第90話 裏事情
ガツガツと、まるで詰め込むように食べるその女の子……名前はケイトというらしい。
野菜泥棒をしてたのを見かけて、話を聞くことにしたのだが、明らかに空腹だったので飯でも……と、誘ったのだが、警戒心たっぷりだったはずのケイトはあまりの食の誘惑に耐えきれず、結果、久しぶりに食べてるように無理矢理にでも口に詰め込んでいた。
「良く食べますね……」
呆れてるトールだが、俺としてはアイリスやトールで見慣れてるので特に思うことはない。
強いていえば、もう少し味わって食べて欲しいが……ケイトからしたら、これを逃すと次はいつ食べられるのか不明という状況なのだろうし、仕方ない。
一通り食べ終わると、落ち着いたのか大きく息を吐くケイト。
「満足した?」
「ああ、その……ありがとう……」
「どういたしまして」
きちんとお礼が言えるのはいいことだ。
まあ、泥棒しておいて何をと思うかもしれないが……生きるために必死なのだろうし、それに文句は言えない。
無論、泥棒はいけないことだし、立派な罪だが、法整備もきちんと進んでないこの世界では、悪質性が強くなければそこまで強くはとり締められない。
だからというか、ゆるい部分もあるのだが……まあ、その辺は後世に期待するとしよう。
「さて、じゃあ、色々話を聞いてもいいかな?」
そう聞くと、ケイトは少し考えてから、尋ねてきた。
「あー……何が知りたい?」
「とりあえず、ケイトの住んでるスラムについてと、さっき言ってた人身売買……『狂犬』だっけ?それを聞きたいかな」
そう尋ねると、ポツポツとケイトは答え始める。
まず、王都の外れの位置にあるのがケイトの住んでいるスラムらしい。
スラムには、かなりの人が住んでいるが、治安は少し悪いくらいで落ち着いてるらしい。
最も、ケイトが生まれる前までは酷かったらしいが。
「……今、スラムを仕切ってる、バルバンって男が来てから治安が良くなったらしい」
その男、バルバンは素性の知れない男で、過去については一切話さないそうだ。
ただ、腕っ節が強く、彼に逆らうものは血祭りに上げるらしく、力でスラムを纏めたらしい。
そんな彼の支配だが、人殺しと詐欺以外なら割と緩いらしく、少しの盗み程度ならスルーしているそうだ。
やり過ぎると、殺されるらしいのでそこは彼のさじ加減なのだろうが……だからこそというか、ケイトはたまにああして安い野菜を盗むことしかしてないらしい。
最も、捕まっても怒られるくらいで済むらしいが。
あの店主優しすぎじゃない?
「それにバルバンは数年前からとある組織と揉め事を起こしてて、それどころじゃないし」
その組織こそ、先程ケイトの言ってた人身売買をしてるらしい組織……『狂犬』という名前のその組織は、貴族とも繋がっていて、裏で色々と暗躍してるらしい。
人身売買から、違法な薬物や魔道具、いわく付きの呪いの道具なんかも扱っていてタチが悪いらしい。
ケイトの知り合いも何人か人身売買のために拐われたそうだ。
ただ、ケイトの知っているのはそこまでのようであった。
あとは、今のスラムの状況とかの話になるが、まあ、やはりというか失業者とか訳アリが居るらしいが、バルバンという人物の影響で揉め事自体は多くないらしい。
「そんなところだ」
「ふむ……なるほどなぁ……」
スラムに、それを纏めるバルバンなる腕っ節の強い人物、そして謎の組織『狂犬』かぁ……
「殿下、この件は……」
「とりあえずは、もう少し詳しい話も聞きたいかな」
トールが国王陛下とかにも報告をと言う前にそう告げる。
貴族とも繋がってるとなると、どこに耳があるかも分からないし、ある程度目星をつけてから報告するべきだろう。
「首を突っ込む気ではあるんですね」
「聞いちゃったら流石にスルーは出来ないよね」
「はぁ……分かりましたよ」
俺の騎士として、俺を守ることを覚悟するトール。
その表情には、『わざわざ関わるなんて殿下も変わってますね』といった色がありありと浮かんでいた。
別にこんな面倒そうな件に進んで関わりたくはないが、必要なことなので仕方ない。
さて、とりあえずは……
「ケイト、バルバンって人の元まで案内頼めない?」
「……本気か?流石に危険だと思うけど」
「大丈夫。俺には強い騎士が居るからね」
「どうなってもしらないぞ」
大方、どこかのお坊ちゃんが気まぐれで会いたいと言ってるような雰囲気に思えるのだろう。
俺としては、人材確保と家族の役に立つ意味での二重のチャンスなのでキッチリとこなさないとな。
幸いにして、アイリスとレイナは安全なアストレア公爵家の屋敷にいるし、少し無茶をしてもトールなら余裕で着いてこられる。
お会計をすると、結構な金額に戦々恐々としていたケイトだが、俺にとってはアイリスやトールの食事代に比べてえらく安くて逆にびっくりであった。
まあ、2人は亜人で人間よりも圧倒的に食べるし、ケイトは普段あまり食べられないから詰め込んでもそこまで入らなかったのだろう。
そうして、俺とトールはケイトの案内でスラムへと向かうのであった。
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