第86話

太平洋 国連艦隊


「レーダー、目標を探知!距離473マイル!」


「目標急速に増加中」


E-2Dからの通報にあった指向性飛行物体はついに艦隊のレーダーにも捕まった。


まっすぐ艦隊に向けて正面から迫ってくる物体に対し、最初の槍としてF/A-18E/F戦闘機隊が空対空ミサイルを満載して向かっていった。


『こちらハウ隊、目標を自機のレーダーで捕捉、射程まで残り26マイル、攻撃許可を求む』


「司令部よりハウ隊へ、射程に入り次第攻撃を許可する。なお、攻撃に当たっては誘爆を回避するためミサイル発射後すぐに目標から離れること」


『了解』


出撃したF/A-18E/Fは全パイロンにAIM-9シリーズことサイドワインダー短距離空対空ミサイルを満載している。


とんでもない数が発射されている指向性飛行物体に対し、AMRAAMといった中距離空対空ミサイルを撃っていては手数が足りなくなると判断され、場所にもよるが、パイロンあたり複数を搭載可能なサイドワインダーのみでの出撃となった。


サイドワインダーも最新型のAIM-9Xで40km程、それ以前のAIM-9M/Pでも18kmの射程がある。


相手は対艦ミサイルと同様に艦艇へ向けて進んでいくような物体であり、戦闘機や爆撃機ではない。それならば、より多くの目標を狙うことを考えた方がよい。


そして都合のいいことに飛行物体は膨大な赤外線を放出している。赤外線誘導ミサイルの誘導に事欠かないのは良いことだが、エネルギー量は極めて大きなものだろう。


旧時代の戦艦などに比べれば、現代の軍艦の中では分厚い大型空母の装甲も心もとない。


一発でも艦艇の被弾は回避しなければならない。


「Fox2!」



バヒュッ!



飛行物体の1つに狙いを定め、ミサイルを発射。そしてすぐさま機体を反転させて退避する。


数秒後、ミサイルの近接信管が作動し、爆風と破片が撒き散らされ、それらが飛行物体に当たると、次の瞬間大きな光りと共に大爆発を起こす。


「とんでもねぇ爆発だ。誘爆までしていやがる」


「こうなるとアムラームで来たかった所ですな」


「だが、俺たちにはサイドワインダーしかない。できるだけ遠くのやつを狙うぞ」


ハウ隊は飛行物体の誘爆を利用し、効率的に目標を減らしていく。しかし、飛来してくる数の方が多く、やがてミサイルは底をつきる。


『ハウ2、残弾なし』


『ハウ3、残弾なし』


「司令部、こちらハウ隊、弾薬を使い果たした。帰還する」


ハウ隊が帰還の道へと進む一方で、艦隊では次の航空隊の発進と迎撃準備が進んでいた。


アメリカ海軍の空母が次々に戦闘機を飛ばしてはいるが、P-700ミサイルの射程に敵が入るまでに艦隊には飛行物体が直撃する距離にまで近づいているだろう。


艦隊の防空システムによる迎撃行動が必要になるのも時間の問題であった。



エストニア サーレマー島


サーレマー島へと空挺降下した各国空挺部隊は、地面に着地するや否やすぐさま戦闘態勢を整え、それまで敵に優位を与えていたバリアが消滅したことを良いことに、瞬く間にサーレマー島の解放を進めていった。


「ぼったちでのろのろこっちに突撃してくるとはどういう冗談だ?」


「奴らの訓練所はきっと神の威光とやらで勝手に死んでくれる敵を想定していたんでしょう」


「なるほどな!」


バリア、完璧な防御システムという圧倒的優勢を与えてくれる存在を失った今、知性の大半を失った敵に対して地球人類の精鋭中の精鋭からなる空挺兵の集団は、ある意味オーバーキルと言った所だろう。


最初に降下した歩兵だけの部隊が十分な用地を確保すると、後続として補給物資と共にロシアがソ連時代から引き継いで発展させてきた機械化空挺部隊が一斉に投入される。


パレットに搭載しての投下、またはバリアの穴が大きくなっている場所ではヘリコプターで機械化部隊が送り込まれていく。


歩兵と歩兵の戦いでも、地球人類の優位は圧倒的であったが、ここに機械化兵力が投球されると、戦いの様相は虐殺へとシフトしていった。



ドゴォーン・・・



「効力射!追加射撃を要請!」


「ポイント27よりノーナへ、追加攻撃を要請する」


『こちらノーナ、要請受諾。追加攻撃を開始する』


各地で行われたノーナ-S 120mm自走迫撃砲による砲撃により、大量の肉の塊から破片が飛び散る。


200万にも上る肉の塊は、1万そこらの、しかし圧倒的な相手を前にバタバタ、またはヒラリヒラリと粉砕されていった。


「戦闘が終わってサーレマー島が解放される頃には、奴らの血で一杯か、観光地だった筈なんだが、見たくないもんだな」


「銃を撃てるだけの知能を持ったゾンビが徘徊してるよりはマシですよ」


「それもそうか・・・」


サーレマー島の掃討作戦は順調に推移していき、1日と経たずして国連軍の処理した敵の数は100万を超した。


中規模都市1つぐらいの人口が消えたことになるが、それでもまだ半分程度が消えたにすぎない。


BMDシリーズをはじめとする各種車両によって機動的に動き回る国連軍は、約2日の間に200万以上の敵を完全に掃討することに成功していた。


「ようやく俺たちユーラシアの脅威は取り除かれたか」


「ああ、少なくとも、このゾンビどもにここら一帯は心配しなくてよくなったわけだ」


国連軍による掃討戦の終結は、エストニアをはじめとするバルト沿岸地域の人々を安堵させるものとなった。



大西洋 ウクライナ軍哨戒機


「大西洋は本日も問題なし、と」


「事前に衛星で見つかっていた敵は今バルトでどんぱちやってる奴らだけなんだ。なんで哨戒を続けなきゃいけないんだろうな」


「奴らがどんな隠し球や予備戦力を持ってるかわからないからな。警戒しておくに超したことはない」


掃討戦が終わりつつあり、平穏が取り戻されつつあるユーラシア大陸。


特に戦闘が北で行われているために、南方のウクライナをはじめとする国家の軍隊は言ってしまえばヒマであった。


警戒は続けていたものの、敵がやってくる可能性は低いと考えられており、もう戦闘は終わったものとみられるまでになっていた。


「ん・・・?」


「どうした?」


「レーダーに何か写ってる!」


「なんだと!?」


「方位2-1-1、コルベット程の艦影確認!」


「司令部に報告!本機は現地に急行だ!」


「了解!」


数分後。南西に向けて飛行を続けた哨戒機の数十キロ先には、近代の装甲帆船の大集団が南部ユーラシアへ向けて進んでいた。


「司令部、こちらスカウト76、ポイントS55付近にこちらへ航行する敵船団を確認。バリアも確認済みだ」


『司令部よりスカウト76、敵船団遠方より情報を収集後、直ちに帰還せよ』


「了解」


哨戒機は低速で敵船団をカメラや各種センサーで観測する。すると、観測員が1つの事実に気づいた。


「おい、あの黄色いやつ、明らかに飛んでるよな」


「ああ、間違いない。奴ら飛行能力があるのか」


「厄介だな」


厄介なことに、今回の敵戦力には飛行能力を持った種族が含まれているようである。


航空機の登場が人類の戦争史に大きな影響を与えたように、航空戦力は大きな影響力を持っている。それを敵が持っているとは極めて面倒な事だ。


偵察、間接攻撃(爆撃)、輸送。航空戦力の有無、優劣が産み出した戦闘での有利不利は、第二次世界大戦で戦略レベルの戦力差を産み出し、アメリカやイギリスの戦略爆撃機が落としていった無数の航空爆弾は日本やドイツの継戦能力をジリジリと削り、最後には両国の国土を焦土に変えた。


ゾンビどもの航空戦力の出現。この事は、ユーラシア南方での戦いが、バルトの戦いよりも、数段過激かつ凄惨なものになることを意味していた。


まだ地獄は、中頃に差し掛かったばかりである。

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