第3話-3 はせる想いの限界は

 昼休憩。二年三組の教室で貴田、北西がいつも通り僕の机を囲み、今日の放課後の計画を話し合った。といっても、昨日の帰り道に僕と貴田が立てた案を北西に説明しただけではあるが。


 この話をする前に、昨日と同じように一年一組に行ってみたが今日も教室に宮内の姿は無かった。クラスの生徒に聞いてみるとどうやら昼は保健室に行っているらしい。僕たちも行くべきか悩んだが、保健室にいるということはとりあえず飛び降りの心配はないと判断し、放課後の行動を話し合う必要もあったため真っ直ぐに自分たちの教室に戻った。


「とにかく、私はみやっちと遊んでいればいいってことだね!」

「まぁ、そういうことだ。よろしく頼むな」




 僕と貴田は一年一組の教室の前に立っている。ホームルームが終わってすぐに北西が教室から飛び出していくのを見送った後に、少し時間をずらして向かった。計画通り誘い出すことに成功していれば、この教室の中に宮内はすでにいないはずである。


 目の前のドアを開ける。教室の中には、まだ多くの生徒がいた。ざっと見た感じでは宮内の姿は見当たらない。


「ねえ。このクラスに宮内ってやついるよね?今いる?」


 貴田が一番近くにいた男子生徒に話しかける。


「宮内なら、さっき女の先輩らしき人に連れていかれてましたけど」


 北西だ。上手くいったのか?連れていかれたって言い方は強引な印象を受けるけれど。まあ、結果としてこの教室から離れさせているのだから、結果オーライとしておこう。


「あー、そっか。ところでさ、宮内ってこのクラスではどんな感じなの?友達とかいる?」


 続けて質問を浴びせる。


「友達ですか?えっと、あんまりいない印象がありますね。最初の頃はそうでもない感じでしたけど、いつの間にか1人でいるようになってました」


 最初はいた友達がいなくなった。これが死にたくなった原因だろうか。そうであれば、北西がすぐに仲良くなるだろうから、解決しそうだけど。しかし、そうはいかないのだろう。


 男子生徒はそれ以上詳しいことは知らないらしく、教室に残っていた他の女子生徒に聞いてみることにした。


「ちょっと、ごめん。聞きたいことあるんだけどさあ」

「え?何?」


 一つの机を挟んで話をしていた二人の女生徒に話かける。もちろん貴田が。この積極性は素直に尊敬する。尻込みすることなく声をかけるなんて、僕にはまず無理だ。人見知りをなくしたいと常日頃思ってはいるが、とりあえず今は貴田の横にいて話を聞くのが精一杯だった。


「宮内って子このクラスにいるだろ?どんな感じの子?」

「宮内?あー、未希みきのことね。なんていうか空気読めない子だよ。何?あんな子のこと気になってんの?」


 やけに高圧的な態度。話しかけた時はそうでもなかった。宮内の話題が出た途端のような気がする。


「あー、まあそんなところかな。話した感じ空気読めないヤツには見えなかったけど」

「まじで!?趣味わるー。だってあの子、話合わすことも出来ないんだよ?」

「へえ。具体的に何が合ったか教えてよ」

「このクラスになって最初は私たちと仲良かったんだよ。そしたら、たまに愚痴とか言い合うじゃん?でも、あの子そういうの絶対のらないんだよ。しかも文句言ってくるし。こっちの空気が悪くなるっての」


 この子のあからさまな態度はそういうことか。宮内は最初、この子と同じグループだったわけだ。それが今は孤立している。この子によれば、空気を読まなかったせいで。


「愚痴?学校怠いとかそういうのか?」

「そういうのも言うけどー、未希があからさまに嫌うのが悪口。教師とかクラスの男子とか色々文句言ったら、すぐ止めてくんの。空気読めってのー」

「……文句なんて聞いてる方もそんな気分いいもんじゃねえだろ」

「は?文句くらい誰だって言うでしょ?聖人ぶってんじゃねーよ」

「ごめんごめん。教えてくれてありがとう。ほら、貴田。もう行くよ」


 貴田を無理矢理に引っ張って廊下に出る。そのまま放置していたら、あの女生徒との言い合いが勃発していただろう。相手の態度がまずでかい。僕たちのことを同学年と勘違いしているためか終始ため口をきき、そこには悪意がないとして目をつぶったとしても、あからさまに機嫌が悪い。まあ、宮内のことを嫌っているのだろうし、そこを突かれる質問をされて気持ちが分からないことは無いが、それにしても不快感を覚える。そこにこの貴田である。こいつの性格からして、我慢の限界を迎えるのも時間の問題であっただろう。今の表情を見ても片眉が軽く上がりかけている。危ない。


「ムカつくわあの女。態度悪すぎるだろ」

「まぁまぁ。後輩相手に怒ってもしょうがないだろう?」


 なんとか貴田をなだめる。教室から出てきた別の女生徒にも声をかけて話を聞いてみたが、情報としてこれ以上得られるものは無かった。

 結局わかったことは、最初の内は一人では無かった。悪口にたいして嫌悪をしめす。それが原因で今は一人となった。くらいであろうか。


 とりあえずの予定はこなしたが、特にこの後に用事もない僕たちは貴田の提案で担任の先生にも話を聞くことにした。生徒目線からの情報だけでは客観的な信頼性のある情報とは言えないであろう。常に教室にはいない分、これ以上の話を聞ける可能性は低いだろうが、でも、この余った時間を無為にしてしまうよりはいい。




「失礼します。山本先生いますか?」


 職員室に入り、入口から山本先生を探す。ざっと見渡したところ職員室に人は少なく、その中に彼女らしき人は見当たらなかった。


「山本先生は弓道部に行った」


 入口に対して背を向ける位置にある席から、彼はぐるりと首を回しこちらに顔を向けて答えた。


「弓道部の顧問だったなそういえば。それで、里崎先生は何してんの?暇なの?」

「暇なわけあるか。お前らと違って俺はいつだって仕事してるんだよ」


 こちらに向けていた顔を机上に戻し、声だけで里崎先生が返事をした。


 この人も部活の顧問をしていたはずだけれど。行かなくていいのであろうか。たしか、文学部。本好きなんて話は聞いたことがないため、もっぱら形だけの顧問というところだろう。


 山本先生の居場所が分かった僕たちは、早々に職員室から退出し、体育館横に設置されている弓道場へと足を向けた。




 ドア越しに、矢が的を射る音がする。弓道場に足を踏み入れたことは無いが、ここで間違いなさそうだ。聞こえるかは分からないが一応ドアをノックし、開く。


「練習中すみません。山本先生いますか?」


 声をかけると、壁際に立って生徒の練習をじっと見ていた袴姿の女性がこちらに目を向ける。髪は肩ぐらいまであり、鼻筋が整った綺麗な顔立ちをしている。


「はい、私だけど。何か用事?」


 山本先生が僕たちの目の前まで来る。背中に棒でも入っているのかと思うほどの姿勢の正しさだ。身長も高く、美人のイメージがそのまま実態化したようで魅入ってしまう。


「えーっと。先生のクラスにいる宮内さんについてちょっと聞きたいことがあるのですが」

「宮内さん?うーん。じゃあ、ちょっと外で話しましょうか」


 先ほど入った扉から僕たち三人は外に出る。この通りは弓道場しかないために、人が通ることはまずない。扉を閉めてしまえば、誰かに話を聞かれることはないだろう。


「早速ですけど、宮内さんについて、なんというか、山本先生の印象を聞かせてもらっていいですか?」

「印象?そうねえ。最初の内は皆とも仲良くしてる様で協調性もある子だと思ってたんだけど……。最近は自ら一人でいることが多い気がするわね。保健室にもよく顔を出しているようだし、少し心配しているのよ」


 右手を口元に当てながら山本先生が話す。惹きつけられる。年齢は自分の二倍近いはずで、年齢に見合った風貌であるが、そんなことが気にならなくなるほど心を奪われそうになる。重要な内容が頭から離れないように気を付けねばと自分を律する。


「えっと、最近宮内さんと知り合って仲良くなってきているのですが、どうやら悩みがあるようで……。なんでもいいんです。気づいてることとかありませんか?」


 右でぼけーと先生に魅入っている貴田は使い物にならないと判断した。なんとか情報を集めようと質問を投げかける。


「そうなの?それは嬉しいわね。ずっと一人でいるけれど、イジメられているとかは聞いたこともないし、そんな様子もないのよね。特に表だって嫌われているようには見えないし。必要な会話だけこなしている感じかしら」


「そうですか。何か他にはおかしなこととかはないですか?」


 これといって核心的な情報は得られない。今のところ、宮内は人の悪口が嫌いな正義感のある一匹狼といった印象しか浮かばない。自殺まで試みているのだから何か決定的な理由があると思うのだけれど。学校に関係することではないのだろうか。


「うーん。……あ。現代文の成績があまり良くないわね」

「……それは得手不得手の問題では?」


 まさか成績を出してくるとは。そういうものは個人情報だろう。言ってもいいのか?それに僕も現代文はどうも苦手でこの話はあまり居心地がよくない。筆者の考えをどうして推測しなければならないのか。僕はエスパーではない。


「まぁ、そういってしまえばそうなんだけどね。他の成績は良いのよ。現代文の、しかも小説だけ。評論は出来が良いのに。特に私の持ちこみ小説の時が良くないわね。ショックだわ」

「それは山本先生の持ち込み内容の問題だったり……」

「えぇ!!私が読んだ面白い本選んでるのに……。好きって言ってくれる生徒もいるのよ」


 山本先生は現代文の先生だ。当然、教科書に沿って授業を進めている。しかし、小説の授業になると、自分の読んだ本を授業に取り入れることが多い。主にミステリーのジャンルが多く、男子からは好評である。女生徒もそれなりに楽しんでいる声をよく聞く。


「俺はめっちゃ好きです。宮内に厳しく言っときます」

「本当!?良かったー。えっと貴田君は二年三組だったかな?次のミステリーは大作だから期待しといてね」


 貴田は山本先生の持ち込み小説が好きだ。いや、正確には山本先生が好きだ。もちろん、年の差もあるために恋心というわけではないが。貴田に限らず生徒の山本先生ファンは多い。男子生徒に関してはその美貌も影響しているが、なにより授業が楽しいのだ。持ち込みまでしているくらいであるから、人気が上がるのは当然といえば当然だろう。


「期待してます!先生の授業面白くていつも楽しみなんですよー」


 貴田は自分の株を上げ始める。これはもう宮内に関する情報は得られそうにないな。


 二人が横で話しをしている間、僕は頭の中で今日分かったことを整理する。


 初めの頃は友達とうまくやっていた。悪口などの愚痴を受け付けないために、孤立していった。しかし、必要最低限のコミュニケーションはクラス内でもとっている。現代文の成績が悪い。これくらいだろうか。


 これらの内容が自殺する原因に繋がるのだろうか。中で候補を上げるとするなら、やはり孤立してしまったことだ。悪口を受け入れられない正義感と孤独感に挟まってしまった結果ストレスが溜まり……とか?しかし、山本先生の口ぶりからして人から無視されているわけではなさそうだ。最低限のコミュニケーションはとっているようだし。となると、現代文?他の科目は良いのにどうしても現代文だけ成績が上がらずそのストレスで……。そんなバカな。


「じゃあ、そろそろ戻るか。山本先生ありがとうございました。部活動頑張ってください」


 どうやら、話は終わったようだ。貴田の言葉で僕の思考は一旦止められる。


「ありがとう。何かあったらいつでも言ってね。私に出来ることなら力になるから」


 そう言って山本先生は弓道場へと入っていった。


「相変わらず綺麗な人だったなぁ。袴姿とか似合いすぎでしょ」

「はいはい。いいから、もう行くよ。とりあえず教室戻ろうか」


 僕たち二人は教室に戻り、宮内の自殺原因について話あったが、これといった答えは見つからなかった。北西はどうしているだろうと電話をかけてみたものの繋がらない。恐らく二人で楽しくやっているのだろう。これ以上ここで二人で考えても新しい発見は無いだろうと判断し、時間も十八時に近くなっていたため帰宅することにした。





 それから一週間、僕たちは放課後になると宮内を捕まえ、毎日一緒に遊んで過ごした。学校が休みの日も自殺のタイミングを与えまいと、連絡を入れ、会った。その中でもどうにか自殺の原因を探ろうとしたが、答えは見つからない。

 どう見ても、悩みなどなく、他の生徒のように毎日を楽しく過ごしているようにしか思えなかった。宮内を校舎の屋上で見たあの一日は夢を見ていただけではないのか。

 ……そんな訳はない。

 しかし、そう思ってもいいのではないか。あれは無かったことだ。あったとしても、宮内のただの気の迷いだったのだろう。そんな考えが僕の中には芽生え始めていた。

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