ゲームクリエイターwith『MMORPG』 異世界へ行く

赤燕

第1話


 暗がりの部屋の中、キーボードを叩く音が響く。

 音の主のである男の顔が、ディスプレイの光によって不気味に浮かび上がっている。画面にはアルファベットや記号がカラフルに映し出され、画面をスクロールさせる度に表情が変わる。


 光が色鮮やかに男の顔を彩るが、表情は優れない。無精髭の伸びた頬は痩せこけている。人形のように無表情で淡々とキーボードを叩いている。その割に目だけが異常に血走っている。

 不気味な光景。


 男の名は赤城一馬。大規模MMORPG『ミストニア』の開発に携わるゲームクリエイターの一人だ。元はただの雇われプログラマーだったが、自作のフリーゲームがヒットしたことから、この道に進んだ経歴を持つ。

 だからなのか、自身の開発した『ミストニア』に対しての思い入れは強く、開発、運営、維持管理と幅広い分野を受け持っている。


 それというのも、正式にサービスが開始されたからだ。

 予想を裏切る大反響に、目下のところ、穴埋め要員としてオフィスに詰めている。

 オフィスで寝泊まりすること十日。

 一馬たち裏方の努力もあって、サービスは順調に運営されている。


「だりぃ、サービス開始から一週間も経ってないのに、なんだこのチートの数は」

 超大手ゲーム会社の企画した大プロジェクトだけあって、『ミストニア』のボリュームは従来のMMOGと桁違いだ。

『一〇年遊べるMMORPG』と銘打ってあるだけあって、スキルや魔法は一万近くある。加えて、アバターのキャラチップも豊富で軽く一万を超える。組み合わせ次第で億を超えるキャラの作成が可能。マップも広大だ。現実世界と遜色ない規模で、世界観も現実世界をモチーフにした経済システムを採用している。

 さながら第二の地球だ。


「くっそ、またチートかよ。チェッカーに引っかからないなんて、一体どんなツールつかってんだ?」


 予想を超える盛況ぶりに人員補充が追いつかず、違反者の取り締まりにまで駆り出される現状はあまり好ましくない。一馬の仕事はあくまでもシステムの維持管理である。

 とはいえ、粗方の問題は解決しており、あとはチート行為をおこなった違反者のアカウントを凍結するだけなのだが。


「終電も乗り過ごしたことだし、久々にラスダン回ってみるか」

 編集画面をいったん閉じて、ゲームを立ち上げる。

「これが無けりゃ最高なんだけどな」

 と、一馬はこめかみと額にジェルを塗った。VRマシンようのデータ伝達補助剤だ。

 ジェル特有のニュルリとした感触が苦手な一馬は、幾度か改定案を提出したが、コスト面から却下された嫌な思い出のある仕様。


「ったく不快だぜ。何度ログインしても、このヌメヌメだけは慣れないな。VRセットの開発もどうにかしろってんだ。いくらシンクロ率を高めるためだからって、立ち上げる度に、いちいち塗るの厭なんだよ」


 ヘッドセットタイプのVRマシンを装着する。

 ジェルの不快感を除けば、このVRマシンは最高だ。一般普及も考慮して造られただけあって『ミストニア』専用のVRマシンは安い。おまけに軽量かつ高性能ときている。


 違和感を無くすべく、人間工学に基づいたデザイン。操作性も抜群で、脳波検知式のアウトプットと血液伝達式のインプットで、現実さながらのリアルな世界を体感できる。


 脳波とのリンクにはもたつくが、それさえ終わればあとは娯楽の世界へご案内だ。

 ジェルの不快感が嘘のように消えると、視覚が『ミストニア』のログイン画面に切り替わる。


 無駄に緻密に描かれた霧に包まれた大陸に、超がつくほど美麗で存在感があるだけの捻りの無いタイトルロゴ。正式サービスまでにはリニューアルする予定だったが、時間の都合上、ベータ時からのままだ。


 開発者専用コードでログインする。

 キーボードを叩く必要は無い。思い浮かべるだけでIDとPASSが入力される。

「ログインポイントはラスダンの『サウザント・ノア』。アバターはいつもの『混沌の隠者』」

 アバターとログインポイントを選択して、頭の中でエンターを押す。

 視界に映る世界が変わる。


 ラスダンにふさわしい巨大な広間。石造りのそこは広いだけでなく高さもズバ抜けている。威圧感さえ感じる広さだ。精緻な装飾を除いても荘厳な光景。


 そこにある玉座に、一馬は鎮座していた。

『ミストニア』での分身アバターである『混沌の隠者』は、あらゆる色が蠢く昏い紫めいた色のローブを着ており、灰色の仮面を被っている。『ミストニア』におけるラスボスという位置づけだけあって、デザインはかなり美麗だ。


 ちなみにありとあらゆる魔法をつかえ、神の力を取り込み人間を辞めたという設定で、ゲーム内では最高のレベルとステータスを誇る。そんなチート級のラスボスだが、代償として顔は醜く焼けただれている。設定資料ではイケメンだった過去を漂わせるような面立ちになっているのだが、それを生かすかどうかはシナリオライター次第だ。ちなみに、シナリオ総責任者の元エロゲーライターは、柄にもなくどうするべきか悩んでいるらしい。


 キャラの生みの親としては初期設定を推したいところだが、一馬にそこまでの権限は無い。

 指を曲げ伸ばしして、腕を横に振る。

 翻る袖からローブ全体に、色とりどりの色彩が輝く。

 美麗な演出エフェクトとは裏腹に、醜いケロイド状の腕が袖から覗く。


「仮面をつけてると窮屈だなぁ。素顔を晒せたら最高なのに……。しかしアレだな。仮面を外すと〈恐怖〉のスキルで敵味方構わず状態異常を発生させるってのがネックだよなあ。まあ、ネガティブなスキルも必要だし、素顔を見せられない陰惨な過去が無いと人間を滅ぼすって根拠が薄れるか。俺的には不満が残るが、キャラ設定は概ね提案通りだし、ここは良しとするか」

 鼻から上を覆い隠す仮面ペルソナに触れながら言う。


 玉座から立ち上がり、周囲を見渡した。タイムラグも無く、滑らかに視界が動く。

 重厚な石畳の広間が広がっている。

 ここサウザントノアは『ミストニア』でも屈指の巨城で、内装も豪華絢爛だ。

 広間中に掲げられている国旗は、すべて上質の黒絹で織られており、中二心をくすぐる紋章が金刺で描かれている。玉座の間の天井は高く、それを支える石柱は鑑のように磨きあげられている。床も同様で、篝火の赤光が反射している。


「それにしてもCGのクオリティあがったな。光沢といい、色合いといい、以前にも増してリアルになったな。まるで本物みたいだ。しかし、こんな広い場所でひとりというのも寂しいな。テストも兼ねてイベントを起動するか」

 一馬の密かな楽しみだ。

 自ら創造した世界で、王として振る舞う。日常生活では決して体験できない、支配者としての営み。VRの世界ならではの醍醐味だ。


 一馬は、王としての立ち居振る舞いを確認する。

 腕を真横に振り払ってローブをバサバサはためかせたり、踵を擦るように歩いたり、思いつく王らしい動きを演じる。

 それが終わると、次はセリフの練習だ。


「近うよれ。……なんか古くさいな。戦国武将じゃあるまいし。近づくことを許す。……堅苦しいよなぁ。もっと威厳がほしいな、こう男らしいっていうか、カリスマ的っていうか。来たれ。……自衛官募集のポスターみたいだな、ボツ。こうビシッと決まるセリフないのかなぁ。来い! う~ん、ありきたりかなぁ。個人的にはもっと格好いいセリフのほうがいいんだけど、仕方ないか。今度、エロ作家にでも聞くとしよう」


 予行演習が終わったところで、開発者専用のウィンドを開く。

 イベント番号を選択し、起動させた。『サウザントノア』の幹部たちが勢揃いし傅くイベントだ。

 玉座の間へと繋がる扉が、軋みながら開く。

 そこから『サウザントノア』の幹部たちが、しずしずと入ってくる。


 三煌を先頭に、七星衆と続くはずだが……。

 入ってきたのは七星衆の五人だけ。

 真紅のドレスが印象的な七星衆の筆頭、リャナンシーのスルシャナ。大人の階段を上りつつある美少女だ。美貌に加え、艶やかな栗毛と翡眼、病的なまでに白い肌。どこか儚げなイメージ。一馬イチオシのキャラだ。


 次に、烏の濡れ羽色の髪が美しい白装束の同体姉妹、ライカとフウカ。姉妹なのに一人なのは妖怪の二口女だからだ。イラストレーターのおちょこさん、たっての希望で創られたキャラだ。バックにイラストレーターがついているのでラフ設定やイラストの数は非常に恵まれている。


 白のシャツ以外を黒で統一した、パンツスーツの男装女子。高めで結った栗毛のポニーテールと丸縁眼鏡が印象的な、女悪魔のメフィ・ザ・マジシャン。切れ長の瞳からはデキるOLのオーラが滲み出ている。こちらはエロ作家の希望で生まれたキャラだ。随所にエロスを臭わせる設定をちりばめていると豪語していたが、一馬は無視している。


 全身黒装束で顔にまで黒布を垂らした黒子姿のアトラクナクア、ガルシャープス。設定ではイケメンの青年らしいが、その正体は蜘蛛。腐女子のプログラマーイチオシのキャラ。とある版元といろいろ揉めた黒歴史がある。


 中身の無い鎧、リビングアーマーのグスタフ。数合わせで創られたキャラのせいか特徴が非常に薄い。キャラ付けのため、老人枠にぶち込まれた可哀想な経緯を持つ。


 五人は横一列に並ぶと、跪き「混沌皇帝陛下、万歳」と唱和した。

「三煌と〈千変万化〉〈牙竜点殺〉がいないな。この前は問題なかったのに……バグか?」

 一馬は小言を洩らして首を捻る。


 イベントはNPCのAIに関係なく、強制的に行われる。それが起こらないとなると、考えられる原因は二つ。バグ、もしくはプログラムのミス。


 いったんログアウトして、原因を探ろうと試みる一馬。

 さっと手を振りログアウト画面を開こうとするが、できない。さっきまではできたはずなのに、と顎に手をやり考える。

「今度はウィンドの開かないバグか?」


 自身の手に意識を集中し、さらに手を一振り。

『混沌の隠者』のステータス画面が開く。

「こっちは開くな。ゲームに関しては支障は無いようだし、ツールも異常を示していない。それなのにログアウト画面だけ開かない。なんでだ? もしかして権限が凍結されているのか?」


 今度は開発者だけが開くことのできるデータベースウィンドを開こうと試みる。

「こちらも開ける。なぜ編集ウィンドだけ出ない?」

 難しい顔をしてうんうん唸っていると、立っていたスルシャナが一歩前に出た。

「混沌皇帝陛下。臣スルシャナ、恐れながら申し上げます」

 プログラムに無い動きとセリフに、一馬は驚いた。


――どういうことだ。AIが暴走しているぞ! 編集用のウィンドに、AI。となるとシステムの一部分が暴走したとか……だとしても、イベントデータに無いセリフを喋らない――


 一馬が考え込む様子に、スルシャナはハッと息を飲んだ。

「混沌皇帝陛下のお考えを邪魔してしまい、誠に申し訳ありません」

 スルシャナは美しい容姿を直角に折って、そのままの姿勢で一歩さがる。


――こんな行動、イベントプログラムに組み込んでないぞ!――


 誰かが書き換えたのだろうか? もしバグならば取り除かねばならない。ラスダン実装はかなり先だが、このまま放置しておくの問題だ。

 一馬はプログラムに異常があると判断して、プレイヤーとは違うログアウト方法を試みた。


 開発者用のウィンドを開きログアウトコードを入力するも結果は同じ。

 最終手段のVR装置からの強制切断を実行しようと頭の後ろに手を回す。VRヘッドセットに設けられたボタンだ。しかし、そこにあるべきはずの場所にボタンの感覚がない。


――システムへの直接コマンドどころか、緊急用の強制終了を実行できないだって?

 一体どうなってるんだ?――


 しばし考える。

 VR世界なのにやたらと現実めいた風景。

 一馬はスンと鼻を鳴らした。

 古の城らしい、かび臭い匂いがした。


 一部のアイテムや、草花の匂いは実装されている。しかし、フィールドの匂いまでは実装されていない。常時、匂いの演出をオンにしているとシステムに負荷がかかるからだ。それを感じることができるということは……。

 頭を垂れるスルシャナに歩み寄り、その髪を手で梳く。妖女の華奢な身体が震えた。

 当然のことながら、髪の感触が手に伝わる。

 ありえない!


 マシンに負荷がかからぬよう、髪のような細かな物質の感覚はアバウトに伝わるようになっている。それが鮮明に再現されているのだ。


――こんなアップデートは聞いてないぞ。開発責任者の俺を無視して、アップデートでもしたのか? いや、そもそもこれほど大がかりなアップデートなら、バージョン情報が上書きされているはずだ。それなのに、バージョン情報が更新されていない。だとするとこれは……現実、なのか?――


 訝しむ一馬。仮面に覆われていない口元が歪んだ。

 主の表情の変化に、スルシャナを除く面々が表情を曇らせる。

 それらの視線に、なぜか一馬は居心地の悪さを感じていた。


「良い。面を上げろ」

「はっ、混沌皇帝陛下のご厚恩に感謝します」

 幹部クラスだけあって忠誠度は素晴らしいが、どうも行きすぎている。

 一馬は自身で製作した補助AI『天使と悪魔』を起動させた。なにもない中空にポンと煙が生まれると、そこから二頭身のデフォルメキャラがあらわれた。

『天使と悪魔』と名付けられたちびキャラがふわふわ宙を浮いている。

 身体の真ん中から左右白黒に分れていて、子供受けしそうなデザイン。白が天使で、黒が悪魔の陳腐な設定だ。


「お呼びでしょうかご主人様」

「おまえに聞きたいことがある。状況を教えてくれ」

「状況と申されましても、やつがれはたったいま召喚さればかりで、説明もなにも」

 一馬の設計した『天使と悪魔』は馴れ馴れしく喋るよう設定してある。それがどうだ。まるで敬うべき主人のように、接してくるではないか。


――やっぱりおかしい。ここはひとつ試してみるか――


「スルシャナ、いまなにが起こっている?」

「はっ」

 短く答えると、スルシャナは玲瓏たる声で説明をはじめた。

 話の内容を整理すると、ラスボス登場のイベント――『混沌の隠者』が人間を辞めて、『ミストニア』全土を征服したことになっている。


――シナリオ設定ではミストニア全土に宣戦布告までだ。それからプレイヤーたちと戦うことになっているはず? エロ作家のボツ案にもない展開だぞ。どうなっているんだ?――


「それで〈千変万化〉――ジョドーたちは地表を制圧していると?」

「いえ、制圧はすでに終わっています。ですが、何者かの呪いによってミストニアはおろかサウザントノアも攻撃されている模様。それを突き止めに調査に向かった次第でございます」

「攻撃?」

「はい。〈石化〉の最上位魔法のようでミストニアの民はもとより、東西南北の魔王が石になっております。加えて三煌の面々までもが石になっておりまして、〈千変万化〉と〈牙竜点殺〉が被害状況を確認すべくミストニアに降りております。おそらくは……」


――ここはifの『ミストニア』なのか? そもそも最上位魔法ってなんだ? 『ミストニア』だったら、レベル表示だろう。最高ランクのレベル一二で、チート級の魔法ならエクストラマジックって名称があるし――


「状況は理解した。で、その石化魔法は解呪したのか?」

「残念ながら解呪には至っておりません。混沌皇帝陛下の御力をもちましても…………その……不可能ではないかと愚考します」

 スルシャナの口調はたどたどしく、肩が小刻みに震えている。如何に彼女が萎縮しているかが窺える。


――『混沌の隠者』ってここまで恐れられるキャラだったっけ?――


 クライアントの要望で十年は遊べるMMORPGを想定して創ったラスボスだが、その臣下たちはある条件を満たせばプレイヤー側に寝返るシステムになっている。

 一馬としては、滅び行く悪の美学を徹底させたかったのだが、シナリオ監督(のエロ作家)がそれを許さなかったのだ。エロ作家曰く、「キャラ造形にけっこう力入れてるみたいだから、プレイヤーの仲間になるってのも悪くないんじゃない? モンスターやNPCをパーティーに入れる傭兵システムもあるし、課金専用のNPCってのもアリじゃね」。ストーリー崩壊すんじゃね? と、作家としての資質を疑うような発言だったが、収益に繋がる提案にクライアントが飛びついたのは言うまでもない。


 一馬としては納得いくわけもいかず、NPCの課金キャラ化に最後まで抗議した。結果、折衷案としてストーリー上は忠誠度爆上げということ話が落ち着いたのは、一馬の記憶に新しい。

 両者の意見を汲んだかに思えるが、元々のキャラ設定が忠誠度MAXのようなものなので、うまく騙された感がある。

 ともあれ、NPCの課金キャラ化のおかげで、ラスダンのキャラはどれも超美麗な仕上がりとなっているのは事実で、一馬としても喜ばしいことだった。


 しかし現在、それが尾を引いている。


――部下の忠誠は絶対なのか?――


 ふと不安に思った。

 感覚が超リアルなこの状態で、もしサウザントノアの幹部に攻撃されようものなら……。

 考えるだけでもぞっとする最悪の可能性。


――安全確保のためだ。確認だけしておこう――


 スルシャナのステータスウィンドを開く。

 ラスボスの側近だけあって、ステータスは桁外れ。どれもサービス開始時の試験ベータプレイヤーのステータス上限を上回っている。


――まあ、十年の運用を想定しているからな……途中でテコ入れして、プレイヤーの上限値を引き上げる計画だしこんなもんか――


 次は使用可能な魔法一覧を見る。

 幻術特化のオールラウンダーだ。

 次いでスキルを覗く。

 リャナンシーをモチーフにしているキャラなので、吸血鬼種族とサキュスバス種族の特性が色濃く反映されている。

 キャラ固有のスキルをしらべていくと〈裏切り〉が見つかった。


――こんなスキル仕様書になかったはずだぞ? もしかしてエロ作家の仕業か!――


 脳裏でカーソルを思い描き、〈裏切り〉に合わせる。傭兵キャラとしてのスルシャナ解放条件が浮かび出た。


――なになに、一度勝利を収めてイベント一四七を達成し、かつ『闇の宝珠』を所持している状態で解放。……結局裏切るのかよ――


 どうしたものかと思案していると、新たなウィンドが浮かび上がった。

――ん?――


     編集しますか?


 編集?

 見たことの無いウィンドだ。開発者専用のアーカイブを開き、検索にかける。

 すると出てくるではないか。


  開発者専用スキル〈編集〉

   条件に応じて、キャラクターのスキルを編集可能。

    一、対象のキャラを視認――対象のステータス値をひとつだけ編集できる。

    二、対象のキャラと会話――対象の魔法、スキルをひとつだけ編集できる。

    三、対象のキャラと接触――対象の設定をひとつだけ編集できる。

    四、世界を認識――――――世界の設定をひとつだけ編集できる。


          ※一度変更した設定は、書き換えることができない。

          ※ただし編集できるのはプレイヤー以外のキャラに限る。


――なにこれ! ほとんどチートじゃねーか! 条件や『ひとつだけ』っていう縛りがあるけど、強力すぎないか。にしても世界の設定ってイジるとどうなるんだ? もしかして重力を無くせるとか?――


 口を開かぬ主に怒りの感情を見たらしく、スルシャナはその場に平伏した。

「ご無礼なことを口にして申し訳ありません。私如きの判断できることではありませんでした」

 と、石畳に額を打ち付ける。

 痛々しい音が、玉座の間に響き渡った。


「気にするな。俺にもいまの状況はわからん」

「はっ、寛大な御心に感謝します」

 恐る恐るといった様子で、スルシャナが顔を上げる。その額は赤くなっており、石畳には亀裂が走っていた。


 一応、裏切るまでは忠誠心は高いらしい。

 赤くなった額に、エリックがそっと触れる。

 とたんに、スルシャナの頬に朱が差した。

「…………」

 恍惚の表情を浮かべるスルシャナ。


 訂正。〈裏切り〉のスキルを除けば、異常なまでの忠誠心だ。側近だけのことはある。

 編集ウィンドはまだ開いたまま、躊躇う一馬を誘うかのように、文字が浮いている。


     編集しますか?


 試しに〈裏切り〉スキルを選択した。すると明滅するカーソルが出現する。

 キーボードの思い浮かべる。プログラマーの性か、入力の時だけ指が動く。バックスペースをトトトと叩く仕草をする。


〈裏切り〉スキルが後ろから消えていく。念のため、絶対的忠誠と上書きする。

 これで安心だ。これと同じ事を全員にすれば、裏切りの可能性はなくなる。

 いまいるミストニアは、彼の開発した『ミストニア』ではない。似て非なる平行世界だ。そう一馬は仮定した。


――まさかとは思うが、VR世界に転生したとか?――


 ローブの下で、こっそりダガーを抜く。ほんのちょっと引っかけるように指の腹を切った。

 痛い。


 ゲーム内でも痛みは再現されるが、それはあくまでも不快な程度。それがどうだ。現実に指を切ったように鋭い痛みが走る。

 じくじくと痛む指に、一馬はVR世界に転生したことを知った。


       @


 裏切りの可能性を排除し終えるまで、しばしの時間を要した。

 それと赤城一馬のことを「混沌皇帝陛下」と呼ばせることもやめさせることにした。


 そもそも、一馬は長い肩書きや尊称を無用の長物だと思っている。プログラマーらしい、形式よりも実用性を重要視する合理主義。

 そういう性格なので、長ったらしい呼び名を耳にする度に嫌気がする。


 しかし、その命令が生み出す、次なる問題までは想像できなかったようで、

「今後はどう呼べば良いのでしょうか?」

 ライカ・フウカの二口女姉妹の疑問に即答できない。

 どうするべきか……。

 同体姉妹を、ぼんやりと眺める。

 この姉妹の設定は、女性イラストレーターが考えたものだ。

 大和撫子の要素を残したまま凜とした女性をイメージしたとのことで、かなり女性らしい。ちなみに凜とした部分に力を注ぎすぎて、剣士であり鍛冶師(ブラックスミス)という、ちぐはぐな職種となっている。

 とはいえ、黒髪の似合う乙女は美しい。


 表に出ている主人格がフウカなら膝まである黒髪を二つ折りにするように結って、右目をすだれのような前髪で隠している。ライカならば髪をおろしたストレート。

 いま一馬の前にいるのは前髪で右目が隠れているので、妹のフウカが主人格。

「そうだな……名前で呼んでくれ」

 ウィンドを開き、『混沌の隠者』に関する設定を読む。


――えーと、名前はたしかエリックだったっけ――


 お目当ての項目を発見したが、またしても問題が立ち塞がった。


   エリック・フォン・フレデリック・リヒター


 一馬には長すぎる名前だ。


――あのエロ作家、無駄に長ったらしい名前にしやがって!――


 このままでは混沌皇帝陛下よりも長ったらしい呼ばれ方をする。それは一馬にとって不本意なこと。

 日本人として横文字の名前に抵抗はあったが、ここは我慢だ。自分はエリックだ、と言い聞かせる。


「これからはエリックと呼べ。あまり長い呼び名は不快だ、わかったな」

「はい、エリック様」

「一応の用件は済ませた。各自持ち場に戻れ」


 部下たちが玉座の間から立ち去ると思いきや。

「はっ、ではエリック様の警護に戻ります」

 スルシャナの声を合図に、ほかの四人が玉座へと続く赤絨毯の脇に移動する。

「ちょっ、まっ!」

「なにかご用でしょうか、エリック様」

 スルシャナが顔を輝かせて、玉座へ駆け寄る。

「俺を……警護する必要があるのか?」

「ございます。三煌の方々があのようなことになってしまった以上、この措置は妥当かと。それに、もしもエリック様の身になにかあれば……考えるだけでも恐ろしいです」


――デレ……なのか?――


 忠誠心とはちがう、なにかが引っかかった。

「そうか、しかし俺にもプライベートというものがある。一人の時間を過ごさせてくれ」

「ですがエリック様。それではもしもの時に駆けつけることができません」

「三煌で無理だったのだ。スルシャナたちでも無理だろう」

「不甲斐ない限りです。ですがエリック様を護るのは我らが役目」

 スルシャナは真剣な面持ちで言うと、玉座の横に並んだ。


 忠誠心はうれしいが、これだと寛ぐこともできない。はっきり言って迷惑だ。

 そこでエリックは提案する。

「今後のことについて考えたい。寝室に行く」

「でしたら私も」

「スルシャナにはやっておいてもらいたいことがある。備蓄の点検をしておいてくれ。ガルシャープスはサウザントノア周辺の警備を。グスタフは兵をまとめておいてくれ。なにが起こるかわからんからな、いざという時の用心だ。それとメフィー・ザ・マジシャン、おまえには下界に下りた際に着用する服を用意してもらいた。そうだな、二着ほど至急で頼めないか」

「二着? 二着目は予備ですか」


「すまない。言葉が足りなかった。とびっきりの上等な服と、民の着る粗末な服だ」

「失礼を承知でお尋ねします。後者はどのような用途につかわれるのですか?」

「万が一、下界の民に無事な者がいれば接触を試みるつもりだ。その時にな」

「さようでございますか。でしたら念のため、戦闘にも耐えうる素材をつかいましょう。神獣や魔獣の毛皮だと目立ちますので、体毛で編んだ上質の生地をつかいましょう。軽く頑丈で、目立ちません。庶民の生活様式に合わせるならば、艶は消したほうがいいですね。色と……匂いは如何しましょう。すべて消し去るとなると、かえって上質な品だと疑われる可能性があります。それと汚しはどの程度に留めておきましょう? 私個人の意見としては軽く埃をまぶすくらいに留めたいのですが、人目を欺くのであればしっかりと汚さなければなりません。生地の傷みを再現するのも可能ですが、今後の使用を考えますと、あまりお勧めできません」


 仕立屋(テイラー)でもあるメフィは、仕事の話になると饒舌だ。裁ちバサミをシャキンシャキン鳴らして、とても嬉しそうに囀る。

「庶民の生活に疎いのでな、専門家に一任しよう」

「光栄の至り、必ずやエリック様のお眼鏡にかなう最高の品をご用意いたしましょう」

 優雅に一礼すると、女悪魔――メフィは自身の影へと沈んでいった。


「あのう私は」

 最後に残ったフウカとライカには、下界へ下りた際に装備するであろう目立たぬ武器を注文した。


 部下の去った玉座の間で、一馬ことエリックは大きく息を吐いた。

「ふぅー、疲れた。さすがに皇帝ともなると大変だな。ゲームクリエイターとはちがった苦労がある。なんていうか、重い。肩が凝る。……ん? そういえば仮面をしていたっけ」


 やるべきことはやった。今日はもう寝よう。

 寝室へ向かう。

 やたらでかい扉を潜ると、そこは求めていたプライベートルーム。


 部屋の中央に天蓋付きのキングサイズベッドが鎮座しており、壁際に趣味の良い黒檀の文机と書棚がしつらえてある。専用の卓に乗せられた調度品も中々だが、壁に掛けられた絵画も秀逸だ。


 間取りや部屋にこだわりをもっている部下(開発スタッフ)に、デザインをまかせて正解だった。それほど華美ではないが、こざっぱりとしていて広さが際立っている。ゴチャゴチャと散らかった職場のオフィスとは大違いだ。


「あー、心安らぐ一人の時間。さーて、寝るか」

 日本人として風呂に入らず寝るという所行に抵抗はあったが、仕事の疲れもあって睡眠への欲求が勝った。

 仮面と衣服を脱ぎ捨て、ベッドへダイブする。


 シーツの上に飛び乗った瞬間、声が湧いた。

「やん!」

「!」

 声を耳にするのとほぼ同時に、エリックは全身で異物を感じた。

「って誰?」

 シーツを引っぺがすと、そこには黒髪のワンレングス美人がいた。スルシャナだ。

 それも生まれたままの姿ときている。


 目のやり場に困るシチュエーション。固まるエリックの視線を恥ずかしがるように、スルシャナは胸元を手で隠している。


――そうじゃないんだよ――


 悲痛な心の叫びが通じるわけもなく、

「エリック様、今宵の伽は私に……」

「自分をもっと大切にしろ」

 と、シーツを相手にかけるも、エリック自身は丸裸というガバガバな展開。


 しかし部下は気づかない。それどころか、自分が大事にされていると勘違いしたようで、

「勿体ないお言葉。ですが我が身はすでにエリック様に捧げております」

「物事には順序というものがある。三煌が石にされ、征服した下界の民までもあの有様だ。このような事態に直面しているというのに、伽に精を出す為政者がどこにいる。それこそおまえが卑下する、腐りきった下界の王朝ではないか」

 腐敗政治の犠牲になったというスルシャナの設定に従うのならば、これで考えを変えるはず。


「…………」

「スルシャナよ。おまえの役目はなんだ? 俺が腐った世の中をつくるのを手助けすることか? それとも俺が道を外さぬよう諫言することか? 頭を冷やして考えろ」

「申し訳ありません。臣スルシャナ、浅はかでした」

「わかってくれればいい」

「いえ、私こそエリック様の道を誤らせるようなことをして、誠にもうしわけありませんでした。此度の失態、この命で……」

 どこに忍ばせていたいのか、スルシャナは短剣をのど元に突き立てようとしている。


――えっ、嘘、マジッ!――


 エリックが動揺している間にも、短剣を握った手はゆっくりと持ち上げられる。そして、その手がピタリと止まった。

「はやまるなっ!」

 エリックは短剣を取り上げようとするも、スルシャナは固く握りしめ放そうとしない。

「エリック様の考えも知らず、己の欲望を叶えようとしたこの私に、なにとぞ罰を!」


――やべぇぞこれ。忠臣どころじゃねぇ、狂信者だ!――


「頭を冷やせ」

「十分冷静です」

「スルシャナよ、『立功贖罪』という言葉を知っているか」

「存じません。それと今の状況がどう関係するのですか?」

「あー、言葉の意味はだな。功績をもって罪を贖う、ということらしい。聡明なおまえなら理解できるな?」

「私には功績らしきものはありません。罪を贖うことはできません」


「俺が言いたいのは将来の話だ。おまえは有能だ。頭も切れるし、決断力もある」

「エリック様に比べれば取るに足らぬ才能です」

「そう自分を卑下するな。控えめに見てもおまえは優秀だ。これまでもそうだったし、これからもだ」

「頭脳労働ならば、〈千変万化〉や〈影斬士〉がいるではありませんか」


「たしかにそのとおりだ。しかし〈千変万化〉は自発的に考えようとしない。〈影斬士〉も謀略に長けてはいるものの、それ以外には乗り気でないしな。だからこそおまえを失うわけにはいかんのだ」

「それでも三煌の方々が復活する間のことでございましょう?」

「そう結論づけるのは早計だぞ。サウザントノアはもとより、ミストニア全域まで謎の敵から攻撃を受けている。それも三煌の面々を石化させるほどの力をもった敵だ。有能な部下は一人でも多くほしい。そのような状況でスルシャナのような知者を失うわけにはいかん」


「本当……でございますか?」

「本当だ。男に二言は無い」

「でしたら、功績を立てるべく、常にエリック様のお側に侍るのが臣下としてあるべき姿」

 エリックは嫌な予感がした。

「これからは、ずっとお側にいてもよろしいのですね?」


――なぜ確認口調?――


「それとこれとは話が別だ。信用できる部下であるからこそ、目の届かぬ場所へ送れるというもの」

「……さようでございますか」

 スルシャナは寂しそうに項垂れた。肩から流れ落ちる髪が、儚さをより一層際立たせる。


 エリックの脳裏に彼女を抱きしめて慰めてやりたい気持ちが芽生えた。

 無意識に手が伸びる。

 思いとどまり、スキルを発動させる。〈魅惑完全耐性〉のスキルをオフからオンに切り替えた。


――いかんな。スルシャナが吸血鬼とサキュスバスのハーフだということをすっかり

忘れていた。危うく魅了されるところだったぞ――


 部下の恐ろしいまでの能力に、冷や汗をかく。

 伸ばしかけた手を戻すのもどうかと思い、スルシャナの顔にかかった髪をそっと払う。


「肩書きのない一介の隠者ならば、おまえの手を取り進むこともできたであろう。しかしいまの俺はサウザントノアとミストニアの民を導く立場にある。察してくれ」

 適当にそれっぽく言うと、スルシャナは感極まったかのように潤んだ瞳で、

「いえ、混沌皇帝陛下――いえ、エリック様の口から、そのような言葉が出てくるとは思いもよりませんでした。感激の極みであります」

「俺は感激されるほどの男では無いぞ」

 意地悪な気もしたが、仮面を外してみせた。醜くなった顔を、だ。

「ッ……」

 息を飲む声と同時に、スルシャナの顔がかすかに引きつった。


 ちょっぴり悲しい気持ちはあったが、不快感はない。そういう設定なのだから仕方がない。


「私はエリック様の外見に惹かれているのではありません」

「……では内面か? よしたほうがいいぞ。俺は同胞である人間を見捨てた男なのだからな」

「そうは仰りますが、ミストニアの民を手にかけたのは征服した際の一度きり。あくまでサウザントノアに攻めてくる愚か者たちを撃退しているだけです」

「なるほど、そういう見解もあるのだな。しかし安心した。スルシャナという良き理解者を失わず、なによりだ」

「……理解に苦しみます」

 そう言うと、スルシャナは指を鳴らし、幻術で創り出したドレスを纏う。


 何事もなかったのかのように、淀みない足音を残して寝室を出て行く。

「ふぅー」

 一人になって冷静に考える。

 スースーとした感覚、股間で揺れる異物感。全裸であることを思い出した。

 一度は脱ぎ捨てた衣類を拾い、一馬は悲しい気分になった。


――俺、なにしてるんだろう――


 ベッドに横たわり、枕にしがみつく。

「どう考えても見られたよなぁ。絶対、死ぬまで言われるわ。アレ」

 後悔と不安の荒波に精神をガリガリ削られながら、エリックは眠りに落ちた。

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