬』って組織について教えて貰えないかな?」


その言葉に眉を潜ませるバルバン。


「……悪いが、子供の遊びに付き合ってる暇はない」

「ふーん、そっか。まあ確かに、ここの防衛で手一杯のようだしね。そうしてなるべく広範囲の気配をいつも探ってるんだよね?」


ピクリと眉が動く。


どうやら当たったらしい。


俺は魔法での感知しかしないので、あまり人の直観的な感知に関しては詳しくないが、バルバンの様子から予想出来たのはかなりの実力者ということと、まるで何かを探ってるように静かに佇んでいたその様子から推理したのだ。


「お前……何者だ?」


警戒心たっぷりのその様子に、トールも思わず構えそうになったのを制してから、俺は告げた。


「なに、ただの子供だよ。ただ、少し好奇心が強くてさ」

「……着いてこい」


一言そう告げると大きめの民家へと案内される。


人払いをしてから、バルバンは何やら資料を取り出すと並べ始める。


読み書きも普通に出来るようだし、益々欲しい人材かも。


「ここの人達はこれらを読める?」

「……知らん」


あらら。


まあ、無理なら無理で違う仕事を与えればいいし、問題ないか。


その前に俺の誘いに乗るかだけど……その辺は考えてあるので、とりあえずは目の前の仕事を片付けないと。


「へー、これは何とも……」

「…………」


いくつかの資料に目を通すが、思ってたよりも『狂犬』による被害は大きいらしい。


人身売買もかなり問題だが、違法な薬物や魔道具の売買が一番酷いかもしれない。


どうやってここまで調べたのか、ある程度分かってる範囲での被害者のリストや違法な薬と魔道具の分かってる範囲での種類、そして人身売買のために何をしたのかまで書かれておりその内容に目を通しているトールの表情が強ばっていく。


「今夜、分かってる拠点を潰すつもりだ」


資料から視線を上げると、そんなことを言うバルバン。


「それは、本拠地?」

「いいや……恐らくまた末端の拠点だろうな。どこに本拠地があるのか、何人か捕まえて拷問したが誰も知らなかった。ボスどころか、幹部ですら足取りが不明だ」


何度か拠点を見つけては潰しているらしい、バルバン。


ただ、それらはどれも下っ端連中の隠れ家らしく、また有益な情報は得られてないらしい。


「アイツらは、かなり慎重だ。何重にも保険をかけておく。末端程度じゃまともな情報は手に入らない」

「聞いてもいい?」

「なんだ?」

「バルバンがここを守る理由」


資料から察するに、スラム街に被害が出てからバルバンは『狂犬』を追いかけ始めたのだろう。


とはいえ、スラムの防衛と近場で発見した拠点潰し……これが限界なのだろうが、バルバンの実力から考えるとスラム街を見捨てることも出来たはず。


何か理由があるのかと問うとバルバンは目を瞑ってから答えた。


「……別に。ただ、ゴミみたいな真似をする奴らが腹ただしいだけだ」


何とも訳ありそうだが……まあ、分かった。


「この資料、写してもいい?」

「そんな面倒なことをしなくても、持ってて構わない」

「いいの?」

「……どのみち、あっても活かせなければ意味は無いからな」


バルバンでは、これを探るツテがない……なるほど、なら俺の方が持ってた方がいいか。


「分かったよ。じゃあ、この件が片付いたら俺の騎士にならない?」

「騎士なんて柄じゃない。護衛なら構わないが」

「そう、ありがとう」


予約も入れられたし、少ないとはいえ資料も手に入った。


中々の収穫と言えるだろう。


バルバンにお礼を言うと、俺とトールはその場をあとにするが……俺たちが出ていくのを見てもバルバンは特にリアクションはしなかった。


まあ、本人としては俺達も使えるようなら使いたいのだろうし、ダメでもこの程度の資料なら予備があるので、痛手でもないのだろう。


割と強かそうなバルバンだが、スラムという場所を力で纏めているだけではないと言えた。


手に入れるのが楽しみな人材だな。









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