地下世界

第45話 ランドルの出迎え

 その場に居れば、ランドルたちが現れて、最高指導者の下へと連れて行ってくれるのであれば、雲水が教えてくれなくとも、いずれは最高指導者に会えるのではないかと、誰もが思ったが、そのことが分かっただけでも、未知の世界に取り残されたロイたちは、安心することが出来た。雲水以外、この世界のことを知る者はなく、臥神でさえも、この後、どうしたらよいのか分からなかったからである。

 ロイたち一行は、いつ現れるか分からないランドルたちを待つまでの間、とにかく今自分たちが居る場所の周辺を散策して、飲み水と食糧を確保しようと考えた。

 幸い、目の前の川の水は、澄んだきれいな水で、飲んでも問題はなさそうだった。

 問題は、食糧だった。

 川の中には魚などが沢山泳いでいたが、いずれの魚も彼らよりも大きく、とても捕獲できそうにはなかった。雲水は、地下世界の生き物はすべて平和的だと言っていたが、川べりに近づけば、自分たちが食べられてしまうのではないかという恐怖心を抱いてしまうほど、すべての魚が巨大だったのである。

 他に何かないだろうかと辺りを見廻してみたが、樹木の枝にたわわに実る果実しか見つからなかった。しかも、それは、巨大な大樹の枝にるもので、とても彼らの登れるような木ではなかった。

 さらに上を見上げると、空には、太陽のようなものが輝いていた。地下世界に太陽があるなど信じられなかったが、それはまさに太陽としか形容しがたく、まばゆい光を放ちながら、空に浮かんでいるように見えた。

 もしかすると、地上の太陽光を集光して、何らかの方法で地下に導いているのかもしれないと、ロイは思った。アマラ神殿やグランダルの石門で見た、光の集光、増幅、照射技術を用いれば、それも不可能ではないだろうと思ったのである。

 そして、空には、地上世界と同じように、雲も存在していたので、雨も降るだろうと思われ、周囲の光景は、すべてが巨大であること以外は、地上世界となんら変わりはないようだった。

 森からは、鳥のさえずりが聞こえ、時折吹く爽やかな風が心地よい花の香りを運んでくる。暑くも寒くもない温暖な気候で、とても快適な世界のように思えた。

 こんな世界に暮らせるのであれば、それも悪くはないと感じさせられるほど平和な世界のようだった。

 雲水が言っていたように、地下世界が本当に理想郷のような世界で、争いのない平和な世界なのであれば、この世界で暮らしてもよいかもしれないと誰もが感じ始め、興味深く周囲を眺めていると、川の上流の方から、何かが地上すれすれを飛行しながら向かってくるのが見えた。それは、鳥や虫などではなく、人の乗った乗り物のようだった。

 その乗り物は、ものすごい速さで、ロイたち一行のいるところに向かってきているようだった。

 乗り物に乗っているのは、この地下世界の住人であるランドルだと思われた。

 雲水から、地下世界が平和な世界だと聞いていたので、ランドルが自分たちに危害を加えることはないだろうと思いながらも、ロイとクロードは、ステイシアの前に歩み出て、念のために腰の剣に手を添えて身構えた。

 ランドルの乗る乗り物は、徐々に速度を緩め、ロイたちのいる場所の近くまで来ると、地上すれすれの位置で浮遊した状態を保ちながら止まった。

 その乗り物は、鳥の卵を横にして水平に半分に割った船のような形をした乗り物だった。鳥の翼のようなものはなかった。どのような仕組で浮いているのか、どのような推進力があるのかは分からなかったが、それを見ただけでも、ランドルの文明がいかに進んでいるのかがよく分かった。

 ロイたちは、その乗り物に乗っている二人のランドルたちを見上げた。

 ランドルの体は、やはり彼らの十倍以上はあると思われるほど大きかった。

 もしランドルたちに襲われれば、間違いなく一握りで殺されてしまうだろうとロイは思った。

 しかし、ランドルたちからは、敵意のようなものは全く感じられず、むしろ、初めて見る小人に驚いているかのような表情で、ロイたちを見下ろしていた。

 彼らは、ロイたちと比べると体が巨大であるという以外は、姿、形は全く同じように見えた。

 外観は東洋人のようで、着ている服は、見たこともないような風変わりな服だったが、ロイたちの身なりも彼らにとっては同じように見えているのだろうとロイは思った。

 「あなた方をお迎えに参りました」

 ランドルの一人が、ロイたちを見下ろしながら言った。

 その言葉で、ロイは、やはり雲水の言っていたように、自分たちは監視されているのだと感じた。自分たちが地下世界に入り込んでから、それほど時間が経っていないにもかかわらず、すぐにランドルがやって来たからである。

 「あなた方は、古代からこの世界で暮らしているランドルという種族の者たちですか?」

 ステイシアが、臆することなく毅然きぜんとした態度で、目の前の巨人たちを見上げながら尋ねた。

 「はい。我々の種族は、数万年前からこの地で暮らしており、あなた方、地上の人間の祖先にあたる種族です。我々二人は、ずっとこの世界で暮らし、地上には一度も出たことはありませんので、あなた方のような小さい体の人間と、どう接したらよいのかをよく知りません。出来る限り、丁重にあなた方をお迎えし、もてなすようにとの指示を頂いておりますが、もしご無礼等ありましたら、いつでも仰ってください」

 ランドルは、低姿勢且つ丁寧な言葉遣いだった。

 恐らく、彼らと比べて極端に体の小さい自分たちを怖がらせないようにとの配慮があるのだろうと、ステイシアは思った。

 「そのような指示は、この世界の指導者からのものなのですか?」

 「はい。あなた方を、これから最高指導者の下へとお連れいたします。悶者モンゼであるあなた方が、この世界にとどまることが出来るかどうかは、最高指導者が決定しますが、決定が下るまでは、あなた方は我々が歓迎いたします」

 「悶者モンゼとは、どういう意味ですか?」

 「我々ランドルは、地上世界に生きるあなた方のことを悶者モンゼと呼んでいます。心のかせを外して自由を得たことによって、もだえ苦しみながら生きている者という意味です」

 「どうして、あなた方は、我々をそのように呼ぶのですか?心のかせを外したというのはどういうことなのですか?」

 ステイシアは、理想的な世界に生きるランドルたちからすれば、地上世界の人間がもだえ苦しみながら生きているように見えるのは当然かもしれないと感じたが、心のかせを外して苦しんでいるという意味が理解出来なかった。

 「あなた方悶者モンゼは、完全な自由意志を求めて、この世界から旅立ったのです。我々のこの世界には、完全な自由意志というものはありません。そのために、平和な社会を実現することが出来たのです。しかし、あなた方は、何をするのも自由です。そのような世界で生きているために、限りある資源を奪い合い、憎しみ合い、殺し合いをすることも許されています。勿論、譲り合い、助け合い、愛し合うことも自由です。しかし、あなた方は無限ともいえる欲望と共に生きているため、時には残虐な行為に走ってしまうこともあります。地上の全ての人間がそうとは言いませんが、ほとんどの人間には、多かれ少なかれ、同じような傾向があります。それは、自由意志が許されているからなのです」

 「あなた方の世界には、完全な自由意志が無いと仰いましたが、それはどういうことなのですか?」

 レイも、ランドルの言葉に興味を持って尋ねた。

 「我々は、生まれた時から、人間の心の負の側面を、暗示によって取り除かれているのです」

 「暗示?暗示とは何ですか?」

 レイがランドルに尋ねると、ロイは、以前アレンから聞いた暗示に関する説明を、そのままレイに伝えた。

 「では、あなた方は、自分たちの心にかせをはめて、一部の行動を抑制しているのですか?」

 ロイが、暗示によって美璃碧姫となってしまった可能性のあるティナのことや、アレンの暗示によって闘技試合で脚の動きを止めてしまったリディアのことを思い出しながら、ランドルに尋ねた。

 「その通りです。我々は、赤子が生まれると、あらゆる負の側面を取り除くための強力な暗示をかけるのです。命を奪うことは勿論のこと、命あるものを傷つけることや、限りある資源を奪い合うこと、恨みや憎しみのような感情を持つことなど、それらの行為を起こす考えが心に湧き上がらないようにするのです。つまり、人間の負の側面を表す意志を心から完全に取り除いてしまうのです」

 「それでは、ある意味、足枷あしかせをはめられた囚人のようなものではないのですか?」

 「そうかもしれません。しかし、の命を奪うような行為を抑制するために、心にかせを掛けることが悪いことだと、どうして言えますか?限りある資源を奪い合うために戦争を起こそうとするその考え自体を持つことのないようにすることが、悪だと言えるでしょうか?」

 「確かにそうかもしれませんが、どのような意志を持つことが許されて、どのような意志が許されないかということは、誰が決めるのですか?どの意志が正しくて、どの意志が正しくない、などと誰が言えるのですか?」

 聡瞑ソウメイという僧正そうじょうから様々なことを学んだレイが、自由意志に関する話に強い関心を示して尋ねた。

 「それは、我々自身が決めたのです。我々は、我々の理想とする社会を創り上げるためには、どのような意志が不要なのかを、我々の長い歴史の中で、長い年月をかけて検討し、決定したのです」

 「しかし、それが正しい決定だと、どうして言えるのですか?あなた方も人間である以上、間違った判断をすることもあるはずです。その間違った判断の基に、生まれてきた赤子から自由意志が奪われるというのは、正しいことではないのではありませんか?」

 「正しいか、正しくないかは問題ではありません。なぜなら、絶対的な正誤というものは、ないのですから。我々は、我々が理想とする社会の実現に必要な意志のみ残し、それ以外の意志を取り除いているだけなのです。もし、そのような社会で暮らすことを望まなければ、初めからこの世界に生まれようとは考えないはずです。ですから、この世界に生まれることを選択した者が、暗示をやいばととらえ、そのやいばから自分を護るために、心に鎧をまとわなければならないなどと考える必要は全くないのです」

 ランドルの最後の言葉を聞いて、レイたちは、雲水のことを思い出した。

 「もし、この世界に生まれることを選んだ自分の選択が間違いだったと気付き、この世界を離れたいと思った場合は、どうなるのですか?この世界で生きた記憶は全て抹消されてしまうのですか?」

 「そうです。この世界は、我々の考える理想的な社会で暮らしたいと考え、理想的な社会とはどういうものかを体験したい者だけが暮らすことを許される世界なのです。もし、そのような社会に暮らすことを望まなくなった場合は、まずは、この世界の最高指導者や、教育担当の者たちが面談を行い、この世界を離れたい理由を聞いて、この世界を離れて別の世界に行くことが、その者にとって人間性を高めることにつながるのかどうかを、お互いによく話し合います。そして、それが、その者にとって必要だと判断された場合は、別の世界に行くことが許されます。しかし、我々と異なる考え方を持った人間が、この世界のことを知って、この世界におもむき、秩序を乱したり、この世界を奪おうとしたりすることのないように、彼らのこの世界に関する記憶は全て消し去るのです」

 「では、なぜ我々は、この世界を訪れることが許されたのですか?地上世界のグランダルという王国にあるランドルの遺跡に、この世界への入り口を示す仕掛けが施されていたということは、いずれその仕掛けの謎を解く者が現れた時に、地上世界の人間を地下世界に招こうと考えていたということなのですか?」

 ランドルの話に惹きこまれつつあるステイシアが尋ねた。

 「その通りです。我々は、あなた方、地上世界の人間が、文明や科学技術などを発展させて、この地下世界への入り口を見つけるだけの十分な知恵を身につけるころには、この地下世界で暮らす資格を持った人間になっているだろうと考えていました。しかし、それは正しくはありませんでした。あなた方は、奪い合いや戦争をいまだに繰り返しています。もちろん、ここにいるあなた方自身は、みにくい争いを好んで行うような人間でないことは分かっています。しかし、自分や家族、国民を護るため、あるいは平和を実現するためなどといった大義を掲げていくさを行っているのも事実です。あなた方には、今のままの状態でこの世界で暮らしていく資格はありませんが、もし望むのであれば、我々が、あなた方の一部の記憶を消し去り、赤子が生まれたときに施す処置と同じ処置をあなた方に施して、他人ひとを傷つけたり、奪いあったり、争ったり、といった調和を乱すような行為を取ろうとする意思をあなた方が二度と持たないようにすることを、あなた方が受け入れれば、この世界で暮らしていくことが認められることでしょう。しかし、もし、それを受け入れられない場合は、あなた方は、この世界にとどまることは出来ません」

 「それで、我々の意思を聞き、我々の処遇を決定するために、最高指導者の下へと連れて行くのですね?」

 「はい。ですが、あなた方がこの世界で暮らしていきたいかどうか、自分の意思を決めるためには、この世界のことを知る必要があるでしょう。ですので、しばらくは、我々と一緒に暮らしてみてください。あなた方のお世話は、我々がさせて頂きます」

 そう言うと、ランドルの一人は、地面の上で倒れかかっていた気球の籠をつまみ上げ、ステイシアたち全員の前の平らな地面に置きなおして、その籠に乗る様に促した。

 ステイシアとレイは、臥神に視線を移した。

 臥神は、何も言わずに頷いた。臥神は、しばらくは成り行きを見守ろうとしているようだった。

 ステイシアとレイが、気球の籠に乗り込むと、残りの仲間も全員、来た時と同じように二手に分かれて、籠に乗り込んだ。

 「私の名は、彩雲法剣サイウン・ホウケンと言います。そして、このモルファードという乗り物を操縦しているのは、私の妻の艶凛エンリンです」

 法剣が自己紹介をすると、ステイシアたちも自分たちの名前を述べようとしたが、法剣は、すでに全員の記録を調べたので知っていると言った。

 「我々は、あなた方がこの世界の入り口に入ったときから、あなた方の記録を調べ、監視していました」

 「我々の記録?地上世界の人間のことが記録されているのですか?」

 「はい。我々ランドルは、地上世界の人間たちの歴史をずっと見守っているのです。地上世界の人間たちの情報は、すべて、ある特殊な機械の中に保存されています。そして、我々は、あなた方が、この世界を侵略しようとしている者でないことを確かめるために、あなた方の記録を調べさせてもらったのです」

 「では、あなた方は、我々のことをすべてご存知なのですか?」

 「はい。あなた方が生まれたときから、どのような人生を歩んで今に至り、あなた方が現在どのような人物なのか、すべてのことを確認しました。そして、あなた方は、我々の世界に脅威を与えるような人物ではないと、とりあえず判断され、この世界に来ることを許可されたのです」

 法剣の話は、とても信じられないようなものだったが、それがもし本当であるとすると、地上世界と地下世界の人間の文明の間には、相当の開きがあるのだろうと誰もが思った。

 法剣は、ステイシアたちが再び乗り込んだ気球の籠を、水平に保った状態でゆっくりと持ち上げた。すると、艶凛エンリンが、乗って来たモルファードという不思議な乗り物を始動させ、川の下流方向に向かって移動し始めた。

 その乗り物は、地面から少し離れた高さに浮きながら移動していたため、移動中に揺れることが全くなく、騒音もない快適な乗り物だった。しかも、移動速度がとても速く、フリージアの飛行速度よりも速いのではないかと思われるくらいの速度で、広大な大地を移動した。

 しかし、不思議なことに、それだけ速い速度で移動しているにもかかわらず、風にあおられることは全くなかった。

 「ここは、野生生物の暮らす地域で、我々人間の住む区域とは明確に区別されているので、自然がそのまま残されています」

 法剣は、周りの景色を見渡しながら、ステイシアたちに説明を行った。

 周囲の自然は、法剣の言う通り、手つかずの自然で、人工的なものは何もないようだった。

 空には、色とりどりの様々な種類の鳥が舞い、地上には、様々な動物が暮らしていた。大きさが異なる以外は、どの動物も地上と同じように見えたが、時折、地上では絶滅したと言われるマンモスらしき動物も見かけることができた。

 エドがこの場にいたら、きっと声を上げて喜ぶだろうとロイが思うほど、そこは自然の豊かな場所だった。

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