発掘調査

第8話 人質

 ほとんど雨が降ることがなく、強い日差しが照りつけるグランダル王国で、古代遺跡を調査しているトラキアの発掘調査団一行には、疲労の影が差し始めていた。国土の多くが砂漠化してしまったグランダル王国では、小さな低木が点々と生えているだけで、日差しを遮ってくれるような大きな木々がないため、強い日差しを避けるために、遺跡の陰となる北西側に調査隊本部の野営施設を設けてはいたが、砂漠での古代遺跡の調査には様々な困難があった。

 グランダルでは、時折風が吹くと、枝が複雑に絡み合って球のような形になった回転草と呼ばれる低木が転がってくることがある。この回転草の枝には毒のある棘があり、気が付かずに回転草にぶつかり怪我をしてしまうと、数日間は高熱にうなされて、寝込んでしまうことになるのである。しかも、毒自体で命を落とすことはないものの、高温の砂漠地帯では、それが命取りになるのであった。すでに、考古学者の一人と、近衛兵の二人が、回転草の毒にやられて、野営施設の簡易寝台で横たわって高熱に苦しんでいた。

 グランダルの砂漠では、水の確保も重大な問題であった。グランダルにある数少ない淡水湖は、すべてグランダルの王家や貴族、軍部の人間たちが独占していたからである。そのため、発掘調査団を護衛する近衛兵は、交代で、隣国の美土奴国との国境近くの山に流れる川まで行って、そこから水を運ばなければならなかった。

 また、古代遺跡の調査自体にも、想像を超えるほどの労苦があった。

 古代遺跡から見つかったランドルと呼ばれる巨人族の骨の化石の一部から、ランドルの身長は現代の人間の十倍以上はあったと推定されていたが、その巨人族が建造したとされる遺跡は、信じられない程巨大な建造物で、その巨大な遺跡の調査を、母であるライーザ公妃の後を継ぎ、ステイシア姫が地道に長い時間をかけて詳細な調査を続けていた。

 遺跡内部に入るだけでも数日を要するほど全てが巨大であったため、内奥部にまで入ると、数週間は外に出ることは出来なかった。そのため、内部の調査には、食糧と水、そして遺跡内部で居住場所を設営するための設備が不可欠であり、それらの設備をすべて近衛師団の兵士たちが運び込んでいた。

 遺跡の発掘調査は、グランダル国から正式に許可されてはいたものの、トラキアの人間が現地の人間を雇って物資を運ばせるようなことは出来なかった。それは、グランダル国が、飢えに苦しむ国民を救うという名目で、食料略奪のための周辺諸国への侵略を続けており、今では、グランダルから海を隔てた対岸にある、食糧の豊かなトラキア公国までもが、その対象となろうとしており、諸外国はすべて食糧を独占している敵国と見なされていたからである。

 また、グランダルの一部の金持ちにのみ食糧を高値で売りさばいているトラキアが、グランダル国民の不満と怒りの矛先となってしまっていたためでもあった。


 「姫様」

 発掘調査本部の野営場所から、若い近衛兵の一人であるルカが、物資を運ぶ兵士たちに指示を出していたステイシア姫を呼んだ。

 「少々こちらへお越し頂けませんか?」

 ステイシアが、ルカの方に振り向くと、野営場所に置かれた机にエルザが地図を広げ、自分に視線を送っているのが見えた。エルザが向ける眼差まなざしから、彼女が何かを早く伝えたいようであることが分かった。

 エルザは、まだ若い駆出かけだしの考古学者だったが、ステイシア以上にランドルの古代遺跡に魅せられて、寝る間も惜しんで研究を続けるほどの研究熱心な学者であった。そのため、グランダル国での実地調査の経験はなかったが、彼女の持つ膨大な考古学的知識が認められ、ステイシアの助手として異例の抜擢をされて最近になって発掘調査団に加わった一人であった。

 エルザは、ステイシアが、そばにいた近衛師団長に物資を運び終えたら兵士を休ませるようにと伝えてから、野営場所に向かって歩いてくるのを確認すると、地図と古代遺跡の石門に何度か視線を移しながら、何かを改めて確認し始めた。

 「姫様、これをご覧ください」

 エルザは、地図を示しながら説明を始めた。

 「あのピラミッドのそれぞれの側面は正確に東西南北の方角に向いています。そして、ピラミッドの南側には巨大な石門がありますが、不思議なことに石門は東側、つまり海側に面していて、ピラミッドの方には向いていません。そして石門には扉がありますが、石門の周辺からは塀のようなものや通路などがあったという痕跡は何も見つかりませんでしたので、何のための扉なのかも分かりません。たとえば、城を例にして考えてみますと、城には城壁や城門があります。それらは、外部の人間の侵入を防ぎ、許可された者のみを通すという役割がありますが、あの石門にはそういった役割はなかったと考えられます。だとしますと、石門だけがあそこにあるというのは不自然な気がします。にもかかわらず、あそこに巨大な石門があるということは、我々の考えも及ばない何か別の理由があるのではないでしょうか」

 エルザは少し興奮気味に話していたが、ステイシアにはエルザが何を言おうとしているのかが分からなかった。エルザが指し示す場所に石門があることはすでに周知の事実であり、それが孤立して存在していることは、すでに誰もが知っており、これまでの調査結果から、特別価値のある調査対象だとは考えられず、調査対象としての優先順位は低かったからである。

 しかし、エルザはさらに説明を続けた。

 「もちろん、ここまでは姫様もご存知のことですが、私はどうしてもあの石門が理由もなくあそこにあるとは思えないのです。これまで、調査団は皆、ピラミッドにばかり目を向けていましたが、私はむしろ、あの石門にこそ、重大な謎が秘められていると思うのです。そこで、私は、石門をもう少し詳しく調べてみました。あの石門のぬきには龍が彫られていますが、その龍には三つの目があります。私は、その龍の瞳がどこを見据えているのだろうかと、ふと思ったので、龍の向いている方角を調べてみたのです。すると、その方角のやや内陸に入ったある場所に、不思議な巨大構造物があることが分かりました。それ自体は、すでに発見されているものではありますが、枝が複雑に絡み合った回転草を模したようなもので、それが何なのかはいまだに分かっていません。構造物というよりは、空間芸術のようなものなのかもしれませんが、もしそれが芸術作品か何かのたぐいなのでしたら、何を表現したいのか、何を訴えようとしているのかは私には分かりませんでした。もしかしたら、芸術作品ですらなく、単なる堆積された廃材か何かで、特別な意味のあるものではないのかもしれません。そこで、その先にまだ何かがあるのではないかと思い、さらに調査を進めてみたところ、石門とその構造物を結ぶ直線の延長上にあったのが、ここだったのです」

 エルザは、地図上のある地点を指し示した。その場所は、ピリテと呼ばれる地域だった。

 「このピリテという地域一体は、今は砂で埋もれてしまっていますが、姫様もご存知の通り、砂の下に巨大な石灰岩があることが分かっています。ピリテは石灰岩の産地ではないため、その石灰岩は人為的にそこに運ばれてきたものだと考えられていますが、ライーザ公妃の調査団がかつて行った調査の記録を見てみますと、その地域一体には地中に埋もれた遺跡のようなものはなかったようです。したがって、その石灰岩が、砂の下に埋もれた遺跡を構成している石材の一部だったという可能性はないことになります。つまり、その石灰岩は、人為的にそこに運ばれてきたにもかかわらず、何の目的でそこに運ばれてきたのかは分かっていないのです。しかし、石門の龍が見つめる方角に、意味不明の巨大構造物があり、さらにその延長線上に、使途不明の巨大な石灰岩が存在しているということは、何か意味があるのではないでしょうか」

 エルザの説明を聞き終えて、ステイシアにもようやくそこに何か隠された意図があることが分かってきた。

 「確かにエルザの言うとおりです。偶然そこに石灰岩があるとはとても思えません。何の目的でそこに運ばれてきたのか、このまま調査を継続してくれますか?」

 「はい、承知しました」

 ステイシアは、すぐにまた、物資を運ぶ現場へと戻っていった。

 エルザはまだ遺跡の発掘調査の実地経験は浅かったが、実際の発掘調査の現場で、初めてステイシア姫に自分の説を認めてもらえたのが嬉しくて、姫には気付かれないように声を押し殺して、満面の笑みを浮かべながら静かに飛びあがって喜んだ。

 そばにいた近衛兵たちもエルザの喜びようを見て嬉しくなった。

 「やるじゃないか、エルザ」

 ルカが、彼女の初の成果を褒めたたえた。

 しかし、その喜びも、ステイシアのところに馬に乗ってやってきたグランダル兵たちの小隊によって打ち消されてしまった。その小隊が現れると、辺りの雰囲気が一変し、トラキアの近衛兵たちに緊張感が走った。

 すると、ルカが、エルザの耳元で声をひそめながら言った。

 「グランダルの監視団です。我々の調査団を監督、指導するという目的で、彼らは時々ここを訪れてきます。もちろん、この遺跡の周辺には他にも多くの兵が配置されていて、我々は許可なくこの地を離れることは出来ません」

 エルザは、その小隊を率いる先頭の馬に乗る一人の男を見つめた。その男は、小隊を率いるような下級将校のようには見えず、堂々とした凛々りりしい風貌を備え、そして貴族のように気品に満ちあふれているようにも見えた。

 「あの一行の先頭の馬に乗っている人は誰ですか?」

 エルザが小声で尋ねた。

 「あの方は、グランダルのクベス国王の御子息ごしそくのレイ王子です。なぜ王子が直々に、我々を監視する監視団の小隊を率いているのかは不明ですが、レイ王子は遺跡にとても興味がおありのようで、ステイシア姫とはよく気が合うようです」

 レイ王子は、馬を下りると、ステイシア姫と挨拶を交わした。何を話しているのかはエルザには聞こえなかったが、王子がとても礼儀正しい人であることが、彼の丁寧な所作から分かった。

 「王子の脇にいる人たちは?」

 エルザは視線を移して、ルカに再び尋ねた。

 レイ王子の両脇にいる二人は、慣れない馬に苦労しているかのようで、兵士とは思えない人物だった。二人は、エルザたちの視線には気が付かず、一方は馬から落ちないように手綱をしっかりと握りしめ、もう一方は落ち着きのない馬をなだめようと、馬の首をしきりに撫でていた。

 「彼の右にいるお方は、美土奴ミドーヌ国の聡瞑そうめいという名の僧正そうじょうです」

 「僧正?」

 「はい。美土奴国の僧侶には、大僧正、僧正、僧都そうず、などといった位階があるそうで、あの方は位のとても高い僧侶です。どういうわけかグランダル国にやってきて、グランダル国と美土奴国との橋渡し役を務めておられるようです」

 エルザは、東洋の僧侶というものを初めて見たので、珍しそうに眺めた。

 「そして、反対側にいるのが、グルジェフ=ベルンスキーです。彼はグランダルの科学者なのですが、噂では常軌を逸した科学者で、これまでに数多くの信じられないような発明を行い、その発明を軍の兵器に応用しているそうです。ランドルの森であるものを発見し、空を飛ぶ乗り物まで開発中との噂もあります。そんなものが開発されたら、三方を海に囲まれ、断崖絶壁の崖に守られたトラキアの城砦じょうさいにも簡単に攻め込まれてしまいますね」

 ルカはエルザに目を向けたが、エルザはその話には興味はないようだった。

 「あ、エルザにこんな話をしても仕方がないですよね」

 ルカが苦笑しながら言うと、グルジェフが、ルカとエルザが小声で話をしていることに気づいて、視線を向けた。

 ルカは、すぐさま目をそらして口をつぐんだ。

 グルジェフは、馬を下りずにステイシア姫と挨拶を交わすと、いつものように彼女に遺跡の発掘調査報告を要求し、巨人族の種子が見つかったかどうかを尋ねた。

 「残念ながら種子はまだ見つかっておりません」

 ステイシアは、グルジェフの威圧的な視線を気にすることなく毅然きぜんと答えた。

 「しかし、ある石板を発見したので、現在そこに書かれた内容を調査中です。調査が終わり次第お伝えします」

 そう言うと、ステイシアは、石板の内容を写し取った写本をグルジェフに手渡した。

 「そうか。では、今日は、それを今回の途中報告としてクベス様にお伝えしよう」

 グルジェフは、写本には興味などないかのように、一瞥いちべつすることもなく、そのまま懐にしまった。

 「巨人族の種子の発見は急いでくだされよ。飢えたグランダルの兵士はもう長くは待てませんぞ」

 グルジェフのその言葉は、種子が発見できなければ、近いうちにグランダル軍がトラキアに侵攻することを意味していた。

 「では、レイ王子、後のことはお頼みしましたよ」

 グルジェフは、レイ王子にステイシアの調査団の監督を任せると、馬の向きを変え、一部の兵士を残してもと来た方向へと走って行った。

 グルジェフが走り去ると、トラキアの近衛兵たちの緊張がやや和らいだのに気付いたエルザは、なぜみんながそんなに緊張していたのかを不思議に思い、すぐにルカに尋ねた。

 「かつて、ライーザ公妃がこの遺跡で調査を行っていた時の調査団の一員に、ターニャという考古学者がいたのですが、ステイシア姫がライーザ公妃の後を継いで発掘調査を行うようになってからも彼女は姫様に協力してくれていました。しかし、彼女は、ある日グランダル軍に捕らえられてしまったのです」

 エルザは、ルカの話を聞いて驚いた。そのターニャという考古学者と同じように、ステイシア姫の助手として働く自分も、そんな危険な目に会う可能性があるのではないかと不安になったからである。

 「その人はどうして捕らえられてしまったのですか?単に考古学者として遺跡の発掘調査をしていただけなのでしょう?」

 「はい。彼女は、考古学者以外の何者でもありませんでした。しかし、グルジェフがここを訪れたときに、彼女を人質として連れ去ってしまったのです」

 「人質として?どういうことですか?」

 「ライーザ公妃とステイシア姫は、かつてこの地に巨人族が暮らしていたのであれば、その巨人族の生きるかてとなる作物があったはずだとお考えになりました。もしそうであれば、我々の栽培する作物の種子よりも大きい、巨大な種子が存在していたはずです。これまでに遺跡から発見された石板には、巨人族の作物や種子が保管されていた貯蔵庫のようなものが存在していると書かれていたそうです。ライーザ公妃が亡くなった後も、ステイシア姫は、その種子を飢えに苦しむ人々のために探し続けているのですが、グルジェフもその種子のことは知っていて、姫様にその種子を探させているのです。姫様が発見したら、その種子を奪うつもりなのです。そして、姫様が種子を発見せぬままトラキアに帰国してしまわないように、ターニャを人質にとったのです」

 「人質として連れ去られてしまったなんて、あなた方は近衛兵でしょう?姫様だけでなく、我々調査団の一員も護衛するのがあなた方の役割ではないのですか?」

エルザは恐ろしさのあまり、近衛兵を非難するような口調で言った。

 「面目ありません。かつての近衛師団の師団長を務めていたロイ師団長が軍を除隊し、師団長が入れ替わってからというもの、近衛兵たちの多くが異動させられてしまい、私が入隊したときにはすでに、近衛師団は弱体化してしまっていたのです。もはや、かつてのような近衛師団ではなくなっているのです」

 「なんですって。では、あなた方には、我々をまもる力は十分にないということですか?」

 ルカは返答に困った。

 「すると、私もこの先ずっとここで発掘調査を続け、巨人族の種子が見つかるまではトラキアには帰国出来ないということですか?」

 ルカは視線をそらし、うつむいたまま黙ってしまった。

 「なんということでしょう。トラキアは我々を見捨てたのですね。種子が見つかればグランダルの飢えた国民は救われる。そして、グランダルはトラキアには侵攻してはこないでしょうから、トラキアも救われる。しかし、その種子をグランダルは独占するでしょうから、種子のありかを知った我々を、生かしてはおかないでしょう。逆に、種子が見つからなければ、我々はずっとここにとどまって種子を探し続けなければならない。そして、飢えに耐えきれなくなったグランダルは、トラキアに兵をあげて侵攻するでしょう。そして、それまでの間トラキアは時間を稼ぐことが出来、応戦の準備を進めることが出来る。トラキアはそう考えたのでしょう」

 エルザの胸に、本国に捨て駒にされた悲しさと共に怒りの感情が湧きあがってきた。そんなことが分かっていれば、発掘調査団に自ら志願なんてしなかったのにとも思い、後悔し始めた。

 「エルザ、気持ちは分かるが、私だってこう見えても近衛兵のはしくれだ。この命に代えても君を御護りし、必ずトラキアに帰国させるよ」

 エルザは、彼女の肩に優しく手を添えるルカを見上げたが、まだ若い、頼りなさそうな彼の姿を目にして、目に涙が溢れてくるのを抑えられなかった。

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