第9話 預言

 グルジェフが去った後、ステイシアは、馬を下りたレイ王子と聡明と話をする中で、先ほどエルザと話した巨大な石門のことを話題にしていた。

 「あそこに見える巨大遺跡の石門はとても不思議な遺跡ですね。今回、この遺跡調査に初めて参加したエルザという若い考古学者が、あの不思議な石門に興味を持ち、調査をずっと続けているのですよ」

 すると、レイも同調するように応えた。

 「そうですね。あの石門も謎の多い遺跡の一つなのですよ」

 「謎解きですかな」レイの隣で一緒に石門を眺めていた聡明が、興味を示して呟いた。「どのようなところが謎なのですかな」

 聡明がレイとステイシアに視線を戻すと、ステイシアが説明を始めた。

 「グランダル国にはいくつかの遺跡があるようですが、この辺りに広がる砂漠には、巨大遺跡としての建造物としては、あの石門とピラミッドだけが存在しています。ピラミッドは王墓として、また、後世に伝える知恵の保管庫としての目的を持って建造されたことは間違いないのですが、あの石門については、どんな目的であそこに建造されたのかが全く見当がつかないのです」

 ステイシアの説明をレイは頷きながら聞いていたが、聡明の反応は予想外のものだった。

 「目的がなければ、あそこに存在していてはいけないのですかな」

 ステイシアは、今までそのような問いかけをされたことがなかったので、聡明の意図を量りかね、どう答えてよいか分からなかった。ステイシアが返答に困っていると、レイが代わりに答えた。

 「いえ、そんなことはありませんが、猊下げいかは不思議に思われませんか?」

 「何をですかな」

 「我が国の考古学者も、以前からあの石門の調査を行ってきましたが、あの石門の周辺には塀のようなものがあった痕跡はなく、あの石門だけがあそこにあるのです。塀がないのであれば、どこからでもこの地域に入ることができるので、わざわざ石門の岩扉いわとびらを開けて通る人はいないでしょう。また、門本来の役割である内外の境界という役割もあの石門にはないようです。すると、石門などは必要ないことになります。しかし、あそこには実際に石門が存在しているのです。あそこにわざわざ石門を建造したということは、何か理由があって建造したのではないでしょうか」

 レイの説明を聞いた後もなお、聡明の予想外の反応は変わらなかった。

 「理由なんてないのではないですかな」

 「理由もなく、あそこに石門を建造したりはしないでしょう」

 レイにも聡明の意図が分からず困惑し始めた。

 「そなたは、そなた自身がなぜここにいるのかお分かりかな」

 聡明は、レイとステイシアが困惑した表情でいるのを面白がるかのように、唐突な質問を投げかけた。

 「猊下げいか、何ですか突然。ご質問の意味が分かりかねるのですが」

 「そなたが今ここに存在する理由を問うたのじゃよ。人はどのような理由で存在しているのかお分かりかな」

 レイとステイシアは完全に返す言葉を失ってしまった。

 すると、聡瞑が笑みを浮かべながら続けた。

 「あまり深くは考えないほうがよいじゃろう。人は考え過ぎる。考え過ぎるために思い悩み、自ら苦しみを強めていく。考えても分からぬものは考えない方がよい。もしかすると、そんなことは何も考えない動物たちのほうが幸せなのかもしれませんぞ」

 レイとステイシアは、聡明の深淵しんえんな言葉をどう受け止めたらよいか考えた。いや、聡明の言うように、それすら考えないほうがよいのかもしれなかった。

 聡明は、一緒に来た兵士に馬の手綱を渡し、レイとステイシアをその場に残し、今日は、遠路を長い時間、慣れない馬に乗ってここまでやって来て疲れたので、少し休むと言って、兵士たちが設営を始めた場所に歩いて行ってしまった。


 「ところで、先ほどの石門の件ですが」

 ステイシアが、再びレイにその話をもちかけた。

 「先程申し上げたエルザという若い考古学者が、興味深いことに気が付いたのです。彼女の仮説を聞いて頂けますか」

 そう言うと、ステイシアは、レイをエルザのところへ連れて行った。

 「どうしたのですか?」

 エルザの目に涙が光っているのを見て、ステイシアが声をかけた。

 「いえ、なんでもありません」

 エルザは、涙がこぼれないようにかすかに顔を上に上げ、鼻をすすった。

 「さっき風が吹いて砂漠の砂が飛んで来たので、目に入ってしまったのです」

 エルザは、軽く目をこすると、レイ王子の方に視線を向けた。

 「この方は、グランダル国の王子、レイ=アーネスト=ディクサイトです」

 ステイシアがレイ王子を紹介すると、エルザは席を立ち姿勢を正してレイ王子に向き合った。

 「初めまして。あなたが今回の遺跡調査に加わったエルザですね。ここは砂漠地帯で何もないところですので、色々と不自由な事があると思いますが、何か困ったことがあれば遠慮なくおっしゃってください」

 レイ王子は丁寧に挨拶をしたが、エルザは、先ほどのルカからの話を聞いていたので、レイ王子のその丁重な態度に、逆に恐ろしさを感じた。

 エルザが何も言わずに黙っていると、ルカがあわてて挨拶を交わした。

 レイは、エルザが視線をそらしているのに気付くと、エルザに優しい声で話しかけた。

 「おや、そこにあるのは、石門の側面図ですね。何か新しい発見でもあったのですか?」

 エルザは、下を向いたまま何も言わなかった。

 「エルザ、どうしたのですか?」

 ステイシアは、エルザの様子が気になったが、ルカがエルザを気遣って、ステイシア姫とレイ王子に違う話題をもちかけた。

 「姫様、実は私にも、エルザのように、遺跡に関連したことで一つ気になっていたことがあります。それを申し上げてもよろしいでしょうか」

 ステイシアが快く承諾すると、ルカはステイシア姫とレイ王子に、野営場所から石門が見える場所まで移動してもらい、石門を眺めながら言った。

 「あそこに見える巨大な石門について、気になっていたことがあるのです。ライーザ公妃が発掘調査を行っていた頃、発見された石板の中に、古代のランドル語で、次のような意味の言葉が書かれていたとお聞きしたことがあります」

 ルカは、以前ターニャから聞いた言葉を思い出しながら、ゆっくりと声に出して言った。


 砂漠に再び水が戻るとき、翠玉すいぎょくの海に扉が開き、


 「発見された石板は破損しており、この後どういった言葉が続くのかは不明とのことでしたが、この言葉の中に、扉という言葉が出てきます。私の浅はかな考えで恐縮なのですが、この扉というのは、もしかすると、あそこに見える巨大な石門の岩扉いわとびらのことなのではないでしょうか。もしそうだとしますと、この砂漠化してしまったグランダル王国がいつか海に沈み、その海の中で岩扉が開く、といったことを表しているのではないでしょうか」

 すると、ステイシアが、ルカをたしなめるように言った。

 「ルカ、言葉を慎みなさい。レイ王子の前で、グランダル王国が海に沈むなどということを口にするなど失礼ですよ」

 ルカは、そんなつもりで言ったのではなかったが、すぐに非礼を詫びた。

 「いや、いいのですよ。気になさらないでください」

 レイが、明るい笑みを浮かべながら言った。

 「かつて海に沈み、滅びてしまった文明があることは考古学者の間で信じられていることですし、そのようなことが遠い将来、この国で起こってもおかしくはないでしょう」

ルカは、レイ王子の彼を気遣う言葉に安堵し、まだ続きの考えがあるので、それを述べてよいかどうかを確認すると、レイ王子は優しい眼差しと共にそれを許可した。

 ルカは、石門とその先にある回転草を模したような不思議な構造物のある方角に目を移しながら続けた。

 「もし、あの岩扉が開いたとすると、東から昇る太陽の光が石門の先に差し込んで、先程エルザが話していた、その先にある不思議な形の構造物に光が当たって、さらにその先にあるピリテという地域の石灰岩に、その構造物の影を落とす仕組みになっているのではないでしょうか」

 「それはとても興味深い考えですね。先程の石版に記されていたという言葉の続きは、グランダル王国に古くから伝わる言い伝えにあるのですよ」

 レイは、ルカの言った言葉にその続きを加えながら復唱した。


 砂漠に再び水が戻るとき、翠玉すいぎょくの海に扉が開き、全ての失われた記憶がよみがえらん


 「この言い伝えにあるように、扉が開くことによって、我々が遠い昔に失ってしまった記憶が蘇るということを述べているようなのですが、今、あなたが言ったように、あの巨大な石門の岩扉が開いて、太陽の日差しが差し込むと、何かが分かるようになっているのかもしれませんね」

 レイの話は、ルカの心の中でずっと絡まっていた疑問の糸をほぐし始めた。

 「もしその解釈が正しいとすれば、どうやってあの巨大な石門の岩扉を開けるかということになりますね」

 ルカは、自分が近衛兵であることを忘れて、考古学者にでもなったかのように、謎解きに夢中になり始めていた。

 ステイシアも、その話をとても興味深く聞いていたが、ルカとレイ王子の推考よりも、他に何か気になることがあるようだった。

 「ルカ」

 ステイシアが何やら難しい顔をして言った。

 「これからレイ王子と大事なお話があります。しばらく外してもらえますか」

 ルカは、ステイシア姫の突然の表情の変化に驚きながらも、姫のめいに素直に従い、エルザと共にその場を離れた。

 「レイ王子」

 ステイシアは、今までとは違う口調で、レイ王子に問いただすように言った。

 「私の母ライーザが率いる調査団がこの遺跡で発見した石板に書かれていたことが、グランダルの古い言い伝えにある、とおっしゃいましたね。すると、その石板は、母が発見する前からすでに発見されていたのですか?あなた方の祖先は、すでにその石板を発見していて、そこに書かれていたことを代々口伝伝承してきたため、言い伝えとしてのこっているのですか?」

 レイには、ステイシアの問いの意図が分からなかった。

 「どうしてそのようなことをお聞きになるのですか?」

 ステイシアは、これまでずっと疑問に思っていたことを話し始めた。

 「これまで、この古代遺跡で我々が発見してきた石板などは、一つの例外を除いて、全て破損した状態で見つかりました。そのため、そこに記載されている内容は一部しか読むことが出来ませんでした。ルカが話した石板に書かれていた言葉も、部分的にしか読むことが出来ませんでした。古い時代にのこされたものなので、破損していても当然と思っていましたが、あなたはその言葉の全体を知っていました。そして、最近発見した石板から写し取ったものがこれです」

 ステイシアは、石板から写し取った写本を肩から掛けていた鞄から取り出すと、レイに渡した。

 「その写本は、トラキアにも持ち帰ってもらい、調査、研究を行ってもらっています」

 その写本には、古代ランドル語と、それをステイシアが解読したものが書かれていた。


 地上に生きる者たちよ、よく聞くがよい

 あなた方は写本を通じて知るであろう

 二人の嬰児みどりごが刻印を持って生まれる

 この刻印の示唆しさに従い、二人は二極対立した生を営み

 おのがじし国を導く者となるが、かたかたはやがて牙を

 海嘯かいしょうのごとく対立国を飲み込むであろう


 「私は、そこに書かれた預言めいたものを発見してから、それが何を意味するのかずっと考えていました。恐らく、トラキアの考古学者や言語学者、歴史学者などの力を借りなければ理解できないだろうと思っていましたが、あるとき気付いたのです。それは、グランダル王国にかつて流布るふしていた、クベス国王が恐れた預言なのではないかと。これまでずっと、母ライーザが、なぜクベス国王との間にもうけた自分の子供と一緒に城を追われ、結果として死に追いやられたのか、私には分かりませんでした。母が率いた調査団は、グランダル国から正式に古代遺跡の調査を許可されていたのですから、グランダルは、その遺跡から発見されるものが国の発展につながるかもしれないと考えて、トラキアの調査団に調査を許可したはずです。実際、母は、発見したものは全てグランダルに差し出していました。そんな母を殺害してしまったのでは、グランダルにとって何の得にもならないはずです。しかし、もしその預言に記載されている嬰児みどりごが、母ライーザとクベス国王との間に生まれた子供で、その子供が国に災いをもたらすと考えられたために、クベス国王がその赤子の殺害を命じ、母が赤子を連れて逃亡したと考えれば納得がいきます。そして、その流布していた預言が、その石板に記載されていた預言だったとすれば、その石板はすでに発見されていて、そこに書かれていた預言が流布したことになります。その石板を今回私たちが発見したのであれば、私たちは、すでにグランダルによって調査しつくされた遺跡を改めて調査しているということなのでしょうか。そして、私たちが発見する石板が全て破損していたのも、すでに発見された重要な情報は持ち去られ、さしつかえのないと判断された情報が記載された部分のみ、さりげなくそこに残されていたからなのではないでしょうか」

 レイは、ステイシアの話を黙って聞いていたが、知られてはならないことをステイシアに知られてしまい、真実を話すべきかを思案しているかのように顔を曇らせ、ステイシアから視線をそらした。そのため、二人の間には重い空気が漂い、しばらくの間沈黙が続いた。


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