第55話 相性的には

「殿下、恨みますよ……」


疲れきた表情のトールが俺の部屋へと逃げ込んでくる。


観光もある程度満喫できたし、夕飯まではまったりしようと、ルドルフ伯爵の屋敷に戻ってきたが、トールには新人のクレアの面倒を任せた。


その結果として、トールは非常に大変だったのだろうが……ここに逃げ込めたということはある程度説明は済んだのだろう。


「まあまあ、話してみるとそう悪い人でもないみたいじゃん」

「それはまあ、そうですけど……」


流石はAランク冒険者というか、仕事についての説明に関してすぐに済み、理解も覚えも早いとのこと。


「ただ、何故かずっとくっ付いてきたり、胸を押し付けられてたり、ベッドに連れ込まれそうになったり……何故こんなことに……」


頭を抱えるトール。


ん?そのどこに頭を悩ませる要素があるの?


あんな美人に迫られてその反応は中々凄いが……まあ、トールはあんまり恋愛とか興味無いし、性欲も薄いようだから仕方ないか。


オマケにイケメンなので、女性への価値観も俺とは違うのだろう。


悔しくないよ?ホントだよ?


「んー、本当に嫌ならスッパリと断ったら?」

「もちろん無理だって言いましたよ。『今の僕はまだまだ未熟だから、貴女のような素敵な方の隣には相応しくない』って」


……いや、その断り方は……


「そしたら、何故か偉く嬉しそうにされて、『じゃあ、絶対口説き落とす!』とか宣言されまして……何故でしょう」

「まあ、断り方が紳士すぎたね」


あの様子からして、強引に迫って本人自体が無理と断られる回数も多かったのだろうし、トールのようなイケメンにそんな紳士な断り方をされたら燃え上がってしまうのだろう。


「とはいえ、トール的には割と好みだったりするでしょ?」

「なんで殿下が僕の女性の好みを知ってるんですか」

「心の友だし」


不本意だが、その辺を何となく分かってしまうのが、トールとの距離が近い証拠なのだろう。


トールは年上でグイグイきて、そして何だかんだで放っておけないような感じの人が好みなんじゃないかなぁと予想出来る。


それに、本当に嫌ならそんな回りくどい言い方で断ったりはしないだろう。


この子は身内以外にはドライなところもあるし。


あの、残念な放っておけない女性を押し付けた時に、断らなかった時点でトールの負けだろう。


「まあ、成人までは本気で襲われることはないでしょ……多分」

「そこは肯定して欲しかったです……」


この世界の成人年齢は15歳。


そろそろ12歳になるトールはあと3年と少しで成人だが、この世界の基準でいえば今の年齢くらいでも成人に近い扱いを受けることもあるらしい。


早熟なのか、生き急ぎなのかは各自の判断に任せるよ。


「にしても、トールはモテるねぇ。大変そうだ」

「殿下だって、王子なんですからそのうち正室とアイリス以外にも何人かは側室持たないとじゃないですか」


反撃のつもりなのか、そんなことを言ってくるトール。


ん?アイリスは確定でいいの?


「兄からそんな言葉を聞くことになるとは……というか、俺もアイリスもまだまだ子供だから早いっての」

「そうは言っても、現状アイリスが殿下以外に嫁ぐことはまずないかと」


ま、まあ、確かに……


第2王子の専属メイドで、更にお気に入りのメイドさんみたいな扱いのアイリスなので、ここで他の男がしゃしゃり出てくるのは難しいかもしれない。


「でも、アイリスの気持ちも問題もあるしね」

「いえ、100%殿下を慕ってますよ」


なんて事を……シスコンのトールからそんな言葉が出るとは。


流石は異世界だな。


「まあ、その辺はおいおいかな。俺もアイリスのことは好いてるとは思うし、責任は取るつもりはあるから」

「なら、いいです」


シスコンのはずのトールは素直に納得した。


妹を泣かしたらシスコンの本領を発揮してくれそうだが……残念ながら、俺はアイリスを泣かせたくないのでその機会はなさそうだ。


あの子には悲しい顔は似合わないしね。


コンコン。


不意にノックの音が聞こえてくる。


その音が鳴った瞬間、トールが気配を消してクローゼットに音もなく隠れた。


なんて無駄のない動き……しかも足音やクローゼットの開閉音も一切ないとか、いつからトールは騎士じゃなくて暗殺者にジョブチェンジしたのやら。


『殿下、こちらにダーリンが居ますよね?』


確認ではなく、肯定してるような感じのクレアの声が聞こえてくる。


そうか……呼び方もダーリンにまでランクアップしたのか。


「ほら、ダーリン。ハニーからのお呼びだぞ?」


そう声をかけるが、返事はない。


ただ、何となくトールの『なんで言うんですか!』みたいな感じの恨みがましい言葉は届いてくる。


と、そんなことを思っていると、不意にトールの反応が感知魔法から消えた。


「え……?」


思わずクローゼットを開けると、さっきまでは確かに居たはずのトールが姿を消していた。


「俺の五感どころか、魔法による感知までも掻い潜るとは……というか、どうやって抜け出したのやら」


とりあえず、外のクレアに伝えると、何となく察してたようにすんなりとトール探しの旅に出た。


魔法の苦手なトールのことなので、多分俺の感知魔法にさえ引っかからないように気配や魔力どころか、存在まで極限まで薄くして、そして俺の視認できない速度で音も風も出さずに屋根裏から逃げたのだろうと予測する。


何となく俺の感知を一瞬でも欺いたのが悔しいので、本気で全域の探知をすると、うっすらとしたトールの反応を確認できた。


というか、何気にトールが逃げる先に迷いなく向かうクレアが恐ろしい……これが、恋の力か。


『エル様ー!夕飯だそうですー!』


いい頃合にアイリスに呼ばれたので、食堂に向かうことにする。


あの人外の2人を見た後だとアイリスが本気の天使に見えてるくるが……何となくトールとの会話内容が頭をチラついていつもより多めに撫でてしまったことは仕方ないだろう。










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