第89話

太平洋 国連艦隊


「司令、目標から噴出される指向性物体の迎撃はうまくいっています。残り1分程で露助が痛いのを発射します」


「よろしい。弾薬はまだあるか?」


「サイドワインダーの消耗が激しいため、AMRAAMの搭載及び機関砲による迎撃も開始させました。最悪、全部バルカンでやらせます」


国連艦隊は最初の掛け金を失ったが、まだまだ資金のストックは大量にある。次の掛け金をベットするべく、所定の位置へと移動していた。


キーロフ級のCICでは特製弾頭を装備したP-700ミサイルの予定進路に問題がないか何度も確認が行われ、発射に備える。


「発射地点まで残り176秒。諸元再度チェックよし」


艦隊は長い航跡を伸ばしながら進んでいく。かつて人類同士が、お互いを素早く、かつ最小限の労力で、そして甚大な被害を与えるために、設計者たちが血の滲むような努力で作り上げた兵器は今、異世界へと”拉致された”人類全体が自らの敵と認定したモノへと向けられた。


「目標、射程圏内まで40秒。発射シーケンス開始」


「発射シーケンス開始」


キーロフ級の前甲板、周囲より一段高い場所に設けられたVLSのハッチが開く。



ボァォォォォォァァァァァ!!



轟音と爆煙とともにミサイルは空の彼方へと向かっていく。煙が一通り拡散すると、今度は別のハッチが開き、同様に内部のミサイルが飛んでいく。


P-700はP-15から始まるソ連の対艦ミサイル及び統合システムの集大成とも言うべきミサイルだ。


人工衛星からなる観測システムのレゲンダと、緻密な偵察網、強力なレーダーシステムの組み合わせによって得られた情報をもとに、巨大かつ精密なP-700ミサイルは目標を正確かつ無慈悲に破壊するべく設計されている。


冷戦後はシステム全体の老朽化とロシア連邦の財政難、そしてなにより大国同士の実戦の可能性の低下に伴い新規製造されることもなく、残っていた分が改修が遅れていた少数の搭載艦艇での訓練以外では用いられなくなっていたが、今回の戦役にともない誘導システムに若干の改造と、特製弾頭の搭載を受けて出陣となった。


「艦長、全搭載ミサイル発射完了しました」


「こよれより現海域を離脱、ハワイに急行せよ、俺たちの出来ることは終わりだ」


艦隊は反転し、本拠地かつ決戦領域たるハワイを目指す航路を取る。無論、戦果確認ができるような速度と距離を保ちつつだ。


P-700があの特別強力なバリアを貫いてくれることを祈りつつ、艦隊司令部のあるハワイではプランBが策定されていた。


一連のミサイル攻撃が失敗に終わった場合、現在真珠湾で待機しているラーダ級が第二次攻撃計画ことプランBの主役として出撃する。


ラーダ級は各種原子力潜水艦に比べ、サイズ、装備、航続距離などに劣る通常動力潜水艦だが、小型ゆえに小回りと速力では勝っていることが多く、また万が一撃沈されてもいくらかの燃料と爆発物が撒き散らされるだけで、原子力潜水艦と異なり強力な汚染物質たる放射性物質について、核弾頭搭載ミサイルや魚雷でも積んでいない限り一切考えなくて良いのが最も重要なことだ。


恐らくは敵生命体に対して効果のない放射線は、一方で人類には多大な悪影響を与え、また強力な放射線は電子機器にも被害を与える為万が一の場合、後々の攻撃に悪影響を与えかねない。


そのためのラーダ級である。


とはいえ、敵の首領と思われる存在の足元まで行くことは、如何に潜水艦と言えど危険であり、できればP-700が敵バリア船に決定打を与え、対巨大ヒューマイノイド作戦の第二段階に進みたいところである。


「ミサイル到達まで残り264秒」


何十人ものオペレーターと幕僚にレーダー上での姿を見守られながら、P-700は進んでいく。



ウクライナ オデーサ州 最前線



ダァラァァァァァ!!!



「撃墜確認!新たな目標、6時の方向!」


本来ならば最前線に立つ戦車やIFVより一歩後方から近接防空を行う筈のパーンツィリやシルカは、妖精族という飛行戦力を叩き落とす為に最前線で海上の防空中枢艦艇のごとく対空戦闘に従事していた。


防空車両を中心に戦車やIFVが周囲を固め、その隙間に展開した歩兵と共に迫り来るゾンビがごとき敵兵を掃討し、着実に前進を重ねていった。


結果、兵士たちは遂に黒海を見渡せる地域にまで進出し、補給線の限界からそこで停止した。


「ようやくここまで戻ってきたな」


「日数的には大した時間はたってない筈何だかな・・・」


上陸から1週間と立たずして見事なまでの逆襲を食らって巨大な損失を産み出し続けた敵軍の兵力はもはや形なしであり、積み上がっていく死体の処理の方が厄介なレベルだ。


かつては空を埋め尽くさんばかりの勢いで展開していた妖精族も、殆どが横やら縦やらの繋がりを寸断され、いまや殆どが単独での襲撃だ。歩兵分隊でさえ対処可能である。


キーウに設置されている司令部ではようやく楽観的な雰囲気を将官達が味わうことができていた。


「補給線が十分膨らんでから空挺を投下、そうすればオデーサも終わりか」


「ひとまず安心か・・・一体どれだけの国に匹敵する人間が倒れたのやら」


「そっちの外務省によれば把握できているだけで世界に300ヶ国以上が存在したらしいぞ」


「じゃあ半分の150ヶ国分ぐらいか?イカれた数だな・・・」


軍隊のアネクドートというのは戦場で特に、尤も戦争どころか単なるイベントでも産まれるものだが、やはり戦時中、最前線や前線司令部で産まれるものが最も皮肉に満ちている。


古代から現代に至るまで、兵士達の娯楽は少ない。食事、戦友とのささやかな会話、ポーカーやサイコロゲーム、この程度に過ぎない。戦闘そのものだったり、捕虜や民間人をいたぶって快楽を得られる兵士は少数派だ。


そのような環境下で兵士達の多くはアネクドートを愛することになる。戦場の狂気的な過酷な現実から少しでも離れられるからだ。そう言うことなら、クリスマス休戦といった「奇跡」も、兵士達からすればある意味アネクドートと同じようなものだったのかもしれない。


そして今、ウクライナで戦う兵士達も、人外との戦いと言う狂気に対し、地球という遥かなる故郷と、日々作られるアネクドートを戦友と共有して生きていた。


「補給も繋がった今、オデーサの一角を占拠するクソ野郎共を放置する理由はない。これより戦線全域で攻勢を発動する!」


多数のトラックと鉄道によって燃料と弾薬、その他物資が届けられると、彼らは遂にラストスパートへと入る。


もはやバリアは半消滅し、空挺部隊も準備万端だ。止まる理由も必要もない。


無限軌道のきしむ音を立て、あるいは巨大なコンバットタイヤが駆動させ、敵兵を誰一人として逃さないために文字通り津波のごとく広く展開して前進して行く。80年近く前の光景を再現するがごとく。今度は人間ではない何かに対して。


翌日、ウクライナ政府を通してキーウ司令部から南西ウクライナにおけるあらゆる軍事作戦が終了し、ユーラシア大陸における現時点の脅威が完全に排除されたと発表された。


同時に大西洋方面における異世界人口の消滅を確認したことをもって、疎開市民の帰還が許可され、ウクライナのみならず沿岸部の灯りが再び灯っていった。


少なくとも、彼らは乗り越えたのである。この約7億に匹敵する"拉致"された人類の故郷への旅路の最初の関門を。


北アメリカ大陸も順調に関門の突破に近づいているそうだ。旧ソ連圏の人々ほどアメリカの力強さを知っている人間はいない。彼らはすぐに、同胞が同じように関門を突破するだろうと見ていた。


そして、あらゆる人々が、太平洋で展開されている戦いによって次の関門が無事突破されることを祈った。

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