第54話 女難
「やめて下さい!」
ふと、そんな声が聞こえてくる。
そちらを向くと、何やらどこかで見た事がある絵面を発見する。
建物と建物の間、人目が届くギリギリの所で、壁に背を向けて複数の男達に囲まれてる見目麗しい女性の姿。
「へへへ、そう言うなよ。俺達といい事して遊ぼうぜ〜」
ぐへへ、とか言ってそうなニュアンスで下卑た顔をしてみせる男。
「いや!触らないで!」
一見すると、如何にもガラの悪い男達に囲まれてこれから美味しく頂かれそうな所謂、異世界テンプレ出会いイベントがそこにはあったが、何か変な気がする。
別にテンプレは悪くないよ。
需要があるからテンプレなんだし、俺だってそんなシチュエーションでの出会いとか興味はある。
ただ、なんか変なんだよなぁ……
具体的には、割と響くその声に街の人達が「またやってるのかよ」みたいな呆れた顔をしてスルーして行く様子と、こうして見守っているとチラチラと俺……というか、トールに視線を向けてくる女性。
そして、色々言いつつも手を出す気の無さそう大根役者のガラの悪い男達。
「離してください!」
掴まれてもいないのにどこを離せと?
「トール、ご指名みたいだぞ?」
あからさまに視線を向けてくる女性。
その目が語ってる。
「早く私を助けて、口説きなさいよ」……と。
「ほれ、行ってこい色男」
「いや、何故に僕なんですか?殿下が助ければ……」
「いや、ほら、俺にはアイリスが居るから」
その言葉に顔を赤くするアイリス。
脈アリと取ってもよろしいでしょうか?
「ほら、こっちのフラグは俺に任せて、お前はあっちを貰っておけば?なんかうるさいし早くしないと近所迷惑だぞ」
「はぁ……嫌だなぁ……」
何となく周りの人達から憐れむような視線がトールに向くが、自分が話しかけないとうるさいままだと察したのか嫌々ながら歩み寄るトール。
「えっと、何してるんです?」
「助けてください!襲われてるんです!」
「お?なんだお前。やるのか!」
するりと男たちの包囲網から抜け出してトールの後ろに隠れる女性。
その身のこなしは中々素早くて、正直身体能力は高そうに思えた。
「おうおう、俺らに勝てるのか!ぐはっ……」
絡んでいって、さて何をするのやらと見守っていると、勝手に倒れる男A。
「このやろ……ぐふっ」
「な、なんだこいつ!くそ強い!」
まるでトールが無双してるようだが、トールは本当に何もしてない。
というか、トールがその気になってたらそんな演技する余裕なんてないだろくらいに数秒でひき肉にされるだろうが……そのトールはといえば、困惑した表情でそれらを眺めていた。
ヤバい、ちょっと笑いそう。
他人事だと思えると普通にウケてしまう。
「ぐっ……覚えてろよ!」
何やら三下の台詞を吐きながら撤退していく男達。
その間、トールはただただ戸惑った顔をして立っていただけだ。
何この茶番。
「ありがとうございます!お強いんですね」
恋する乙女のように頬を赤く染める女性。
普通に美人さんだから、似合ってしまうが……何やらトールの手を取ってから体をまさぐってるのをみると肉食系の人にしか見えなかった。
「え、えっと、お気になさらず――って!どこ触って……」
「あの、お名前をお聞きしても?」
「え?いや、その前にどこに手を入れて……わ!脱がせないでください!あと、脱がないでください!トール、トールですよ!名前は!」
「まあ、トール様と仰るのですね。なんて美味しそ――素敵な方」
明らかにギラついた瞳でトールに迫っている女性。
今、美味しそうって言いかけたよね?
そして、この場でトールを押し倒そうとする女性と、それに抗うトールを眺めることになるが……ふむ……
「アイリス、あそこのお菓子美味しそうだし買いに行こうか」
「はい」
「いや!助けてくださいよ!」
どこか必死なトールのツッコミ。
兄の貞操の危機だが、妹はお菓子の方に興味が勝ったようでにこやかだ。
この子も意外と強かなところがあるね。
「というか、今晩トールがその人と寝ればそれで解決じゃない?」
「何も解決してませんよ!うわ、力強……って、ちょ、どこに連れて――って、ご休憩所はダメですって!」
所謂、異世界版の逢い引きのためのラァァブなホテルに連れ込まれそうになるトール。
にしても、亜人であるトールに力で勝つとは凄いなぁ。
「感心してないで助けてください!」
「はぁ……分かった分かった」
流石にこのまま見送っては、俺を守る騎士が居なくなるので困るから、返して貰うために俺は女性に話しける。
アイリスも少し心配もあったのか、そちらに向かうと安堵したような表情をする。
「えっと、お姉さん。悪いけどその子は俺の騎士でね」
うんうんと、頷くトール。
脱がされそうになるのを必死に抵抗してる様子をみると笑いそうになるが我慢我慢。
「どうしても、トールが欲しいら今夜じゃダメかな?今は俺の護衛中だからさ」
「いや、勝手に夜の予定を入れないでくださいよ……」
「貴方は……貴族のご子息か何かでしょうか?」
「まあね。見た感じ、君は冒険者か何かだよ?」
その言葉に驚く女性。
「よくわかりましたね。一応Aランクの冒険者をやってるクレアと申します」
「俺は、エルダート・シンフォニア。シンフォニア王国の第2王子だよ。今君が襲おうとしてるのが俺の騎士のトールで、この子がトールの妹のアイリス」
ぺこりとお辞儀するアイリス。
なんか和む。
「それで、トールは俺の大切な騎士でね。今抜けられると困るんだ。そこで相談なんだけど……トールを口説きたいなら、俺の元で働かない?」
「……仕事内容は?」
「トールの同僚として、護衛の任務。給料は弾むし、寿退社も無論あり」
「やります!」
「ちょ……殿下!身元も知れない人を雇うなんて……」
そんなことを言うが、単純に押し付けられて嫌なのだろう。
でも、彼女の動き……かなりの手練だし、Aランクの冒険者というのは間違いないだろう。
念の為、冒険者ギルドとルドルフ伯爵から情報を貰ったが、彼女は間違いなく、本物のAランク冒険者で、身元も割としっかりとしていた。
ギルマスに聞いところ、彼女は今年で30歳になる熟練の冒険者らしい。
年下のイケメンと結婚したい!と、たまにああして逆ナンっぽいことをしてるが……押しが強すぎて、逃げられることが多いそうだ。
有能な冒険者だし、悪い人じゃないけど、たまにああした奇行があるので、街の人達は皆心配していたそうだ。
ちなみに、あの襲われてるシチュをしてくれたガラの悪い男達は彼女の後輩で、弱みを握られているのでたまにああしてアルバイトで呼ばれるらしい。
なんか、癖の強い女性だが……かなり有能そうなので良い出会いかもしれない。
「いや、なんで僕が……」
そして、その出会いの切っ掛けであるモテ男のトールだが、事情を聞くと何となく嬉しそうに擦り寄ってくるクレアが可哀想に思えたのか引き剥がしずらそうにしていた。
すまんな、トール。
助けてやりたいが、非モテな俺には無理なのだよ。
ちなみに、少しは嫉妬するかと思ったアイリスだが、早々にクレアと仲良くなっていたのは少しびっくりした。
ガチのショタ狩りのヤバい人……と思うかもだが、この世界の成人年齢や、トールの落ち着いた物腰を見ればあながち物件的には間違ってないと言えた。
一応第2王子の騎士だし、イケメンなのでかなり良い物件だよね、トールは。
うん、悔しくないよ。
俺はまだ6歳だし、モテるには早すぎる。
それに、アイリスだって居るし何も問題は無い。
そんな訳で、1人の尊い犠牲により、俺はまた優秀な人材を発掘するのだった。
まあ、でも、あれだ。
俺はトールにクレアとくっつけと命じた訳じゃないし、口説く許可だけならそこまで問題ないだろう。
本人がどうするかは知らないが……まあ、その辺は温かく見守るとしようかね。
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