第七章 次の首探し

第41話 何か知らんが全て俺の所為になっている様な

 ラーメン屋からの帰り、亮太は狗神にタケルに取り憑いた黒いモヤをどこで拾ったのかの考察について語った。


「つまり、タケルはどこかの公園で八岐大蛇ヤマタノオロチの悪い気を拾ってきたと、そういうことでしょうか?」

「確信はないけどな、可能性としては高そうじゃないか?」


 殆ど家にいたタケルである。隣に狗神がいるのに狗神が八岐大蛇本体の気に気付かないということはさすがに考えにくい。タケルの周りに漂う気ですら見てすぐに気がついたのだ。となると、拾ってきたのは外でであろう。バイトも殆ど行かず、学校も行かず、行っていた所は本人談では公園のみ。


 今日なし崩し的に訪れた代々木公園は、広いが狗神はアキラから出た分以外には反応しなかった。となれば、後はタケルが行ったという駒沢公園か羽根木公園かのどちらではないか。


「確かに、闇に紛れるという意味では木々が深い場所はうってつけの隠れ場所でしょう」

「と、思ったんだよな」


 亮太は少し偉ぶって言ってみたところ、即座に蓮のツッコミが入った。慣れないことはするべきではない。


「で、それに気付かれたのは今日のことではないですよね?」


 冷たい蓮の視線が突き刺さる。勿論アキラは味方などしてくれないに決まっている。あれだけ食ったというのに呑気にまたチー鱈を口に含んでいた。どんだけ食うんだ。


「えーと、タケルと餃子を食べた時」


 翌日、何故自分を起こさなかったのだとアキラに散々怒られたあの出来事である。みずちの食事である刺身も勝手に食い、更に皆の分の米も全て食い尽くした上悪びれもせずよく言うものだと思ったが、怒るアキラの後ろで蓮が静かに首を横に振っていたのでそういう感性をアキラに求めること自体に無理があるのだと悟りを開いた。


 亮太の話を聞いて、蓮は明らかに不満そうな顔をした。


「大分前の話ですよね? 何故今の今まで黙ってたんですか」

「だってあの時話したら、お前はすぐにでも公園巡りツアーの日程を組んだだろ?」


 若干言い訳がましくなった。いや、おかしい。そもそも元々これはアキラ達の問題であって、亮太はただの家主だった筈だ。いつの間にか走り込みもさせられ、小さな悪い気であれば祓えるようになり、更に大ボスの八岐大蛇の首を一匹分退治出来てしまったとしても、それはあくまで結果論だ。まあ今日の出来事に限っては、亮太は積極的にみずちに草薙剣を出すよう働きかけた訳だが。


「亮太、もういい加減覚悟を決めて下さい」

「いや、だから今日あれを退治して、ようやく覚悟が決まったから話す気になったんだけど」

「遅すぎます」

「お前なあ、一般人のおっさんによくそんなことが言えるな」


 まあ、出来る限り先延ばしにしようとしなかったといえば嘘になる。だがさすがにもうな、と思って話した途端こうも責められては亮太としても不服である。


「折角居そうな場所を考えて教えたのに」


 ブツブツと亮太が口をひん曲げて愚痴を言うと、ポケットの中のみずちが亮太の味方をしてくれた。


「そうだそうだー。狗神、酷いぞー」

「コウは優しいなあ」


 亮太がにこにことして言うと、連が凍りつくような目をしてぴしゃりと言った。


「今日の騒ぎを引き起こしたのは亮太のその甘さが原因ではないですか」

「ごめんなさい」

「……狗神怖い」


 唯一の味方だったみずちはポケットの底に沈んで行ってしまった。ああ、味方が去った。というか、今日の騒ぎも亮太の所為になっている。勘弁してくれ、そう言いたかったが、蓮の目が怖かったのでそれ以上抗議するのは控えることにした。確かに亮太はみずちに甘い。まだ子供だからと今回のこともまだ何も叱っていない。だが、今後アキラを危険な目に会わせない様にするには、みずちときちんと話をする必要があった。


「後でちゃんと話そうな、コウ」

「そうして下さい」


 いつの間にか亮太がみずちの保護者の様になっているが、みずちが懐いているのがこの場では自分一人な為それは仕方のないことかもしれなかった。


 ようやく我が家が見えてきた。もうこの後はすぐ寝たフリをして誤魔化そう、切にそう思った。


「とりあえず昼寝させてくれ。疲れ切った」

「……分かりました」


 まだまだ言い足りなさそうな様子ではあったが、亮太の疲れ具合も見て分かるのだろう、それ以上責める様なことは言われなかった。やれやれである。


 家に着くと倒れ込む様に布団に横になると、蓮がまた当然の様に犬の姿に戻り亮太の腕の上に顎を乗せ寝そべった。みずちは亮太の寝返りを何度か目にしたらしく、必ず頭の真上に行くようになった。顔の横に居た時に手が伸びてきて潰されそうになったこともあるらしく、顔の横にも寝なくなった。勿論寝ている亮太には記憶などないが、それでもくっついていようという気持ちは嬉しかった。


「おやすみ」

「おやすみなさいませ」

「おやすみー」


 寝たフリなど必要なかった。亮太は一瞬で睡魔に襲われ、そのまま気持ちのよさそうな寝息を立て始めたのだった。



 次の休みの日、亮太達一行は、朝もはよから駒沢公園に足を踏み入れていた。


 目の前にはドッグランがある。そういえば他の犬と狗神が絡んでいるのを見たことがないが、元は犬である。会話などは出来るのだろうか。


 今日は人間の姿になっているので人がいようが聞くことは出来る。出来るが、一介の犬と一緒にするなと怒られた記憶が蘇ったので非常に聞き辛い。自身の好奇心を優先するか、それとも雰囲気の良さの継続を優先するか。


 そして亮太は人相はよくはなくとも平和主義だ。従ってここは何も聞かないことを選んだ。



 選んだのに。



 蓮の足元にわらわらと犬が集まってきた。


「レン、大人気だな」


 つい余計なひと言を発してしまった。途端蓮がギロリと亮太を睨み付ける。亮太は即座に視線を逸らして明後日の方を向いた。今日もいい秋晴れだ。


 暫くして蓮を見ると、苦虫を噛み潰したような表情でまだその場に立っていた。原因はその犬達を連れたご婦人方にある様だった。イケメンというのもなかなか大変なのかもしれないと、亮太は少しだけ蓮を憐れに思った。


 アキラが蓮の横で苛々した顔で周りをめ付けているが効果は一切ない。それこそブラコンの幼い妹が牽制している程度にしか思われていないのだろう、これはこれで可哀想だった。いくら日頃がくそ生意気とはいえ。


 仕方がない。亮太は深呼吸をして気持ちを整えた。平常心、平常心。そして。


「蓮、アキラ、さっさと来い」


 人相を出来るだけ悪くして言った。途端、ご婦人方が愛想笑いをしながらそそくさとその場を立ち去っていく。


 これはこれで悲しいが、資源の有効活用だと思えばいいのだろうか。


 ようやく解放された蓮が駆け寄ってきた。


「亮太、助かりました」

「自分で何とかしろよ。俺が悪者みたいじゃねえか」

「亮太、凄くいい悪人顔だったよ」


 褒めてるのだか貶してるのだか分からない意見を述べたアキラだったが、指をぐっとしていたのでこれは一応褒めているらしかった。


「ですがしっかりと情報は仕入れました」


 蓮が言った。ただ突っ立ってた様にしか見えなかったが、どう仕入れたのだろうか。


「人間には聞こえない高さの音も犬の耳には聞こえますので、尋ねてみました」


 蓮は公園の奥に目をやる。


「先程集まって来た犬達はここの常連らしいのですが、そういった怪しいものは何も見なかったと。私もここに立っていても何も感じませんので、ここはハズレと判断して宜しいのかと思います」

「てなると、残りは羽根木公園か」

「その可能性が高いかと」


 無駄足だったのかもしれない。だが、これで少なくとも次に行くべき場所は確定した。


「じゃあそっちは次の休みだな」

「そうですね。では、行きましょうか」


 亮太は少し、本当に少しだけ、いつもの仕返しをしたくなった。

 どうせ後でやり込められるのは一緒だ。だから冗談っぽく言ってみた。


「ドッグランで遊んで行かなくていいのか?」


 すると当然のことながら、蓮の冷たい視線だけの回答と、更におまけでアキラの絶対零度の汚物を見るかの様な目で見られることになった亮太だった。

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