第87話

ウクライナ オデッサ


エストニアでの戦闘が終息に向かうにつれて、インフラなどの維持に関わる人々を中心に疎開地域からの帰還が進んでいたウクライナ南部の沿岸部だが、今度はこちら側に直接敵がやってくるとなり、帰還者たちは疎開地域へとトンボ帰りである。


彼らと代わるようにウクライナ南部には次々に各地から集められた軍勢が投入され、防衛体制を整える。


ウクライナ全国で道路にはBTRシリーズの装甲兵員輸送車の行列が並び、その中にポツポツと戦車や歩兵戦闘車が混じりながら南方へと向かっていた。


ウクライナ南部は平坦な土地が広がり、またアメリカのニューイングランド程都市で埋め尽くされているわけではない。


つまりは敵を塞き止める壁が不足しているのである。かくなる上は、大規模な誘因作戦を実施し、南部から後退せざるを得なくなるかもしれない。


「縦深防衛ライン・・・一番基本の戦術だな」


「相手の進軍速度もわからないし、どこまでバリアがやってくるかもわかってないから、基本に立ち返ってというわけだ」


現地に到着した部隊は装備や状態を考慮して複数の防衛ラインに振り分けられ、縦深防御戦術特有の分厚い戦線の層が作られていく。


少ない時間の中でも長大な防衛ラインを形成するべく、付近のあらゆる装備が投入されて塹壕と簡易トーチカが建設されていった。


現代は大規模な塹壕は機材があれば兵士が掘らなくても良い時代だ。1本の防衛ラインの中核となる塹壕を塹壕掘削車両が掘り、その横で兵士達が必要な通路や設備を取り付けていく。


旧ソ連軍が第二次世界大戦中に幾度となく形成したクモの巣かのような防御陣地の防衛能力、継戦能力は70年以上前の大戦で実証済みだ。


最前線の上陸予想地点付近にはエストニアでも活躍したエアガン装備の部隊が各地に潜伏し、その時を待っていた。



モルドバ共和国 マルクレシュティ航空基地


モルドバ共和国が旧ソ連から引き継ぎ、その後の紛争が落ち着いた後にMiG-29をはじめとする少数の航空機の展示場となっていたモルドバのマルクレシュティ航空基地は、危機が始まるとすぐさまかつての軍事基地としての姿を取り戻すことになった。


今ここにはSu-34やSu-24をはじめとした戦闘爆撃機を中心に、多数の航空機が武装を取り付けられ、燃料の補給を行い出撃を待っていた。


以前の北大西洋での戦闘時には、武装は全て空対艦装備で固められていたが、今回は敵に航空戦力が確認されている。


生物であるらしいので航続距離と速力は大したものではなく、いわゆる艦隊直掩機と似たような働きしかできないだろうが、どんな特殊技能や特殊技術を持っているかわからない以上、警戒して短距離空対空ミサイルを対艦ミサイルに混じらせて装備している。


「・・・時、作戦開始!作戦開始!」


敵艦隊への攻撃作戦が開始されると、各種航空機は一斉に滑走路へと向かい、続々と地面を蹴って大空へと羽ばたく。



南大西洋


南大西洋を進む大艦隊は、外輪船と純帆船で構成されており、帆船海軍から機械化海軍の過渡期のような風貌であった。


日本へと開国を迫るべく訪れたアメリカ合衆国の艦隊に類似しているこの艦隊の、ペリーの艦隊との最も大きな違いは、艦艇の回りに浮遊する妖精族の直掩隊であった。


彼らは風属性魔術の応用で自身を中心にした極めて小規模の上昇気流を発生させ、それに翼を利用して乗ることで浮遊・・・というよりは滑空だが、とにかく飛行している。


今まで特に大きな障壁に阻まれる事もなく前進してきた彼らだが、ついに大きな壁にぶち当たることになった。



ボォーーーー・・・



幾つものミサイルが海面スレスレを亜音速で艦隊へと突っ込んで来ていた。


感覚が鋭い数名の妖精族が、艦隊に突き立てられた槍に気づくも、時すでに遅し。


気づいた直後には着弾し、まともな防御装甲のない彼らの艦艇は大爆発を起こして沈んで行く。


すぐさま彼らは次の攻撃に備えて槍の飛んで来た方へと進路を向け、迎撃体制に入る。


しかし、滑空移動しかできない妖精族達に亜音速で飛行する対艦ミサイルの迎撃は重荷であり、大した成果は上がらずに、無為に被害が拡大し、時間だけがすぎていった。



ユーラシア国連軍 航空隊


「司令部、こちらフョードル隊、弾薬が枯渇。帰還する」


『司令部よりフョードル隊、マルクレシュティ飛行場は現在離陸機により占領されている。セヴァストポリに向かい、次の命令を待て』


「了解」


マルクレシュティ飛行場を中心に、ウクライナとモルドバから飛び立った無数の航空機により、バリア外に出てしまった艦艇は悉く沈められていった。


また不幸なことに、低空にいた妖精族などは爆発に巻き込まれて失われ、それを避けるべく高度を上げた彼らは魔力を消耗し、その防空能力は目に見えて低下した。


その後も絶え間なく投射された膨大な数のミサイルにより、バリア外の艦隊はほぼ全滅し、残りは小さなバリア内部に存在する兵力のみだ。尤も、その規模は200万人にのぼるが。


ウクライナ南部への戦力移動は空軍による攻撃が続くなか迅速に進められ、最終的に幅100km以上に昇る縦深防衛ラインが形成された。


戦車を中心とする装甲戦闘車両の展開数は史上最大規模であり、それでもって戦線は第二次世界大戦時と比べて、遥かに高度化された柔軟性の高いものである。


「現状の敵の上陸予想地点は?」


「オデッサ、ムィコラーイウの沿岸部、特にオデッサ南部が有力です。各州の主要都市には伏兵が既に」


「2州の兵力は特に充足を高めておいてあります」


僅か1週間たらずで作られた防衛ラインは技術の進歩というものを多くの人々に感じさせた。かつてはクルスクで数ヶ月かけて作っていたものが、今ではインスタント食品のごとく数週間の間に建設されている。


兵士も、将校も、銃を構え、弾をポケットに入れ、敵を待ち続けた。



アメリカ合衆国 ニューイングランド前線


ニューイングランドは全域が解放されつつあった。消滅しつつあるバリアを縫うように進軍した米加軍からなる国連軍は順調に脅威を排除していった。


不用意にバリアから外へと移動してしまった彼らは米軍の猛烈な火力投射により壊滅していき、数百万人の分裂死体がコネチカットに散乱している。


アメリカ史上、2度目となる本土決戦は、以前に行われた米英戦争とは打って違って米軍は大きな後方を持ち、余裕をもって戦っている。


「全戦線において前進・・・こうなると敵も完全に狩られる側になったな」


「数週間もコネチカットでバカンスしたんだ。支払いはきっちりしてもらわなきゃな」


敵の戦線の崩壊は人類史上類を見ない記録的なスピードでの死体の増加を生んだ。バリアという優位性を担保する存在が消えつつあり、指揮統制もめちゃくちゃな敵軍の戦線はもはや世界最強の軍隊の攻撃に対処する能力を有していなかった。


陸軍がコネチカット州の完全奪還を目指し、激しい攻撃を行う一方で、海軍と空軍は第二波を警戒していた。


ユーラシア大陸側にバリアを持つ艦隊の第二波がやってきていることから、こちらにもやってくる可能性は十分ある。


空軍のU-2偵察機や、海軍のP-3C、P-8A哨戒機、潜水艦は最大限の警戒態勢がしかれていた。


「今のところどこからも敵艦隊を知らせる報告が来ていないのは幸運なのか、それとも俺達が見つけられていないだけなのか・・・」


「まぁ、来なかったらそれはそれでいいじゃないか。危険は少ない方がいいだろう」


「そりゃそうだ・・・」



ピピピッ、ピピピッ



電話が鳴る。それは南東に展開している潜水艦隊と繋がっているものだ。


その着信音は、アメリカ大陸へと、2つめの災厄が行進してきていることを、示していた。



アメリカ合衆国 ペンタゴン


多数の職員が動き回るなか、アメリカ軍の高級士官達が大きな会議室へと入っていく。


「状況は?」


「極めて不気味です。ポイントE74で探知された目標は現在も深海からメキシコ湾めがけて進行中」


「どれくらいの規模だ?」


スクリーンに潜水艦のアクティブソナーがとらえた映像に、分かりやすく編集を加えたものが投影される。


「映像の通り、目標は長大な行列を作っています。総数は全くもって不明です」


「敵の正体は?」


ペンタゴンの頭脳達はその答えを既に出していた。


「おそらく、侵攻初期に遭遇した怪獣の仲間でしょう。深海を通ってやってきたのは今までにも奴らだけです」


異世界からの侵攻初期に少数が襲来し、撃破された怪獣。


それが大挙してやってきているというのだ。


「あのデカブツが大量にか。砲火力が必要になるな」


人間はともかく、あのように巨大かつ頑丈な生物を破壊しようとなると、歩兵携行火器ではもはやついていけないだろう。


戦車と自走砲と榴弾砲と、そして対地攻撃機と爆撃機。


ひたすら、砲弾と爆弾を投射し続け、どちらがより大きな戦力を投入できるかで勝敗が決することになるだろう。


「直ちにメキシコ湾に面する地域の部隊に戦力を集めろ、メキシコ軍も呼ぶんだ」


「弾薬を最優先で貯蔵させるべきだ。弾がなくなった瞬間突破されかねんぞ」


アメリカ軍とメキシコ軍は膨大な重装備と弾薬をメキシコ湾に面する地域に集結させ始めた。


各地の高速道路には規制が敷かれ、軍用車両が列をなして移動していった。


アメリカは再びの決戦に備えた。

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