第14話 科学的説明

 研究所の近くまで来ると、トラキア兵の騎馬隊が向こうからやって来るのが見えた。リディアは、いったん馬を道の脇によせて、彼らが通りすぎるのを待った。騎馬隊の馬には、軍服を着た兵士たちが乗っていたが、その後に続く馬車には、明らかにトラキア兵とは違う姿の男が乗っていた。その男は、リディアがこれまでに見たことがないような不思議な服を着ており、手には手かせがはめられていた。髪とひげは顔を覆い隠してしまうほど長く、頬はやせこけ、虚ろな目を下に向けたまま馬に乗せられているその様相は、長い間捕えられていた牢獄から脱走した囚人が再び捕えられて、トラキア城へ運ばれていく罪人のようにも見えた。

 一隊がリディアの脇を通り過ぎようとすると、一頭の馬が先頭に歩み出てきた。

 「これは、これは。トラキア公家の第二公女様ではありませんか」

 その馬に乗った男は、丁寧な口調で話しかけてきたが、明らかに慇懃無礼いんぎんぶれいな態度だった。

 「私は、ラモン。ラモン=ラーファルと申します。ゴルドバ将軍の直属の部下で、軍の参謀を務めております」

 ラモンは、丁寧に頭を下げた。やや小太りのその男は、リディアのことを知っているようだった。恐らく、彼女が元老会議に呼び出され、トラキア公家の第二公女であることを証明するための説明を求められたときに、彼も出席していたのだろうとリディアは思った。

 リディアが何も言わぬままその男を見つめていると、ラモンは言葉を続けた。

 「久しぶりに開催される闘技試合を楽しみにしていますよ。もしあなたが勝てば、私はあなたの部下になるわけですから、どうぞお見知りおきください」

 ラモンは、にやりと不敵な笑みを浮かべた。明らかに、彼女が闘技試合で勝つわけなどないと考えての言葉だった。

 「ところで、今日はこんなへんぴな田舎町に、どのような御用ですかな」

 辺りには草木が生い茂るだけの何もないような場所に、何用なにようでリディアが来たのかをラモンは尋ねた。

 しかし、リディアは答えなかった。

 「こんな場所に公家こうけの者が来るなど、理由はひとつしか考えられぬな。この近くには、ロイという、近衛師団を除隊した男が住んでおるが、その男に会いにきたのであろう。最近この辺りには、トラキアに上陸した、飢えたグランダル兵たちが食べ物をあさり歩いていると聞く。奴らは、食べるためであれば、どんなことでもすると言われているので、襲われぬよう、まあ、せいぜい、その隠居した腑抜ふぬけの元近衛兵と仲良くして、まもってもらうことだな」

 ラモンは、皮肉を込めた言葉を言い残すと、リディアの脇を通り過ぎて行った。

 ラモンの一隊が通り過ぎる時、リディアは、馬車に乗せられている奇妙な男に再び視線を移した。男は東洋人のようにも見えたが、やはりその身なりからは、どこの国の者なのかを推測することすらできなかった。

 一隊が通り過ぎた後、リディアは、再び馬を走らせて、生物研究所へと向かった。


 リディアは、研究所であろうと思われる場所まで来ると、馬を下りて、手頃な木の枝に馬の手綱を結んだ。

 研究所の入り口まで歩いて行くと、中からなにやら騒がしい声が聞こえてきた。研究所の窓が開いていたので、そこから中をうかがおうとすると、窓から奇妙な蜘蛛が顔を出し、リディアに向かって飛び跳ねた。突然見たこともない奇妙な姿の大型の蜘蛛が、自分に飛びついてきたので、リディアは彼女らしくない奇声を上げて、地面に尻持ちをついてしまった。

 すると、入口の戸が勢いよく開き、逃げた蜘蛛を探しているような様子で眼鏡を掛けた男が出てきた。

 「あそこだ!」

 男は、リディアの体から糸を垂らして地面に降りた蜘蛛を素手で捕まえると、左手に持っていた容器の中に入れた。男は、地面に倒れているリディアを助けるよりも、蜘蛛を捕まえる方が重要なようだったが、蜘蛛を入れた容器の蓋を閉めると、リディアに気付き、どうしたのかと尋ねた。

 リディアは、何も言わずに、ただ男が持っている容器の中の蜘蛛を、奇怪なものでも見るかのような、おびえるような目で見つめた。

 「ああ、この蜘蛛ですか。奇妙な蜘蛛でしょ?こんな鎧を着たような姿の大きな蜘蛛がいたら恐いですよね」

 男は手に持った容器を掲げて笑いながら言った。

 「恐くなどない。ただ突然蜘蛛が飛びついてきたので驚いただけだ」

 リディアは、男から目をそらして、きまりが悪そうに反論した。

 男は、ようやくリディアに手を差し出して、彼女の手をとって立たせた。

 「この蜘蛛は、メイルド・スパイダーと呼ばれる珍しい種類の蜘蛛です。鎧を着ているように見えるため、そのように呼ばれているのです。この蜘蛛は、美土奴ミドーヌ国で捕まえたのですが、美土奴国では鎧蜘蛛ガイチチュと呼ばれています。その名前も同じように、鎧を着た蜘蛛という意味です」

 「すると、ランドルの森で捕まえたのか?」

 「はい。でも最近は、ランドルの森も物騒になったので、ランドルの森と言っても、トラキアとの国境沿いに近い場所で捕まえました」

 「もしや、そなたがエドか?」

 リディアは突然ぶっきらぼうに尋ねた。

 「はい。そうですが、なぜ私の名前を?」

 「アレンという医師とロイという男に、そなたのことを聞いたのだ。そなたに尋ねたいことがあって来た。少し話が出来るか?」

 エドは、初対面にしてはあまりに威厳に満ちた彼女の態度にいぶかしさを感じたが、彼女の首から下がる首飾りにふと目がいき、彼女が誰なのかに気付いた。

 「失礼ですが、もしやあなたは、トラキア公家こうけの第二公女のリディア様ですか?」

 リディアは軽く頷いた。

 「そうでしたか。先ほどは存知上げぬとはいえ、失礼いたしました。そんなお姿でしたので、公家のお方だとは気がつきませんでした」

 エドには、リディアの服装が、想像していたような公族の人々の着る豪華な服とは異なり、質素な服だったのと、腰に剣を帯び、腕には手甲をしていて、女性としてはおかしな格好をしていたので、とても公家の人間が研究所を訪れたなどとは思えなかったのである。しかし、リディアの鋭い眼差しに気付くと、すぐに自分の言ったことの非礼を詫びて、取り繕うように言った。

 「あ、いえ、お召しになっている服のことを悪く言ったのではなく、私が想像していたものとは違っていたので、分からなかった、という意味です」

 「そんなことはどうでもよい」

 エドは、リディアの言葉に安堵した。

 「お話はロイから伺っています。今日の朝お越しになると聞いていたのでお待ちしていましたが、昼時ひるどきを過ぎてもお見えにならないので、今日はいらっしゃらないのかと思っていました。まあ、ここでは何ですので、どうぞ中にお入りください。汚いところですが」

 そう言うと、エドは、リディアを研究所の中に招き入れた。

 部屋の中に入ると、中には沢山の飼育箱が置いてあり、その中に様々な種類の虫や小動物が飼われていた。

 部屋の中は、彼の言うとおり、決してきれいだとは言えなかった。動物や虫たちのための餌と思われるものが無造作にあちこちに置いてあり、糞は棄てられずにそのまま容器や机の上に置かれていた。そのせいか、部屋の中は、鼻につくような異様な臭いが充満していた。

 「驚かれたでしょう?動物や虫たちばかりで」

 エドは、さきほど捕まえたメイルド・スパイダーを容器から出して、飼育箱に戻した。

 リディアは、きもわった男勝りの性格ではあったが、それでもやはり女である。決して虫など好きではなかった。しかし、飼育箱の中の動物や虫は、見たこともないような珍しいものが多かったので、好奇心からしばらく眺めていた。

 「この箱の中には、何もいないのか?」

 土以外何も入っていないように見える飼育箱の中を覗き込みながら、リディアが尋ねた。

 「その中には、さっきの蜘蛛とは違う、別の蜘蛛がいるんですよ」

 「別の蜘蛛?どこにいるのだ?」

 「いいですか、よく見ていてください」

 エドは、飼育箱の中から小さな石粒を指先で静かにつまんで拾い上げると、リディアに注目するように促してから、指先を開いて石粒を土の上に落とした。

 すると、石粒が落ちた場所の土が突然ふたのように開き、土の穴の中から蜘蛛が顔を出した。開いた蓋は単なる土のように見えていたが、実は蜘蛛の巣穴の扉だったのである。

 蜘蛛は、獲物が来たと思って出てきたようだったが、それが獲物ではないと分かると、すぐに穴の中に戻って蓋を閉めてしまった。

 「これは、戸立とた蜘蛛ぐもという蜘蛛の一種なのですが、この蜘蛛は、戸立て蜘蛛の中では特に珍しい種類の蜘蛛で、ランドルの森の中にしか生息していません。この蜘蛛は、土の中に隧道すいどうを張り巡らして暮らしていて、巣穴の出入り口の扉は、地面の土に見せかけて作ります。そして、巣穴の出入り口付近を獲物が通ると、瞬間的に扉を開けて、鎌のような鋭いあごで襲いかかり、獲物を巣穴に引きずり込む習性があるのです」

 「こんなに沢山の動物や虫たちを、何のために飼育しているのだ?」

 リディアは、部屋の中を見廻しながら尋ねた。

 「ここは生物研究所ですので、もちろん研究のためです」

 「研究?」

 「はい。たとえば、さきほどの窓から逃げ出した蜘蛛が、メイルド・スパイダーと呼ばれるのは、見かけが鎧を着ているように見えるからだけでなく、実はその蜘蛛の糸から鎧を作ることが出来ると言われているからなんですよ」

 「蜘蛛の糸から鎧を?」

 リディアは、蜘蛛の糸から作った鎧など聞いたことがなかった。

 「はい。かいこの糸で服を編んだりするのはご存知でしょう。それと同じように蜘蛛の糸でもよろい帷子かたびらを編むことが出来ると言われています」

 「そんな鎧帷子など実用性はあるのか?」

 「そう思われるのも無理もありませんね。これまで、布製の防具であるクロス・アーマーの中には、棍棒などの打撃系の武器の衝撃を和らげるものは数多くあったのですが、槍などの刺突しとつ系の武器や、刀剣などの暫撃ざんげき系の武器から身を護れるものはありませんでした。布製の帷子かたびらでは、簡単に切れてしまうからです。しかし、この蜘蛛の糸は、他の蜘蛛の糸よりも何十倍、いや、何百倍もの強度があります。しかし、残念ながらそのままでは、棍棒などの衝撃をある程度吸収することは出来ても、やりや剣などによる攻撃から身を護ることは出来ません。鎧を作るには、強度がまだ十分ではないのです。しかし、美土奴国には、この蜘蛛の糸を利用して作られた強靭な鎧があると言われています。それは、下地の布にいくつもの金属の小片を縫い込んだ重厚な重い鎧ではなく、糸を編んで作っただけの帷子かたびらなので、とても軽いのが特徴です。一説には、剣ではとうてい斬ることは出来ないと言われています。しかし、その糸で作ったクロス・アーマーの作り方は、美土奴国の妖術師にのみ伝わる秘伝とされていて、誰にも分からないのですよ。もし、そんな強靭な軽い鎧が出来れば、兵士は敏捷びんしょう性を失わずに戦うことができます。そんな理想的な鎧を作るために、メイルド・スパイダーを捕まえてきて研究しているのです」

 リディアは、エドの得意気な説明に納得し、感心してしまった。気持ちが悪いと思った虫たちも、そのような目的があって研究されているのだと分かると、部屋の飼育箱の中で飼育されている様々な虫たちに興味が湧いてくるのを感じた。

 リディアは、他の虫たちももっとよく見ようと、飼育箱に目を近づけて眺めた。

 すると、隣の部屋にいたロイが、声を聞きつけて飼育部屋に入って来た。

 「いらしていたのですか。よかった。もう今日はお越しにならないのかと思いましたよ」

 ロイは、リディアが来てくれたことを喜ぶと、リディアを飼育部屋の隣の部屋に招き入れた。

 その部屋も、動物の飼育部屋と同様に物があふれていて、生物捕獲用のあみや縄、釣り具に、なたや短刀、野営用の設備など、様々なものが部屋の長椅子やテーブルの周りに、所狭しと置かれていた。

「驚かれたでしょう?見たこともないような動物や虫たちが沢山いて」

 ロイは笑いながら、エドと同じことを言い、エドに自己紹介をしたかどうかを確認した後、付け加えるように続けた。

 「エドは、生物学者で、山や森、海などに行っては、珍しい動物や虫、植物などを沢山捕獲、採集してくるのですが、普通の人が足を踏み入れるのをためらうような未知の場所にも、臆せずに平気で入って行くような、少し変わった人なのですよ」

 「変わってなんかいないさ。私は、至ってまともだよ。自然は、神秘の謎と発見に満ちた宝箱のようなものなんだぞ。そんな素晴らしい場所を目の前にしても、好奇心と探究心をそそられない人たちの方が、私には理解できないけどな」

 エドも、やや微笑みながら、冗談で返すかのように言った。

 「さあ、狭い部屋ですが、足もとに気をつけて、あそこの長椅子にお掛けください。今、お茶をお持ちします」

 そう言うと、ロイは、リディアが研究所に来るのを待っている間に飲んでいた、エドが美土奴国の土産として持ち帰った茶を取りに行った。

 「ロイ、薬用の茶と間違えるなよ。それは苦くて普通の人にはとても飲めたものではないからな」

 「分かっているさ。ところで、もうひとつの湯呑茶碗はどこにあるんだい?」

 「悪いがここには茶碗は二つしかないので、私の湯呑を良く洗って使ってくれないか」

 エドは、ロイが茶の用意をしている間、部屋を見まわし、床に散乱している物を脇に寄せて、リディアのために通路を確保した。

 リディアが長椅子に腰を掛けると、エドも椅子に座り、リディアの顔を改めて見つめた。ロイから聞いていたように、ライーザ公妃のご息女であるだけあって、とても綺麗な顔立ちであったが、父がクベス王であるせいなのか、彼女には、ステイシア姫のような落ち着いた清楚な気品は感じられなかった。むしろ、クベス王に対する積年の怨念が、彼女から女性としての気品さを奪ってしまったのだろうかと感じた。

 エドとリディアは、お互いに顔を見合わせ、目が会うと、エドはロイを待たずに話し始めた。

 「今日こちらにお見えになったのは、私に何かお尋ねになりたい事があるためとのことですが」

 エドが話し始めると、リディアも率直に話し始めた。

 「すでに聞いているであろうが、私はこれから行われる闘技試合で勝利を収め、トラキア軍の指揮権を得たら、グランダルに攻め込むつもりだ。それには、隣国の美土奴国を通らねばならぬのだ」

 リディアは、一般人であるただの生物学者でしかないエドにすがるかのように、真剣な表情で語った。

 「そこで、美土奴国に何度も足を踏み入れたことのある私に、美土奴国についてお尋ねになりたいということですか?」

 リディアは頷いた。

 「なぜトラキアの近衛兵に同行を依頼されないのですか?彼らは、ステイシア姫のグランダルでの発掘調査に何度も同行していますので、美土奴国の商用交易路のことはよく知っているはずです。そこを通れば、グランダルに行くことができますが」

 「商用交易路の関所の多くは、すでにグランダル軍によって押さえられているのだ。そのため、トラキアの近衛兵たちも、グランダルからの帰国の際、関所を避けて、やむを得ずランドルの森を通り抜けようとしたらしいのだが、容易に森から抜け出すことは出来ず、何人かは命を落とし、かろうじて生き残った近衛兵たちも、ひどく負傷した状態で帰国したのだそうだ」

 「その負傷兵たちに、ランドルの森の外れで倒れていたあなたは偶然助けられ、トラキア城に運び込まれたのですね」

 「そのようだ」

 リディアは、自分の失態を恥じるかのように視線を逸らせて答えた。

 エドは、何かを恐れているかのようなリディアを見つめながら言った。

 「もしや、私にランドルの森を通り抜けるための道をお尋ねになりたいのですか?」

 「そういうことだ」

 リディアは、次のエドの言葉に期待したが、エドは申し訳なさそうに言った。

 「残念ながら、そのような道は私も存知上げておりません」

 「では、ランドルの森に住む魔物や妖術師の妖術から身を護る方法を知っているか?」

 「いえ、それも存知上げておりません。確かに、ランドルの森は妖しい力で守られているため、森の奥深くに入った者は生きて帰って来た者はいないとか、無事に戻った者がいたとしても、命を落としかねないような恐ろしい体験をしたため、その恐怖から二度と森に入ることが出来なくなってしまった、というような話は、私も聞いたことがあります。しかし、私は、ランドルの森に何度も入って生物の観察を行ってきましたが、そのようなものは一度も見たことがありません。そもそも、魔物や妖術というものは、迷信なのではないでしょうか?」

 「迷信などではない!私は、ランドルの森で何度も危険な目に会ったのだ」

 リディアが取り乱したように声を荒らげたため、エドはリディアを落ち着かせるように、穏やかな口調で言った。

 「失礼しました。ランドルの森でよほど危険な目にお会いになったのですね。では、どのような体験をされたのですか?」

 リディアは、記憶の中の恐れを取り除こうとするかのように、一呼吸置いてから話し始めた。

 「たとえば、私が森の奥深くに迷い込んでしまい、進むべき方向も分からずに彷徨さまよっていると、妖術師に操られた龍のような姿をした魔物に襲われたのだ。その魔物が襲いかかってきたときに分かったのだが、それは、蜂の大群だった。キラー・スティングが群れをなして、あたかも一匹の生き物であるかのように私に襲いかかってきたのだ。蜂の大群を意のままに操るなど普通の人間に出来ることではない。そしてその後、凶暴なからすも私を襲ってきた。その鴉は、妖術師と思われる傀儡女くぐつめから放たれたのだが、やはり彼女が操っているようだった。鴉は二羽いたが、そのうちの一羽は、見かけは普通の黒い鴉であったが、猛禽類の鳥のように、いや、それ以上に獰猛どうもうな鴉で、私の振りおろす剣など恐れることなく攻撃してきたのだ。そして、もう一羽は、全身が真っ白な不吉な鴉だったが、それらの鴉は、共謀して火責めをしてきたのだ。一方が油を撒き、もう一方が松明をくわえて火を放とうとしてきた。火を恐れぬ鳥など見たことがないであろう。あれも魔物の一種だったのかもしれぬ」

 リディアは、実際に自分が体験したことを話せば、エドも納得するだろうと思ったが、エドの反応は予想外のものだった。

 「キラー・スティングが大群で襲ってきたのですか。それは恐ろしい体験をされましたね。キラー・スティングは、猛毒の針を持つ蜂なので、命を落とさずにその蜂から逃げられたのは、とても幸運だったのだと思いますよ。しかし、どんなに危険な虫だとしても、虫を操るというのは案外簡単に出来るものなのですよ」

エドは、リディアの話には驚くことなく笑みを浮かべた。

 「ならば、そなたにも出来ると言うのか?」

 「恐らく出来ると思いますよ。キラー・スティングは、美土奴国では疾雷蜂シツライホウと呼ばれています。我々は、キラー・スティングを恐ろしい蜂だと考えていますが、美土奴国の妖術師は、その蜂の、仲間を呼びよせて攻撃してくる習性を利用して、森を侵そうとする人間を、蜂の群れに襲わせるのだそうです」

「蜂の習性を利用するだと?具体的には、どうやるのだ?」

 「キラー・スティングは、警報フェロモンと呼ばれる特殊な匂いのある液体を体から噴射して、攻撃対象に匂いを付けて、仲間に攻撃目標を伝えます。そして、あごを鳴らして威嚇音を発して威嚇してきます。もし相手がその場からただちに立ち去らなければ、仲間と共に一斉に、その匂いを発するものに向かって攻撃してくるのです」

 エドの説明には、とても説得力があった。しかし、まだ疑問に思うことがあった。

 「しかし、キラー・スティングにそのような液体を噴射された覚えはないぞ」

 「私は実際にその場にいたわけではありませんので、詳しくは分かりませんが、何かが体に付着した覚えはありませんか?」

 リディアは、蜂に襲われる前に何があったかを思い出してみた。

 「そういえば、山ヒルが頭上から大量に落ちてきて、皮膚に喰いつき、血を吸われたことがある」

 「そうでしたか。では、恐らくそれでしょう。山ヒルの口内に、キラー・スティングの攻撃フェロモンを注入しておいたのかもしれません。山ヒルは、森を彷徨さまよい歩いていたあなたの体温や振動を感知して、頭上の木々の枝から落ちてきて血を吸います。ランドルの森に生息する山ヒルは、クネールという名の山ヒルですが、クネールは、動物の血を吸うときに、血が固まらないようにするための特殊な液体を口から分泌します。そのときに、キラー・スティングの攻撃フェロモンが、あなたの体に付着したのでしょう」

 リディアは、エドの説明が理にかなっていたため、反論出来ず、冷静になって考えてみれば、自分がランドルの森で体験したことは、すべて説明がつくのだろうか、と思い始めた。

 「では、からすはどうなのだ?」

 リディアがさらに尋ねた。

 「鷹狩りで、鷹匠たかじょうと呼ばれる調教師が、鷹を操って獲物を捕えることはよく知られていますが、その鴉の場合も同じことでしょう。恐らく、その妖術師が、鴉をうまく調教、訓練したのでしょう。美土奴国の妖術師が使う鴉は、妖鴉ヨーアと呼ばれる鴉で、獰猛どうもうな鳥なのですが、とても賢く、主人には従順に従う鳥です。うまく調教すれば、火を恐れずに扱う方法も習得させられるでしょう。そして、肉食性の強い雑食性なので、なんでも食べるのですが、特に蟲は、どんな蟲でもむさぼるように食べるので、この鴉と一緒にいれば、蟲に襲われることはないと言われています」

 「白い鴉はどうなのだ?そんな鴉など存在するのか?」

 「はい。とても珍しいとは思いますが、白い鴉というのは実際に存在します。まれではありますが、先天性色素欠乏症と呼ばれる症状をもった動物が生まれることがあります。その動物は、ある種の色素が欠乏しているため全身が白くなってしまうのです。恐らくその鴉もその色素が欠乏していたのでしょう。その鴉の目は赤くありませんでしたか?」

 「なぜそのようなことを聞くのだ?」

 「一般的に、その色素が欠乏している白い動物は白子と呼ばれますが、白子は、その色素が欠乏しているため、血液の色が透けてしまうので、瞳孔が赤く見えるのです」

 リディアは、目を閉じて、森や美土奴の宮殿の中で見た白い鴉を思い出してみた。

 「暗闇の中だったのではっきりとは見えなかったが、恐らく目は赤くなどなかったと思うが」

 「そうですか。赤くはありませんでしたか。白子の動物は一般的に視覚に障害があると言われていますので、もしあなたが見た白い鴉が、何の問題もなく飛んでいたのだとすると、白子ではなかったのかもしれませんね…」

 エドが、自分の推測が正しくなかったことを認めるかのように残念そうな表情を見せると、リディアは自分の話を信じてもらおうと巻き返すかのように言った。

 「では、やはり白い鴉は、不吉な魔物だったのか?」

 「実際に見たわけではありませんので、はっきりとしたことは言えませんが、もし妖術というものが本当に存在するとしたら、その白い鴉は妖術によって生み出されたものだったのかもしれませんね」

 エドがうつむきながらそう言うと、リディアは勝ち誇ったように表情を変えた。しかし、エドはすぐにくすくすと小さな声で笑い始めた。

 すると、ロイが茶を運んで部屋に戻って来て、エドが笑っているのを見て尋ねた。

 「何がおかしいんだい、エド?」

 エドは、ロイには答えずに、リディアを見ながら言った。

 「いえ、冗談ですよ。色素欠乏症の動物には二種類あって、一つは白子と呼ばれるもので、元々色素を作る能力が無い状態で生まれてきます。もう一つは白変種と呼ばれるもので、元々色素を作る能力はあるのですが、何らかの原因で色素が減少し、体が白くなってしまうのです。しかし、元々、色素を作る能力はあるため、白子とは異なり、目は赤くはならないのですよ。ですので、その白い鴉も、妖術によって生み出されたものではありません」

 「何の話をしているんだい?」

 ロイは、運んで来た茶を入れた湯呑茶碗をテーブルに置いて、リディアに差し出すと、エドとリディアの会話に加わった。リディアは、下を向いてしまった。

 エドが、これまでの話をおおまかにロイに話すと、ロイもエドに尋ねた。

 「なかなか興味深い話だな。そういえば、私もお前に聞きたかったことがあるのだよ」

 ロイは、リディアに目を移した後、再びエドを見て言った。

 「彼女がアレンの医務室に運ばれたとき、彼女は鋸牙草コガソウというイラクサの毒に冒されていて、命を落としかねない危険な状態だったそうなのだが、そのときアレンは、お前がランドルの森で捕まえた虫を使って解毒したのだそうだ。その話をアレンから聞いたとき、アレンは、今のお前のように笑っていたのだよ。何がおかしいのかと聞くと、その虫が彼女に予想以上に効いたので、驚いただけだ、と言うのだよ。しかし、それだけで笑うのはおかしいだろう?」

 「恐らく、アレンが使った虫というのは、頒賜蝗ハンシコウという飛蝗ばったの一種だと思うが、それで解毒したからと言って何もおかしいことなどないな」

 エドは、ロイに同意するように言った。すると、リディアが話に割り込んだ。

 「美土奴の人間は、西洋諸国では用いないようなものを色々と利用すると聞く。植物や虫などを利用して薬を作ったり、動物のふんを燃料として利用したり。そのようなことは私も聞いたことがあったので、その飛蝗ばったの一種を使って解毒をすること自体は驚くことではなかったが、まさかそれを食べさせられるとは思わなかった。美土奴では、饅坥マンショという饅頭まんじゅうのような食べ物しかないと聞いたが、虫まで食べるのか?」

 リディアがまじめな顔で尋ねると、エドがまさかという表情で驚いた。

 「頒賜蝗ハンシコウを食べたのですか!?」

 リディアは頷いた。

 「アレンという医師が、急がねば命がないと言って、その虫を私に食べさせたのだ。彼の話では、その虫は、鋸牙草コガソウの毒によく効くとのことだったので、もちろん抵抗はあったが、やむをえず食べたのだ。そのおかげで私は命を救われたらしい」

 「なるほど。そういうことでしたか」

 エドは、リディアの話を聞いて笑いながら納得したようだったが、ロイには、なぜエドが笑っているのか分からなかった。

 「何がおかしいんだい?」

 「いや、アレンがなぜ笑っていたのかが分かったよ」

 「どういうことだい?」

 「頒賜蝗ハンシコウは、たしかに鋸牙草コガソウの解毒用に使うのだけれど、食べて解毒するものではないんだよ」

 「では、どうやって解毒するんだい?」

 「頒賜蝗ハンシコウふんを集めて、少量の湯でせんじたものを飲むのさ」

 リディアは、目を丸くして驚き、食べるものではない虫を食べてしまったのだと知って、からの胃が、いないはずの虫を強制的に押し戻そうとしているかのように吐き気を催した。

 「では、なぜアレンは、本来の使い方をせずに、彼女に虫を食べさせるようなことをしたのだろう」

 ロイが不思議そうに呟いた。

 「頒賜蝗ハンシコウの糞がまだ十分に集めきれていなかったのかもしれないな。でも、糞は頒賜蝗ハンシコウの体内にあるはずだから、食べてしまえば、毒が解毒されるかもしれないとアレンは考えたのだろう」

 「アレンは医者なのに、そんないい加減なことをするだろうか」

 「急を要していたからではないか。急がなければ彼女の命が危ないとなれば、アレンだって一か八かの手段に出るだろう。まあ、頒賜蝗ハンシコウの糞が体内で効いたというよりは、実際は、心理的な影響のほうが大きかったのかもしれないがな」

 「心理的な影響?」

 「ああ。簡単に言えば、薬ではないものでも、よく効く薬だと、信じて疑わずに服用すれば、薬と同じ効果が得られることがあり、それを偽薬効果と呼ぶのだが、その偽薬効果をアレンは期待したのかもしれない」

 エドは、医者ではなかったが、生物学者として、心身の相関関係についてもよく知っていた。そのため、アレンがとった行動はよく理解できたが、心理的な影響というものは、体に及ぼすものだけではないと考えていたエドは、さらに話を発展させて、リディアに対して話し始めた。

 「余談ですが、ランドルの森が魔物や妖術によって守られていると言われるのも、その心理的効果を狙って広められた迷信かもしれないと私は考えています。美土奴国は、いくつかの国々と国境を接し、隣国には大国のグランダルもあります。しかし、美土奴国は、長い歴史の中で、最近になってグランダル軍の侵攻を許してしまうまでは、どの国からの侵略も受けたことがありませんでした。それは、美土奴国を覆い隠すように広がるランドルの森を巧みに利用しているからではないでしょうか。つまり、森に入り込んだ人々を襲うことによって彼らに恐怖心を植え付けます。そして、命を落とさずに帰国した人々が、自分ら体験したことを人々に話すことによって、ランドルの森は危険だという噂が広がり、時と共に噂話に尾ひれが付いて、魔物や妖術といったものが現実に存在するものとして信じられるようなっていったのではないでしょうか。最近は、周辺諸国に移住を始める東洋人が少しずつですが増えてきていると聞きます。トラキアにもすでに何人かの東洋人が移住し始めているそうです。どんな目的で彼らが移住を始めたのか分かりませんが、ランドルの森のような心理的効果を狙ったものでなければよいと願うばかりです。そうでなければ、取り返しのつかない事にもなりかねません」

 エドは、トラキアの第二公女であるリディアに、東洋人の移住目的を把握する必要性をそれとなく知ってもらうために、そのような話をしたのだったが、リディアはあまり関心を示さなかった。逆に興味を示したのはロイだった。トラキアで異端宗教への弾圧が起き始めているとアレンから聞いたことを思い出したからである。

 「取り返しのつかない事というと?」

 「思想の普及が、純粋に人々の幸福を願ってのものであればよいが、思想の違いが時として、弾圧や争いにつながることもある。また、意図的に拡散させた不安や恐怖、絶望などが、その国の社会秩序や精神、経済などを混乱に陥れ、破壊することもありうる。ひいては、兵力を用いずに戦争を引き起こして敵国を滅ぼすといったことも可能なことを考えると、軍事力を持たない美土奴国が、隣国に人を送り込んでいる可能性がないとも限らない。最近の周辺国の動向を見ると、そう考えざるを得ない状況になっているように思えてしかたがないのだよ」

 エドの話には、国を思うあまりか、力がこもっていた。

 しかし、リディアは、話を再び自分の研究所への訪問目的まで戻した。

 「トラキアがどうなろうと、私の知ったことではない。私はただ、ランドルの森を通り抜ける方法を知りたいだけなのだ」

 そう言うと、リディアは、おもむろに、履いていた長革靴の革紐かわひもをほどき、手当てを受けた傷をエドに見せた。

 「この傷は、ランドルの森で負った傷だ。今はもう治ってはいるが、傷を負った時はかなり深い傷であった。今までの話からすれば、恐らく信じてはもらえぬかもしれぬが、この傷を負った時には、私は敵の存在には全く気付いていなかった。周りには誰もいなかったのだ。気配すら感じることはなかった。しかし、初めに私の乗っていた馬がやられた。馬の脚が、鎌のような鋭利なもので斬り込まれたのだ。そして、私も知らぬ間に脚を斬り込まれていた。私は、近くの木の枝に飛び移って逃げたが、馬はその後も何者かに斬り刻まれていった。闇夜の森だったせいもあるが、地面を見下ろしても何も発見することは出来なかった。この傷は、確かに見えない敵に襲われたときの傷なのだ。そなたは魔物とは呼ばぬかもしれぬが、それが何であろうと、とにかく見えない敵がいたのは確かなのだ」

 リディアは、靴の革ひもを結びなおしながら、さらに続けた。

 「そなたには、何が起こったのか分かるか?これこそまさに魔物か妖術ではないのか?」

 「そうですねえ、美土奴国には、土の守り神である垟鎌ヨウレンという名の精霊が住んでいると聞いたことがあります。普段は静かに土の中で眠っているのですが、秋になると人々に豊作をもたらしてくれると言われています。かつて、美土奴国でも、饅坥マンショ以外の食べ物を食べていた時代がありましたが、その頃は、垟鎌ヨウレンは人々から豊作をもたらしてくれる精霊としてまつられていました。しかし、人々が饅坥マンショしか食べないようになると、垟鎌ヨウレンのことはしだいに忘れられていき、垟鎌ヨウレンは眠りを妨げる人間に対して敵意を示すようになったと言われています。垟鎌ヨウレンという名前は、鎌を持った土の中の精霊という意味なのですが、鎌風かまかぜ垟鎌ヨウレン仕業しわざだとも言われています。しかし、それはあくまでも迷信であって、実際にそのような精霊が鎌で斬りつけてくるなんてことはあり得ません」

 エドは、リディアの見せた脚の傷の原因までは分からなかったが、リディアの言う魔物か妖術が原因という考え方は否定した。

 しかし、リディアは、あくまでも説明のできない何かが森の中にいたのだと主張した。

 エドは、説明に困ってロイの方に目を向けた。しかし、ロイも何と言ったらよいのか困っているようだった。

 「たとえ、私がトラキア軍の小隊を手に入れてランドルの森に入ったとしても、見えない敵を相手にしたのでは勝ち目はない。そのため、そなたにランドルの森を安全に通り抜けるための抜け道を聞こうと、こんなところまでわざわざやって来たのだが、知らぬのであれば、そなたにはもう用はない」

 リディアは、部屋を出ようと立ち上がった。

 すると、誰かが研究所の戸を叩く音が聞こえてきた。

 「ロイ!エド!大変だよ!ここを開けてよ!」

 アバトの声のようだった。何やら大きな声を上げながら戸を激しく叩いているので、エドとロイは、学舎の子供たちに何かあったのではないかと思い、慌てて戸口に走っていった。

 戸を開けるとすぐに、アバトがロイの腕を引っ張り、気が動転した様子で言った。

 「大変なんだよ!ティナが変なんだよ!今すぐ学舎に来てくれよ」

 ロイは、アバトが何を言っているのか分からなかったので、アバトの肩に手をおき、とにかくアバトを落ち着かせることにした。

 「アバト、ティナに何があったんだい?落ち着いて話してくれないかい?」

 アバトは、エドが戸口から顔を出すと、何をどう説明したらよいのか分からず、混乱した様子で、とにかく何があったのかを伝えようと、不安と悲しみの入り混じったような声で必死に説明した。

 「ティナが、ティナが地面の土を食べてしまったんだよ!土なんて食べて大丈夫なのかい?ティナは死んじまったりしないかい?」

 「土を食べた?どうしてティナはそんなことをしたんだい?」

 エドは冷静な口調で尋ねた。

 「そんなの分からないよ。分からないけど、ティナが変なんだ。いつものようにティナが泥で泥宝を作っていたら、突然おかしなことを話し始めて、それを食べちまったんだよ」

 「おかしなことって何だい?」

 ロイが尋ねた。

 「美土奴国では、その泥宝でいほう饅坥マンショと呼ばれていて、昔は毎日それを食べていたって言うんだよ」

 アバトの話を聞いて、ロイは、アレンから聞いた話を思い出し、エドに尋ねた。

 「アレンから聞いたことがあるのだが、美土奴国では土をねてつくった饅頭まんじゅうのようなものが食べられているそうだが、土自体は食べても害はないのかい?」

 「詳しいことはまだよく分かっていないのだけれど、汚染された土を食べれば、勿論、体に何らかの支障が出るだろう。しかし、美土奴国の人々が、饅坥マンショと呼ばれる、土で作った食べ物を食べても健康でいられるのは、美土奴国の土が汚染されていないからのようなんだよ」

 「汚染されていない?」

 「ああ。世界中の国の土は、多かれ少なかれ汚染されていて、体に害を及ぼす何らかの毒素を含んでいるらしいのだけれど、美土奴国には、クリプタリアという草が自生していて、その草が土を浄化してくれているらしいんだ」

 「トラキアには、その草は自生していないのかい?」

 「残念ながら、トラキアには、クリプタリアは自生していないんだ。かつては、どの国にも当たり前のように自生していた草だったのだけれど、クリプタリアをむ家畜たちが次々に死んでいってしまうため、クリプタリアは忌み嫌われるようになり、人々はクリプタリアを焼き払うようになってしまったんだ。クリプタリアが土を浄化するのには、数百年から千年以上もかかると言われているので、今からクリプタリアを植草しょくそうしたとしても、すぐには土を浄化することはできないんだ。しかも、クリプタリアには色々な種類があって、クリプタリアが生育できる最適な環境というのは種によって異なっている。だから、一度絶滅してしまうと、別の種のクリプタリアを別の環境から運んできて植草しょくそうしても、育たないんだよ」

 「ということは、トラキアの土も汚染されているということだから、その汚染された土を食べたティナは、どうなるんだい?」

 「毎日土を食べ続けるようなことでもして、体に土の毒素が蓄積しない限りは大丈夫だよ。土自体を体が受け付けない場合は、吐いてしまうか、下痢になって排出してしまうだろうしね」

 ロイは、エドの話をもっと詳しく聞きたいと思ったが、アバトがそれを許さなかった。アバトは、しきりにロイの腕を引っ張った。

 すると、彼らの話が耳に入ったリディアが突然戸口から飛び出し、そばの木の枝に繋ぎとめていた馬に飛び乗ると、すぐさま元来た道に向かって馬を走らせた。

 「あ、あのときの」

 アバトは、馬を走らせるリディアの背を見ながら呟いた。

「彼女を知っているのかい?」

 ロイが尋ねると、アバトは、彼女に出会ったいきさつを話した。

 ロイは、リディアがティナのいるロイの学舎に向かったのだと思った。

 「アバト、我々も馬で学舎に向かうぞ」

 ロイは、エドに一緒に来てくれと目で合図を送り、すぐに自分の馬にアバトを乗せて、リディアを追うように、エドと共に学舎へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る