第2話


 小鳥たちの囀り、柔らかな陽光。

 すっきりとした頭に爽快な気分。エリックは久し振りに睡眠を満喫した。

「最高の目覚めだナァー?」

 最後の部分で音程が上がる。


 当然の変化だ。なぜなら広いと思えた寝室が、窮屈に変貌していたからだ。

「……朝っぱらからなんだ」

「気分を害するようで心苦しいのですが、早急にエリック様の指示を仰ぎたく――」


 寝室変貌の原因は〈千変万化〉ことジョドー。慇懃無礼な言葉遣いからもわかるように、執事という設定だ。しかし――ただの執事ではない。皺ひとつ、埃ひとつないスーツまでは普通だが、カボチャを被っている。ハロウィンでつかうような目や口がくりぬかれたアレだ。

 傍らには、古代中国の官服を着た小柄な少女――スゥがいる。


 彼女の後ろには、ロープでしばられた冒険者らしき姿の一団と、それを挟むように―影の兵士シャドウ・ポーンが立っている。

「なぜ拘束している? ミストニアの者ならば問題はないはず」

「ちがうのですエリック様。この者たちはミストニアの外から来た冒険者です」

「外? となると海と霧を隔てた向こう側か」


 冒険者たちは、中世の世界をモチーフしたミストニアとあまり変わらない装いだ。文化水準もその程度なのだろう。


――魔法とか存在するのか?――


「そうなります。ですがにわかには信じがたく、エリック様にご確認を願おうと、お目覚めをお待ちしていた所存です」


――敬語がガンガン重なってるぞ。AI狂ってないか?――


「如何なされましたか? 顔色が悪いようですが」

「気にするな。別に気分を害したわけではない。色々と問題があってだな……」

「おお、お心を痛めておいでなのですね。ですが、我らに気遣いは無用。このようなときのために我らは存在するのですから。どうぞ気兼ねなくご命令ください」

 ジョドーは上体を直角に折った。さすがにここまで来ると慇懃無礼を通り越してウザい。


 ジョドーとスゥのデータを覗き、修正を加える。これで〈裏切り〉が発動する心配はなくなった。残るは三煌だが、あいつらは石化しているのであとでいいだろう。


 拘束された冒険者たちのデータを覗く。

 勇者、武道家、神官。よくあるRPGの勇者様ご一行様だ。レベルは48、51、49と『ミストニア』基準では雑魚プレイヤー並だ。

〈編集〉の能力説明にあったように、相手を視認するだけでは覗けるデータに限界がある。


――さて条件を揃えるか――


 影たちに命じて、拘束を解く。

 自由になるなり、リーダー格らしい冒険者――勇者が喚き散らす。

「いまに見てろよ。イスマールの王様が軍が率いて討伐にやってくるぞ」

「イスマール? 聞いたことのない国だな」

「ふん、神域に引きこもっていたんなら知らなくて当然だ。亀野郎!」


「冒険者風情が、身の程をわきまわなさい」

 ジョドーが腕を振るう。同時に執事の腕が変化した。鞭のようにしなり、そして伸びる。

 その腕を、今度は先ほどよりも大振りで振り切る。

 パシンという音とともに、勇者の腕が飛んだ。

「ヴうぁぁぁぁーーーーーー! うっ、腕がぁぁあ!」

 腕を斬り飛ばされた勇者が咆哮した。床に落ちた腕に飛びつき、必至に傷口に押し当てている。


「プラム、おまえ神官だろう。魔法ではやくくっつけろ!」

 どうやら魔法の存在する世界らしい。ますますもって『ミストニア』と同じだ。勇者は自身の置かれた状況を無視して、プラムと呼んだ少女を怒鳴りつける。


 神官少女は馬鹿勇者とちがって冷静らしく、ジョドーの顔色を窺っているようだが、カボチャのかぶり物のせいで表情を読めないのだろう。プラムは仲間を助けるのを躊躇っている。

 とはいえ、激痛に転げ回る者がいては、まともな会話ができない。


――仕方ない。ここは手当てをしてやるか――


「こうも煩くては、静かな朝が台無しだ。〈完全治癒パーフェクト・リカバリー〉」

 無詠唱でも魔法を行使できるが、回数制限があるので普通に唱える。

 これでいくらか好意的になるだろう。


「俺たちを捕まえてなにを企んでいやがる」

「企む。ほう、今度はそうきたか。言葉を返そう。招かれざる客はおまえたちではないのか。わざわざ広域魔法攻撃まで仕掛けておいて、無事ですむとは思ってないよな?」


 凄みを利かせるべくスキルの〈覇者の気風〉を発動させる。

 とたんに勇者ご一行は上体を反らし、青ざめた顔をする。

〈覇者の気風〉は高レベルのプレイヤーにも効果を発揮する威圧系のスキルだ。ちなみに敵味方関係なく効果の対象になるので、影のほとんどが萎縮し闇の世界に帰っていった。


「さ、さすがはエリック様。絶対者としての気風。ただそこにいるだけで不届き者たちを黙らせるとは」

 慇懃無礼な執事の横で、スゥが小刻みに震えている。


「すまなかった。おまえたちに影響をおよぼすことを失念していた。許せ」

「恐れ多い。エリック様、我らは貴方様の股肱の臣。このようなことで平常心を失うようでは、臣下としては務まりません」

「…………そのとおり」

 スゥがか細い声で続いた。


「そうか。しかし、いまのはやり過ぎてしまった。今後、似たような状況に遭遇したら加減することにしよう」

「ご配慮、痛み入ります」

「良い。で、話の続きだが、イスマールの者よ。察しの通り、俺はここにひきこもっていたので世事に疎い。命を助けてやる代わりに情報を寄越せ」

「…………」

「信じられない、といった様子だな。よく考えてみろ、おまえたちを殺すなら、部下たちが俺の前に呼ぶことなく始末していたはず。それを手当までしてやったのだ。すこしくらい話をしても罰はあたるまい」


 警戒しているのだろう。勇者ご一行は肩を合わせるようにあつまり、悟られぬよう小声で話している。もっとも、魔法かスキルで聴力をあげれば簡単に盗み聞きできる。


 勇者ご一行は、しばしの間相談してから、

「わかった。その条件を飲もう。だがこちらも国の情報を提供するんだ、それなりの見返りを求める」

「いいだろう。で、なにがほしい?」

 再度、仲間と密談して導き出されたのは――。

「命の保証と、き、金貨五百枚」

「わかった。全員の命を保証しよう。情報提供料として、一人につき金貨五百枚もだ」

 言ってから、失言に気づいた。一人につき五百枚と口にしたとき、勇者ご一行の目が見開かれたのを見たからだ。


――あれは全員で五百枚って意味だったのか……――


 ぼったくられた気分になりつつも、サウザントノアの主であると、エリックは自分に言い聞かせた。


「ソムリエ――スネルはいるか」

 エリックが言うと、寝室の扉の隙間から白いもやが入ってきた。それが一箇所にあつまり、ソムリエ衣装のぽっちゃりとした男に変わる。幽霊のように足が無いことを除けば、温厚な中年男性で通るだろう。


「お呼びですかエリック様」

「この者たちに金貨を」

「いかほどでございましょう」

「各々五百枚。四人いるから二千枚だな」

「かしこまりました。ただちにご用意いたします」

 スネルから謝礼を前払いされると、とたんに冒険者たちの口は軽くなった。


 いまいる世界がイデアと呼ばれる超巨大な大陸だということ。

 ミストニアはその世界で神域と呼ばれ、周りを内海で囲われた島であること。この世界の勇者がとてつもなく弱いこと。

 それと残念なお知らせがあった。

 三煌とミストニアの民を石化したのは、勇者たちではないということだ。無論、イスマールでもない謎の勢力。


 それらの情報を吟味しながら、勇者たちのいなくなった部屋でエリックは呟く。

「本当に、あれが勇者なのか……」

 執事だけあって、ジョドーは主の感情の機微に敏感だ。情報をひけらかすでなく、己の優秀さを誇示するでもなく、捕捉説明を入れる。

「わたくしも最初はそう思っていたのですが、どうやら本当のようです。ミストニアにはないアイテムでしたが、レアアイテムとおぼしき物を複数所持していました。あながち嘘ではないと思われます」


「にしても、勇者としてあのくだりはどうかと思うが」

「魔物の大軍のことですか」

「ああ」


 あの冒険者たちを捕縛した魔物の軍団。といっても、レベル三〇程度の下級のシャドーが一〇〇体ほど。レベル五〇のプレイヤーからすれば単なる作業レベルのモンスターだ。それをこの世界の勇者は手に負えない魔物の軍団だと言うのだ。


「高レベルの影騎士シャドーナイト影槍騎士シャドーランサーではなくて、ただの影か」

「はい。ただの影でございます。数体ほど影戦士シャドーウォーリアーも混じっていましたが、あれでもレベル四〇かと」

「しかしあの勇者――キャッサバの口ぶりからすると、国軍のほうが強いようだな。やはり数か?」

「そうなります。ですが国軍とやらの規模がわかりません。ミストニアをして島と呼んでいるのですから、外界がどれほど広いのやら。創造もできません」

「そうだな」


 サウザントノア自体はさほど大きくはない。しかしミストニアはちがう。天空城塞であるサウザントノアの影が、それほど気にならぬほどの広さを誇る。現実世界をモチーフにしているので広大。

 しかし、捉えた勇者が言うには、外界はさらに広く大陸の端を把握できないほどだと言う。


「およその国土と人口から察するに、イスマールの人口は数千万、兵力は数十万は固いかと」

「だとすれば警戒せねばなるまい。数の暴力は脅威だ。多すぎる敵が相手ではかえって手こずる。魔力の枯渇が先になるだろうからな、そうなるとば危ういぞ。数に物を言わせて攻めてこられては問題だ」

「まさかとは思いますが、イスマール国に戦争を仕掛けるのですか?」

「ありえないとは言い切れない。事と次第によっては戦うという選択肢も出てくる。先遣隊として勇者一行を送り込んできたのだ、敵対行為と受け取っていいだろう」


「いずれは軍を率いてくる……そうお考えなのですね」

「そうだ。それにこの世界の住人すべてが平和主義だとは思えん。捉えた者たちがその証拠だ」

「エリック様の口癖である『人間は争いを好む種族』ですね」

「ああ、すべてがそうだとは言いきれないが、そういう輩は多い。特に権力者はな。ぬくぬくとぬるま湯で育った苦労知らずの愚か者は特にだ」

「それで、今後はどうなされるのですか?」

「石化を解く方法を探しながら、この世界――イデアの情報をあつめる。勇者一行の情報を鵜呑みにするにするのは危険だ。庶民には庶民の、王族には王族の情報があるだろう。それをあつめるのだ」


「さすがはエリック様、ご明断です。私の出る幕はありませんな」

 まわりくどい。

 慇懃無礼なジョドーの設定から察するに、遠回しに最善の手だと褒め称えているのだろう。

 合理主義なエリックにとって、こういった腹の探り合いのような会話は苦痛だ。

 しかしながら、物語を盛り上げるため、混沌の隠者はもとよりサウザントノアの面々もアクの強い性格が設定されている。


 恋愛体質の残念美少女スルシャナ、慇懃無礼なカボチャ頭ジョドー、二重人格を体現したライカ・フウカ、OL系のデキる美女メフィ、口数の少ないロリ娘スゥ、影の薄すぎるガルシャープス、豪放落雷の体現者グスタフ。

 そして、どう考えてもナルシストなエリック。


――よりにもよって、なんでこんなキャラに。おまけにあれこれ指示を出す立場ときている。まあ、現実世界とあまり変わらんが、まさかこんな異世界でもこんな地位に就くとはな……。とはいえ、新たに発生した問題を片付けなければならない。やれやれ、面倒だ――


「外の世界を早急に調査する必要があるな」

「であれば、誰に命令を?」

「そうだな。隠密行動に長けた者に任せたいところだが……。ここは俺が行こう」

「エリック様が!」

「色々考えるところがあってな」

 そう、考えるところがありすぎる。


 ミストニアにやって来た招かれざる客――冒険者に対する接し方を見た限り、サウザントノアの者の多くは人間に嫌悪感を抱いている。

 幹部クラスであるジョドーたちは、湧く(ポップ)するモンスターなどとちがって高性能なAIがあてがわれている。しかし、それは戦闘に関してだけ。

 先の勇者のように、突然、腕を斬り飛ばすなど言語道断。


 どうとでもできる侵入者ならば問題ないが、外の世界で問題を起こされると厄介だ。これから接触を試みようとしている世界の住人であればなおさら。

 証拠を残すようなヘマはしないと思うが、万が一ということもある。


――ビジネスマナーがありそうなジョドーでさえあれなんだもんな。ここは俺が行ったほうが無難だろう――


「それで供は誰になされますか」

「供?」

「護衛の者です」

「不要だ。一人で行く」

「なりません! もしエリック様の身にもしものことが起こったらどうなされるのですか。危険がおよんだ時、盾になるべき者がいないのは不用心すぎます。なにとぞ護衛の者を」


「そうだな。ジョドーの考えも一理ある。だとすれば誰を連れて行くか……」

「であれば〈影斬士〉メフィ、〈黒糸万条〉ガルシャープスあたりは如何でしょう? 隠密に長けています。無論、私も」

「スルシャナはどうだ。幻術系魔法の遣い手だし、戦闘力も申し分ない」

「いかがなものでしょうか?」


「問題でもあるのか?」

「もし外の世界の住人に魔法を看破されたならどうなされるのですか?」

 そこでジョドーの真意がわかった。共通して隠密のスキルに長けた者たちだ。さすがは魔族、抜かりはない。

「だからなのか」

「はい、だからなのです」

「であれば、緊急回避も想定して、〈影渡り《シャドーウォーク》〉が得意なメフィーを供に加えよう」


「最善の判断かと……ですが一人でよろしいのですか?」

「あくまでも外界の調査だ。少人数に越したことはない」

「……さようでございますか」

 カボチャのかぶり物で表情は見えないが、しょんぼりと肩を落とした姿から悔しそうなオーラが伝わってくる。


「ほかに、指示を出すことはあるか?」

「いえ、いまのところは……」

「ならばメフィを連れてきてくれ」

 渋るジョドーを部屋から追い払った。


      @


 玉座の間をあとにしたエリックは、その足で寝室に入った。

 やっと一人になれて、ほっと一息つく。重いローブを椅子にかけ、空いている椅子に座った。

 尻に硬い感触が伝わる。仕事柄クッションの効いたオフィスチェアをつかっていたので、この感触は慣れない。


「こんなことなら、革張りのソファーでも配置しとけば良かったな。にしても慌ただしいな。異世界転生もののアニメだと、最初はまったりスタートのはずなのに」

「ご不満ならばつくりましょうか?」


 大人の女性ならではの色っぽい声が寝室に響き渡った。優秀なOLのようにハキハキとした口調。〈影斬士〉メフィーで間違いないだろう。


――ジョドー、仕事が速いな――


「ノックも無く、部屋に忍び込むとは悪趣味だな」

「これは失礼を!」

 と、エリックの影から黒物体がタケノコのように生えてきた。みるみるうちに人形になる。白のシャツ以外を黒で統一したスーツ姿の女性。ポニーテールを揺らしながら、さっと距離をとる。


「〈影斬士〉、ご用命により参上しました」

 イケメン執事のように優雅に一礼すると、女悪魔は眼鏡の位置を直した。

 指示を待っているのか、胸を持ち上げるように腕を組んで突っ立っている。

 なかなかのボリュームだ。

 胸に気をとられ、転けかける。


「大丈夫ですかッ!」

「問題ない。考え事をしていて躓いただけだ」

 メフィが真横にいたからよかったものの、もし目の前にあらわれていたら、裁判待ったなしのセクハラ事例に発展していたところだ。危ない、危ない。


「ごくろう。ジョドーから話は聞いているな」

「ミストニアの外へ調査に向かうとだけとしか」

「それで合っている。捕まえた勇者の話を鵜呑みにするのもどうかと思ってな。まずはこの目でたしかめる」


「お考えはわかりますが、エリック様がわざわざ出向く必要があるとは思えません」

 メフィは、むっとへの字に唇を結ぶ。

「俺の身を案じてくれるのはうれしいが、玉座でふんぞり返るだけの無能な主に成り下がりたくはない」

「そのようなことはございません。エリック様はカイハツとウンエイの頂点に君臨する御方、それに我らの創造主であらせられます。それを無能と呼ぶ輩がいようものならッ!」


 尋常ならざる豹変ぶりだった。冷静沈着だと思われたメフィが、突如、赤々と目を輝かせはじめる。髪が逆立ち、足下から黒い炎が噴きあがる。


――あー、言葉のチョイス間違ったなこりゃ――


「メフィ・ザ・マジシャン。冷静になれ」

 宥めようと、彼女の肩に手を置いた。しかし、メフィの怒りは収まらず、

「どこのどいつですか、エリック様をそのように愚弄した輩は!」


「たとえだ、たとえ。もし、そのような輩があらわれたとしたら俺がこの手で……」

「なりません。それは我らが役目。エリック様は不逞の輩をどのように始末するか、それだけを指示していただければよいのです」

「…………もし俺がその場に不在だったら?」

「死なぬ程度に拷問するにとどめます」


――しれっと言うけど、死なぬ程度の拷問って地獄じゃん――


「その輩が改心の意思を示したら?」

「物事には取り返しのつかぬことが間々あります。運命と諦めてもらいましょう」


――こいつらに慈悲は無いのか……。まあ、プレイヤーと戦闘する場合は、最善の手を選択するようにプログラムした殺戮マシーンだが……――


 高度なAIが選んだとは思えないお粗末な解答に、エリックは言い知れぬ不安に襲われた。


――もしかして、この世界に来たことでAIの蓄積データがリセットされたのか? それとも戦闘以外ではAIの能力を発揮しないとか? 一度詳しくしらべる必要があるな――


「メフィ!」

「なにかお気に障らぬことを口にしたでしょうか?」

「そうではない。ただ短絡的な行動は今後慎むように。攻撃を仕掛けてきた者以外、俺たちの存在はまだ知られていない。そのアドバンテージを失うことはデメリットでしかないと思うのだが」


「なるほど、エリック様はそこまでお考えだったのですね。私はてっきりこの世界も力でねじ伏せるものだとばかり考えておりました」

「ひとつ訂正させてもらおうか。俺がミストニアを支配したのは力でねじ伏せたのではない。ここをつかって支配した」

 仮面越しに額を指で叩く。


「謀略……ですか」

「それも含めてすべてだ。俺がカイハツとウンエイの頂点に君臨できたのは知識だけではない。経験と執念、それと人心掌握術。優秀な人材をまとめるのに心を砕いたからにほかならない。つまり、おまえたちを生み出した知識以外にも必要な要素が多いということだ」

「メフィ・ザ・マジシャン、考えが浅はかでした。まさかエリック様がそこまでお考えとは」

「まずはこの世界のことを調査しよう。敵味方という単純な要素だけではなく、この世界の民の営み、国の在り方、現状、時勢、調査対象は多岐に及ぶ。玉座の間に座していては、いざというときに細かい指示を出せないだろう」

「なるほど、だからこそエリック様が調査に向かわれるのですね」


「そうだ」

「ですが懸念が残ります。供は私ひとりで大丈夫でしょうか?」

「問題ない。そもそも俺は護衛などいなくても十分に強いぞ」

「存じております。護衛ならば理解できるのですが、調査になりますと自分の能力ではいささか不安があります。そもそも共有系の魔法やスキルは持ち合わせていませんので、単独行動を許されても、不備が残ります」

「それならば心配無用だ。俺には叡智の石版がある」


 叡智の石版とは、ミストニアにおけるスマホのようなものだ。薄いカード状の石版の一部を額に当てるだけで交信や情報検索ができる優れもの。

 石版シリーズと呼ばれ学者の石版、魔導士の石版、錬金術師の石版、賢者の石版、大賢者の石版と様々な石版があるが、叡智の石版はGMにのみ与えられる専用アイテムだ。


「叡智の石版! ウンエイの御方のみが持つことを許される、あのアイテムですかッ!」

「メフィは石版を持っていないのか?」

「おっ、おお、恐れ多い。下位の石版でも超のつくレアアイテムだというのに」

「ならば与えよう。これから向かう調査で必要になるからな」


 ウィンドを開き、アイテム欄から魔導王の石版を選ぶ。

 どういう仕組みかわからないが、選択したアイテムが眼前に出現した。ふわふわと宙に浮くそれを手に取って、メフィに手渡す。

 石版を受け取る手が震えている。


――これってそんなに凄いアイテムだったっけ?――


「魔導王の石版だ。知識量こそ乏しいが、交信は可能だ」

「あ、ありがとうございます。家宝にいたします」

 悪魔系の部下にしては珍しく感情を露わにしている。ちょっと間抜けだが蕩けるような表情だ。


――スルシャナのデレ現象はエロ作家が関与しているとして、メフィのこの感情の起伏はなんだ? 確か設定では冷静なキャラだったのに……もしかして感情が芽生えているのか?――


 この感情が吉と出るか凶と出るか。要調査だな。

 一旦、メフィを寝室から出して、調査へ向かう準備をする。


――さすがに混沌皇帝の衣装は目立つな。適当に装備を見繕おう――


 見てくれはいまいちだが、桁外れの防御力の隠者のローブ。それにいざという時のために、魔法の重ねがけスキルが付与されたアカシックダガー。対魔法用のカウンターアイテム、ゆらめく―金色の護符タリスマン

 用心しすぎな気もするが、レベル200程度のプレイヤーなら瞬殺可能な装備にした。


 待機場所に指名した玉座の間へ行くと、幹部連中が直立不動で待ち構えていた。

「おまえたち、なぜここにいる。仕事を割り当てていたはずだが」

 エリックの疑問に対し、幹部を代表してスルシャナが答える。

「業務に関しては問題ありません。シモベに的確な指示を出しています。それよりもエリック様、供回りが〈影斬士〉だけとは不用心すぎませんか?」

「秘密裏に行動したいのでな。メンバーは最小限にととどめた」

「さようでごいますか」


 スルシャナを筆頭に、メフィを除いた幹部連中は不安そうだ。

「なに、調査だけだ。進んで争うような真似はしない」

「それを聞いて安心いたしました。我々はエリック様の出立と聞きおよび、見送りに参った次第です」

「要らぬ手間をかけさせたな」

「なにをおっしゃりますか。エリック様あっての我ら、玉体にもしものことがあればと……」

 スルシャナが柳眉をひそめる。


「わかった無理はしないと誓おう。それでは行くとするか」

 メフィを一瞥する。

 テイラー職の〈影斬士〉はいつでも影から装備を取り出せるので、白のシャツに黒のベストとスラックスと、代わり映えのない姿だ。ちがうところといえば、気合いを入れているのか金属製のアームバンドをしている。


――まさかとは思うが、人間の皮を剥いでスーツを仕立てるとか言い出さないよな――


「それでは俺が不在の間、サウザントノア、ミストニアの管理を任せる。あの冒険者一行のような輩が侵入してきても打って出るな。防衛に徹しろ」

「かしこまりました」

「「「かしこまりました」」」

 無駄に気合いの入った声が玉座の間に響き渡った。

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