第4話 まあ考えてみればそもそもこれは俺の金じゃないけども

 アキラのひと口はでかかった。


 あの様子だと相当腹を空かせてるのだろう。レジに並んでいる最中にふとそう思い、アキラ用にテリヤキバーガーにビッグマックを付けた。勿論ポテトはLだ。ついでにナゲットも付けた。亮太は断然マスタード派だ。分け合えばいいか、そう思っていたが、一つも口にすることなくアキラの腹の中に消えていった。おい。


 亮太は自分のテリヤキバーガーとポテトだけは死守すべくアキラの手の届かない所に寄せた。亮太とて腹は減っていた。


 いくらこいつの持っていた小判を換金した金から払ったはいえ、面倒を見るのは亮太だ。買いに行ったのも亮太だ。自分の食事くらいは確保しても罰は当たるまい。


 アキラの目線が亮太のポテトに注がれたので、腕でそっと隠した。


 アキラがちっと舌打ちをした。やはりこいつはとんでもない奴かもしれない。


 亮太は牽制することにした。


「俺のを狙うな」

「足りない」


 ハンバーガー二つにポテトのLにナゲットも独り占めしておいて足りないだと?


 亮太とアキラは暫くの間睨み合った。


 亮太の背後からは、午後のニュース番組のアナウンサーの声が聞こえていた。それは明日から雨が降る、と言っていた。


 アキラの切れ長の瞳に力が籠る。いいから言うことを聞け。そう言われている気がした。


「……少しだけだ」


 亮太は折れた。アキラの手がさっと伸びてきたのを手刀で上から叩き止めた。アキラの眉間に皺が寄る。


「十本だけやる。俺が渡すからこれには手を出すな」

「……長めのを十本にして」


 火花がバチバチと音を立てる、という表現なんぞ現実にあるのかと思っていたが、今が正にそうだった。


 ポテト十本ごときで。


「仕方ねえな」


 結局亮太は折れ、ニ本追加の計十ニ本のポテトをアキラにあげた。我ながら甘いな、と思ったがまあ可哀想な境遇の子なのだ、大人として少し位優しさを見せてやらないとな、そう思ってのことだった。


 アキラは無言のまま手を軽く頭の横まで上げ、どうも、のポーズをした。こいつの仕草はちょいちょい腹が立つ。


 亮太があげたポテトもあっという間に平らげると、アキラはご馳走様のポーズをした。まだのんびり残りのポテトを食べている亮太を羨ましそうに見ていたが、もうさすがにやるつもりはなかった。


 ようやく亮太も食べ終わると、ゴミをまとめて出来るだけ小さく畳んで袋を軽く結んだ後、空気を抜いて今度は強く縛った。世田谷は燃えるゴミの収集は週二回あるが、これから二人分のゴミが出ると考えるとなるべくコンパクトにすべきだろう。


 そう、亮太は細かい。この細かさが原因で、結局この歳まで結婚出来なかった。今年でもう四十六歳、立派なアラフィフのおっさんである。


 大体、付き合う奴付き合う奴皆だらしないのだ。脱いだ服は袖を裏返したまま洗濯機に放り込んだり、食べ終わった食器は水に浸けておかないからこびりつく。ストッキングもその辺にポイ。靴は玄関で揃えない。茶碗に米粒を残す。一体どういう育ち方をしたらこうなるんだ、そんなのばかりだった。


 そういう奴らに限って、亮太が注意すると怒る、泣く、不貞腐れる、うざがり、最後には笑うのだ。亮太にしてみれば、自分一人の面倒も見れない女は女ではなく、自立出来てない子供としか思えなかった。


 すると自然と扱いが子供に対するものとなる。亮太は子供の面倒をみる為に女と付き合う訳ではない。だからふる。


 もうずっとその繰り返しだ。好みの三十代半ばから後半でいい女がいないかと思っても、大体既婚者。そしてわざわざ飲食店勤務の雇われ店長とどうこうなろうという物好きもいない。


 寄ってくるのは飢えた二十代後半ばかり。若すぎると子供にしか見えないのだが、まあ時折そういうこともあったりはする。だがあいつらは大体他の店に若い店員が入ってくるとそちらに群れをなして去っていく。


 だが仕方ない。来るもの拒まず去るもの追わず、が亮太のモットーである。追いかける程の未練もなかった。


 だが今後はそういうこともなくなる。



 何故ならこいつが家に居る様になるからだ。さすがにこれがいてはもう女は連れ込めない。というか男も駄目だ。万が一こんな子供に手でも出されたら悔やんでも悔やみきれない。



 そんなことをつらつらと考えながら、亮太はアキラをぼーっと眺めた。そういえば、何かまだ買い足りない気がしたが何だったか。


 まだ眠い。しかも胃が膨れて血は全て胃に集中している。


 従って亮太はアキラにその役割を振ることにした。


「アキラ、あと何が必要かリストにしてくれ。歯ブラシとかあるだろ。布団も買わなくちゃだなあ」


 そう言うとメモ帳とペンをアキラの前にずい、と出した。


 そしてまた寝転がった。身体がきつかった。


「書き終わったら起こしてくれ」


 大きな欠伸をして、マットレスの上にきちんと畳んであったタオルケットを引き寄せた。季節はそろそろ秋に差し掛かろうとしている。窓を開ければ湿気が減ってきた風が吹く。


 その気持ちいい風が亮太を深い眠りにいざなった。



 スー、スー、と気持ちの良さそうな寝息になった。



 アキラは亮太をもう一度見てしっかりと寝ていることを確認すると、テーブルの上に置いてあった財布をおもむろに手に取り、静かに中身の確認を始めた。


 スーパーのポイントカードが綺麗にカード入れに納められている。クレジットカードは一枚。保険証、免許証、後は小銭入れを覗くと少量の小銭の中に『金返る』という意味がある金色の蛙が入っていた。


 アキラは少しだけ憐れむような目線をぐーすか寝ている亮太に送った。


 財布に目を戻し、札入れを覗き込む。一万円札が十四枚。札入れの奥に小さな四角い袋が入っていたのでそれを取り出した。コンドームだった。


 アキラはうえっという顔をした後、今度は亮太を軽蔑するような眼差しでちらっと見てから小さな溜息を一つついた。


 コンドームを小さく摘みながら中に戻す。


 そして免許証を取り出した。半ば睨みつけている様なまるで犯罪者の様な写真写りだった。住所欄を確認すると、東京都世田谷区北沢○の○の○とある。裏を見たが、裏には何も注記はない。


 アキラは免許証をテーブルの上に置くと、メモ帳に住所を書き写し始めた。可愛らしい丸っこい字で住所を書き終えると、紙を手の上に置いて反対の手をかざした。


 すると、手のひらに乗っていた紙がふわりと浮き始めた。アキラの両手の間でゆらりゆらりと漂っている。やがて紙は再びアキラの手のひらの上に戻っていった。


 アキラの口の端がにやりとする。


 今度は紙を紙飛行機の形に折り始めた。あまり器用ではないのか、角が若干ずれているが本人は気にしていない様でそのまま最後まで折り続けた。


 折り終わった紙飛行機を手に、開放された窓へと近付く。折り紙を持っていない方の手で喉を軽く押さえ、んん、と咳払いをした。


「あ、あ」


 声が出るのを確認すると、アキラは命令する様に言い放った。


狗神いぬがみへ」


 そして紙飛行機を思い切り窓の外に飛ばした。真っ直ぐにすら折れていない紙飛行機が、有り得ない程真っ直ぐに飛んでいき、――やがて光の中に消えた。


 アキラは紙飛行機が見えなくなったのを確認すると、もう一度メモ帳に向き合い今度は生活に必要な物をリストアップし始めた。時折手を止めては考え込み、またサラサラと書いていく。


 一通り書き終えると上から確認していき、問題ないと思ったのか、軽く一つ頷くと寝ている亮太の肩を揺すり始めた。


「……ぐがっ」


 仰向けになったがそのまま寝続けている。アキラはまた一つ溜息をつくと、亮太のおでこを力任せに叩いた。ベチン! とそこそこいい音がした。アキラはじっと待った。


 機嫌の悪そうな亮太の目が薄っすらと開き、アキラを見つけた。大きな欠伸を一つ。


「ふわああ……お前なあ、さっきからぽかぽかすぐに人を叩くなよな」


 ぶつくさ言いながらも亮太が半身を起こした。


「はい」


 アキラが買い物リストを渡した。


「……了解」


 亮太が素直に受け取った。


 こうして、おっさんと少女の奇妙な共同生活がスタートしたのだった。

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