第3話 灰色と正義の味方と謎の世界

理科室は本当に何もかもが灰色に染まっていた。


机も椅子も。教科書もノートも。シャーペンも消しゴムも。


そして、俺も朱莉も。


俺たちだけではない。クラスメイト全員が、服も髪も肌も全て灰色になっていた。


ドアも窓も一面灰色で、外の状況は全く分からない。


いや、唯一その色を残しているものがあった。


火災報知器の赤いランプだけが、元の赤色のまま不気味に光り続けている。


そしてその火災報知器から、聞き覚えのない声が響いた。




「正義の味方になってみないか?」




みんなが声のした方、火災報知器を見つめる。


火災報知器からの声が繰り返した。




「正義の味方になってみないか?」




2度目の声と共に、またあの「ウィィーン」というモーター音が鳴り出した。


あの光が来る。


そう感じた俺は咄嗟に目を瞑り、頭を抱え込んだ。


予想通り、光はやって来た。


ただそれは、先程よりもはるかに強く、激しい光だった。




「正義の味方になってみないか?」




火災報知器はまだ繰り返している。


そして光は、目を瞑っていても耐えられない眩しさに達していた。




「正義の味方になってみないか?」




その声と共に、俺は意識を失った。






どれくらいの時間が経ったのだろう。


俺はふと目を覚ました。


「あ!零斗!目、覚めた!?」


朱莉の声がする。


大丈夫だ。もうあの光は消えている。


全ての色も戻っている。


いつの間にか倒れこんでいた体をゆっくりと起こし、左にいる朱莉の方を向いた。


気づけば朱莉は俺の左手を握っている。


それも結構強く。


「あ、ご、ごめんね。」


俺の視線に気づいたのか、朱莉は慌てて手を離した。


「いや、気にしないで。」


むしろ握ってて…などという言葉は飲み込んで、俺は微笑む。


好きだの何だのを置いといて、かわいい女の子に手を握られるのは、思春期の男なら誰しもドキドキするものだ。


くだらない話はさておき、


「えっと、状況はどうなってるのかな…。」


朱莉に尋ねてみる。


「えっと、私もさっき目が覚めたところで…。ここがどこかも分からないし…。ごめんね。」


「謝らないで。そうだよね。この状況じゃね。」


そうだ。この状況を理路整然と説明できる方がおかしい。


「私たち、これからどうなるんだろう。」


朱莉の声は震えている。


「まずは…廊下に出られるかだね。」


そこまで言って気づいた。


この建物は〝理科室じゃない〟。


机も椅子も無くなっている。ビーカーを洗っていた水道も、黒板も無い。もちろん、教科書やらノートやら筆記用具やらも。


「ここはどこなんだ。」


まだクラクラする頭を抑えつつ、一番近い窓から外を覗いてみる。


「なんだ、これ…。」


窓の外に広がっていたのは、一面の緑、広い森林だった。




クラスメイト全員が目を覚ましたところで、一也がみんなに声をかけた。


「みんな。少し聞いて欲しい。」


みんなの視線が一也に集まる。


「さっき確認したところ、どうやらあそこのドアから外に出られるらしい。」


一也が指をさす先には、茶色のドアがある。


「でも、今すぐここを出るのは危険だと思う。ここがどこなのか分からないからね。」


みんなも頷いている。さすがに、外に出て何かしようという気持ちには誰もなれないようだ。


「それでまずは、さっきまでに起きたことを整理して、これからどうするかをみんなで考えたい。どうかな?」


特に反対の声は上がらなかった。


未だに状況を呑み込めていないクラスメイトも多く、明らかに言葉数が少ない。


かくいう俺も、色々と考え込んでいた。


火災報知器からの声が繰り返していた、「正義の味方」というフレーズが妙に引っかかっていたからだ。


すると、風優が声を上げた。


「あ、あの。そこのモニターみたいなのが光ってない?」


風優の視線の先には、確かに大きなモニターのようなものがある。


そしてそれは電波の悪いテレビのように白黒しながら、「ジジッ、ジジッ」と音を立てていた。


クラスメイトがモニターの周りに集まっていく。


俺も近づいて行った。目覚めた時から変わらず、隣には朱莉がいる。


すると、「ジジッ」という音を繰り返していたモニターが「プツン」という音ともに真っ暗になった。


何だ。壊れたのだろうか。


そう思ったのも束の間。モニターは、次の瞬間には鮮明な映像を映し出していた。


どこかの宮殿のような豪華な造りの部屋で、中央に木製のテーブルとこれまた豪華な椅子が置かれている。そして、その椅子には一人の女性が座っていた。


片手に赤ワインの入ったワイングラスを持ったその女性を、俺たちは確かに知っていた。


彼女の口角が少し上がった気がする。


そして彼女は口を開いた。


「ようこそ。処刑戦線〈エクタデオ〉へ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る