探索

第15話 転生者の捜索

 ロイとエドが、リディアを追いながら学舎に着くと、ちょうどリディアが馬を下りてティナのところに歩み寄ろうとしているところだった。

 ティナは、一人で地面に座って泥宝を作っていた。

 「あ、あのときのお姉ちゃんだ」

 ティナは、リディアに気付くと、作りかけていた泥宝を地面に置いて立ちあがり、泥で汚れた手を服で拭くと、リディアに向かって手を振った。

 リディアはティナの方に歩み寄ると、ティナの泥で汚れた口元を見ながら、挨拶もせずに質問を切り出した。

 「お嬢ちゃんは、今作っているその泥団子のようなものを食べたのかい?」

 「そうよ。昔食べていた食べ物を思い出して、また食べてみたの。でも、やっぱりおいしくなかったわ」

 ティナは、口の周りの泥を袖で拭きながら答えた。

 ティナが平然と答えると、ロイたちが慌てた様子でやってきた。

 「ティナ、大丈夫かい?お腹は痛くないかい?」

 ロイは、ティナのお腹に手を当てながら尋ねた。

 「あら、ロイじゃない。どうしたの?」

 ティナは、突然やってきて心配そうな顔をしているロイを不思議そうに見つめた。

 「ティナが、土を食べてしまったってアバトから聞いて、心配で飛んで来たんだよ」

 「どうして心配なんかするの?」

 「土なんか食べたらお腹を壊してしまうだろ」

 「どうして?土は饅坥マンショを作る材料でしょ?私は、昔は毎日食べていたのよ。でも、ここの土は昔食べていたものとは違う味だったわ」

 ロイは、ティナの話を聞くまでは、実はアバトから聞いた話は半信半疑に感じていたところがあったが、アバトの話はどうやら本当のようだった。

 ロイが困惑した顔で、何が起きているのかを理解しようと、黙ったまま考え込んでいると、ティナの言動がいつも以上におかしいと感じて心配したアバトは、ティナの肩を揺さぶりながら言った。

 「おい、ティナ。どうしちまったんだよ?今まで土なんて食べたことないだろ?まさかお前が今朝話したように、昔は美土奴国に住んでいたなんて言うんじゃないよな?」

 「私は、その国に住んでいたのよ」

 ティナは、当たり前のように答えた。

 アバトは困惑して、エドに目を向けた。

 エドが何かを話そうとすると、リディアが割って入って再び質問を始めた。

 「お嬢ちゃんは、昔は美土奴国の宮殿に住んでいて、美璃碧ミリアっていう名前だったって言ったね。もしかして、媸糢奴シモーヌっていう人を知っているかい?」

 「もちろん、知っているわ。媸糢奴シモーヌは、美土奴国の妖術師だけど、大僧正でもあるのよ。私が生きていたときには、いつもそばにいて、私に助言を与えてくれたわ」

 ティナが平然と答えると、次にエドが質問を始めた。五歳の子供の口からそんな話が出るなど信じられなかったからである。

 「ティナ、どうして君がそんなことを知っているんだい?」

 「今言ったでしょう。私は昔、美土奴国で暮らしていたのよ」

 ティナは、当たり前のことをみんなから聞かれて少し機嫌を損ねたように答えた。

 「ティナは、本当に昔は美璃碧ミリアっていう名前だったのかい?美璃碧ミリアといえば、亡くなった美土奴国の最後の姫の名前じゃないか」

 「そうよ。私は、昔お姫様だったのよ」

 ティナは少し自慢げに答えた。

 「一体、ティナはどうしちまったんだい?」

 アバトは、訳が分からず、エドに説明を求めた。

 「私にも分からない…」

 エドは、どう説明したらよいのか分からず、首を横に振った。

 「とにかく、ティナは、今は大丈夫そうだが、念のために水を沢山飲ませておいた方がいいだろう」

 そう言うと、エドは、ティナに水を飲ませてあげるようにアバトに頼んだ。

 アバトがティナの手を引いて井戸へ連れていくと、ロイが何かを思い出しながら、エドの方を向いて呟いた。

 「そういえば、以前ティナが作った泥宝を市場で売って手に入れた銅貨をティナに見せた時、『アト、嫌い。アト、嫌い』と、何かを恐れるような表情で言っていたことがあるのだが、私はティナが何の事を言っているのか、その時は分からなかった。もしかして、あのときの事も、今のティナのおかしな言動と関係があるのだろうか。そもそも、アトというのは何のことなのだろう…」

 「阿堵アトというのは、阿堵物アトブツのことで、美土奴国で金銭を忌み嫌って言う言葉だ。そんな言葉をティナが知っていたのかい?」

 「ああ。だが、私は美土奴国の言葉など知らないし、ティナに教えたこともない。なのに、ティナがそんな言葉を知っていたというのは、どういうことなのだ…」ロイは、真剣な顔をして考え込んだ。「もしや、これは輪廻というもので、ティナは、美土奴国の姫として亡くなってから、生まれ変わってトラキアに生まれたのだろうか」

 「まさか、そんなことはあるまい」

 エドは、東洋の国で信じられている輪廻についての知識は、多少はあったが、生物学的にはあり得ないと考えていた。

 「美土奴国の人々は、ティナのように金銭を忌み嫌っているのかい?」

 「ああ。かつては美土奴国にも通貨は出回っていたのだが、一部の人々の金銭に対する飽くなき欲望のために争いが絶えなかった美土奴国では、美璃碧ミリア姫が通貨制度を廃止してしまったのだよ。しかし、それに反対した人々が、美璃碧姫を殺害してしまったらしい。当時の唯一の皇族の人間であった姫を失った美土奴国では、その後、媸糢奴シモーヌという妖術師が姫の代わりに国を統治するようになったそうだ。さっきティナが言っていたように、媸糢奴は大僧正でもあり、美土奴国では、皇族の次に高い位を持つのが僧侶だからだ。そして、媸糢奴は、金の亡者たちを国外に追放したらしい。その後、媸糢奴は、国民の金銭に対する考え方を変えてしまったのだそうだ。つまり、金銭は不浄のものであり、忌むべきものという思想を、何らかの方法で国民に植え付けたのだと聞いたことがある」

 ロイとエドが、輪廻という不可思議なことについて考えながら話し込んでいると、リディアが突然後ろを振り向いたので、ロイもリディアの視線の方に目を向けると、何処どこからともなく現れた老人が、彼らの方に歩み寄ってきた。

 「あなた方は、輪廻について議論されているのですかな?」

 老人が、ゆっくりとした口調で言った。老人は、背が低く、髪のない頭をしており、眼鏡をかけ、東洋の国で袈裟けさと呼ばれるものを身に着けていた。東洋の僧侶のようだった。

 ロイとエドが、不審な目で老人を見つめると、「わしは、放念ホウネンと申します。美土奴国の僧都そうずで、現在、トラキアで、あるお方を探しております」と述べ、気さくな笑みを浮かべながら、ロイたちの話に割り入った。

 その老人は、リディアが棚田で見かけた老人だった。

 「どなたをお探しなのですか?」

 ロイが尋ねた。

 「はい。少々説明が難しいのじゃが…」と言って、放念はずり落ちる眼鏡を指で軽く押し上げながら言葉を続けた。「我々は、トラキア公国に、我が国の姫様がお生まれになったとの御託宣たくせんを受けました。それによると、この辺りの町に五年程前にお生まれになったようなので、我が国は、僧侶を何人かトラキアに派遣して探しておりますが、まだ見つかっておりませぬ」

 「美土奴国の姫様がお生まれになったというのは、姫様の化身がトラキアにお生まれになったと言う意味ですか?」

 エドが、放念の言った事に興味を惹かれて尋ねた。

 「さよう。我が国では、人は亡くなると、新たな肉体を持って転生すると考えられております。そして、当時の我が国唯一の皇族の者であった姫様が、現在、トラキアの地に暮らしており、我々は、その姫様の転生者を探しておるのです」

 「姫様というのは、もしや美璃碧ミリア姫のことですか?」

 「いかにも」

 放念がエドを見上げると、エドは、とてもそんなことは信じられない、といった表情で、放念が冗談を言っているのではないかと疑ったが、放念の眼差しは、嘘や冗談を言っているのではないことを物語っていた。

 「私は、生物を研究している学者の一人で、よくランドルの森に入って生き物を観察することがあり、美土奴国の人々との交流もあります。彼らから、輪廻という考え方を聞いたことがあるので、私もそのことについては、多少は知っていますが、あなた方が考えるような魂というものが、生き物の体に宿っているというのは、とても信じられません。魂というものが目に見えるものではなく、検証できるものではないからです。しかし、さきほど、ここにいたティナという幼い女の子が、暮らしたことのないはずの美土奴国で暮らしていたことがあると話し、知るはずのない言葉を知っていて、知るはずのない名前まで口にしました。ティナは、自分は昔、美璃碧ミリアという名前だったと言ったのです。私には、とても理解出来ないことなのですが、その子が、あなたが探しておられるという姫様の転生者なのでしょうか?」

 エドは、今までに経験したことのない現象を目の当たりにして、科学的な説明が全くつかずに混乱しながら、放念に説明を求めるかのように尋ねた。

 「おお、そうでしたか。その子が、我々が探し求めている転生者である可能性はありますが、その子が知るはずのない美土奴国のことについて話したというだけでは、その子が美璃碧姫の転生者であるとは断定出来ません」

 「では、どうやってあなた方は、転生者であることを確認するのですか?」

 「我々が転生者を認定する方法は様々ありますが、たとえば、転生者が生前のことを覚えているかどうかや、御託宣による転生者の描写と一致するかどうか、転生した目的を覚えているかどうか、などを確認していきます。そして、物的証拠として、しばしば、転生者は、前世での体に有ったものと同じ母斑やあざなどの印、あるいは、何らかの意味を持った形の母斑や痣などの印を持って生まれてくることが多いので、その者が真の転生者であることが分かるのです」

 「では、ティナにも、もしかすると母斑や痣などの印が体のどこかにあるとおっしゃるのですか?」

 「それは確認してみぬまでは分からぬが、その可能性はあるでしょう」

 放念がそう言うと、リディアが突然はやるように言った。

 「先ほどの男の子は、ティナという子をどこへ連れて行ったのだ?」

 ロイとエドは、顔を見合わせた。リディアが、ティナに強い興味を示しているようだったからである。

 「ティナは、アバトが学舎の井戸に連れて行きました。そこで水を飲ませています」

 ロイが答えた。

 「井戸はどこにあるのだ?」

 「御案内しましょう」

 ロイも、ティナが本当に美璃碧ミリア姫の転生者で、痣のような何らかの物的証拠を持って生まれてきたのかどうか興味があったため、確認してみようという気になっていた。

 エドと放念も、黙ってロイとリディアについて行くと、井戸のそばで、アバトが誰かと話をしていた。

 ゴルドバ将軍とその従者たちだった。ゴルドバ将軍は、数人の従者と共に馬で学舎を訪れ、アバトに何かを尋ねているようだった。

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