第56話 チー鱈は命綱
亮太は
地面に膝をついてしまった白装束のアキラをコウが助け起こす。雨で濡れた膝は泥だらけだった。
何でアキラばかりがこんな目に遭う。アキラの虚な目を見て、亮太は叫びたくなった。でもそれは亮太がやるべきことではない。
「コウ! 早く結界の外へ!」
「分かった!」
コウは力なくだらりとしたアキラを細い身体で抱えると、狗神の張った薄い結界の外へと消えて行った。
ふわり、と前回よりも小さめの八岐大蛇の首が広い結界内部を舞う。
「レン! 結界を強めてくれ!」
「承知致しました!」
結界の中は暖かい。いずれ気温は下がっていくだろうが、外から
ならばやることは一つだけだった。
「レン!結界を
「お任せを!」
蓮が口の中で唱え続ける。すると段々と結界が小さく濃くなってきた。自然と上の方をたゆたっていた首が降りてくる。
亮太は草薙剣を構えた。こいつでまだ三匹目。ここで躊躇している場合ではなかった。
亮太は一気に首に向かって走り出すと、緩慢な動きをしている首の眉間に一気に刃を突き立てる!
首は口を開ける間もなく、亮太の突き刺した草薙剣をずぶずぶと沈ませると、――霧散した。
「え?」
あまりにも呆気ない。いや、だが、確かに始めに戦った首は初めてだったからこそ苦戦したが、肥大化していた二匹目よりは遥かに柔かった。
すると、結界の外からアキラの声が聞こえてきた。
それは、叫び声だった。
「もう一体……今なら出せる!」
アキラは止めるコウの手を振り払うと、濡れた地面を這いずりながら結界の中へと入ってきた。
蓮が慌てて駆け寄る。
「アキラ様、無理です! 一度に二匹も身体から出しては、神力を持っていかれ過ぎます!」
亮太は二人の様子を佇んで見ることしか出来なかった。ただ分かるのは、アキラが立てもしない程に弱っている状態なことと、それでも諦める気が全くないことだった。
あの力強い瞳は、一度決めたら譲らない。
ならば決断は早い方がいいだろう。先延ばしにすればする程、アキラが弱るのは目に見えている。
「アキラ! いけるのか!?」
「……やってみせる……!」
アキラがニヤリと笑って答えた。
「よし! んじゃあ頑張ったらたらふく焼き鳥食え! でもその前にソッコーでたらふくチー鱈食えよ!」
「分かった!」
その叫びを合図に、アキラが例の亮太が判別出来ない
「コウ!」
「任せろ!」
蓮の結界を突き破りコウが中へと入ってくると、首の影が飛び出た瞬間アキラを外へと引っ張り出して行った。
「チー鱈食えよ!」
「今口に入れさせた!」
コウが返答した。食ってるなら大丈夫だろう。人間だろうが動物だろうが、食は生きることの全ての根底にある。食欲がある奴は生きる。だからアキラもきっと大丈夫だ。
祓詞を唱えながら、泣きそうな面の蓮に亮太が言った。
「アキラは大丈夫だよ、この状況で食えてんだからな」
「亮太……!」
「だから、アキラの努力を買ってやれ」
「……はい!」
四匹目の首が宙をたゆたっている。先程のより、大きさは同じ位だが姿形がはっきりとしている。
「レン、こいつの方が固そうなのは何でだ?」
「八岐大蛇は、アキラ様の背中の封印から放たれる際にアキラ様の神力を剥ぎ取っていくのです」
よく分からない。
「つまり?」
「残された首で神力を分け合っていると考えていただければ。神力はいずれは回復致しますが、今回は連続なので通常よりも持っていかれている様ですね」
分母が小さければ小さい程アキラの神力を持っていくということか。
「そういうのは早く言ってくれよ」
「前にお伝えした記憶がございますが」
「あったっけ?」
「最後の首の話をした際に」
亮太は記憶を辿った。最後の首は、アキラの神力を蓄えているから出てくるのに時間がかかるとは言っていた。アキラの力を持っていくとはひと言も聞いていない。
結論。説明されていない。
「お前はいつもいつも言葉足らずなんだよ! 全く!」
「そうですか?」
蓮の張る結界が再び濃く小さくなってきた。結界の境界線に時折チラチラと光が映るのは、コウが八咫鏡を使用してアキラを暖めているのだろう。
蓄えて力を付けてから、更に持っていくのだ。だからアキラはあんなに一気に弱るのだろう。それが分かってたなら、亮太も二匹目を出すのを止めてたかもしれない。
「レン! チー鱈切らす前に終わらせるぞ!」
「はい!」
首がゆるりと降りてきた。亮太は口の中で小さく、途切れることなく祓詞を唱える。するとそれに気付いたのか、首がぎろりと空洞の目を亮太に向けてきた気がした。
やはり今までのよりも意思を持って動いている気がする。
まずは様子見だ。亮太は首に向かって走ると、横に回りダン! と足を踏み込み右下から左上に振り上げた。刃が当たった部分がズブッと刺さる感触があり途中で止まる。固い。亮太は腹に力を込めると、その場で踏ん張りぐぐぐ、と奥へ上へと力で押した。
近くで見ると、鱗らしき模様が黒煙の中に確認することが出来た。半分の四匹目でこれだと、最後の首はもう本当に霞ではなく実体を持った首が出てきそうだった。
思い切り振り払うと、斬りつけた部分がふわ、と宙に消えていった。首の背後を取った亮太は、モヤモヤしてよく見えない首の付け根の部分から口の端に向けて今度は反対から斬り上げる。剣は刺さるが、これまでの様に入っていかない。前回はどうした? そうだ、刃を立てた。叩くのではなく斬るのだ。
肉を斬るなら刃を引けばいい。これまでの横殴りの様な方法から、例えるならノコギリで切り裂く方法に変えてみることにした。
少し角度を付けて刃が抜け易い様にしてみたところ、口の端まで一気に切り裂くことが出来た。これならいける。
首がくるりと亮太に向くと、ぐぐぐ、と見覚えのある角を二本生やし始めた。前回よりもはっきりと見えるその角は、黒々としたもやの中で怪しく黒光りしている。
すると首が急に角度を傾け亮太の元に急降下した。角がガン! と石畳みに当たり、砂利を跳ね上げる。
亮太は咄嗟に片方の角を左手で掴むと、固い頭の上にひょいと飛び乗った。
「亮太! 気を付けて下さい!」
「気を付ける……おわっと!」
亮太が立つ為に角を引っ張ったからか、何と首が亮太を乗せたまま上昇し始めてしまった。試しにくい、と角を左に傾けると、左に旋回し始めた。おお、操縦出来ている。
「亮太! 遊んでないで!」
「あっわりいわりい!」
こんな状況でちょっと楽しいと思ってしまった。これは絶対後で蓮に説教を食らう案件だった。
だが一つ試してみたいことがある。亮太は外にぼんやりと見えるコウに向かって声を張り上げた。
「コウ! 光を当ててくれ!」
コウが上空を泳ぐ八岐大蛇に乗る亮太に気付いたらしい。くぐもった「何やってんだ!」と非難する声が返ってきた。
「光を当ててくれ! こいつを光に当てて弱らせる!」
「全く!」
それでも亮太の指示に従う素振りを見せたので、いずれ光が結界内に差し込むだろう。
亮太はその瞬間を八岐大蛇の上で待った。
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