第56話 晩餐にて
俺がアイリスと食堂に向かうと、追いかけっこをしていたはずのトールとクレアが普通に食堂前に待機していて少し驚く。
ちょいちょい、俺の感知から消える2人はガチで神出鬼没で、本気で魔法での探知を実行しないと中々その動向を追い切れなかったりする。
これでも、そこそこ感知魔法には自信があったんだけどなぁ……
「おお、お待ちしておりましたぞ。殿下」
食堂に入ると、既にルドルフ伯爵が座っており、俺が席に着くと料理が運ばれてくる。
故郷では中々見れない、魚料理や肉類も中々に豊富でどれも美味しそうである。
「我が領地は如何でしたかな?」
「活気があって良かったよ。皆、明るいし、親切で、ルドルフ伯爵の人柄がそのまま反映されてる様子に見えたかな」
「はは、殿下もお世辞がお上手ですね。ですが、この領地が平穏なのも領民たちによる協力の賜物ですよ。私は少し手伝ってるに過ぎません」
割と素直に答えると、そんな風に謙遜するルドルフ伯爵。
なるほど、父様が信頼する訳だ。
これを建前でなく本心で言える時点で人柄は満点だろう。
「そういえば、Aランク冒険者のクレアを雇ったそうで」
「ええ、本人の希望で」
「それは良かった。良い子なのですが、たまに暴走するので、殿下の元で殿下の騎士であるトールくんと一緒の方が良いでしょう」
一応、許可は事前に貰っていたが、ルドルフ伯爵も冒険者ギルドのギルドマスターもクレアに引き抜きに特に異論は挟まなかった。
むしろ、『ようやく娘に春が来た!』と言わんばかりの感謝を述べられるくらいには、心配されてたのだろう。
その本人はトールと並んで後ろに控えてるが、ちょくちょく俺とルドルフ伯爵には見えないところで何やら触ろうとするクレアを防ぐトールという攻防が行われてるようではあった。
まあ、ルドルフ伯爵は気付いてないし、本人も温厚だからいいけど、他の面倒な貴族とかの時はもう少し静かにね?
「ところで、殿下はもう婚約者はお決めになられたりしたのですかな?」
「いや、まだだよ。父である国王陛下がそのうち何かしら縁談を持ってくるかもだけど……今のところはその手の話はないね」
これが腹黒そうな貴族だったら、娘を俺に渡そうとしてるように思える質問なのだろうが、ルドルフ伯爵にはその気配を感じないので素直に答える。
「そうですか、殿下はきっと将来は沢山の女性に囲まれるでしょうし、早めに正妻は決めておいた方がいいかもしれませんな」
チラッと、アイリスに視線を向けるルドルフ伯爵。
その様子はまるで、『その娘も側室候補なのですよね?』と言わんばかりの露骨なものであった。
「んー、マルクス兄様はともかく、俺はそんなに女性にはモテないと思うよ?」
「そんなことはありませんよ」
何を根拠にそんなことを言うのやら……お世辞だろうと思うが、人から言われる『モテる』という言葉ほど信頼できないものはないだろう。
特に、女性からの言葉だとやんわりとした拒絶に聞こえるから不思議だ。
「それより、祖父と祖母の話を聞きたいかな。赤ちゃんの頃に会いに来てくれたらしいけど、覚えてなくてね」
「おお、そうでしたな」
そこからは、今世の祖父母の話になるが、祖母のことを語る時のルドルフ伯爵はどこか遠い初恋の人を思い出すような、そんな表情を浮かべていたように思えた。
デルゾーニ伯爵も似たような表情をしていた気がする。
ただ、祖父のことは友のような恩人のような、そんな敬っている様子なので、昔ドロドロの恋愛劇があったとかではなさそうだ。
例えるなら、小学生の頃に高校生のお姉さんに一目惚れした……みたいな?
どことなく、本気ではないが、淡く想ってしまった思春期のような、微笑ましい思い出。
まあ、実際のところ俺にはそういう経験はないけどね。
そもそも、嫌われ、イジメなんでもありの俺に誰かを想える余裕など存在してなかった。
話を聞きつつ、食事を進める。
「ん……?」
ふと、ワインの代わりに用意されてる水を飲んだのだが……ここで飲んだ井戸水とは違う喉越しで少しビックリしたのだ。
「如何しましたかな?」
「……ルドルフ伯爵、この水ってどこの?」
「水?ああ、それは裏の森の湧き水ですよ。距離的には少し遠いですが、中々良いのでウチの使用人が定期的に汲みに行ってるんです」
その言葉で、少しだけ行動方針を検討し直す。
明日にはすぐに出発するつもりであったが……屋敷の裏の森とやらに寄って湧き水を入手する予定も入れておく。
念の為に、ルドルフ伯爵に許可を求めると、不思議そうにしながらもOKを貰えた。
やったね。中々素晴らしい喉越しだったし、かなり期待できる。
その場で飲む湧き水の素晴らしさは、言葉にするのが難しいほどに尊いもの。
花より団子とは言うが、俺としては花より水というのがしっくりくるかも。
それにしても……山の湧き水というものに、この旅で初めて出会ったが、井戸水と同じように場所によって味わいや喉越しが全然違うのは良いね。
環境によるものもあるだろうけど、その土地土地の味が楽しめて、ストックしておくのが楽しくて仕方ない。
そうして、料理と水をふんだんに楽しんでから、ルドルフ伯爵との食事は終わった。
今度からは、転移で遊びに来られるし、また来たいかな。
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