昨日はツァラトゥストラの命日

 いつも通りの朝、いつも通りに廊下の騒がしさを歩き抜けていると、掲示板に取りつけられた落とし物用のカゴの中に、見慣れた姿があることに気づいた。

 拾い上げればそれは無傷な状態で、そこに自分を重ねていたのが何だか馬鹿らしい気持ちだ。

「あれ」

 聞き慣れたばかりの声の方へと顔を向けると、そこには見慣れたくもない顔があった。

「まだ死んでなかったんだ?」

 そして相変わらず、軽薄な笑いを浮かべている。

「まだ生きたかったの?」

「いや」

「じゃあなんで?」

 なんでだろう、と考えてみるけれど頭の中は空っぽで、何も浮かんできそうにない。

「さあ」

 その言葉を聞いた彼は初めて楽しそうに笑いながら、私を置いて歩き去ってしまった。

 残された私は、手の中に残ったシャープペンシルに力を込めたり抜いたりしながら、手慰みにその質量を確かめている。

「なんでだろう?」

 もう一度自問してみても、答えは見えない。

 結局、昨日あれだけ死のうとしていた私は、このシャープペンシルと同じように見た目だけは何もかも傷つかないまま、今日も学校に通っている。

 彼と話もしたけど、自殺を止められたわけでもないし、励まされるどころか馬鹿にされてばかりでムカつくばかりだった。

「なんでだろうね」

 結局のところ、私にその理由なんてものはわからないみたいだった。

 死ぬことと生きることの中間で、何もかも曖昧でいい加減なまま、ふらりふらりと揺れている。

「……ふふ」

 今日も、私は笑ってる。

 ただそれだけでもいいのかなと、生まれて初めて思えた気がした。

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命の重力加速度は21g/s² 詩野聡一郎 @ShinoS1R

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