第14話 人徳よりは土産目的だと思うがまあそれでも金になるからよしとする

 今日は平日だというのに忙しかった。



 客の入りも非常に良く、七時に開店後、八時になるまでの間に店の半分が埋まってしまった。十時を超えた今、席は全て埋まっている。皆明日の仕事に支障はないのだろうか。他人事ながら毎回気になってしまった。


 この人の入りを見て、


「亮太さんの人徳っすね!」


 とにこやかに酒を運ぶシュウヘイが言っていたが、人徳というよりは土産目的なんじゃないかと亮太は睨んでいる。


 何故なら、来る客来る客が開口一番「お土産なに?」と尋ねてきたからである。どいつもこいつも、店主を一体何だと思っているのだろうか。


 まあ所詮は雇われ店長、人に誇れる程の経歴も無ければ亮太自身に人生の重みもくそもない。年下の客から軽く見られるのも、まあ当然といえば当然の結果だった。奴らの方が余程立派な人生を送っている。


 シュウヘイには亮太なりに奮発しておろち唐辛子を買ってきたが、来る客全てにおろち唐辛子を買ってきては亮太が破産してしまう。その為、ありきたりな地名が名前に入ったクッキーを買ってきていた。それでも大入りを三箱買ってきているのだから、そこそこな出費ではある。


 出雲のヤマタノオロチとクッキーに何の因果関係があるのかと尋ねられると勿論答えられる自信は一切なかったが、世の中そういう風に回っているものなのだと亮太は信じていた。


「亮太、寂しかったよお!」


 カウンターの向こう側からアキエがしなを作った。亮太は顔を引き攣らせないよう、かなり努力をして自分比率的に相当爽やかな笑顔を作った。


 歯に真っ赤な口紅が付いているのを教えるべきか否か、悩むところである。


「アキエさん、お久しぶりです」

「もう、急に休むんだもん! あ、亮太ビールいる?」

「いいんですか? じゃあ一杯いただきます」

「お帰りなさいの一杯よー!」


 アキエは気前がいい。ちょいちょいこうやって亮太にも奢ってくれる。ひるがえっては店の売上にも繋がるので、非常に良客ではある。



 このアクの強ささえなければ。


「えーじゃあ次の一杯は私からね!」


 アキエの横にいるトモコが悔しそうに言った。こいつらここを安いホストクラブか何かと勘違いしてやしねえか、と思ったりもするが、まあ金を落としてくれる限りは客である。これが仕事と思えば苦でもなんでもない。多分。そう思うしかない。


 亮太としては、色んな職種の男性と話すのは楽しい。女性でも、普通に接してくれる人と話すのは楽しい。そういう人達との会話は亮太はウエルカムなのだが、こうギラギラされて実のない会話ばかりを繰り返す年配女性にロックオンされると、正直きつい時もあった。


 特に今日の様に、シュウヘイの女関係の話を聞いた後だと、シュウヘイと自分との差についてつい考えてしまうのは致し方のないことだろう。


 亮太はアキエとトモコに聞かれるがまま、島根でのことをサラッと伝える。だが亮太は知っている。この人達が亮太の話を聞きたがるのはあくまで会話のきっかけなだけであり、本当は亮太がいない間の自分達の話を聞いてもらいたいだけなのだと。


 それがバーテンダーの仕事の一つであれば、亮太はそれを全うするだけの話である。


 なるべく相手が心地よく話せるよう時折ツッコミを入れつつ、相槌を打ち、シェーカーを振る。



 それが亮太の仕事だった。



「トモコさん、それじゃあ済みませんがアキエさんを宜しくお願いします」


 ベロベロに酔っ払って足元が覚束ないアキエを、トモコがタクシーで送っていってくれることになった。こういう時、家が近所で本当によかったと思う。もし家が同じ方面だったとしたら、何だかんだ理由を付けて一緒のタクシーに乗車させられる可能性は非常に高かった。


 好かれるのは勿論悪いことではないが、期待に応えることが出来ない以上不必要に気を持たせて優しくは出来ない。それはアキエやトモコに限った話ではなく、女性全般の話もであった。シュウヘイの様には割り切れない。シュウヘイあたりにそんな話をしたら、きっと理解してもらえないだろうが。

 タクシーのドアがバタンと音を立てて閉まり、亮太は手を振って見送った。


 腕時計を見ると、時刻はもう夜中の二時。客は今の二人で最後だった。これなら今日は三時丁度に閉められそうだと思い少し嬉しくなる。そして、気付いた。


 タバコを吸っていない。店内はかなり煙い状態だったが、吸いたいと一度も思わなかった。


 亮太は胸の上の勾玉を手に持つと、ふ、と口の端を緩ませた。狗神のご利益があったのかもしれない。あの生意気ですました犬の姿を思い出した。ご褒美に、コンビニで何か買っていってやろう、そう思った。


「亮太さーん、片付け始めちゃいますけどいいっすか?」


 階段の上からシュウヘイが声をかけてきた。テーブルと椅子の清掃、床の掃除とモップ掛け、ゴミ捨てとトイレ掃除がシュウヘイの担当だ。不在の間は、この店のレジの出納管理は別店舗の社員のリュウジが担当してくれていたので、帰る前にリュウジの店におろち唐辛子を持っていかねばなるまい。


 亮太はこれからレジを締め、明日に向けて酒類の発注を行なって終了だ。


「シュウヘイ、さっさと閉めてリュウジのとこに行くから、お前も一緒に来るか?」


 不在時の対応を労う為にも、一杯程度は奢ってやりたかった。


「え! 行きます行きます! 今日亮太さんと全然話せなかったから嬉しいっす!」


 男だろうが、ここまで人懐こいと懐かれて嫌な気はしない。人相の悪い面をしていようが、亮太は基本博愛主義なのかもしれなかった。


「おし、じゃあさっさと終わらすか」

「はい!」


 いい返事だ。亮太はレジ締めに集中することにした。



 結局その後は客が来ることもなく、亮太にとって久々の仕事の売上は通常の平日よりもプラスという結果で終わった。プラスが出ればその分亮太の手元に入ってくる。マイナスになればその分亮太の取り分は減るが、今月は今の所かなり調子が良かった。マイナスに備え多少プールもしているので、頑張ってくれたシュウヘイに少し色を付けてあげることも出来るかもしれない。


 思わず口の端が上がっていたらしい。シュウヘイがにこにこと尋ねてきた。


「なんすか亮太さんってば! 機嫌いいっすよね、今日!」

「そうか? 休んだから元気は元気だけどな」


 そう。いつもならもうぐったりと疲れ切っている筈が、今日はやたらと身体が軽い。タバコを吸っていないせいかもしれないが、酒をすでに二杯摂取した後にしてはズン、と来るものがない。


「顔色もいいですよ。あ、それにタバコ吸ってない!」

「お、気付いたか。そうなんだよ、吸う気が起こらなくて」

「いいんじゃないすか? このまま禁煙しちゃいましょうよ! 禁煙するとご飯が美味しくなるらしいっすよ!」


 シュウヘイは元々タバコは吸わない。吸わないのによくこんな煙い所に平気でいられるなと思うが、鼻が悪いからあまり気にならないと笑っていた。本当に貴重な人材だった。


 亮太が思わず勾玉ネックレスを触ると、シュウヘイが目ざとく気付いて聞いた。


「あれ、どうしたんすかそれ」

「貰い物」

「あ! 僕知ってますよそれ! 勾玉っていうんすよね! 色によって効果が違うらしいっすよ」

「へえ。緑色ってどんな意味あるんだ?」

「知らないっす!」

「……だよな」


 亮太が狗神からもらったのは緑色の物だ。もしかしたら健康とかそういった意味があるのかもしれなかった。後で狗神に聞いてみようと思い、犬にものを尋ねようなどと普通に考えてしまってる自分の頭は柔軟なのかただの阿呆なのか一瞬分からなくなった。いや、ここは柔軟でいこう。柔軟な頭なら悪くない。


「よし! 終わった!」

「こっちも最後ゴミ袋にシール貼ったら終わりです」


 飲食業などのゴミは、ゴミ袋に別途シールを貼ると回収してもらえる。一般ゴミとは区別されているのだ。


「行こう行こう、向こうもさっさと閉めたら拙いぞ」

「じゃあメールすりゃいいじゃないすか」

「画面が小さいから字が見えにくいんだよ」

「あ、老眼」

「そう、悪いな、正真正銘の老眼だよ」


 ゴミ袋をシュウヘイと分担して持ち、店のドアに鍵をかけてシャッターを降ろし、シャッターの鍵もかけた。階段の下に急ぎ、ゴミ集積所にシールが見える様にゴミ袋を置いた。


 手前の細い道を入り、すぐ右のビルの四階がリュウジが店主を務める店だ。


 亮太は左右を見た。深夜はたまにタクシーが物凄いスピードで走っていくので何気に危険なのだ。この南口駅前の通りは現在は人通りは殆どなく、閑散としていた。すると、ふ、と黒いものが道路を横切った様に見えた。


 目を凝らしても、何もいない。この辺りはドブネズミも多いので、その類だろう。


「亮太さん、早く早く!」

「お、悪い今行く!」


 亮太はエレベーターの上のボタンを押して待つシュウヘイの元に駆け足で向かった。


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