第87話 ちょっとした奇跡

「終わりましたか?」


精霊であるリーファが見えなかったトールは、無難に近くで護衛をしていたようだが、リーファの気配が消えたので声をかけてくる。


「ああ、今終わった」

「精霊でしたか……凄いですね、一瞬で姿を消したみたいで。気がついたら感じなくなりましたよ」


トールの感知能力でも、一瞬で消えていたらしいリーファ。


天然で相変わらずの化け物ぶりのトールを欺くとは、やはりただの上位の精霊ではないのだろう。


「にしても……なんか、この辺緑が増えてません?」


チラリとトールが木の近くを見ると、そこには俺が先程練習で使った植物の精霊魔法の痕跡である、植物達が緑として広がっていた。


「精霊魔法というのを教わったからね」

「普通の魔法とは違うんですか?」

「別格かな?」


人間の魔法が劣化版にさえ思えるほどに馬鹿げた性能である精霊魔法。


動力源の精霊力が、それそのもので、そもそも別次元の力なので当たり前といえば当たり前だが……いつか、水の精霊にも会いたいものだ。


いや、精霊出会うだけなら割と楽だったりする。


植物の上位の精霊であるリーファとの契約のお陰か、前よりも明らかに下位の精霊の存在を認識できるようになっていた。


粒子のような光のそれは、小さく弱々しく見えるが、自然と一体化しており、何となく可愛い。


それらなら余裕で認識できているので、下位の精霊だけなら大丈夫だが……上位の精霊ともなると、運も絡んでくるので、会えるかは未知数だ。


でも、いつか水の精霊魔法を使えるようになってみせる。


その水こそ、きっと俺の心を満たすに違いないし。


「この草とかも殿下が出したんですよね?」

「まあね。とはいえ半分以上は植物の精霊のリーファによるものだけど」


彼女と比べると俺の精霊魔法はまだまだ初歩の初歩。


これから頑張るとしよう。


そんなことを思いつつも、トールに自慢するために覚えたての精霊魔法を使ってとある植物を生み出す。


俺が家を作る時に使うオリジナルの植物魔法では本物の命ある植物は生み出せない。


俺が出せるのは命なき抜け殻のようなものになるが、家を作るのはそちらの方が都合が良いので役に立っている。


ただ、砂漠を緑地化するのは難しかったが、植物の精霊魔法があれば……


目の前で一気に成長すると、実をつける植物。


赤いそれは、まさしくトマトであった。


「これって……」

「ほれ、食ってみ」

「……食べたら、中毒性があったり、変な効果が出たりしませんか?」

「ほほう、トールくんや。ワシに喧嘩を売ってるかね?」


そんな真似する訳……ないとも言いきれないが、自分の騎士なので普段はしないはず。


トールも納得したのかトマトを食べて、瑞々しいその汁を零しつつも完食していた。


「どうどう?」

「……美味しかったです」

「うむ」


問題なく食べれるらしい。


まだ、あまり作れる品種は多くないけど、これから慣れてくればある程度色んな植物を作れるようになるらしい。


桃作りたいな。


硬いのも嫌いじゃないけど、柔らかい桃を食べたい気分。


「精霊魔法ですか……何にしても、殿下は益々化け物に近づいたご様子」

「いやぁ、クレアの追跡から逃れるのにアサシンに転職したトールには負けるよ」

「あれは、不可抗力ですよ」


というか、俺としては生身の人間の動きを軽く超越し始めたトールの方がビックリだよ。


本気を出したトールなら、世界最高の暗殺者も夢ではないだろう。


いつから、俺の騎士はナイトではなくアサシンになったのやら。


「さて、アホなことを言ってないで帰ろうか」


当初の目的である屋敷の下見は軽くしたので、アストレア公爵家に戻って夕飯にしたいところ。


「ああ、それとこの木は絶対撤去しないように呼びかけるつもりだから、トールも覚えててね」

「それは分かりましたけど……その先程居たらしい精霊さんはその木が目的地だったんですか?」

「らしいよ」


そんな偶然で出会えたのだから、ラッキーといえた。


にしても、精霊魔法か……なるほど、精霊に加護を貰うだけでも稀なのだから、この存在を認知してる人は少ないのかもしれない。


リーファ以外にも上位の精霊は居るだろうし、加護と契約を持ってる人も今現在俺以外にも居るかもだが……少なくとも、リーファは俺が久しぶりだと言っていた。


ということは、植物の精霊魔法も俺が使えるのが久しぶりになるかもしれない。


果たして俺の前に加護と契約を貰ったのはどんな人なのか……興味は尽きないが、それはそのうち教えて貰うとしよう。


トールがトマトを食べ切るのを見届けてから、屋敷を最後に一周して門まで戻ってくる。


うんうん、大きいけど中々悪くないね。


これからよろしく頼むよと、心の中で屋敷にお願いしておく。


まあ、本拠地としてか別荘としてかは未定だけど……少なくとも、リーファが会いに来るかもしれないので屋敷の優先順位は上がっただろう。


そうして、俺はこの日、レイナとアイリスとデートして、屋敷を貰って、植物の上位精霊のリーファと出会って、加護を貰い、契約をして、精霊魔法を覚えてと充実した一日を過ごしたのであった。


改めて思い返すと濃い一日だね。
















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