第13話 おせちとバイキングと脳内食リポ

「それでは、皆さんに出逢えたことへの感謝と〈エクタデオ〉の再生を願って乾杯!!」

シアンさんの乾杯の音頭で歓迎の宴が始まった。

「いやぁ〜。まさか〈エクタデオ〉におせちがあるとは思いませんでした。」

俺が言うと、シアンさんは不思議そうな顔で答えた。

「おせち?それは何ですか?」

「えっと、ここに並んでいる料理をまとめておせちって…呼びませんか?」

ひょっとして、レモンの香りの果実が「パーミレ」という名前だったようにおせちも名前が違うのだろうか。

「あぁ、この料理たちですか。これはリクレスといいます。主に新しい年に家族で食べるご馳走ですが、こうして特別な出会いがあった時にも食べるんです。皆さんはこれをおせちと呼ぶんですか?」

なるほど。名前は違うが、新年に食べることを考えるとやはりおせちと同じものだろう。

「ええ、俺たちが以前いたところではおせちと呼んでいました。同じく新しい年に食べるご馳走です。」

「そうでしたか。では、故郷の味ということですね。良かったです。」

確かに、ここまで揃った和食を食べるのは久しぶりだ。教室を拠点にしていた半年間、食事といえば森で採取した木の実やキノコ、森にいる動物なんかだったのであまり手の込んだ料理は食べられなかった。初めの頃は、食料調達にもかなり苦労したのだ。今では、獣を捌くのもお手のものになってしまったが。

「今はぜひ、この宴を楽しまれてください。そのうち、皆さんの故郷のことも聞かせていただければありがたいです。」

そしてシアンさんは、「もちろん嫌でなければ」と付け加える。そういえば、門番のエルガさんも俺たちにどこから来たのか尋ねた後、慌ててルールがどうのと言っていた。

「一つだけ、聞いてもいいですか?」

「ええ。何でしょう?」

「エルガさんに初めて会った時、出身地について聞かれた後にルールがどうのと言っていたんですが、ルールって何ですか?」

すると、シアンさんは少し真剣な表情になって言った。

「そのことですか。ルールというのは、決して出身地を明かすよう強要してはならないということです。中には、一時的に首領たちに加担していた人たちもいますからね。彼らからすると、どこの街の出身かとかは聞かれたくないことでしょう。そうでなくても、人々は心に傷を負っています。それで、そのルールが出来たんです。」

「そうなんですね。ありがとうございます。俺たちは、元々いた場所のことを聞かれるのは嫌じゃないです。なので、いつでも聞いてください。」

俺がそう言うと、シアンさんはにっこり笑って言った。

「ではぜひ、後日聞かせてください。さぁ、ここの料理は美味しいものばかりです。楽しんできてください。」

そして、他の議員たちの方へ歩き出す。

俺も、久方ぶりのご馳走に胸を躍らせて皿を取りに向かった。


今回の宴はバイキング形式だ。

好きなものを、好きなだけとって食べる。

皿とこれもまたなぜかあった箸を持って、俺は料理を見てまわる。

さて、まずはこれだな。

黒豆を、スプーンに2杯分ぐらい皿に盛る。

豆の粒も大きくて、見るからに美味しそうだ。

続いて紅白なます。

材料は明らかに大根と人参なのだが、これもまた違う呼び方をするのだろう。

いや、そもそも「黒豆」とか「なます」なんて料理名じゃないんだろうが。

次に目に留まったのはローストビーフだ。

伝統的なおせちかと言われればそうではないが、ニンニク醤油に近い香りのソースと綺麗なピンク色の断面が食欲をそそる。4,5切れ貰おう。

その後さらに栗きんとん、煮物を盛って飲み物を取りに来たところで気付く。

そういえば数の子やかまぼこ、昆布巻といった海鮮系のおせち料理がない。

ちょうど、水を取りに来ていた竜二に聞いてみる。

「なぁ、数の子とか昆布巻見たか?」

すると、竜二は水を注ぎながら答えた。

「いや、俺も探したけど無かったな。ついでに言うとその煮物。」

そう言って俺の皿の煮物を指差す。

「鰹とか昆布の出汁が一切入ってない。色々美味しいけどそれだけは物足りなかったな。多分、そもそも海産物ってのがこの辺には無いんだろ。」

「そうなのか〜。残念だな。」

俺が言うと、竜二は付け加えた。

「あ、でも決して不味いわけじゃないから。多少物足りないけど、美味しいは美味しいぜ。」

そして、テーブルの方へ戻っていく。

俺はしばし煮物を見つめた後、水を注いで相手いるテーブルへ向かった。


さて、いざ実食だ。

まずは真っ先にとった黒豆から。

2粒一気に箸で掴むと、口に放り込んだ。

うん、美味い。ちょうどいい甘さで、豆自体も美味しい。

俺はおせちの中で一番、黒豆が好きだ。

元の世界にいた頃、毎年正月は家族で父方の祖父母の家に帰省していた。だから俺にとってのおせちとは、母の味ではなくおばあちゃんの味なのだだ。

少し、元の世界のことを思い返してしんみりしてしまった。

思いを切り替えて、紅白なますに箸を付ける。

口に入れるとまず、やや強めの酢の香りが広がる。続いて、レモンのような香りがした。会議室で飲んだ水と同じ香り。パーミレだ。

噛むと、シャキッとした食感が程よく残っていて心地よい。そしてまた、パーミレの香りが広がるのだ。これも、たしかに美味しい。

「さて、」

そう呟くと、皿の中で一際大きな存在感を放っているローストビーフに取り掛かる。

箸で顔の前に持ってきただけで、ニンニク醤油の香りを強く感じる。湧き出すよだれと食欲に急かされて、1切れ丸ごと口に詰め込んだ。

う、美味い…。

まず、強烈なニンニクの香りが息を抜くたびに鼻腔を刺激する。そして、口の中では肉汁とソースが混じりあって最高のスープを作り出している。焼き加減も絶妙で、すんなりと噛み切れる。

これは、最高だ。

思わず2切れ目を頬ばろうとしたところで、隣に朱莉が座っているのに気が付いた。目が合うと、朱莉はうっすら笑みを浮かべる。

「やっと気付いた。」

朱莉が笑いながら言った。

「もしかして、だいぶ前から座ってた?」

俺が聞くと、朱莉は頷いた。

「結構前から。話し掛けようとしたら、零斗すごい美味しそうに食べてるんだもん。見てるだけで面白くって声掛けなかったの。」

ということは、脳内食リポをしながら緩んだ顔をしていたところを見られたわけだ。

「いい顔してたよ〜。」

笑いながら言う朱莉に、少し照れたようにに言い返す。

「からかうなよ。」

「からかってないよ。褒めてるんだよ?」

朱莉の笑顔には嘘も何も無かった。

まぁ…食リポを聞かれてたわけじゃないしいいかな。

「時々、『これは…。』とか『美味い…』とか声漏れてたのも面白かった。」

朱莉の一言に俺は凍りつく。

聞かれてたぁぁぁ…。

「さ、私も食べよ。」

そう言って朱莉は煮物を口に入れ、

「なんか違う…。」

と呟く。

俺は竜二とした話をまた繰り返すのだった。

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