ep3 イエイヌ

「ふんふんふふーん」

今日は久々にご主人さまが帰ってくる日だ。だからせめてコテージをきれいにして、ご主人さまをお出迎えしなきゃ。そう思いながら、私はほうきを取り出して掃除をはじめた。ご主人さまに会えるのが楽しみでつい鼻歌交じりになってしまう。これは確かPPPの新曲だったかな…?

「ふう。ほうき掃除はこれくらいかな」

掃除を終えたら今度はお茶を淹れなくちゃ。ポットにお水を注いでコンロにかける。コテージ備え付けのコンロは、火が苦手なフレンズでも使えるようにIHコンロになっている。お水が沸騰したら、あらかじめお茶をセットしたティーポットにお湯を注ぐ。ご主人さまはちょっと冷めているくらいがお気に入りなので、今から準備しておけば、帰ってくる時間にはちょうど良いくらいになっているはずだ。

色々と準備をしているうちに、ご主人さまが帰ってくる時間が近づいてきた。

「お掃除もしたし、お茶の準備も大丈夫!」

あとはご主人さまを待つだけ。そう思うと、思わず尻尾がゆれてしまう。

「まだかなーまだかなー」

と、そのときだった。

「ただいま」

ご主人さまの声だ。

「おかえりなさい!」

玄関にご主人さまが立っている。私はご主人さまに飛びつき、ギュッと抱きしめる。

「ご主人さま~~~~会いたかったです~~~~~~」

「なんだよ、急に飛びついてきたらびっくりするだろ」

口ではそう言いながらも、ご主人さまも凄く笑っている。ご主人さまと久しぶりに会えて、すごくうれしかった。


話を聞くと、ご主人さまは、仕事がひと段落して、三日間ほど休みを取れたと言っていた。あまり長くはないが、一緒にいられるならそれで十分だ。

「イエイヌ、せっかくだし、ちょっとお出かけしないか?」

「お散歩ですか?」

「いや、お散歩よりもっとすごいぞ」

どういうことだろう。

「実は、スタッフカーを貸してもらえたんだ。だからドライブにでも行かないか?」

「ドライブですか!?行きたいです!」

「よし決まり!じゃあ早速行こう!」

私とご主人さまは出かける仕度をし始めた。玄関を出ると、すでにスタッフカーが用意されていた。どうやらラッキービーストさんが呼んでくれたみたいだ。

「スタッフカーの準備はできてるヨ」

「うん、ありがとうラッキービースト」

ご主人さまはもう準備ができているようだ。私も早くしなきゃ。

「イエイヌ~そろそろ行くぞ~」

「はーい!」

私はあわててスタッフカーに乗り込む。ご主人さまはすでに運転席に座って、ハンドルを握っている。

「大丈夫だな。それじゃ出発!」

「しゅっぱーつ!」

ご主人さまがアクセルを踏むと、スタッフカーがゆっくりと前進しはじめる。

「どこに行くんですか?」

「それは着いてからのお楽しみ」

そう言うと、ご主人さまはスピードを上げた。頬に当たる風が心地良い。景色がどんどん流れていく。これからどこに行くのだろうと考えるとワクワクが止まらなくなってきた。


しばらくすると、どこからか潮の香りがしてきた。よく耳を澄ますと波の音も聞こえてくる。

「ご主人さま!行き先ってもしかして……」

「そう!今日は海を見に行くぞ!」

私が答えを言うより先にご主人さまは笑いながら言った。周りのヤシの木が風に吹かれて心地よい音を奏でている。ご主人さまが笑っているのを見ると、つられて私も笑ってしまう。こんな日々がずっと続けば良いのに。


「さあ着いたぞ!」

スタッフカーを降りると、目の前には広い砂浜と大きな海が広がっていた。白い砂浜と青い海のコントラストがすごくきれいだ。

「うわー!海だあ~~~!!」

「久々に一緒に遊べるからな。たまにはこんなところに行くのも悪くないだろ」

「はい!すっごくうれしいです!」

「じゃあ早速……」

そう言うとご主人さまは、バッグの中から何か丸いものを取り出した。あれはまさか……

「そらっ、取ってこーい!」

ご主人さまは丸いものを投げた。あれは間違いない、フリスビーだ!

私は全力で走ってフリスビーを捕まえる。そして捕まえたフリスビーをご主人さまに渡す。

「よーしよくやった。じゃあもう一度行くぞー!」

ご主人さまはもう一度フリスビーを投げる。私はそれをもう一度捕まえに行く。

私はこのフリスビー遊びがとても好きだ。捕まえたフリスビーをご主人さまに渡すと、必ず「よくやった」と褒めてくれるからだ。

ご主人さまとこうして遊ぶのはいつぶりだろう。フリスビーを追いかけるのも、「よくやった」と褒められるのも、随分久しぶりな気がする。

私は、白い砂浜の上で、小さな幸せを感じていた。


浜辺でいろんなことをして遊んでいるうちに日が傾いてきた。海に沈みはじめている夕日を眺めながら、ご主人さまと私は砂浜に座っていた。波の音だけが静かに響いている。

「イエイヌ、大事な話があるんだ」

「なんですか?」

ご主人さまは真面目な顔をして、私の方を向いた。夕日に照らされた顔はどことなく寂しそうだった。

「実は俺、新しく駆除隊っていう仕事をすることになったんだ」

「くじょたい?」

「ああ。警備隊や探検隊のフレンズたちと協力しながら、セルリアンを駆除するんだ」

セルリアンの駆除、そんな危なくて怖い仕事にご主人さまが行ってしまう。急に不安と心配が私の胸をいっぱいにする。

「そんな心配そうな顔するなよ。セルリアンと直接戦う訳じゃなくて、あくまでフレンズたちの手伝いだよ」

ご主人さまは続ける。

「でも、駆除隊の仕事がいつ終わるかがまだ決まっていないんだ。だから、次に帰ってこれるのがずっと先になるかもしれないんだ」

「イエイヌ、それでも俺のことを、待っていてくれるか?」

またご主人さまが遠いところに行ってしまう。それは凄く寂しいことだし、本当はもっと一緒にいたい。でも、

「ご主人さまが待っていてほしいと言うならば、私は待ちます!」

「何年、何十年、何千年だろうと、私はあなたのことを待ち続けます!」

何故だか涙が溢れて止まらない。でも私は、大切なご主人さまのことを信じたい。

ご主人さまは、何も言わず私のことを抱きしめた。ご主人さまの体温が伝わってくる。それが私には、とても心地良いものに感じられた。さざ波の音とオレンジ色の夕日が、私たちを包み込んだ。



ご主人さまがお仕事に行ってからずいぶん長い時間が経った。噂によれば、ジャパリパークのグランドオープンを進めるために、駆除隊のスタッフが探検隊のフレンズたちと協力しながらパーク中を回っているらしい。

私はいつも通り、ちょうど良い温かさのお茶を淹れる。私の大切な人が、いつ帰ってきても大丈夫なように。

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いぬのフレンズたち なのさP @mitya_nanosa

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