第4話 犯罪者と血とデスゲーム

そう。確かに俺たちは、この女性を知っている。


彼女の名前は長門ながとシャロン。


今世紀最高の美女として、そして今世紀最悪の犯罪者として知られている。


殺人、盗み、スパイ行為など。


ありとあらゆる犯罪を高額な報酬と引き換えに行い、巨万の富を築いた国際指名手配犯だ。


ついでに言うと、日本人とフランス人のハーフらしいが、その生い立ちは謎のため本当のことは分からない。


彼女はワインをひと口飲むと、再び口を開いた。




「正義の味方になってみないか?」




そうか。火災報知器からしていた声は彼女の声だったんだ。


2年5組の30人全員が、じっとモニターを見つめている。


問いかけといえば、問いかけなのだろう。


だが、誰も答えることはない。


ただ黙って、じっとモニターを見つめている。


すると長門は、痺れを切らしたのか砕けた調子で話し始めた。


「うーん。無視ってのも寂しいねぇ。」


無論、俺たちはどう反応すればいいのか分からない。


このモニターが普通の家のテレビであれば、滑っている芸人を白い目で見ているような気持ちにもなるのだろうが、いかんせん相手は犯罪者でここは謎の場所だ。


横にいる朱莉が震えているのが分かる。


正義の味方うんぬんの質問には答えてもらえないと判断したのか、長門は別の質問をしてきた。


「じゃーあ。私の名前は知ってる?」


口調はより砕けた感じになっている。


「長門…シャロン。」


俺は絞り出すような声で答えた。


すると、長門の顔はパッと明るくなった。


まるで、おもちゃを見つけた子供のようだ。


「大正解!!えっと君は…神栖零斗君ねぇ。優秀優秀。」


まるで、幼稚園児を褒めるかのような口調だ。


馬鹿にされているとしか思えない。


そして、長門は続けて俺に質問してきた。


「じゃあ神栖君。私がどんな人か、言ってごらん?」


俺は、まだまだ動揺しっぱなしの脳を必死に回転させる。


この質問の意図はなんだ。シンプルに「犯罪者」と答えていいのだろうか。それとも別の答えが望まれているのか。


すると長門は、俺の思考を見透かしているかのようにこう言ってきた。


「いいんだよ?思ったことを言えば。さすがにモニター越しじゃあ、何言われても殺せないからね。」


そして、不敵な笑みを浮かべる。


今俺は確かに、このモニターに映る女性が極悪な犯罪者であることを悟った。


彼女は笑いながら、平然と殺人をほのめかすような事が言えるのだ。


そしてそれが虚勢でないことは、彼女のこれまでの犯罪歴が証明している。


「犯…罪者。」


先程よりもはるかに小さく、もはや消えそうな声で俺は答える。「極悪な」という言葉を付け加える勇気は、俺には無かった。


「うん。まぁ80点かなぁ。ただの犯罪者ではないからねぇ。」


答えるまでの俺の必死の思考を、まるで意に介さない様な口調で長門は答えた。そして続ける。


「私は自他ともに認める〝極悪で世界最高の〟犯罪者。まぁ、極悪なんてのは私にとって褒め言葉でしかないんだけどね。」


自らを「極悪」と称しながら、彼女は恍惚とした表情を浮かべる。


恐らく彼女は、自ら犯罪者となる道を選んだのだろう。だからこそ、「悪」と形容されることに強い快感を覚えているのだ。


「みんな、ここがどこだか知りたいでしょう?」


俺たちは頷いた。


「安心して。私がちゃーんと教えてあげるから。」


こうして話している間にも、彼女の顔には常に笑みが浮かんでいる。


さっきも言った通り、彼女は圧倒的な美女だ。その彼女が、笑顔でこちらを見ているのだから見惚れてしまいそうなものだが、彼女が犯罪者であるという事実が俺の思考を正常な軌道へと引き戻す。


そして彼女は、この場所について話し始めた。




「さっきも言った通り、ここは処刑戦線〈エクタデオ〉。〈エクタデオ〉はあなたたちがいた元の世界とは全く違う世界。異世界のような感じね。」


「異世界」という唐突なワードに、さらに頭が混乱する。


VRMMORPGならば、今はフィクションのものではなくなってきている。


ただ異世界は別だ。異世界を作り出すことなど、人間には不可能。


ただ、さっきまでの激しい光や灰色の理科室、そしてこの見知らぬ場所がもはやフィクションの世界の話だ。


この状況を処理するにあたって、「異世界」以上にピッタリな言葉は思いつかない。


長門は続けた。


「この〈エクタデオ〉の世界には、私を含めた15人の犯罪者がいる。面倒だから、誰がいるとかは言わないわ。まぁそのうち分かるでしょう。ただ一つ言えるのは、そこら辺の雑魚犯罪者じゃないってこと。どいつも、ただ者じゃないわよ。」


長門が「ただ者じゃない」と言うのだ。


15人全員が国際的に知られた犯罪者なのだろう。


ただ、今それが分かってもどうしようもない。


今一番知りたいのは、なぜ俺たちがここへ来たかだ。


すると、再び思考を見透かしたかのように長門が口を開いた。


「さっきも言った通り、ここは処刑戦線。あなたたちは処刑人。つまり正義の味方。そして、処刑されるのは私たち15人の犯罪者ってわけ。」


正義の味方。今日何度も耳にした言葉だ。


「処刑、処刑っていうのはどういう意味ですか?」


俺が尋ねると、長門はそんな当たり前のことも分からないのかというような顔をして答えた。


「処刑は処刑よ。刑に処する。まぁ、分かりやすく言えば〝殺す〟ってこと。」


そして、不敵な笑みを再度浮かべて続ける。


「これは、私たち犯罪者とあなたたち処刑人のデスゲーム。生きるか、死ぬか。殺されるか、」




「殺すか。」




そして彼女はグラスを傾け、残っていたワインを床に注ぎ出した。


まるで血を流すかのように。




「俺たちに殺人をしろって言うのか!」


高松家の三男、三南人が声を荒らげた。


「ええ、そうよ。」


長門は即答する。


「ふざけんな!」


三南人は、今にもモニターに殴りかかりそうな勢いだ。


「いいわよ。殺さなくても。ただ、私たちは殺しに行く。あなたたちは、ただ死ぬのを待つわけ?」


三南人の勢いが少し収まった。


そして、全員に緊張が走る。


自分たちは、やらなければ本当に殺される。


30人全員が、今それを認識した。


隣の朱莉が、俺のワイシャツを震える手で握っている。


今度は、俺の視線に気づいても離さなかった。


今この2年5組のクラスメイトを、圧倒的な恐怖が支配している。


「デスゲーム。」


確かめるように、俺は声に出した。


言葉で言うのは簡単だ。


異世界でのデスゲームや、VRMMORPGでのデスゲームを扱った作品は数え切れないほどある。


それでも、実際に体験するのとはわけが違う。


長門の言葉から、俺は感じていた。


本当に「デス」なのだと。


ここで死ねば、ここで殺せば。


本当に死ぬのだと。

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