第13話 近頃の若者だからかそれともお前が特別なのかどちらにしても節操なさ過ぎだろう

 仕込みは順調に進む。


 シュウヘイはここで働き始めて一年程の二十歳そこそこの若者だが、ひと言で言うととても要領がいい。痒い所に手が届くというのだろうか、割と細かい亮太にとって、一緒に働く上でストレスを感じないというのは非常に重要なことだった。


 亮太はイライラすると、顔に出る。すると元々が愛想のいい作りではない為、意識していなくても周りがびびる顔つきになってしまう。そうすると店の雰囲気もピリッと緊張したものとなり、自然と客足も減ってしまう。


 一度あまりにも気の利かないバイトと組んだ時、客足が遠のいたことがあった。それ以来、多少生意気だろうが器用で気の利く人間を採用する様にしている。それにちょっと生意気な位の方が年上の女性には受けがいい。


 ひと通り開店準備が終わったところで、シュウヘイが声をかけてきた。


「亮太さん、飯どうしますー?」

「あ、悪い、俺食ってきちまった」

「じゃあ僕パッと行ってきますねー」

「おお」


 パタパタとシュウヘイが店の外に出て行った。まあ元気な奴だ。腕時計を見ると、時刻は六時半。開店の三十分前だ。


 いつもならこの時間には飯を食うか、食欲がなければタバコタイムになっているのだが。


 亮太は首からぶら下げている勾玉を指で持ち上げて眺めた。狗神が禁煙祈願にとくれた物。これのせいかどうかは正直分からないが、今のところ全く吸う気が起こらない。


 騙されやすいとかお人好しとか狗神が散々言いかけていたが、考えてみれば今のこの状況を見れば狗神の見解は的を射ている。


 アキラと狗神からこうやって離れてみて、ようやく亮太は今客観的に物事を見れるようになった。そして、やはり今自分が置かれている状況は明らかにおかしいと思う。


 トランクに入っていた少女。その少女を主人という喋る犬。何が一体どうなってこうなったのか。


 そもそも、アキラの言い分など無視して、さっさと警察に届ければよかったのだ。前科などない善良な区民の亮太だ、多少人相に問題があったとしてもきっとすぐに誤解は解けた筈だ。でもあの時は、何故かあれが自然だと思ったのだ。


 だがもう遅い。下着も買って、布団も買って、一体何をやってるんだと思う。もう今更すぐ返すつもりだったなどという言い訳は出来ないだろう。


 亮太はハッとした。


 もしや、捜索願いなど出ていないか。可能性は十分あり得る。


 やはり今からでも遅くない、アキラを家から出した方がいいのではないか。


 灯りの暗い一人きりの店の中で、亮太はぐるぐると考える。


 だから、気付いていなかった。亮太の背後から、暗い闇が触手の様なうねうねを亮太に伸ばしていたことに。


 その触手が、亮太に触れるか触れないかの距離まで近づいたその時。


「あちっ」


 手の中にあった勾玉が熱を帯びた気がした。気がしたが、別に今は熱くなどなく石はヒンヤリとしている。


「何だ何だ?」


 亮太は一人、首を傾げた。


 亮太に伸びていた触手は、亮太に気付かれることなく姿を消していた。



 開店五分前に口をもぐもぐ動かしながら帰ってきたシュウヘイは、立ち食い蕎麦に先程亮太からもらったおろち唐辛子を持参したらしい。なかなかのチャレンジャーである。


「亮太さん、これめっちゃ美味いっすね! 一味なのに旨味たっぷりって感じっすよ!」

「だろ? これ美味いんだよなー。よかったよ、気に入ってくれて」


 まさか蕎麦屋に持ち込むとは思わなかったが。最近の若者だからなのかシュウヘイだからなのか。常識が先行してしまう亮太には出来ない芸当だった。


「さー今日も働きましょうね!」


 シュウヘイはとにかく元気だ。亮太は思わず苦笑した。


「すごいやる気だな」

「僕、人と話すのが好きなんすよ! 大学だと同い年くらいの人間しかいないでしょ? そうするとみーんな似通った話題だけど、ここは色んな年代の色んな人が居るから、楽しいっす!」

「へえ。まあ確かに色んな人種がいるけどな」


 普通のサラリーマンから土木業、アーティスト系もいれば、学生も夜の仕事の奴も定年退職後もいる。


 しかし同じ大学生でも亮太の隣の家のタケルとはえらい違いだ。


 シュウヘイが手を動かしながらにこにこと続けた。


「僕、初めてこの店に来た時に、亮太さんが当たり前の様に色んな年代の人達と話して楽しそうに笑ってるのを見て、すっごい感動してそれでバイトに応募したんすよ!」

「それの何処に感動ポイントがあるんだよ」

「凄いんすよ、それ! 分かってないなあ亮太さん!」


 褒められてるのかけなされてるのかよく分からないことを言われ、亮太は苦笑いした。


「だって僕だって亮太さん普通に話しするでしょ? 僕達すっごい年離れてるのに。僕、こんなに普通に話せる年齢倍以上の人初めてっすよ!」


 年齢倍以上。うん、まあ事実だが、何ともストレートなことだ。

 

「あ、そういやトモコさん達にメール入れましたー? 待ってますよ、多分!」

「あー、うん、後でな」


 正直面倒くさい。なんせグイグイくる、亮太よりやや年上の独身女性達だ。


 シュウヘイがあはは、と笑った。


「一回相手してあげれば気が済むかもしれないですよー」

「馬鹿なこと言うなよ」


 仮にも客だ。まあ、客とそういうことになったこともなくはないが、一応付き合う付き合わないという境界線にいた時のことであって、敢えて進んでやることでもない。


 しかしこの軽い言い方。もしや。


 亮太は疑いの目つきでシュウヘイを軽く睨んだ。


「お前、まさか客に手を出したりしてないだろうな」


 彼女にするならともかく、遊びは問題だ。それにバーテンダーは客との距離が近くなる分、やたらともてる時がある。こいつはただでさえ可愛い顔をしていてファンが多数付いているので、可能性としては充分考えられた。


「僕からは手は出してません!」


 へら、とシュウヘイが答えた。つまりは手を出しているということだ。亮太は溜息をついた。頭が痛くなった。


「誰にいつ何度かを全部言え」

「ええー」

「ええー、じゃねえ。座らせる位置とかあるだろうが」

「まー確かに隣同士とかだとヒヤヒヤしちゃいますよねーあはははは」

「あははじゃねえ。いいから客が来る前に吐け」

「仕方ないなあー、内緒ですよ、亮太さん」


 シュウヘイはやけに楽しそうだ。実際、楽しいのだろう。


 ただ亮太は楽しむ為に聞いているのではない。営業に関して、この情報は非常に重要なのである。


「ほら、マナミちゃんちって遠いじゃないですか。で、この前のユタカさんのバースデーやった時に帰れないって残ってましたよね?」


 マナミは二十歳そこそこ、友達と一緒にこの店に来てから、ちょいちょい一人で飲みに来るようになったショップ店員だ。ちっちゃくて可愛らしい、亮太から見たら子供にしか見えない女性である。人懐こく、すぐに周りの客とも仲良くなり、還暦オーバーのグレーの髪が格好いい爺さんのユタカさんのバースデーにも呼ばれて参加したのがつい先週末の話だ。


「確かマナブが送るとか言ってなかったか?」


 マナブはサラリーマンの客で、二十代半ば。彼女募集中だが、もっさりしていていまいち周りの女性の受けは良くない。ただ、とても気のいい奴で手も全く早くないので、家が近所の亮太とシュウヘイはマナミと朝までマックにでも居てくれと頼んだのだが。


「マナミちゃんが嫌がっちゃって」


 ということは、亮太が帰った後の話だ。てへ、と頭を掻いている。てへじゃねえ。


「店に忘れ物したからってマナブさんに言って逃げてきて、帰り道の僕を追いかけてくるから、僕ももう眠かったし、仕方ないんで家に入れたんす」

「で、そうなったと」

「はい!」


 とてもいい返事だった。そしてマナミのそれは確信犯だろう。


「でも付き合ったりはないよって始めに言っておいたので、大丈夫っす!」

「……成程。その前もあるのか?」

「はい! ユウコさんとは先月、ご飯に誘われて、そのまま!」


 亮太は大きな溜息をついた。ユウコは確かそろそろ三十路の独身バリキャリだ。化粧品会社に務めているとかでとても綺麗にしている女性だが、化粧が濃過ぎて亮太は遠慮したいタイプだった。


「ユウコさんについては、遊ばれたの僕の方っすから安心してください!」

「お前な……節操なさ過ぎじゃねえか? おい、後まだある……」

「いらっしゃいませー!」 


 シュウヘイが入り口を見て瞬時に営業スマイルを放った。うん、そこはしっかりしているんだが。ご新規さんの二人連れだった。シュウヘイが実に明るく話しかけながらテーブルへと誘導していくのを、亮太は唖然と眺めることしか出来なかった。

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