第67話 狗神の言葉足らずについては慣れたつもりだったがまだまだだった
亮太達が夕飯の準備を終え、中に一声断りを入れてから硝子戸をガタガタと開けると、座るアキラの膝の上で狗神が寝ていた。とても気持ちが良さそうで、狗神の頭をアキラが優しく撫でていた。
亮太の視線に気付いたアキラが言った。
「多分、かなり無理してたんだと思う」
アキラの背中から漏れる八岐大蛇の瘴気は、それでもアキラに触れると浄化されるのだ。この浄化作用があるからアキラもコウも平気なのだ。
「なあアキラ、勾玉を蓮に渡そうか?」
「それは駄目」
即答だった。
「何でだよ。俺はコウにくっついてられるし、その方がいいんじゃないか」
一瞬だが、微妙な顔をされた。おっさんの亮太がコウと恋仲になって堂々と接触するのに違和感を感じているのかもしれない。まあ、気持ちは分からなくもない。
「レンが嫌がる」
「? どういうことだ」
アキラが亮太を静かな目で見返してきた。こういう表情をするアキラは、悟りを開いた僧の様だった。まあこれも仏教だが。
「レンは未だに亮太を巻き込んだことを気に病んでいるから」
あれだけ思い切り巻き込んでおいてか。
「亮太に万が一のことがあったらって不安みたいだから、それは亮太が持ってて」
「……そうか」
亮太が無茶をして怒髪天を衝く勢いで怒っていたのは、心配の裏返しだったらしい。心配されているのは分かっていたが、まさかそこまでとは思っていなかった。亮太はアキラの膝の上で気持ちよさそうに寝息を立てている狗神を見た。こいつの好意は分かりにくいのだ。全く。
「アキラ、今夜からお前が一緒に寝てやれ」
「えっ」
「え、じゃねえよ。俺は仕事で早朝まで居ないし、コウとはくっついて欲しくないし、そうしたらお前しかいないだろうが」
ここだけは絶対譲れなかった。独占欲の塊と言われようがキモいと言われようがコウは亮太の恋人である。他の男には例え狗神でも触らせたくはなかった。
「で、でも」
「俺と触れてる時間だけじゃもう補えなくなってんだろ。だったらその余剰分はお前がやるしかねえだろうが」
「わ、私が」
目を白黒させているアキラに、亮太がにやりとして言った。
「犬より人間の姿の方がいいなら俺がレンにそう言っておくけど」
「おっさん発言……サイテー」
「いいんだよ、おっさんなんだから」
「亮太はおっさんじゃない、いい男だ」
「そう言ってくれるのはコウだけだよ」
「僕もそう思うのー」
「こっちのコウもか、ははは」
狗神が寝ているから突っ込む人間がいない。アキラは絶対零度の視線で静かに亮太を見ていた。この軽蔑の目。絶対家主に対する目線じゃない。
「ちゃんとやれよ。こいつの為だ」
「私が今日はしっかりと見ておく。任せてくれ」
コウが請け負ってくれた。心強い限りである。
「じゃあイヌガミを起こしてくれアキラ。コウ、ちゃっちゃと支度しようか」
「ああ」
亮太達はさっさと食事の支度を始め、アキラは遠慮がちに狗神を起こしていた。亮太を起こす時のあの勢いは一体どこへ行ったのか。どうでもいいおっさんと恋心を抱く相手との差なのは分かってはいたが、少しだけ自分が憐れに思えた。
寝ぼけ
「イヌガミ、今夜からアキラにくっついて寝ること。反論は許さねえぞ」
「ひっ」
「ひって何だよ、アキラが可哀想だろ」
「いえ、そ、そういう意味ではなくですね、私の様な者がアキラ様と一緒の寝所でなど恐れ多く」
「寝所って言う程立派なもんでもねえだろうが。それに今の今まで膝枕で寝てたじゃねえか。ほれ、食うぞ」
犬でも目を大きく開く動作が出来るらしい。狗神は明らかに動揺していたが、これはこいつの健康の為だ。
亮太は無視して先におかずを取り分け始めた。
今日はパリッと焼いた鶏肉をみりんと醤油に漬け込んだ物に刻みネギを盛った物と、玉ねぎは何にするつもりだったのか分からなかったので一玉は鶏肉に追加、もう一玉は味噌汁に入れた。これだけでは足らないのは目に見えてたので、スライスして細切りにしたじゃがいもとベーコンにカレー粉と塩を一対二の比率で作ったカレー塩を振りかけフライパンでジューッと焼き、つなぎにピザ用チーズを入れてカリカリに焼いた一品も追加し、冷蔵庫の中にトマトがあったのでスライスしてオリーブオイルをかけて乾燥パセリを振りかけた。
カレーのいい香りにアキラの目線が食卓に釘付けになっている。恐らくもう一分と待てまい。
亮太はコウも取り終わるのを確認後、号令をかけた。
「はい、いただきます」
「いただきます!」
アキラが真っ先にチーズカレーポテトを持っていった。せめて取皿に取ればいいのに、と思いながら亮太はそれ以上見ないことにした。まあこれも八岐大蛇の所為ならば、あまり凝視しても憐れである。
「それで、少し考えたんだが」
コウが口の中の物をゆっくりと噛み砕いて呑み込んでから話し始めた。
「明らかにこの先、戦うには人手が足りていない」
「確かにそうだな。俺も次の一匹位なら何とかなると思うけど、残りが減れば減る程頑丈になるなら正直もう少しサポートが欲しい」
なんせ攻撃できるメンバーが余りにも少な過ぎる。今の状態は言うならば、RPGでのパーティーメンバーなら勇者の亮太以外は全員サポートメンバーの魔導士の様なものだ。
「そこでだ。もういい加減、
「え!」
食事中だというのにアキラが茶碗から口を離した。咀嚼も止まっている。そこまで嫌なのか。だがコウは笑った。苦笑いだが、コウはそこまで
「そう嫌がるな。まあ困った奴だけどな」
「コウ、
亮太が口を挟んだ。コウはあのアキラの首の痕を実際に見ていないから笑えるのかもしれない。亮太が見て思わずゾッとしてしまう程度には、あれは酷いものだった。
「分かっている、アキラも亮太も勿論イヌガミも嫌なのも分かっている。だが、あいつの力はこの先必要だ。そうは思わないか? イヌガミ」
「……まあ、コウ様の言うことならば聞かれるとは思いますが、私はあの行為を許した訳ではございませんよ」
「あれは悪かった。私から謝る」
コウが狗神とアキラに向かって頭を下げた。ちょっと待て、どういうことだ? 何故
亮太のその視線に気付いたのだろう、コウが亮太に話しかけてきた。
「亮太は知らなかった様だな。イヌガミはやっぱり説明していなかったんだな」
していない、全く聞いていない。やっぱりということは、狗神の説明不足はコウ達の間でも共通認識なのか。亮太が狗神を見ると、ちらりと亮太を見て言い訳がましく言った。
「……言う必要も当初はありませんでしたので」
「お前はいつもそうだ」
「申し訳ありません」
そういえば、狗神は元から随分とコウには気安い。コウも一緒に正座させられていたりと、今更ながらにその距離の近さに亮太は気付いた。
亮太が混乱した様子でキョロキョロと二人を見比べていると、コウが亮太に教えてくれた。
「亮太、
「――何だって?」
また、耳の遠い爺さんの様な台詞が口をついて出た。
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