第85話 僥倖
詳しい話はまた夜に、とユタカと別れスーパーで食材を買い込み帰宅すると、ようやく気落ちから復活したらしい蓮が人間の姿に戻って米を砥いでいた。
「お帰りなさいませ」
「あ、米ありがとうな」
「いえ、こちらこそ申し訳ございませんでした」
「いや、いいことあったからむしろ良かったかも」
「いいことですか?」
コウが手を洗うと部屋へと戻っていった。「お帰りなのー」という
「いや、今度俺の描いた絵をグループ展に出してみないかって話をされてさ」
亮太は喋りながらも手を洗うと食材を取り出し洗い始めた。
「ほう、さすがは
言っている意味がよく分からない。亮太が首を傾げると、蓮が笑顔で説明し始めた。
「それぞれの神にはご
「え? そうなのか?」
ということは、これは亮太の実力ではなくコウのお陰ということだろうか。
「ですが、そこには勿論ベースとなる実力が必要となりますよ。何の取り柄もない人間がご利益を得ようと思っても何も起こりません。そこには必ずそれ以前に積み上げた努力が必要となります。また、努力の継続なくしてご利益は続きません」
「ふうん?」
「つまり、努力の末の一芸に秀でていない者はその恩恵にすら
「ズルじゃないってことか?」
蓮が屈託のない笑顔になった。
「当然です。そうですね、考え方としては、亮太は
「僥倖……」
それは何とも素敵な考えだ。だが。野菜の皮を剥きながら、亮太は言った。
「僥倖っていうなら、お前達に出会えたことがそもそもの僥倖だな」
そして笑顔を蓮に見せると、何と蓮の目が潤んでいるではないか。
「れ、レン? 俺なんか変なこと言ったか?」
ぐし、と袖で目を拭いた蓮が、小さく言った。
「いえ、そうではないのです。亮太……ありがとうございます」
「何でお礼?」
意味が分からない。蓮はその質問には答えず、にっこりと笑うだけだった。
◇
亮太の復帰作第一号はその週の内に無事に仕上がり、亮太はそれをコウにプレゼントした。
「これはグループ展に出さないでいいの?」
「ああ、だってこれはコウが俺に描くきっかけを与えてくれた大切な一枚だからな」
「あ、僕もちゃんといるのー」
「勿論コウもいるぞー」
「わーい」
「そうすると、次は何を題材に描くんだ?」
「そう、それなんだけどな、グループ展の開催日までそこまで日数もないから、今回は小さめのキャンバスに数点描いたのを出してみようかと思ってるんだけど、今まで見た狗神やコウや神器の光をそれぞれまとめてみようかと思ってる」
コウと
「光? そういえば私の名前を知った時も言っていたな」
「ああ。光っていうか色彩っていうか、言葉じゃ上手く言えねえけどさ、俺が惹かれたもんだ。だから人物じゃないんだけど、それが描けたら今度はアキラも描いてみたいし、蓮も描いてみたいし」
「描きたいものだらけだな」
クスリとコウが笑った。
「そうなんだよ。どうしちまったんだろうな」
亮太も笑った。次から次へと色々な色彩が脳裏に浮かんでは消えていくのだ。これをキャンバスに移していく作業をしない限り、いつまでも描け描けと亮太を急かしてくる、そんな気がした。
「じゃあ暫くモデルは要らないか。でも横で見てていい?」
「僕も見たいのー」
二人のコウが亮太にねだる。こんなに幸せでいいのだろうか、と亮太はまだ幸福に違和感を覚える。だがいつかこの幸福にも慣れる時が来るのだろうか。
でも、出来るなら慣れたくはない。ずっとずっと、この幸福の奇跡に感謝をしながら噛み締めて生きていきたい。
「勿論だ。二人共、ずっと俺の隣にいてくれよ」
亮太はそう言うと、コウの腕に絡みついた
◇
あれからもアキラはとてもよく食べる。いや、むしろ前よりも食べる様になった。蓮がかさ増しの為にやたらとイモ類を買ってくるので、ここのところ連日芋料理が続いている。まあ美味いからいいのだが、さすがにちょっと飽きてきた頃。
アキラと蓮は荷支度を終えて玄関に居た。
この家に居たままアキラのみ二日間の絶食は酷だ。その為、アキラと蓮は先に廃寺に籠もることとなった。今日は鍵の引き渡しで椿とリキとは現地集合の予定である。二人共明日は仕事があるとのことで、明朝一旦帰宅し明後日合流する予定となっているので、今日は普通に食事をし、明日から絶食開始だそうだ。蓮はアキラの絶食に付き合うつもりらしい。
それまで仕事がある亮太は、
それぞれ神器を所有するコウと
「コウ様だけのお食事も用意しにくいですし、食べませんとコウ様はすぐにひっくり返りそうですからね」
「コウは食事よりも酒だからなあ」
「それは亮太も一緒でしょう」
「俺はもう量が入らないんだよ、年だ年」
「ふふ」
蓮と亮太の会話を聞いてコウが笑った。
「私のコウも、私と亮太と一緒に居たいと言ってるしな」
「だって僕、お寺寒いからコウ様と一緒がいいんだもん」
「それは私と居たいのか、それとも八咫鏡と一緒に居たいのか?」
「両方一緒なのー」
「私のコウも言う様になったな」
「へへー僕ももう大人だからねー」
ひたすら幼いばかりだった
「まあ、何かあったら連絡くれ。すぐに都合つけて飛んで行くから」
「お空をひとっ飛びなのー」
「……さすがにこの辺りで飛ばないで下さいね」
「分かってるって」
亮太が請け負うが、蓮は疑わしそうに見てくるばかりだ。
「不安です。亮太もコウ様も
「は、ははは」
否定は出来ない。ストッパーの蓮や絶対零度のアキラの視線がないと、確かに亮太もコウも
「まあ、俺基本仕事だし」
「筋トレと走り込みは忘れないで下さいね」
「忘れないよ、大丈夫だから」
「私が自転車に乗って一緒に走るよ」
コウが細い腕で力こぶを作って見せたが、全く盛り上がらない。
「コウ様はすぐ亮太を甘やかしますから、心を鬼にしてお願い致しますよ」
蓮はまだ不安らしい。考えてみれば、出会ってから一日以上離れたことはなかった。こうやってふわふわしたアキラの両親の元を去れなくなってしまったのだろうな、と気付き、亮太は笑った。全くこいつは。
「俺達は大丈夫だ。だから、アキラのことはお前に任せた。――頼むぞ」
蓮の肩をポン、と叩いた。次いで、玄関のドアの前で待機しているアキラにも言う。
「アキラ、レンを頼むぞ」
「任せて」
親指をぐっと立ててアキラが頷いた。蓮は何か言いたそうだったが、もういい加減行かねばならない時間だ。大して大きくもない荷物を持つと、亮太達にぺこりと会釈をした。
「では行ってまいります」
「おう、二日後な」
「はい、お待ちしておりますので」
そして神とその神使である狗神は、ドアの外へと消えていったのだった。
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