第88話

ウクライナ南部 オデーサ州


ウクライナ南西部の有名な港町であるオデーサを有するオデーサ州。


その南東の沿岸部に、蒸気帆船と純帆船の大船団が上陸を開始する。


彼らはフリントロック式などの前装式銃か、もしくはそれに類する魔術兵器を持って進撃する。


いつものように沿岸に仕掛けられた地雷原を物量で突破した彼らの前に、今までにない規模で建設されたウクライナ軍の防衛ラインが立ちはだかる。


典型的な塹壕と機関銃陣地を擁するこの防衛ラインは、しかし通常と違う点として大量に調達されたエアガンをすべての兵士が持っていることにある。


塹壕内ではカシャカシャという作動音が絶え間なく鳴り続ける。サバイバルゲーム等で使用されるエアソフトガンと違い、狩猟にも使用されるエアガンの打ち出す弾の威力は人体に生命を破壊可能なダメージを与えられる。


第一次世界大戦で機関銃の大量投入と史上類を見ない砲撃によって弾幕に対し無防備な従来型の散兵戦術は無意味となり、第二次世界大戦で爆撃機が戦列に加わると、兵士たちは圧倒的な火力から逃れるために、障害物が無ければスコップを手にとって蛸壺壕を掘った。


だがこのもはや人形に成り果てた生命体にそのような知能は一切存在しない。


ウクライナ兵はただひたすらに塹壕へと向かって歩みを進める彼らに冷静に照準を向け、撃破していく。



バシュッ!ボシュッ!



「もう到達したのか・・・総員撤退!撤退!」


塹壕線の手前に配置されている指向性地雷のみが埋設されている地雷原は、敵に損失を与える為だけでなく、防衛ラインの撤退の合図でもあった。


地雷原が作動するのを確認すると、彼らはすぐさま第一線を放棄し後方の第二線へと後退する。


平たい地形もあって敵軍は広く散会しており、当初想定されていたよりも多くの地点で会敵していたものの、その程度で崩れるほど現代の軍隊の準備というものは柔くない。


網の目のように張り巡らされた防衛拠点を転々としながらウクライナ兵は戦闘を続ける。敵兵は徐々に数を減らしていったが、もとの数が多く、さらに地雷原に歩兵が来るより先に妖精族による空襲を受けて後退した部隊も多く、これまで通り大した被害は結局与えられなかった。


しかし、重要なことは、損害を与えるよりも、キルゾーンに敵を誘引することにある。創作のゾンビのごとき知能でしかない相手はウクライナ軍の思惑にまんまとはまり、後ろに控える重火力部隊へ向かってワラワラと向かっている。


「本当にゾンビだな・・・見た目が人間なのと、武器を扱い知能だけがある以外は」


「お陰で仕事は簡単じゃないか。例の飛んでる奴らは勘弁だがな」


今回新戦力として相手に加わっている妖精族は低速・低高度・短時間ながらも飛行能力を有している。しかし、飛行のための魔術を行使しながらの攻撃のための魔術行使は種族全体の素養の高い妖精族でも難しく、また滑空での飛行であり、散開して攻撃しているため簡単に迎撃されてしまっている。といっても基本的に地上戦では意識の向かない空中からの攻撃は厄介きわまりなかったのだ。


ウクライナ軍は数度の後退を挟んだ後に完全な撤退を開始、幾つかの集団に分かれて迅速にバリア外へ向けて移動した。


「そろそろ露助なり誰かなりが見えてくるはずだが・・・」


バリア内に配備されていたウクライナ兵はバリア外で待機していたトラックやAPCにより回収され、バリアの外に築かれた外郭防衛線へと移送されていった。



アメリカ合衆国 テキサス州


「海軍から報告じゃここら辺らしいが・・・」


テキサス南部の沿岸地帯に設置された海兵隊の無人偵察機統制センターでは、多数の無人機からの情報を処理していた。


メキシコ湾は目標をいち早く見つけるべく、アメリカ陸海軍及び海兵隊と、メキシコ陸海空軍の無人機や哨戒機でごったがえしていた。


「海軍の哨戒機から連絡。ポイントF47に大きな影を発見したそうだ」


「すぐに最寄りの無人機を向かわせろ」


数人のオペレーターが反応し、無人機を方向転換させて原理へと急行させる。


「どうだ・・・?」


「まだなんとも。見間違いという可能性もあります」


「監視を続けろ」


警戒すべきアメリカの海岸線は広い。特に東側では北は北極海から、南はメキシコ湾に繋がっており、その形状も相まって地球有数の総延長をほこる。


「司令」


「どうした?」


「ブツを見つけました。ポイントG22付近。ゆっくりとテキサスとメキシコの境目に向かってやってきています」


「よくやった!」


発見が報告されると、腹に大量の荷物を抱えた航空機と潜水艦が一斉に出撃する。


水中への攻撃は水上と比べてその攻撃力を爆発による水圧の変化に頼る部分が多い。大型生物である怪獣への被害はそこまで大きくはないだろうが、事前に被害を与えれば与えるほど後の戦いに影響を与えるだろう。


「よーい・・・投下!」



ガコン、ガコン、ガコン



専用のプログラムにより怪獣を攻撃できるように改良された短魚雷が次々と航空機より投下されていく。


パラシュートで減速しながら入水した短魚雷はすぐさまスクリューを回して水中へと潜っていく。



ぽぽぽぽぽ・・・ボォァン!!



アクティブソナーによって目標を見つけた短魚雷は我先にと怪獣の先頭集団に襲いかかっていく。


予想された通り、短魚雷の効果は大きくなく、先頭集団から少数の脱落が出るにとどまった。


そして、怪獣達は遂にテキサスの大地を視認可能な地点まで前進し、愚かにも偉大なる彼らの創造主に逆らった者共を食らう時がやってきたのだ。


雄叫びをあげながら水上へと次々に顔を出した怪獣らを待っていたのは、愚鈍なる無力な敵・・・そのはずだった。



ダァン!ダァン!ダァン!ダァン!



彼らに降り注いだのは自走砲による長距離砲撃だ。不用意にも水面に露出した彼らの体は一瞬の間に消し飛び、その砲撃は永遠のごとく続いている。


M109自走砲が即応弾を使い切り、砲撃が止んで今度こそ上陸できるかと思えば、今度は戦闘機隊と攻撃機による爆撃によって再び肉塊が飛び散る。


結局、怪獣達がまともに上陸できるようになるのはアメリカ陸空軍の即応長距離打撃戦力の即応弾薬が完全につきるまでを待たねばならなかった。


しかし、遂に本格的な上陸を果たした怪獣達の前にはさらに手強い敵が立ちはだかった。戦車隊と攻撃ヘリの群れだ。


素早く、そして大量の火力が投射され、またもや怪獣達のノルマンディーは振り出しに戻り、海岸は彼らにとってのブラッディ・オマハへと変貌する。


しかし、彼らにはまだまだ戦力がある。世界中の数億にも上る魔術的生物の集合体である怪獣達は惜しげもなく彼らのオーバーロード作戦の成功のため、自らの命をアメリカへと向けていった。



ウクライナ オデーサ州 最前線


「司令部、敵は第2線の地雷原に到達、撤退許可を求む」


『司令部より第2線部隊へ、敵への攻撃を続行しつつの撤退を許可する』


「了解」


アメリカとメキシコが弾薬の消耗戦を始めた頃、ウクライナではユーラシア国連軍は苦戦していた。


問題だったのは妖精族という航空戦力の存在であり、その対応に攻撃ヘリコプター部隊と空軍が割かれたことによってより後方に存在する砲兵にかわって火力支援を行うはずだった彼らはその任務を遂行できず、幾つかの防衛ラインは放棄されることになった。


しかし、それは防衛戦の敗北を意味してはいない。未だに後方には多数の予備軍と網の目のように張り巡らさせれた防衛線が存在しており、また妖精族に対応するため、最後方で空挺強襲を警戒していた近接防空部隊は前線へと進出している。


「彼らにはウクライナの黒土の養分補給になってもらう」


そう語った南部ウクライナ戦線を指揮する参謀の1人の言葉通り、ウクライナは異世界の軍隊の最後の墓場となりつつあった。


後退を繰り返しているとはいえ、兵士の士気は十分高く、さらに空軍は迎撃任務に忙殺されたことで対地装備の備蓄が進んでいつでも大規模爆撃を行う準備が整っている。


あとは陸軍の戦闘の障害となっている妖精族が排除されれば、司令部は反転総攻撃を指示するだろう。


ユーラシア大陸は侵攻を終わりにするための準備に取りかかっていった。

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