第22話 この剣に誓って

「やっぱり、オアシスの水を使った氷は格別だなぁ」


ガリガリ、ボリボリ。


一口サイズに凍らせた氷を食べながら幸せも同時に噛み締める。


普段は贅沢品(俺の中では)であるオアシスの水をストックしてる俺だが、月に一度の贅沢としてこうして凍らせたオアシスの水を氷として食べていた。


普通に飲んだり、かき氷も捨て難いが、満足感で言えばダントツで氷だと思う。


舐めてるとそうでもないけど、氷当有の歯ごたえがなかなか病みつきになるのだから、水というものは罪深い。


凍らせるだけで、その姿だけでなく、味わいさえ変えてしまうという、万能性。


このような素敵なものを触れなかった前世は本当に損をしてたよね。


「殿下、なんで氷食べながら唸ってるんです?」


そうして、1人で日陰で楽しんでいると、騎士団長との訓練が終わったのか、通りかかったトールに怪訝な顔で聞かれてしまう。


無粋なヤツめ。


「トールよ。人の幸せはそれぞれなのだよ」

「いえ、唸ってる姿みても幸せそうには感じませんが……お一人ですか?」

「ああ、アイリスならなんかやる気満々に仕事を覚えに向かったよ」


昨夜の一件のせいなのかは不明だが、何やらやる気満々なご様子のうさ耳美少女アイリスさん。


まあ、無理はしなくていいけど、やる気になってるなら水をさしたくもないし、俺からはエールを贈ることにする。


アイリスさん、ふぁいとー!


「なら、丁度いいです。殿下に聞きたいことがあったんです」

「ん?ああ、騎士団長の弱点でしょ?前に騎士団長の奥さんが脇が弱いって言ってたよ」

「いえ、そんな情報は求めてませんよ。聞きたいのは昨夜のことです。アイリスと何かありました?」


せっかく、俺が気をきかせて答えたのに素っ気なくスルーするトール。


冷たいヤツめ。


「んー、まあ少しね。軽くアイリスの過去を聞いたくらいかな?」

「……なるほど、あのニラせんべいという料理、やっぱりあれが母が良く作ってた料理なんですね。ということは、殿下は母が亡くなったことに関しては知ってるんですね」

「まあね」


断片的な情報から、それらを予測するトール。


この子探偵とかも向いてるかもね。


果たして異世界で需要があるのかは知らないけど。


「では、母の死因はご存知ですか?」

「さあ。少なくともアイリスは知らなかったようだけどね」

「でしょうね。アイリスはまだ幼かったですし。何より優しいあの子には言えませんから」


何やら含みのある言い方をするトール。


「……母の死因は自然死ではありません。殺されたんです」

「それ、俺が聞いてもいい話?」

「ええ、是非に。どうせ、アイリスは貴方に着いて行くと決めたみたいですしね」

「責任は取るよ。昨夜、色々言っちゃったしね」


その責任の取り方はまだ未定だけど……まあ、あの子が笑えるようにはするつもりだ。


「なら、いいんです」

「随分あっさりだね。『アイリスが欲しければ僕を倒してからにしてもらおうか!』とか、『アイリスは僕の妹だ!誰にも渡さない!』とか、言うかと思ってたのに」

「殿下は、僕のことをどういう風に認識してるのでしょう?」


シスコンのケモ耳美少年。


「まあ、それは今はいいです」

「そう?じゃあ、聞かせて貰うけど……誰に殺されたの?」

「……父です」

「お父さんは……人間?」

「いえ……亜人です」


ふむ……


「それで?」

「……父は、亜人絶対主義者で、その手の組織に入ってたそうです。そんな父は権力者でもあって、無理矢理娶ったのが僕たちの母なんです」


亜人絶対主義。


所謂、亜人こそ唯一無二の絶対的な存在という認識を持つ亜人の人たちを指すそうだ。


まあ、その辺は人間と大差ないかもだけど。


「母は、父から逃げたんです。幼い僕達を守りながら。それで、遠くの……この国の近くまで来て、そこで静かに僕達を育ててくれました。貧しくても、親子仲良く暮らせていたと思います」


ところが、そんな幸せは長くは続かなかった。


「……父に居場所がバレたんでしょうね。その日、家に帰ると、初めて父と会いました。……母の死体と一緒に」


遠い目をするトール。


その瞳にあるのは、怒りか、悲しみか、それとも後悔か……様々な感情が混じってそうな、そんな瞳をしていた。


「『言うことを聞かない生意気な女だから殺した。お前達は私が引き取る』……そんなことを言ってました。それと同時に『だが、妹の方は生意気な母親に似てるから、娼館にでも売ってはした金にするのもいいかもな』なんてことも言ってたと思います」


少し自信なさげな様子のトール。


それで、なんとなく察した。


「……気づいたら、父を殺してました。多分、怒りで我を忘れてたんだと思います」


それから、トールは証拠隠滅をして、父親が来たこと自体を無かったことにしたらしい。


そんな中でもアイリスは寝ていて事件のことを知らなかったのが幸いだとトールは言ってたが、恐らく、母親がこうなる可能性を感じてアイリスに少し強めの眠りの魔法を使ったのではないかと予測する。


「あとは、殿下も知ってると思いますが、僕だけではアイリスを完全には養えないので、生きるためにあの孤児院へと助けを求めて……そして、殿下に拾われたんです」


そこで、言葉を切るトール。


なんとも壮絶だが、俺が掛けるべき言葉は決まっていた。


「そっか。じゃあ、そろそろおやつにしようか」

「あの……こんな事自分で言うのもあれですが、軽くないですか?」


ど重い話を聞かされて、そんな返しをした俺に困惑するトールだが、過去は過去だし。


「んー、とはいっても、慰めの言葉は俺とかじゃなくて好きな人にされた方が嬉しいでしょ?まあ、それ以前に決めてたからね」

「何をですか?」

「トールとアイリスを引き取った時から、そういうものを全部含めて受け入れるって」


親殺しというのは大罪かもしれないが、状況的に怒りで我を忘れたトールを責めるのは筋違いだろう。


俺だって、大切な家族が同じ目にあえば、殺してもおかしくはないし。


「あえて、俺がお前にかけるべき言葉があるとすれば……『お疲れ様』だけだろうな。あとは、『これから宜しく』くらいかな?」


結局、過去を変えることなんて出来ないのだから、前を向いて生きていかないといけない。


「どうなっても、俺はお前とアイリスの味方だよ。だから……これからも、俺の騎士として俺を守ってくれよ、ナイト様」


そう微笑むと、トールはかなりびっくりした表情をしていたが……ふと、肩の力が抜けたように、純粋な笑みを浮かべて答えた。


「ええ、勿論です」


ならばよし。


そう思って、俺が立ち上がると、今度はトールが逆に俺の前に跪いて、自身の剣を地面に突き立てると凛々しい表情で言った。


「この剣に誓いまして、殿下のことをお守り致します」


なんとも騎士っぽい。


「おう、よろしく〜」

「軽すぎですって」

「いいじゃん。俺は最初からそのつもりだったしね」

「僕は今、そう決めたんですがね」


そうして、その日、俺の騎士は本当の意味で俺を守る騎士であり、友として側に居ることになるのであった。












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