第10話 会議室と〈エクタデオ〉の歴史と「再生」への願い
議会ホールの廊下をシアンさんの案内で進んで行き、俺たちは大きなホールに通された。
前方に12個の椅子と机が並んでいて、後方3分の2ほどはざっと100席ほど椅子が並べられている。
「ベルス、ほかの議員たちは?」
シアンさんがベルスさんに尋ねた。
「もうまもなく、到着するそうです。」
とベルスさん。
その答えを聞いて、シアンさんは俺たちに言った。
「ではみなさん、残りの議員ももうまもなく到着しますので、席に座ってお待ちください。」
言われるがままに、俺たちは席に着く。
俺の右隣には一也、左隣には朱莉が座る。
こういう時に、ついパーティーごとに座ってしまうのはこの半年の訓練が産んだ集団意識の表れだろう。
5分ほど経つと、レイヴィアさんとエシーティオさんが飲み物を持ってきてくれた。金属製のグラスに、よく冷えた水が入っている。ほのかに、レモンのような香りもした。
「良い香りですね。」
俺が言うと、レイヴィアさんはクールな顔を少し崩してにっこり頷いた。
「ええ。パーミレの果汁が入ってるの。」
どうやらこの香りは、「パーミレ」という果物のものらしい。
「パーミレは実の香りの良さももちろんだけど、葉は薬草としてすごく有用なのよ。主な効果としては、傷口の消毒。葉をすり潰して、絞ってできる液体は良い消毒液になるの。」
レイヴィアさんが説明してくれた。
「この香りなら、アロマセラピーにもすごく良さそう。」
朱莉が呟くと、レイヴィアさんは少し不思議そうな顔をして言った。
「アロマセラピー…?何?それは。」
「あ、アロマセラピーって言うのは植物から作った精油の香りを楽しんだり、精油を体に塗ったりして、リラックスしたり筋肉をほぐしたりすることです。結構気持ちいいですよ。」
レイヴィアさんは「へぇ」と興味深そうに頷くと、言った。
「今度機会があったら試してみるわ。」
「ええ、ぜひ。」
「あ、来たみたいよ。残りの議員たちが。」
そう言って、レイヴィアさんは俺たちの前にある12の椅子のうちの1つに座った。他の議員たちも席に着く。ちょうど、12個の椅子が12人の議員たちで埋まった。男性議員が7人、女性議員が5人だ。
「さて、」
シアンさんが話を切り出した。
「まずは、先ほど紹介していない8人の議員を紹介させていただきます。まずは、女性議員から。」
その声とともに、レイヴィアさんを除く女性議員たちが立ち上がった。
「左から、リオリス、ミース、ロイファ、カリエスです。」
名前を呼ばれた議員たちは、それぞれ一礼して座っていく。
「続いて、男性議員。」
女性議員たちと同じように、男性議員たちも立ち上がった。
「同じく左から、ヨーデ、カゼイル、セフィル、レコノアです。」
議員たち全員が席に着くと、シアンさんが言った。
「さて、みなさんはここに来て日が浅いそうですね。色々と疑問があるとおっしゃっていた。私たちにできる範囲で、なんでもお答えします。どうぞ、何なりと聞いてください。」
色々と知りたいことがあって、何から尋ねればいいか分からない。
俺たちが
この街がなぜ、「再生の街」という名前なのかも気になるし、シアンさんが言っていた「〈エクタデオ〉の状況」というのも気になる。
俺が考えていると、隣の一也が手を挙げて立ち上がった。
「では、お尋ねします。まず、この辺りの情勢を教えてください。ほかに街があるのかとか、あるいは俺たちが疑われるということは悪いやつもいるということでしょう?それが誰なのかとか。」
一也の質問は、最初の質問としては適当だろう。
「分かりました。お答えしましょう。ただ少し長い話になりますが、構いませんか?」
俺たちが頷くと、シアンさんは話し始めた。
「その質問にお答えするには、まずこの〈エクタデオ〉の歴史を語らねばなりません。そもそも、この〈エクタデオ〉は10の街と1つの都で成り立っていました。現在は、この〈ミラクド〉ができたことで街は11個になっています。私たちはそれぞれ、元々は別の街に住んでいました。平和な時間でした。言い伝えによれば、先祖たちがここに定住したのは約350年前。それ以来、〈エクタデオ〉はずっと平穏を保ってきたわけです。そして20年ほど前、突然戦闘に特化した力を持つ
シアンさんの声が一気に暗くなる。
「10年ほど前、見慣れぬ格好で遠くから旅をしてきたという一団が当時私の住んでいた街〈デイン〉に現れました。350年間、平和に暮らしてきた私たちです。人を疑うことなどなく、彼らを迎え入れました。ただ、それが間違いだった…。彼らもまた、
シアンさんの顔には、悔しさや怒りがよく現れている。思い出すだけで辛いのだろう。
「〈デイン〉にいた
悲しげに一瞬目を閉じ、水を一口飲むとシアンさんは続けた。
「ですが、彼らはそれでも飽きたらなかったのです。彼らは〈デイン〉を足がかりに他の街、さらには都まで攻略し始めました。そして1年が経った頃、〈エクタデオ〉は完全に彼らの支配下に落ちていました。」
議員たちも、俯いている者、握った拳を震わせている者などそれぞれが悔しさをあらわにしている。
「それ以来、〈エクタデオ〉は完全に闇の世界とかしてしまいました。それぞれの街と都を街の名を変え彼らは1人、または複数で首領として治め始めたのです。もちろん、たくさんの住民を殺した悪人たちです。まともな統治であるはずがありません。ですが、
「殺される」というワードに、朱莉がびくっと肩を震わせた。覚悟を決めて森を抜けたとはいえ、やはり恐怖心は残っている。それは俺も同じだ。
「ですが」と言って、シアンさんは少し間をとる。
「私はどうしても、平和な〈エクタデオ〉を取り戻したかった。そこで〈デイン〉現在は〈クレデオ〉という名前になってしまいましたが、からの脱出を決意したのです。その時、ともに脱出し協力してくれたのがレイヴィアです。」
レイヴィアさんは目を閉じ、かすかに頷いている。当時のことを思い出しているのだろう。
「さらには、それぞれの街から脱出者が集まって来ました。ある程度の人数になったところで、私たちが建設したのがこの街、〈ミラクド〉です。」
ふと疑問が湧いてくる。
俺は手を挙げて、シアンさんに尋ねた。
「街を建設できるほどの人数が脱出したのに、首領たちは何もしてこなかったんですか?」
「ええ。何も。どうやら彼らは、個々の力は強いもののチームとして一枚岩ではないようです。これは私の勝手な想像ですが、誰が〈ミラクド〉を攻略するかでお互い牽制しあっているのではないでしょうか?攻略した街を自分のものにするには、1人で攻略するのが1番早いですから。」
一応、筋は通っている。
だが、俺は別のところにも理由がある気がしていた。
犯罪者たちが、俺たちとのデスゲームに向けてあえて、この街を「始まりの街」のようなポジションとして残していたとしたら。それはすなわち、俺たちがですゲームを始めた途端に、この街が平和である必要性が無くなることを意味する。
「続けます。〈ミラクド〉を建設するにあたって私たちは、建物をとにかくさまざまな色で塗りました。心に傷を負った住民を、少しでも明るい気持ちにできると思ったからです。そして〈エクタデオ〉を再生したいという願いを込めて、この街を「再生の街」と名付けました。さらに、それぞれの街の脱出者の中から代表者を選び、街を治めることにしました。それが、この議会のメンバーたちです。望むことなら、他の街とそこに住む人々も取り戻し平和な〈エクタデオ〉を再生したい。そう願って、私たちは日々活動しています。」
暗い顔をしていた議員たちが、今は力強い顔をしている。犯罪者たちと違い、この街は本当に一枚岩なのだろう。
「ですが、やはり武力では首領たちに敵わない。中には首領たちの側についた住民たちもいて、〈エクタデオ〉の再生は進んでいない状況です。」
簡単にまとめると、
〈エクタデオ〉は元々平和な世界だった。
犯罪者たちがやって来て〈エクタデオ〉を制圧し、暗い世界に変えてしまった。
シアンさんたちは、何とか〈エクタデオ〉を再生しようと、〈ミラクド〉を建設し頑張っている。
というところだろうか。
一見すれば、辻褄があっているようにも見えるがおかしい。
これは元の世界にいたからこそ分かることだが、長門は今年の4月にも大きな事件を起こして話題になっている。数年前から異世界にいたとは考えにくい。
はたまた、犯罪者たちは元の世界と〈エクタデオ〉の世界を行き来できるのだろうか。ただ、これはシアンさんたちに質問しても仕方の無いことだ。この疑問は、今はしまっておくとしよう。
「いかがでしょうか?長い話になってしまいましたが、ある程度はこの〈エクタデオ〉のことが分かって頂けましたか?」
シアンさんの声に、俺たちは頷く。
「よかった。では、他に質問があればどうぞ。」
次に手を挙げたのは、美怜だった。
「その悪い首領たちの名前は分かりますか?」
なるほど。まずは敵のことを知らねば、戦いも何もない。これも大事な質問だ。
「ええ、分かります。ご紹介しましょう。この〈エクタデオ〉を闇に変えた最悪の15人を。」
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