第25話 お前達は俺を一体何だと思っているんだ
小川沿いに植えられた桜の木の下に続く砂地の緑道を、三人はのんびりと歩いていく。
蓮は時折鼻をクンクンとさせ方角を確認しているようだ。人間の姿であっても多少なりとも鼻は利くらしい。しかし剣に匂いなどあるのだろうか。
亮太は腕時計を確認した。時刻は十時半。昨夜は帰宅して用意されていた風呂に入ってすぐに寝たが、今日は探索があるからという理由で九時半にアキラに文字通り叩き起こされたので、実質五時間程度しか寝ていない。従って、このポカポカ陽気は亮太の眠気を誘うのに非常に貢献していた。にしても、アキラは何でああ人をポカスカすぐに叩くのだろうか。
大きな欠伸が出た。午後に昼寝を入れないと、夜に楽しみにしている晩酌が出来なさそうだ。まだ昼飯もあるし、その後夕飯の買い出しもある。何とかしてさっさと
「亮太、もっとやる気を出してください」
亮太の欠伸を聞きつけた蓮が、責める様に言った。いくらなんでもそれは酷いだろう。本来
だが、亮太はもう悟っていた。くそ真面目な狗神に何を言ったところで通じないことを。
「へいへい」
目尻に滲んだ涙を袖で拭うと、亮太は両頬を平手でパチン! と叩いた。やる気を出すも何も剣の在り処が分かるのは狗神だけなので、亮太に出来るのはただついていくことだけなのだが。
「ほら、さっさと案内してくれ」
狗神・蓮の背中を少し仕返しも兼ねて強めに叩くと、触れてすぐに分かるくらい痩せていた。恐らく日頃食事をアキラに分けてしまっているに違いない。
急に憐れに思った亮太は、蓮の横に並ぶと提案した。
「レン、昼は何が食いたい? 今日は人間の姿だし、たまにはお前が食いたい物を食いに行こうか」
人の姿であれば、犬の姿の時よりも多く食べれるだろう。亮太に聞かれた狗神が、珍しく少しはしゃいだ口調で返答した。
「いいのですか? それでは、実は太麺のラーメンを食べたいなとずっと思っておりまして」
「ラーメンなら色々あるぞ」
下北沢にはラーメン屋はやたらといっぱいある。亮太のお気に入りは、茶沢通りにある亮太の家に近い豚骨ラーメン屋だ。餃子も炒飯も付けたら、きっと蓮も満足するに違いなかった。
ラーメンと聞いてアキラが目を輝かせ始めた。こいつはまあ、何を食っても一緒だろう、うん。質より量。食べられる物なら何でもこういう反応を見せそうだった。
「よし、じゃあ急いで探すぞ」
「亮太、急にやる気になったね」
「あんまり遅くなると麺切れを起こして食えなくなるぞ」
「なにそれ! レン、急ごう!」
「アキラ様も急にやる気が出ましたね」
「いいから早く!」
パンツが下がって歩きにくそうな蓮を急かし、一行は先を急いだ。この先を暫く行くと、小さな公園の様なスペースがある。ここも春には見事な桜の花が咲き誇り、絶好のお花見スポットとなる場所だ。
「にしても、お前はさっきから何の匂いを嗅いでるんだ?」
神器がある場所は神々しいから分かると言ってた筈だったが。
「
「
また知らない名前が出てきた。蓮が相変わらずのクールな表情で頷く。
「蛇神です」
「俺、ちょっと用事を思い出した」
亮太は急いで回れ右をして進行方向に背を向けると、蓮が逃げようとした亮太の腕をガッと掴んで耳元で言った。
「逃げないで下さい」
無駄にいい声で腹が立つ。
「いや、蛇は無理だって」
亮太の顔が引き攣った。
昔からどうも爬虫類は苦手なのだ。周りの友達が蛙の卵を川で取ってきて育て、おたまじゃくしに足が生えて夜中に水槽から飛び出し家中半分蛙になったのが溢れ、多分何匹か踏んだという笑い話を聞いて卒倒しそうになった幼少期の記憶が蘇った。いや、無理だ無理無理無理。
蓮が狗神と同じ色の髪をサラサラとさせながら亮太を説得し続ける。
「大丈夫、
「ペットって……ていうか懐いているとかいう問題じゃねえんだよ、俺あ爬虫類は大嫌いなんだ」
ペットを貸し出しって何だそりゃ、という疑問も浮かんだが、そういう問題の前にとにかく嫌なのだ。あのヌメヌメとした感じ、目が合った瞬間間違いなく心臓は止まるに違いなかった。
逃げようとしている亮太の腕を反対の腕に持ち替えて、蓮は亮太を無理矢理引っ張り始めた。こいつ、思ったよりも力がある。
「亮太、抵抗しないで下さい。歩きにくいです」
「抵抗させてくれ、無理なんだって」
「大丈夫です、小さいですから」
「大きさの問題じゃねえって」
「情けないよ、亮太」
アキラが呆れた様に言う。
「うるせえ、じゃあお前は平気なのか、蛇」
「……」
「ほら! お前だってそうだろうが!」
「亮太、観念してください」
「観念だって仏教用語だろうがああっ」
「ほら、あの辺りじゃないですかね」
「俺の意思も大切にしてくれ!」
ずるずると半ば引きずられる様にして、亮太は緑道の先に広がる広場へと足を踏み入れた。見事な桜の木が青々とした葉を揺らしている。
「何で蛇が剣と一緒に居るんだよおお」
半泣きの様な声が出た。
「亮太、情けない声を出さないで下さい。普段のあの格好つけた亮太はどこに行ったんです」
「格好つけてなんかない、失礼だな」
なるべく大人な振る舞いをしようと心がけているのが、格好つけていると取られるとは心外である。
「
「蛇を鞘にするなんて悪趣味だな」
「普通の鞘では暴れるんですよ」
「は?」
ぐいぐい腕を蓮に引っ張られるのに精一杯抵抗をしてみているが、あまり効果がなかった。亮太は段々と大きな桜の木の前まで引っ張られていった。
「説明は後です。この上から
蓮の顔は冗談を言っている顔ではなかった。後ろを振り返ると、アキラが一歩引いた状態で二人の様子を眺めていた。完全に他人事な態度だった。
まさか、おい、ちょっと待ってくれ。
恐ろしい考えが頭に浮かんできた。まさかこいつら、亮太にこの木に登って亮太の大嫌いな蛇を捕まえてこいと言っているのではなかろうか。
「蓮が捕まえてこいよ」
「私は元が犬ですので、木登りは不得意なのです」
しれっと蓮が言い切った。背後のアキラを振り返る。アキラは無言でスカートをお姫様の様にふんわりと持ち上げた。ああ、スカートなんざ買ってやらなきゃよかった。亮太は後悔したが、もう遅い。
それでも、最後にもう一度抵抗してみることにした。
「お前達は俺を一体何だと思ってるんだよ!」
「家主ですね」
「ご飯作る人」
開いた口が塞がらないとはこのことを指すに違いなかった。あまりにもあんまりな言葉ではないか。家主はともかく、ご飯作る人って何だそりゃ。
亮太は目の前に立ちそびえる桜の木と、横で亮太の腕をがっちり掴んで離さない蓮と、背後で余裕綽々な顔をして亮太を眺めているアキラを順繰りと見た。
この中で一番むかつくのは誰か。勿論アキラだった。
亮太は唇をギュッと噛むと、最後の負け惜しみを言った。
「今夜の飯はたくあんの刻みご飯にしてやる!」
「子供にそんなことを言うなんて、亮太、大人げないですよ」
即座に返ってきた蓮の言葉に、亮太はがっくりと項垂れた。
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