第85話

コネチカット州沖


アメリカ合衆国の前身たる13植民地の始まりの地域であるニューイングランドの最南端、もう少し南下すればアメリカで一番繁栄している都市たるニューヨークの存在するコネチカット州。その沖合いには、鋼鉄船の時代にそぐわない木造船が大量に陸上を目指して持てる全速力で移動していた。



ズザァッ!



沿岸に船首をこすりつけ、中には長期間の航海がたたったのか、そのまま船体が崩壊した船もあったが、そんなことはお構いなしに、完全に停止した船から順にぞろぞろと長い間海の潮風にあてられてボロくさくなってしまった刀剣類を持って内陸へと歩みを進めていく。



ブォッ!ブォッ!ブォッ!



そんな彼らに大量の鉄球がすさまじいスピードで放たれる。クレイモア型のガス圧地雷が作動したのだ。鎧を身につけた者ならともかく、元はまともな防具を身につけていなかった船員などはバタバタと倒れていく。


軽傷の者はすぐに歩みを再開するが、その数は徐々に目減りしていく。西側の鋼鉄船でやってきた者達よりも、かなり悪い環境下に長い間おかれたため、体の状態はすこぶる悪く、すぐにダウンしてしまっているのだ。


それでも圧倒的な数を頼りに、倒れた者などお構いなしに無人となっている市街地へと突入していく。


しかし、これらアメリカ人が230年以上にわたって作ってきた都市には膨大な数のトラップと伏兵がばらまかれていた。


文章上だけの簡易的なものとは言え無人の都市に潜伏する訓練を受けたアメリカ軍とカナダ軍の兵士達を前に、最初に到達した少数の軽装歩兵は都市内に入る前に容易く処理されていった。


先発が全滅したのちに食べ物へと連なるアリの隊列のごとく、海岸線から内陸へと長大な列となって進軍してきた本隊は、都市の外れに入るやいなや地雷や巧妙に偽装されたベアトラップが彼らの進軍を阻む。



カシャシャシャシャシャ!!



マンションのベランダに陣取って奇襲を繰り返す兵士達の持つエアガンから放たれたぺレットによって、鎧を身に付けていない船員や魔術師はバタバタと倒れていく。


兵士達は魔術師の反撃を避けるため、一通り射撃するとすぐに位置を変えた。移動には下水道や街道上の入り口を封鎖済みの地下道等を使用し、妨害を浮けることなく移動を繰り返し、着実にその戦力は低下していった。


船員はともかく、魔術師がその手腕を振るうことなく戦場から姿を消してしまったことは、強力な飛び道具に乏しい彼らの投射火力の全滅を意味した。


バリアの中だから今は良いものの、結界の外まで侵攻の手を伸ばした瞬間、大量の地球人類の軍隊の火力に理論上は対抗可能な戦力を失い、あとはアメリカ軍とカナダ軍の処理能力を運良く上回ることができ、さらに後方に第二線が用意されていないという奇跡でしか彼らは勝利できない状況へと知らず知らずのうちに追い込まれていた。


都市内に潜伏し、魔術師と船員を狩り尽くした兵士達は脱出が不可能となる前に都市を離れ、次の都市へと移動し、敵の到着を待つ・・・この漸減作戦でもって敵のバリア外への侵攻時の戦力はもはやとるに足らないものになると見られている。



コネチカット州 バリア境界線



キュルキュルキュル・・・



「第7砲兵陣地の構築完了、これでM109を40台は置けます」


「残りの砲兵陣地と塹壕は?」


「塹壕は8割が完成しています。残りもAFV用の陣地と壕内設備の設置のみです」


バリア内で魔術師の漸減作戦が続くなか、バリアとの境界線では、地雷の敷設に砲兵陣地や塹壕線の構築が行われ、敵のバリア外への侵攻に備えていた。


砲兵陣地には無数のM109自走砲が砲門を連ね、塹壕線には膨大な歩兵が機関銃を取り付け、戦車やIFVは専用に掘られた壕に這いつくばってその武装を使うときを今か今かとまっていた。


「司令官閣下、敵の先頭集団は5km先を突破、現在は・・・」


現地を統括する前線司令部の仕事は夜遅くまで続いた。



太平洋南方 国連艦隊


ハワイを出港し、太平洋南方に向けて航行する国連艦隊は、ついにそのレーダーに目標を捉えつつあった。


アメリカ海軍の空母から発艦したE-2D早期警戒機のAPY-9レーダーが捉えた航空機としては巨大な機影は、確かに船の形をしている。


「航空隊発艦用意!まずは少数のミサイルで反応を確める」


アメリカ海軍の冷戦期の研究の結晶である空母から発艦していくF/A-18E/Fは少数だ。まずは艦隊内ではあまり威力の高くないハープーンで反応を見ようという算段だ。


ハープーン程度で大きなダメージを確認できるならそれでよし、でないならば順番に強力な装備を叩き込んでいくまでである。


『航空隊へ、事前のブリーフィング通り、まずは槍を1本ブッ刺せ、効果が認められなければ残りも全部発射し、効果を確認せよ』


「了解」


航空隊は艦隊の数倍の速さに巨人を守るバリア艦隊に近づき、彼らの隊長機が最初のハープーン1発を発射する。


ハープーンはパイロンから落とされると、空中でエンジンに点火し、一直線にバリア艦隊の先頭へと向かっていく。



バァァン!!



爆煙が晴れると、そこにあったのは無傷のバリアと艦隊。


「やはり1発じゃさすがに効果はなかったか」


元々、従来のケール王国のバリアもハープーン複数発が必要だったのだ。防御範囲が重複しており、また強化されていると見られているバリアが1発で揺らぐことはなかった。


「次は全弾発射だ。全機攻撃位置につけ!」


出撃したすべてのF/A-18E/Fの全パイロンからハープーンが発射され、先ほどと同じく艦隊先頭に向けて殺到する。


爆発の連続が空中に現れ、数十秒もの間爆炎が巻き上がる。


多くのパイロットはこれによって敵が粉砕されることを期待したが、煙が晴れると、そこには無傷のバリアがあった。


「司令部、こちら攻撃隊、ハープーン全弾着弾を確認、効果を認められず。全弾薬消耗、帰投する」


『攻撃隊、こちら司令部、ロシア艦隊が攻撃のため正面に移動する。注意せよ』


「了解」


ハープーンによる攻撃によってダメージを与えられなかった事を確認した艦隊は、ロシア海軍のキーロフ級が装備するP-700長距離対艦ミサイルによる攻撃の実施を決定。


この為だけに用意された巨大なHEAT弾頭のメタルジェットの破壊力はすさまじいものだ。元々HEAT弾というのは直径が大きければ大きいほど強力だが、一般に軍隊に普及しているものが大きくても150mm未満であるのに対し、P-700の直径は850mmであり、仮に弾頭部を700mm程度としてもとんでもない大きさである。


「本艦、攻撃位置に着きました。射程まで残り430km」


「果たして効果はでるかね」


「さぁ?試してみない事にはなんとも」


「数十のハープーンに耐えたんだ。弾頭を変えているとは言えたかが10発や20発程度のグラニートで沈むかいな」


この艦隊内最大の火力であるP-700が防がれた場合は、ラーダ級による特攻紛いの回り込み作戦が実行される事となっている。


古くさく、非人道的な作戦ではあるが、確実性が高い事は保証されてはいる。


とはいえ、今はどうなるかわからない以上、憂鬱に待つしかないのも確実だった。


『艦隊、こちらE-2D、目標より多数の指向性飛行物体の噴出を確認した。艦隊への攻撃の可能性がある』


E-2Dからの通報に、艦隊に緊張が走る。地球人類というものそのものに宣戦布告した彼らが、自らを退けようとする相手に対し攻撃しないはずがない。


「対空戦闘用意!」


各艦のCICが慌ただしい動きに飲み込まれる。レーダーは最も長距離を指向し、空母は艦隊防空のために航空機を射出する。


巨人が発射した多数の物体と、それを迎撃する姿勢を取る艦隊。


戦いは新たなフェーズへと向かっていた。

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