第19話 生物の神秘

 翌朝、いつものように霧の晴れたよい天気だったので、アバトはティナを誘って、ロイの学舎に向かうと、 エドが学舎の隣にある畑で腰をかがめて何かを探しているのが見えた。

 「エド、そんなところで何をしているんだい?」

 アバトは、ティナの手を引いて、エドに走り寄りながら尋ねた。

 すると、エドは、額の汗を袖でぬぐい、長い間曲げていた腰を伸ばすようにして体を起こした。

 「やあ、アバト。おはよう。今日は早いな。やっと勉学に目覚めて、朝から勉強する気になったのかい?」

 「そんなんじゃないよ。ただ、昨日のお姉ちゃんが、もう来ているのかなあって思って、ティナと一緒に来てみたんだ」

 アバトが、エドが掘り起こしていた土を覗き込むと、ティナも気になって覗き込み、何かに驚いて悲鳴を上げて尻餅をついてしまった。

 「ティナ、怖がらなくてもいいよ。ただのミミズだから」

 エドが、笑いながら言った。

 土の中では、たくさんのミミズがうごめいていた。

 「ただのミミズだって?これって、テラモルスじゃないのかい?」

 アバトの声が震えた。

 「そうだよ。テラモルスさ」

 エドは、ティナの手を優しく引いて起き上がらせると、当たり前のように答えた。

 「テラモルスって、土の死神っていう意味なんでしょう?」

 ティナが、もう一度恐る恐るミミズを見ながら尋ねた。

 「そんなこと誰から聞いたんだい?」

 「前にハルトがそう言ってた」

 ティナは、アバトにしがみついた。

 「そうか、ハルトから聞いたのか。確かに、テラモルスという名前は土の死神という意味だけれど、それは、テラモルスを食べた家畜が死んでしまうからなんだよ」

 「だから、農民から嫌われているんだろ?」

 「いや、家畜が死んでしまうからといって、テラモルスが死神というわけじゃない。いいかい、考え方を変えてみてごらん。テラモルスを食べた家畜が死んでしまうということは、テラモルスに毒があるからだ。でも、テラモルスは元々毒を持った生き物ではないんだよ。だとしたら、その毒は、どこから来たのだと思う?それは、土からなんだよ。ティナが土を食べてしまったってアバトから聞いて、ロイが土なんて食べて大丈夫なのかを私に聞いたとき、私がなんて言ったかを覚えているかい?トラキアの土は汚れているって言っただろ?それは、トラキアの土には微量の毒素が含まれているってことなんだよ。その毒素を、テラモルスが土を食べることによって体の中に取り込んでくれるから、土はきれいになっていくんだ。でも、テラモルスが体内に取り込む毒素の量は、ほかのミミズの何十倍もの量になるので、テラモルスを食べた家畜は死んでしまうんだよ。このことが分かると、テラモルスは、決して土の死神ではなくて、土をきれいにしてくれている、良い生き物だってことが分かるだろ?」

 「ふーん、そうなんだ」

 アバトは、エドの説明をなんとなく理解して、納得して呟いた。

 「ちなみに、テラモルスは、美土奴国では、姫虯キキュウと呼ばれているんだ。小さくて愛らしい角のない龍という意味だよ。どうだい?かわいらしい名前だろ?美土奴国では、テラモルスは、土をきれいにしてくれる、ありがたい生き物だと考えられているんだ」

 アバトは、エドの説明を聞いて安心したのか、土の中でもぞもぞと動いているテラモルスを手に取って、興味深そうに眺めた。

 「姫虯キキュウなら私も知っているわ」

 ティナがまた突然妙なことを話し始めた。

 「昔、美土奴国に住んでいた時に、媸糢奴シモーヌから聞いたことがあるの。これが、媸糢奴が言っていた姫虯キキュウなのね。初めて見たわ」

 アバトは、ティナのおかしな話にはもう驚かず、今度は無視して、エドに質問をした。

 「でも、なんでテラモルスは、毒のある土を食べても平気なんだい?」

 「それが問題なんだよ。それを研究するために、こうやってテラモルスを採集しているのさ」

 「研究所に持ち帰って研究するのかい?」

 「ああ、そうだよ」

 アバトは、エドの顔をまじまじと見つめた。

 「今まで、エドって、変な研究をしているおかしな人かと思っていたけれど、本当はすごい研究者だったんだね」

 「そうだよ。今頃気が付いたのかい?」

 エドは、アバトの悪気のない言葉に笑いながら返した。

 「じゃあ、もう一つ面白い話をしてあげよう。美土奴の人々は、自分たちのことを土生者ハブゼ、つまり、土と共に生きる者と呼んでいて、饅坥マンショと呼ばれる土を主に食べているんだけれど、その饅坥マンショというのは、ミミズが吐き出した土で作った饅頭まんじゅうという意味なんだよ。このことからも、テラモルスが、美土奴国ではいかに大事な生き物かが分かるだろ?」

 「ふーん、そうなんだ。でも、美土奴国の人たちは、土ばかり食べているなんて、なんだか可哀そうだな」

 「あら、可哀そうなんてことはないわよ」

 ティナが反論するように話に割り込んだ。

 「そのおかげで、みんな食べ物に困ることはなくなったのよ。だって、土はどこにでもあるでしょ?だから、媸糢奴シモーヌがみんなに饅坥マンショを食べさせるようにしたのよ。そしたら、みんな喧嘩けんかをしなくなったわ」

 「でも、土なんておいしくないんだろ?いくら空腹で死にそうになったって、おいら、土なんて食べたくないな。おいしければ、土だって何だって、腹いっぱい食べるんだけど」

 「おいしくなければ食べないなんて言えるってことは、まだ幸せなのかもしれないぞ」

 「なんでだい?」

 「本当に飢えた人間は何だって食べるというぞ」

 「おいらだって飢えて死にそうだよ。毎日あくせく働いて、畑でモチモドキやウモールなんて作ったって、どうせ地主の奴らに持っていかれちまって、全然お金になんてなりゃしない。トラキア軍が使う狼煙のろしは、おいらたちが作ったウモールから作るんだろ?おいらたちは、お国のために毎日一生懸命働いているのに、なんでこんな貧しい生活をしなけりゃならないんだい?」

 アバトが日頃の不満を訴えるかのように語気を強めた。

 「でも、何とか食べることは出来ているんだろ?」

 「そうだけど、昨日だって食べたのは芋の入ったスープだけだよ。いつもこんな食べ物だけじゃ、力が出ないよ。こんな空腹な状態で毎日畑仕事や魚捕りなんてしなけりゃならないのなら、生まれてこなけりゃよかったのに。それか、いっそのこと、植物にでもなって、何も食べなくても生きていけたらいいのにな」

畑に植えられた作物を見つめながら、アバトは土の上に腰を下ろした。

 「あのウモールなんて、毎日何の苦労もなく、あそこに生えているだけで生きていけるんだから、いいよな。植物は、土と水と太陽さえあれば生きていけるんだろ?エドは前にそう教えてくれたよね?」

 「ああ、そうさ。植物は我々のように何かを食べるという行為は行わずに生きている。でも、ウモールだって生きていくためには栄養が必要だから、土が必要なんだよ。ある意味、土を食べて生きていると言ってもいいのかもしれないな」

 「結局、土なのか。美土奴の人たちや植物も、結局土を食べて生きているってことなんだね。でも、植物は、土を食べていると言っても、人間みたいに味わう必要がないんだから、土を食べるという意味では同じでも、もしかしたら、美土奴の人たちより植物のほうが幸せなのかもしれないのかな。だとしたら、おいらは植物になったほうが幸せなのかもしれないな」

 「植物になったとしたら、自由に動きまわれなくて、つまらないかもしれないぞ」

 「でも動物だったら、食べ物を探し回らなければならないだろ?食べ物がなければお腹がすいてつらいけど、植物だったらお腹がすくこともないし、そんなことすら考えたりもしないだろ?もしかしたら、植物の方が人間よりも幸せなのかもしれないなあ」

 アバトは、土の上に寝そべって、空を見上げた。澄んだ青い空をいくつかの白い雲が長閑のどかにゆっくりと漂っていた。

 「なあ、ティナ。お前だってそう思うだろ?」

 「あら、私は今はとっても幸せよ。お腹いっぱいは食べられないけど、お母さんがいつも食べさせてくれるし、アバトやロイ、エドたちと一緒で、毎日が楽しいわ」

 「お前だって、もう少し大きくなれば、きっとおいらのように考えるようになるよ」

 「アバトは、何も食べなくても生きていけたらいいなって思うのかい?」

 エドもアバトの隣に腰を下ろして、空を見上げながら言った。

 「そうだなあ、食べなければ生きていけなくて、毎日空腹で苦しむよりは、何も食べなくても生きていける方が、ずっと楽なのかもしれないなあ。どうせ食べられないのなら、食べる楽しみがなくなっても、食べなくても生きられるほうがいいかもしれないし…」

 「動物でも、何も食べなくても生きていける動物がいるんだけど、もしそんな動物になれたら、なりたいと思うかい?」

 エドは、アバトが関心を示すかどうかを確かめるように、アバトの顔を覗き込んだ。

 「え、そうなの?」

 「ああ」

 アバトは、半身を起こした。

 「そんな動物が本当にいるの?何ていう動物だい?」

 「アマラ・アムレットのことは、アバトも知っているだろ?」

 「ああ、トラキア公家の紋章が刻まれた、首に下げる首飾りのことだろ?」

 「そうだ。そのアマラ・アムレットに埋め込まれている宝石は何で出来ているのか知っているかい?」

 「そんなこと知らないよ」

 「ハルトから聞いたことはないかい?ハルトは、いつかその宝石を加工してアマラ・アムレットのような装飾具を作れるような宝石細工になりたくて、今、セルカ爺さんのところで修業しているんだよ」

 「そんなことはどうでもいいよ。で、何ていう動物なんだい?その何も食べなくても生きていける動物っていうのは」

 アバトは、エドの話に興味を持ったようだった。

 「その動物の名前は、アマラ・クラーグって言うんだ。美土奴国では、劫精コウジンと呼ばれている水母くらげの一種なんだよ。アマラ・アムレットに埋め込まれている宝石は、クラーグ・ストーンと言うのだけれど、その石はアマラ・クラーグの死骸が石化したものなんだ。このアマラ・クラーグは、半透明で翠玉すいぎょく色、つまり、エメラルド・グリーンの色をしているので、生きる宝石とも言われているんだよ。なぜ緑色をしているのか分かるかい?」

 「もう質問ばかりやめてよ。今日は朝起きてから何も食べずにここへ来たから、腹が減ってて頭を使うのは嫌なんだよ」

 「そう言わずに考えてみてくれよ。頭を使うことは大事なことなんだぞ。頭が良くなるために、ロイの学舎で勉強しているんだろ?」

 「そんなんじゃないよ。おいらは文字を習って本が読めるようになりたいんだよ。本が読めるようになったら、トラキア公立図書館で兵法の本を沢山読むのさ。そして、昔のロイみたいに、かっこいい兵士になって、この国を守るんだよ。ロイが近衛師団長として活躍していたのは、おいらが生まれる前のことだからよくは知らないけれど、公妃や姫様の護衛を務めていたんだろ?すごい栄誉だよなあ」

 アバトは、立ち上がって、敵をなぎ倒す自分を想像して、剣を振るうような素振そぶりをした。

 「アバトは、ロイみたいになりたいのかい?」

 「ああ。昔のロイみたいになりたいんだよ。でも、今じゃ、ロイはこんな田舎町で学舎を開いて教師なんかやっている。おいらみたいな貧しい家の子供たちにとっては、ただで勉強させてもらえるんだから、ありがたいけど、どうせ教えてくれるのなら、読み書きだけでなく、武術なんかも教えてくれればいいのに…」

 アバトは、再び腰を下ろすと、うつむいて、地面を見つめながら続けた。

 「時々、おいら思う時があるんだ。ロイは、おいらみたいな貧しい農民から出世して近衛師団長になったわけではないし、ロイには、貧しい家の子供としての経験がないから、おいらたちの本当の気持ちは分からないんじゃないかなってね。学舎で勉強したからといって、小作農の子は小作農で、一生貧しい生活をしていくんだろうなと思うと、悲しくなることがあるんだよ」

 「でも、ハルトを見てみなさい。ハルトだって、小作農の子供だったわけだけど、この学舎で読み書きを習い、その後、宝石の本などを読んで勉強し、今じゃセルカ爺さんのところで宝石細工職人の見習いとして働いているじゃないか」

 「ハルトは、元々頭がよかったんだよ。それに、運もよかったんだ。セルカ爺さんに出会えて、宝石細工職人の見習いとして働かせてもらえるなんて、本当に運がいいよ。でも、おいらは、運にも恵まれていないし、そもそも頭が悪いときてる。読み書きを習って兵法を学びたいなんて強がってはいるけど、本当のことを言うと、そんなこと出来るなんて思ってなんていないんだ。おいらは、馬鹿だからね。どんなに頑張って勉強しても、覚えたことは次の日になれば、忘れちまう。頑張りが足りないんだって、みんなは言うけれど、おいらだって頑張っているんだよ。でも、頭の悪い人間は、どんなに頑張っても、覚えられないものは、覚えられないんだよ。これは、実際においらと同じ立場になってみなければ、分からないんだろうな」

 アバトの言葉は、エドの心に重く響いた。エドも、貧しい生活というものを経験したことがなく、幼い頃から自分の好きな生物学の勉強を自由に行える環境で育ち、生物学者として今に至っていることを考えると、アバトの言う通り、ロイと同じように、アバトの気持ちを本当に理解してあげることが出来ていないのかもしれないと感じ、アバトに何と言ってあげればよいのか分からなかった。

 「なあエド、なんでロイは、おいらが大人になったら軍に入ることをよく思わないんだろう」

 「さあな。ロイに聞いてみたらどうだい?」

 「聞いてみたさ。でもロイは、兵士になって力で国を守るよりも、他の方法で国や国民を救う方法を考えた方がいい。そのためには今は一生懸命勉学に励みなさい、って言うんだよ。昔はロイだって近衛師団長として公妃や姫様をお守りするために敵と戦って、勲章までもらったんだろ?おいらもそんな風に敵を蹴散らして英雄になりたいのに、ロイは読み書きしか教えてくれないんだよ。そもそも何でロイは軍を除隊して、こんなところで教師なんかやっているんだい?」

 「まあ、ロイにも色々とあったんだよ」

 「色々って、何があったんだい?」

 アバトは、真面目な話にティナが退屈そうにしているのも気にせず、真剣な顔でエドに尋ねた。しかし、エドは、その質問には答えなかった。

 「そんなことより、さっきの質問の答えは考えたかい?なぜアマラ・クラーグは、ほかの無色透明な水母くらげと違って、翠玉すいぎょく色をしているのだろうか?ティナも一緒に考えてみてくれるかい?」

 エドは、退屈そうに土いじりを始めたティナの頭を軽く撫でながら言った。

 「えーと…」

 ティナはエドの方に目を向けて、再び自分にも話す機会が与えられたのを喜ぶかのように、笑みを浮かべて話し始めた。

 「翠玉色って緑色のことなんでしょ?だとしたら、アマラ・クラーグは、本当は動物ではなくて、植物なんじゃない?」

 「そんな馬鹿なことがあるかい。水母くらげが植物だなんて」

 アバトは、空腹で苛々いらいらしていたのか、いつもとは違う強い口調でティナの考えを否定した。

 「いや、なかなかいい答えだぞ、ティナ。でも、おしいけれど、正解ではないんだな」

 エドは、アバトのいつもと違う態度に驚いたティナを安心させるように、優しい口調で言った。

 「アマラ・クラーグが緑色をしているのは植物だから、というティナの答えが正解ではないけど、正解に近いっていうのかい?」

 アバトは、エドの言っていることが理解できずに、さらに苛々をつのらせた。

 「アバト、少し冷静になって考えてごらん。トラキア軍に入隊して公家こうけの護衛をしたいのなら、アマラ・クラーグのことについて知っておくのも損はないぞ。なんたって、トラキア公家の一族のみが所有を許されるアマラ・アムレットに埋め込まれている宝石は、さっきも言ったように、アマラ・クラーグの死骸が石化して出来たクラーグ・ストーンから作られているのだから」

 アバトは、そう言われると、仕方がないと思ったのか、少し考え始めた。

 「じゃあ、アマラ・クラーグは、歳を取りすぎて、時が過ぎて死のお迎えが来るのをじっと動かずに待っていたら、いつのまにか体中にこけが生えて、それにも気が付かずに石になってしまったんじゃないかい?」

 アバトは、冗談半分で、いい加減に答えた。

 「お、それもなかなかいい答えかもしれないぞ、アバト」

 エドは、アバトの答えに笑いながら言った。

 「これがいい答えだって?」

 アバトは、予想外のエドの反応に驚いた。

 「ああ。苔が生えたというのは近かったな。実は、アマラ・クラーグは、体内に藻を住まわせていて、藻と共生しているんだよ」

 「共生?」

 「そう、共生さ。共生というのはお互いに助け合いながら一緒に生きていく、ということだよ」

 「お互いに助け合っているって、どういうこと?アマラ・クラーグの体の中に藻が住んでいるだけだろう?藻にとっては、住む場所が与えられているから得だろうけれど、アマラ・クラーグにとっては何もいいことなんてないんじゃないの?」

 「いい質問だ」

 アバトは、再びエドの話に引き込まれ、自分の質問が褒められて気分が良くなった。

 「藻は、太陽の光を浴びるだけで、自分で栄養分を作り出して生きていけるのさ。アマラ・クラーグは、その藻が作り出す栄養分を分けてもらって生きているんだ。だから、アマラ・クラーグは、何も食べなくても生きていけるんだよ」

 「ふーん」

 アバトは、なんとなく納得したようだった。

 「生物について勉強するのも面白いだろ?」

 「まあ、そうだね」

 「もっと興味深い話をしようか?アマラ・クラーグという名前は、実は、不死の水母くらげという意味なんだよ」

 「不死の水母?それって、死なない水母ってこと?」

 「ああ。アマラ・クラーグは、淡水にも海水にも生息しているんだけれど、たとえば水が干上がってしまうなど、生きていく環境が厳しい状況になると、体がしだいに小さくなり、ついには卵になってしまうんだ。しかも、その卵は堅い皮殻ひかくに守られているので、水が干上がっても問題ないんだ。そして、再び水が戻ってくるまで卵の状態で休眠するのさ。難しい言葉だけど、これをクリプトビオシスって言うんだ。そして、その環境にまた水が戻ると、再び孵化ふかして成長し、成体になるので、死なない水母って言われているんだよ。一説によると、皮殻に守られた状態で数千年以上も生き続けられるそうだよ」

 「へえ」

 アバトは、エドの話に完全に魅了されて、空腹感を忘れてしまっていた。

 「でも、数千年以上も卵の状態で生きられるって、どうして分かったの?そんなに長いこと生きて観察した人なんていないんでしょ?」

 アバトが真面目に聞いた質問だったが、エドはアバトに笑いながら答えた。

 「そうだね。でも、これはあくまでも仮説だよ。それにアマラ・クラーグの成体を見たことのある人は、今じゃどこにもいないんだよ。昔から語り継がれている伝説の生き物のようなものなんだ」

 「なあんだ。ただの伝説か。じゃあ、本当はいないかもしれないんじゃないか」

 「でも、今はどこかで卵の形で休眠状態となって生き続けているのかもしれないぞ。もし、人間もアマラ・クラーグのように何も食べなくても生きられるようになったら、世の中から食糧をめぐる争いもなくなるだろうし、平和な世の中になるんじゃないかな」

 エドが、最後の説明にがっかりした表情を見せているアバトの頭を軽く撫でると、アバトの腹の虫が突然大きく鳴った。

 エドは、ティナと目を合わせながら笑った。

 「アバトのお腹に共生している腹の虫が、何か食べさせてくれって訴えているようだね。じゃあ、ロイの学舎に行って、何か食べさせてもらおうか。ティナが作った泥宝が町の市場で売れたので、ロイは、そのお金の一部で食材を買ったらしいんだ。きっと、おいしいものを食べさせてくれるぞ」

 「それを早く言ってくれよ。それを知っていたら、ここに来るよりも先に学舎に行ったのに」

 そう言うと、アバトは立ち上がり、ティナの手を引いて、学舎へと急いだ。

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