第3話 招かれた客人 続2
お姫様はね、常に上を向くの。
辛くても悲しくても、ハッピーエンドが待っているから。
だから、あたしはめげない。
強く吹いた風に、膝より少し上のスカートが揺れる。
「わぁっ!」
あたしは慌てて手で押さえて、周りをきょろきょろと見た。
良かった、誰も見てないよね。
幼稚園の時からあたしは可愛いって言われてた。
水玉のリボンも、
赤いスカートも、
笑顔も。
パパもママもあたしが一番可愛いって言ってくれる。
愛情をたくさん貰ってる自覚はあるし、あたしも可愛いって言ってもらうのは嬉しいから、それなりに努力もしてるつもり。
ちっちゃい頃からバレエにピアノ。刺繍に英語に他にもたくさん!
一年以上続いたのは少ないけど、それでも大事なことはしっかり覚えているつもり。
人に優しく。思いやりを大事に。
だけど。
「豪ちゃんっ!」
「…―――――。」
あたしがいくら笑顔で声を掛けても、むっとした顔でそっぽを向いちゃうのは何でなの?
あたし、何かしちゃったかなぁ。
授業中ずっとそればっかり気になって、先生のお話も全部入ってこなかった。
いつも授業にはひとりで来て、ひとりで座って、ひとりで出て行く。
皆はそれを遠巻きに見ているだけで、休憩になってもお話しに行く人はいない。
そりゃあ、たまにはいるけど、特定のお友達はいないみたい。
なら、あたししかいないよね?
だって、あたしは豪ちゃんとお友達になりたいもん。
「やめなってぇ。」
立ち上がったあたしを引き留めたのは、お友達の角田恵美ちゃんだ。
濃いお化粧と厚底ヒール。
ちょっと昔のアイドルみたいなめぐちゃんはいつも目立っていてかっこいい。
持ち物は全部キラキラしたストーンシールを付けてて可愛いし、すぐにあたしはお友達になってと頼んだ。
「何で?」
あたしが首を傾げると、めぐちゃんは面倒くさそうに太い眉毛を寄せた。
「だってさぁ、さっきも無視されてんしょ?何で毎回アタックしにいけんのか分かんないわ。」
「だって、今行ったら話せるかもしれないじゃん!」
そう。今日はダメでも明日なら。今がダメなら次なら。
いつかきっと応えてくれるはずだもん。
めぐちゃんは大きく口を開けて笑った。
「あんたホント空気読めないよねー!」
あたしはぷくっと頬を膨らませた。
「そうやって空気読んでても、豪ちゃんと仲良くなれないもん。」
空気を読んでたら、物語は始まらないのと同じ。
あたしだって自分に正直になりたいの。
「あーあーそうねぇー。ね、見てよコレ。GGの新商品だって!やばー!」
「ほんとだぁ…」
シトラスのミントホイップティー。
オレンジ色にミントが映えて、上に乗せられたホイップクリームは見ただけでもおいしいって分かる。ふわっふわのクリームの上にはオレンジピューレが星みたいに乗っててとっても可愛い。
「あっ!豪ちゃん行っちゃったじゃあん!」
あたしがめぐちゃんのスマホに釘付けになってる間に、どうやら席を離れてしまったようだ。
豪ちゃんの座っていた席には棒付きのキャンディーが転がっていた。
せっかく今日こそ仲良くなれそうな気がしてたのに…
「マジ?うわ、もう休憩終わるじゃん。喉乾いちゃったのになー。」
めぐちゃんがオモチャみたいな腕時計を見て、机の上にあるお菓子のゴミを一か所にまとめた。
その時計は近所で遊んだ子がバザーで売っていたみたいで、それを買って自分でデコレーションして使ってる。
めぐちゃんの綺麗好きなとこも、好きなものを自己流にアレンジして大事に使うとこも素敵。
あたしはほっこりしてピンクのペンを手に取った。
「めぐちゃんどう思うぅ?」
授業が終わって、ちょっと長い休憩時間にあたしたちは図書室棟の前のベンチに座ってお話をする。
議題はもちろん、どうしたら豪ちゃんと仲良くなれるか!
長くてキラキラした爪でスマホをカツカツしてためぐちゃんは、音がしそうな程厚いまつ毛をバサバサ瞬いて唇を尖らせた。
「んー。明日なら仲良くなれるとか思ってるあんたのお花畑加減があーしは好きだけどさ。」
「えへへ。ありがとうめぐちゃん。あたしもめぐちゃんのこと大好きだよ。」
嬉しくて笑顔になるあたしに、めぐちゃんは複雑そうな顔をしてあたしの頭を撫で回した。
「きゃぁぁ、せっかく綺麗に結んだのにぃーっ!」
「いつもそんなんなら可愛いだけなんだけどネー。」
どういう意味?とあたしは三つ編みを解きながら目で訴えるけど、めぐちゃんはまた時計を見てあっと口を開いた。
「あーちゃん、あーし次の授業あっからもう行くわ!!」
「あっそっかぁ。席取りに行かないとなんだもんね。頑張ってね!」
今受けていたのは学年共通の選択科目だけど、それとは別にめぐちゃんは経営学部の授業も取ってる。
大学に入る前は雑誌の編集長を目指してたみたいだけど、今は自分のお店を持ちたいと思っているみたい。
やりたいことがあるってかっこいいなぁ。
「そ!経営のイケメンの近くはマジ倍率高いから!!またねん!」
楽しそうに走っていっためぐちゃんを見送って、あたしは伸ばした足先、茶色のパンプスをコツコツ鳴らす。
あたしは将来、何しよう…
小さい時はお姫様ってすぐに答えられたけど、今はそんなこと言えない。
もちろん今でもあたしはお姫様になりたいと思ってるけど…あたしが思ってるお姫様と本当のお姫様はイメージが違っていたから。
あたしはキラキラ輝く、みんなに愛されるお姫様が好き。
なれるとまでは、さすがに今は思っていないけど。
その点豪ちゃんはかっこいい王子様みたいな人だ。
颯爽と現れて、助けてくれる。そんな王子様。女の子だけど、王子様。
「あっそうだ!」
あたしはローズピンクのスマホを取り出して、丸い爪先で操作する。
「………は?何でここにいるの?」
授業が終わってなるべく早く箱庭へと戻ってきた。けれど今目の前に、いるはずのない人物がそこにいる。
「お、お疲れ、りんご…ちゃん?」
「何でここにいるの?」
もう一度同じ質問をする。
でもいちごちゃんは視線をさまよわせてから俯いた。答える気はないということなのだろうか。
建物側でなく、斜面側の放置していた椅子に座っていたいちごちゃんはパソコンを閉じて立ち上がる。
「っごめん!!ここから出て行ったのが見えて、ちょっと気になって来てみたら…いい場所だな、って…」
「最低。」
自分でも思ったより冷たい声が出て、いちごちゃんが顔を引きつらせる。
別にここは秘密にしていた場所ではない。そもそも先生が教えてくれた、言うなればただの校舎裏だ。
こんなに自分が感情を荒ぶるなんて、そんなに大事な場所だっただろうかと自問する。
「それについては、本当に悪いと思ってる…ごめん。」
申し訳なさそうに眉を下げるいちごちゃんを横目に私は自分の定位置に鞄を置いて煙草に火を付ける。
こんな私、らしくない。
一呼吸置くことで少し落ち着いた私は、再び彼を見る。
彼は反省しているように見えて、ここからは動かないらしい。三歩歩けば届く距離にいるというのに、そこから動かず私を気まずそうに見ている。
相変わらずお気楽そうで、苛々する。
きっと彼は私が心底苛立っていることに気付いてもいないんだろうな。
「…ここがそんなに気に入ったの?」
灰を灰皿に落としながら尋ねると、いちごちゃんは何故か嬉しそうに言う。
「あ――うん、綺麗だよな、ここ!音無先生も好きに、来れば―――って…」
最後の方の言葉を濁すあたり、私が彼にここに留まって欲しくはないということは正しく伝わっているようで安心した。
ただ、音無先生が良いって言っていたのなら、私には追い出す権利はない。
「……あ、そう。…授業は?」
逆に今来たのが私で良かった。礼ちゃんは授業中であと二コマ、二時間程度は戻らない。それまでに授業へ行ってくれたり、帰ってくれれば問題ないのだ。
「俺、本当は今からなんだけどさ…ちょっとここにいたら時間忘れてて、次のコマから出るかなって。」
私が許したと思ってるのか、いちごちゃんは嬉々として話し出す。
強い風が思考を濁し、つい適当に口が動く。
「へぇ。…その後は?帰るんでしょ?」
じっと下からねめつけるように見れば、またその視線が狼狽える。
そう。思い知れば良い。私は別に歓迎していない。
仲良くしようとも言ってない。ここは、自分の時間を自分の為に使う大切な箱庭だ。
「そう、だな…いつも帰ってる。」
「その方が良いよ。私は人と会いたくないからここを使ってるし、私よりもここを必要としてる人がいるから。」
いちごちゃんに会ったのが私で、礼ちゃんが来る前で本当に良かった。
礼ちゃんが御曹司ということも、外面が良いことも、私は知っている。知ってて、知らない振りをする。だって外面の礼ちゃんには会ってないし、私の知る礼ちゃんはここで全てだから。
だからこそ、私自身のためにも、ここは穏便に事を済ませたい。
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