地下世界への旅

第43話 遺跡の謎の解明

 気球と呼ばれるその乗り物は、丈夫な布で出来た巨大な球体の下に、十人くらいは乗れると思われる大きなかごがぶら下がっている乗り物だった。

 気球の降下時にその球体の中が見えたが、中には何もなく、空気だけで満たされているようだった。そして、その空気は、籠に設置されている燃焼装置から上方に向かって噴き出している炎によって、暖められているようだった。

 その装置の脇には、臥神と霞寂カジャクがいて、霞寂がその装置を管理しているようだった。

 もう一つの気球の籠には、従者と思われる四人の男たちと、髪とひげの伸びた、頬の痩せこけた男が乗っていた。

 気球がロイたちのいる場所に着陸すると、臥神はおもむろに気球から降りて、その場所にいる人員を確かめるように見渡した。

 「ティアンじゃないか。私だよ、ロイだよ。覚えているかい?」

 ロイは、自分の教え子をなつかしむように、明るく声をかけた。

 「私は、ティアンなどではない。私の名は、臥神と申す」

 やはり、ロイの不安は的中した。

 ティアンは、もはやロイの知っているティアンではなかった。

 着ている服や話し方、態度など、すべてが昔と違い、当時の面影は、臥神からは全く感じられなかった。

 「そうでしたか。あなたのお名前は、臥神と仰るのですね。失礼いたしました」

 ロイは、非礼を詫びた後、口調を変えて再び話しかけた。

 「あなたのことは、色々と伺っています。天下の奇才と称され、アマラ神殿に攻め込んできたグランダル軍を、神殿を崩壊させることにより撃退したことも聞きました。もしや、この津波によるグランダル軍のせん滅も、あなたが行ったことなのですか?」

 臥神は、優雅に羽扇を扇ぎながら、ゆっくりと頷いた。

 「いったい、どうやってあれ程の巨大な津波を引き起こしたのですか?」

 ロイは、津波を人間が引き起こすなど、とても信じられないことだと思ったが、もしかすると臥神であれば、それも不可能ではないのかもしれないと思い、説明を求めた。

 「簡単なことだ。グランダル国の対岸にあるトラキア公国の崖の一部を崩落させたのだ」

 「崖の一部を崩落させた?」

 「さよう。岸壁を崩壊させて、大量の岩石を崖下がいかの海に落下させることにより、津波を生じさせたのだ」

 臥神は、大したことを行ったのではないとでも言うかのように、静かな口調で説明したが、臥神のその説明は、それを聞いていたロイたち全員に、驚愕と畏敬の念を抱かせた。

 「では、岸壁をどうやって崩落させたのですか?」

 「トラキアの西側の岸壁は堅儚石けんぼうせきで構成されているのだ。従って、アマラ神殿の時と同様、岩石の劈開へきかいという性質を利用したのだ」

 「劈開へきかい?」

 ロイが、言葉の意味を理解出来ずに聞き返すと、レイが、以前ステイシアに説明したときと同じように、劈開についての簡単な説明を行った。

 すると、突然、気球のかごに乗っていた、髪の長い痩せこけた男が、ロイたちの理解出来ない言葉で何かを叫び始めた。

 その男は、手枷てかせをはめられており、臥神の従者たちに押さえられていたが、どうやら、臥神に何かを訴えているようだった。

 「あの男をどうするつもりだ?」

 リディアが突然、臥神に尋ねた。

 「あの男をご存知なのですか?」

 ロイは、臥神の答えを待つ前に、驚いてリディアに尋ねた。

 「雲水陽焔ウンスイ・ヨウエンという名であること以外は何も知らぬが、あの男とは、トラキアの地下牢で会ったのだ」

 「トラキアの地下牢で?彼は囚人なのですか?」

 「そのようだが、臥神が地下牢から連れ出したということは、重要な人物なのであろう」

 リディアは、再び臥神に視線を移し、臥神の返答を待った。

 「あの男には、これから行く世界での指南役となってもらうのだ」

 「これから行く世界?どこへ行こうというのだ」

 「無論、巨人族のいる世界へだ」

 リディアは驚いた。臥神は、初代のトラキア大公が迷い込んだというランドルの地下世界へ行こうというのである。

 臥神の口から巨人族という言葉が出たことを機に、臥神の話に関心を抱いたステイシアは、ロイに臥神がどういう人物なのかの説明を求めた。

 ロイは、かつて学舎で学んでいた頃のティアンとはすっかり変わってしまった臥神については、あまり詳しくは分からなかったが、自分の知っている範囲のことをステイシアに伝えた。

 「巨人族の世界は、単なる伝説ではなく、本当にあるのか?」

 リディアが再び尋ねた。

 「それを確認するために行くのだ」

 臥神は、再び羽扇うせんを扇ぐと、巨人族の話に興味を示して真剣な眼差しで臥神を見つめているステイシアに視線を移した。

 「その世界がどこにあるのかご存知なのですか?」

 ステイシアは、子供とは思えない臥神の身なりや態度に違和感を覚えながらも、丁寧な口調で尋ねた。

 「あそこを見るがよい」

 臥神は、今いる高台の場所から見下ろすことの出来る、内陸部の低地にあるピリテの方角を、持っていた羽扇で指し示した。

 そこには、砂漠の砂が津波で押し流されてあらわになった巨大な石灰岩が見えた。

 「冠水したピリテの海水が、こんなにも早く引き始めるなんて…」

 レイが、押し寄せた海水の予想以上の引きの速さに驚くと、ステイシアは、エルザの調査対象の一つだった石灰岩が、白い岩肌を剥き出しにして、倒れた墓石のように横たわっているのに驚いた。

 グランダル国の沿岸地域を呑みこんだ黒く濁った津波の海水は、急速に引き始めていたが、レイたちが驚いたのは、それだけではなかった。

 「気のせいか、海水の色が、さっきまでとは違うように見えるが…」

 ロイが不思議そうに海水を見ながら呟いた。

 そのことに気付いたのは、ロイだけではなかった。全員がそのことに気付くほど、黒く濁っていた海水の表面の色がどんどんと変化して、美しい翠玉すいぎょく色に変わり、まるで宝石で出来た海のように、太陽の光を反射させて、きらきらと輝き始めたのである。

 「生きる宝石と呼ばれるアマラ・クラーグという水母くらげが、日の光を求めて海面に上昇してきたのだ」

 臥神が、海水の美しさに見とれているロイたちに説明するように言った。

 「アマラ・クラーグ?」

 「さよう。アマラ・クラーグは、不死の生物と言われ、生息環境が厳しい状況になると、体を変化させる特長があり、たとえば、環境が砂漠化して水が無くなると、そうなる前に十分な時間があれば、自分の体を小さくしていき、卵の状態に戻るのだ。堅い皮殻に守られたその卵は、そこに再び水が戻るまで卵の状態で休眠するのだが、水が戻ると、再び孵化して成長し、成体に戻ると言われている。グランダルの砂漠の砂の中には、はるか昔、海であったこの地に生きていたアマラ・クラーグの大量の卵が長い間休眠していたのだが、津波による冠水によって、卵が孵化し、幼体が大量に発生して、海水面に上がって来たのだ。しかし、冠水した水は、じきに引いてしまうため、アマラ・クラーグの幼体は、水が引くまでに卵に戻ることは出来ずに、砂漠の砂の中で死を迎えるだろう。そして、そのアマラ・クラーグの幼体の遺骸は、砂漠の砂の保水能力を高めるのだ。冠水後の砂の中では、先程の雨によって運ばれた微生物と呼ばれる、極小のある生物が、砂の水の中で爆発的に増殖していく。それにより、グランダルの国民は、飢えから救われることになるだろう」

 臥神の説明は、前半部分はロイたちにも理解出来たのだが、後半部分は十分には理解できなかった。

 「その微生物という生物が増殖すると、なぜグランダルの国民は、飢えから救われるのですか?」

 「ここで詳しいことを説明したとしても、そなたたちには理解できぬであろう。霞寂に命じて、エドという生物学者にすでに説明させておいたので、トラキアへの帰国後に、その男に説明してもらうがよい」

 臥神の話には、誰もが驚いた。海水面に現れたアマラ・クラーグという水母くらげの幼体が、海水の色を変化させたこと自体もそうだったが、まだ子供である臥神が、そのような専門的な生物に関する知識を持っていたからである。

 臥神以外の誰もが、アマラ・クラーグの幼体によって翠玉すいぎょく色に輝く宝石と化した沿岸の美しい光景を、しばらく黙って見つめていたが、レイが放心したような状態で、その沈黙を破るかのように呟いた。


 砂漠に再び水が戻るとき、翠玉すいぎょくの海に扉が開き、全ての失われた記憶がよみがえらん


 レイのつぶやいた古き言い伝えを聞いて、ステイシアは、以前エルザとルカが言っていたことを思い出し、すぐに沿岸付近の巨大な石門に目を向けた。

 「石門の岩扉いわとびらが開いています!」

 ステイシアが思わず興奮と驚愕の声を上げると、ロイたちも、ステイシアの見つめる方向に視線を移した。

 巨大遺跡の石門は、沿岸に押し寄せた津波に破壊されることなく、依然として、悠然ゆうぜんとそこに立ち続けていたが、岩扉いわとびらは、津波の水圧に押されて開いていた。

 そして、東の海岸線から昇り始めた太陽が、ある高さにまで昇ると、臥神が再び、ピリテの方角を羽扇で指し示し、そちらを見るように促した。

 石門とピリテの間に存在している、枝が複雑に絡み合った回転草を模したような巨大な構造物が、岩扉の開いた石門から差し込む朝日の光を浴びて、ピリテの巨大な白い一枚岩の上に影を落とし始めていた。

 「もしかすると、あれは、ランドルの森とその周辺諸国を表した地図なのではありませんか?」

 一枚岩と、不思議な形の構造物、そして石門とを結ぶ直線上の上空に、太陽の位置が近づくにつれて、徐々に形が整い始めてきた影を見て、レイが言った。

 それは、ある特定の角度から光が差すことにより、投影された影が意味を成すように、精巧に作られたものだったのである。

 「まさか、あの地図上のどこかの場所に、巨人族の地下世界への入り口があるというのか?」

 リディアが答えを求めて臥神に視線を向けた。

 「さよう。そして、トラキア公家の者が代々継承するアマラ・アムレットに埋め込まれているクラーグ・ストーンを、あの石門の上部に彫られた龍の三つの瞳の穴にはめ込むことにより、隠された地下世界への入り口が示されるのだ」

 臥神は、ステイシア姫に視線を移した。

 「それは、これのことですね」

 ステイシアは、自分のアマラ・アムレットと、リディアから返されたアマラ・アムレットの二つを、臥神に示すように差し出した。

 「さよう。それを私に預からせてはもらえぬか?」

 ステイシアは、臥神の要求を快く承諾した。ステイシアも、本当に巨人族の地下世界があるのであれば、その地下世界への入り口がどこにあるのかを知りたいと思ったからである。

 臥神は、ステイシアから二つのアマラ・アムレットを受け取ると、次にリディアに視線を移した。

 「もう一つあるはずだが」

 リディアは、臥神にすべてを見透かされているのを感じ、やはり自分は臥神の思惑通りに動いているのだろうかと怖くなった。

 リディアが黙ったまま口を閉ざしていると、ステイシアがリディアの代わりに答えた。

 「もう一つは、私の亡き父であるランバル大公のアマラ・アムレットです。それは、トラキア城に保管されています」

 「いや、それは、すでにここにあるはずなのだ」

 臥神が、リディアを暗に追い詰めるかのように言った。

 「ここにあるですって?」

 ステイシアは、臥神が鋭い目で見つめているリディアに視線を移した。

 「もしや、あなたが持っているのですか?」

 リディアは渋々頷いて、持っていたもう一つのアマラ・アムレットを臥神に手渡した。

 「あなたが、どうしてそれを持っているのですか?」

 「三つのアマラ・アムレットが揃えば、母に会えるというので、メテルに頼んで借りたのだ」

 「なんですって?母ライーザは、まだ生きているのですか?」

 ステイシアは、リディアの言葉に驚いて、思わず声を高ぶらせた。

 しかし、リディアは何も答えなかった。

 「これで、母に会えるのであろう?」

 リディアは、臥神からの返答を期待した。

 「これから、この三つのアマラ・アムレットに埋め込まれているクラーグ・ストーンを、石門の龍の瞳にはめ込むので、よくあの地図を見ておくがよい」

 臥神も、余計なことは何も言わずに、従者の一人にアマラ・アムレットを渡して指示を与えた。

 従者は、別の従者と共に、臥神の乗ってきた気球に乗り込むと、気球を再び上昇させて、石門へと飛び立っていった。


 従者が、石門付近で気球を滞空させながら、龍の瞳に三つのクラーグ・ストーンをはめ込むと、太陽光を受けた石門からクラーグ・ストーンへと導かれた光が増幅され、半透明の翠玉色の光線が龍の第三の眼から投射されて、ピリテの一枚岩に投影されている地図上のある一点を指し示した。

 それはまるで、ロイがアマラ神殿内で見た、鉱石に反射した太陽光が、光の帯となって壁の絵を照らし出していた仕掛けのようだった。

 「やはり、あそこか」

 臥神が呟いた。

 リディアは、巨人族の地下世界への入り口のある場所を知るために、リディアにアマラ・アムレットを運ばせた臥神が、すでにその場所を知っていたかのような言葉を漏らしたので驚いた。

 「どういう意味だ?お前は、すでに地下世界への入り口の場所を知っていたとでも言うのか?」

 「おおよその見当はついてはいたのだが、正確な位置を知る必要があったのだ。グランダルには、沿岸付近に、巨人族の遺跡である巨大なピラミッドが存在している。トラキアには、巨大なアマラ神殿が存在していた。そして、これは、そなたたちは知らぬだろうが、美土奴国の北側にも、巨人族の巨大な遺跡が存在しているのだ。その三点を結ぶ三角域の重心が、巨人族の地下世界への入り口であろうと私は推測していたのだが、正確な位置を確認出来ねば、やみくもにランドルの森を焼き払って探さなければならなくなってしまう。そのような真似はしたくはなかったのだが、これでようやく正確な位置を確認することが出来たのだ」

 臥神のその言葉を聞いて、ロイは、ランドルの森の中で、エドが森林火災に気付いたことを思い出した。

 「ここに来るためにランドルの森を通りぬけてきたのですが、そのときに森林火災がありました。もしや、あの火災は、あなたが起こしたのですか?」

 「私が起こしたのではない。グランダル軍が気球を使って、トラキアの岸壁上の防壁路に攻め込もうとしたときに、気球が火矢で射抜かれて爆発炎上したのだ。グランダル軍の気球は、私の熱気球、つまり、熱効率の高いモルスタンという気体を燃焼させて空気を暖めて飛ぶ気球とは異なり、モルスタンを直接気球に充満させて飛行するガス気球と呼ばれる気球だったため、火矢の炎がモルスタンに引火して爆発したのだ。そして、その爆発炎上した気球が、風に流されて、ランドルの森に墜落したために、ランドルの森に火災が起きたのだ」

 臥神のその言葉は、リディアには信じられなかった。

 ランドルの森の中で、火龍ヒリュウと呼ばれる火柱ひばしらに襲われた際、美土奴国が神聖視する森の中までは火柱が襲ってこなかったことを思い出したからである。

 「その火災も、お前のはかりごとの一部なのであろう。炎上した気球という乗り物が、地下世界への入り口のある場所に落下することはすでに計算済みで、神聖な森であるランドルの森の火災を不慮の事故と見せかけて、自分が美土奴国の国民の非難の矛先になることを避けたのではないのか?」

 リディアは、自分が臥神に操られているのではなく、自分は臥神の思惑をお見通しなのだぞとでも主張するかのように、自分の推測を述べた。

 「確かに、そなたの言う通り、巨人族の地下世界への入り口のある場所に、炎上した気球が落下して、周辺一帯の樹木が焼失する結果となったのは事実だ。しかし、その火災の原因などは、どうでもよいことではないか。幸運にも、その火災の起こった場所が、地下世界への入り口のある場所と一致していたため、私が意図的に森を焼き払うようなことをしなくて済むようになったのだ。これで、樹木によって覆い隠されていた地下世界への入り口が明確に分かるようになり、我々はこれから、その世界を訪れることができるのだ。喜ぶべきことではないか」

 「地下世界は、巨人族の世界だと言っていましたが、なぜあなたは、そこへ行こうとしているのですか?」

 レイが臥神に尋ねた。古き言い伝えの中にある『失われた記憶』というものが何を意味するのか、ずっと気になっていたからである。

 「我々地上の人間たちは、自分たちの暮らすこの世界だけが唯一の世界だと考えているが、実は、世界は入れ子構造になっており、いくつもの世界が存在しているのだ。巨人族の地下世界も、そのうちの一つだ。そして、我々人類は、それらの世界を転々としながら何十万年、いや何百万年もの長きに渡って生き続けているようなのだが、人類は何のためにそのようなことを繰り返し、どこへ向かおうとしているのかは、未だに誰にも分からぬのだ。しかし、地下世界に暮らす巨人族のランドルたちは、我々の文明をはるかにしのぐ進んだ文明を持っており、その世界には、失われた叡智えいちが存在していると言い伝えられている。私は、その偉大なる叡智の存在するランドルの地下世界へとおもむき、この人類最大の謎を解き明かしたいのだ」

 臥神は、壮大且つ崇高な目的を持って、地下世界へと向かおうとしているようだった。

 「我々は、輪廻りんねというものを繰り返して、様々な人生を生き、様々な体験をすることで、多くのことを学んでいくという考え方があるそうですが、我々人類もかつては、巨人族だったのでしょうか?いや、ランドルが巨人族だというよりは、むしろ、我々が体を小さくして、地下世界を離れ、この地上世界に暮らすようになった、ということも考えられるかもしれませんが、そのようにして数多くの人生を生きて、人間性を高めるために学び続けているのでしょうか」

 レイが、以前、僧正そうじょう聡瞑ソウメイから聞いた輪廻という思想を基にした考えについて尋ねると、臥神は肯定も否定もせずに言った。

 「それは、私にも分からぬが、地下世界におもむくことで、その答えが見つかるかもしれぬ。そのために、この気球という乗り物を用意したのだ。これから、私と共に、地下世界への探求の旅をしようという者がおれば、同乗を許可しよう」

 レイとステイシアは、顔を見合わせた。本当に巨人族の地下世界というものが存在するのであれば、ぜひとも行ってみたいと思ったからである。

 しかし、ステイシアは、すぐにうつむいてしまった。

 「津波で浸水した沿岸地域に残された人々のことは、心配しないでください。私が、部下に命じて、残された人々は救済させます。ですから、せっかくのこの機会を逃さずに、ぜひとも気球という乗り物に同乗させてもらいましょう」

 ステイシアにとっても、これまで人生をかけて行ってきた巨人族に関する調査の答えを見出す良い機会となるはずだと考えたレイは、ステイシアを説得するように言った。

 ステイシアは迷ったが、顔を上げてレイを見上げると、ゆっくりと頷いた。

 「私たちも連れて行ってください」

 レイとステイシアの二人は、同行する意志を臥神に伝えた。

 「よかろう」

 臥神は、彼ら二人の同乗を許可すると、他に同乗する者がいないかを確認するように、ロイやリディアたちを見廻した。

 「姫様、何の準備もなく、いきなりそんな未知の世界に行くのは危険です。いったん、トラキアに帰国し、入念な計画を立ててからでも遅くはないのではありませんか?」

 ロイは、ステイシアの身の安全を気遣って、無謀な行動をやめるように提案したが、臥神の次の言葉がステイシアの決意を固くした。

 「帰国するのはそなたたちの自由だが、地下世界への入り口が開くのは、今回限りだと考えた方がよかろう。次に入り口が開くのが、いつになるかは分からぬ。この機会を逃せば、我々が生きている間に、もう一度開くことなどないかもしれぬ。そのことを留意した上で、決めるがよい」

 ロイは、迷った。せっかく、ステイシア姫の無事を確認し、トラキアへ帰国させることが出来ると思った矢先に、ステイシア姫が、再び危険が潜むかもしれない世界へとおもむこうとしているのである。

 「私も行こう」

 リディアが言った。

 臥神は、リディアの同乗も許可し、先程石門へと飛び立った従者たちの気球が戻ると、気球の籠の扉を開いて、籠に乗るように促した。

 「師団長殿、姫様たちだけを、未知の世界へ行かせるのは危険です。我々も同行しましょう」

 クロードが、迷っているロイに決断を求めた。

 ロイは、しばらく黙ったまま考えたが、やむを得ず心を決めて、臥神に同乗の許可を求めた。

 臥神が、ロイとクロードも気球に同乗させると、ロイが、残った近衛兵たちに言った。

 「お前たちは、トラキアに戻って、メテル様に、我々がランドルの地下世界へと向かったことを伝えてくれ」

 「我々も、師団長殿にお供して、命のある限り、姫様を御護りいたします」

 近衛兵たちもロイやクロードと同じ気持ちで、同行の許可を求めた。

 しかし、ロイは、全員が地下世界へ行けば、誰も自分たちのことをトラキアに伝える者がいなくなってしまうため、近衛兵たちには、トラキアに戻って、たとえ自分たちが地上世界に戻らなかったとしても、危険なランドルの森に入って、自分たちを探すようなことはせぬようにメテル様に伝えてくれと頼んだ。

 レイも、別れを惜しむ数名の部下たちに、津波の被害を逃れた残された人々のことを頼むと伝えた。

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