第84話
ムフ島対岸 砲兵陣地司令部
「司令、ムフ島及びサーレマー島からの全部隊の安全域への撤退を確認しました」
「うむ、敵兵力のムフ島への侵入数は?」
「約12万です。現在も増加中」
「上々だ。25分後に予定通り攻撃を開始しろ」
ムフ島への攻撃を担う砲兵の展開は島内の部隊の退避に当初の予定より時間がかかってしまったこともあって完全な形で完了しており、額面通りの火力を投射可能である。
前線部隊が慌ただしく動く一方で、後方の空港から空挺部隊が出動しようとしていた。
サーレマー島に座礁している敵艦隊を守るバリアはついに稼働限界を迎えたのか、部分的にではあるものの消失が始まっており、虫食いのように破断口が各所に発生している。
先鋒となる歩兵主体の空挺部隊はその穴を縫うようにサーレマー島へと突入し、後続の機械化空挺部隊と攻撃ヘリコプターの為の場所を用意する。いづれの段階に置いても周辺の航空基地をフル活用し、絶え間なく空爆を叩き込む。
機械化空挺部隊と攻撃ヘリが投入されるころにはバリアはその大半かもしくは完全に消滅しているとされ、バルト海の海軍戦力も加えての大攻勢で愚かにも大陸との接続の弱い島というものに上陸した敵部隊は殲滅される運びだ。
ゴォォォォォォォォォ・・・
「空軍が出撃しました」
「よし、もう一度不備がないか確認しろ、俺たちの出撃ももうすぐだぞ」
事前の爆撃を行う予定の戦闘爆撃機が離陸していくのを尻目に、各国の最精鋭の空挺部隊は各々に割り当てられた輸送機に乗っていく。
さらにその後ろには、練度では彼らには一歩及ばないものの、その打撃力と火力では遥かに上回る機械化空挺部隊が待機している。彼ら歩兵主体の先鋒が機械化部隊の展開に必要な最低限の土地を確保すれば即座に投入され、その火力でもって本格的な攻撃任務を担う予定だ。
サーレマー島 上空
Su-34やSu-24といった爆装能力の高い戦闘爆撃機が多数サーレマー島の上空を飛行している。
彼らのパイロンの元には広範囲に威力を発揮するクラスター爆弾や焼夷爆弾が取り付けられている。不定形のバリアの穴に入れるために軌道を安定させる必要があるため、安定翼はより大きい物が取り付けられている。
『こちら司令部、全航空隊爆撃を開始せよ。現場判断で投下可能なすべての穴を狙え』
司令部の命令が下ると、全ての作戦機が行動を開始した。機体をひねり、できる限り垂直に近い角度でバリアの穴に向けて降下し、適度な距離まで近づいたら投弾。
近代戦の様相そのものを様変わりさせた空からの攻撃。第一次世界大戦の時点で絶大な火力を誇っていた大砲だが、その機動性の低さと射程の制限はいかんともしがたかった。
しかし、空を飛ぶ航空機の登場はその現状を一変させた。軍用航空機が生まれた時点で、投射量はともかく、航続距離では既に当時の主流の大砲の射程を桁数で上回り、現代に至るまでの間に投射力は指数関数のグラフのごとく上昇した。
彼らは容赦のない爆撃を、誘導装置による照準が困難なバリアにあいた穴を縫うように見事なまでの精度で行い、戦果をあげ続けた。
ゴォォォォォォォォォ・・・
一通り爆撃が終わり、彼らのパイロンが空になり、帰還へと編隊を組み直しつつ進路を飛行場に取る一方で、入れ替わるように大柄な機体がサーレマー島上空へと到達する。
その正体は空挺兵達を乗せたIl-76の編隊だ。本来はここから編隊そのまま降下ポイント上に移動して全ての兵士を一度に吐き出すが、今回は小さな突破口に的確に兵士を下ろさなければならない。
そのため、編隊を崩して各々で比較的大型の穴を探し、その真上付近、兵士個人による調整で落下軌道を変えて侵入できる範囲での反復飛行と投下を繰り返すことになっている。これはバリア上に落着する兵士を発生させないための措置であった。
ゴォン!
後部ドアが開かれ、その前に兵士達が並ぶ。やがて緑色のランプが光ると、最初に降下する兵士が身を乗り出し、そして数秒後に空飛ぶ巨鯨から離れていく。
大空に幾つもの白い花が咲き誇る。それはユーラシアでの戦いが地球人の防戦一方から変わった瞬間だった。
降りていく彼らの真下には、これから更なる壊滅的殺人能力を持つ者共から降りてきているとは知らないたんぱく質と水の結合体が、うごめいていた。
アメリカ合衆国 ニューヨーク市
アメリカ経済、かつては地球全体の経済のすら多大な影響を与え続けていたニューヨーク市は、人口800万をゆうに越える世界最大の都市だ。
そんなニューヨーク市も、疎開と緊急避難によって人口は一時的に250万人にまで低下し、さらに市内全域に軍が展開している。
「最悪ニューイングランド全域が戦場となる、か。世も末だな。アメリカで一番金が動く場所で命の奪い合いとはな」
「武器がエアガンの改造っていうのもですよ、軍曹」
このような光景はニューヨークだけでなく、ニューイングランド全域で見られた。ニューヨークはその機能ゆえ、最低限の都市機能を維持する人間が残ったが、それ以外の特に理由をもたない都市からは完全な避難が行われ、代わりに軍が展開している。
ユーラシア側と比べて異世界とより距離のあるアメリカ側の敵軍の到達は遅く、まだ多少の猶予があったため、現地に派遣されたアメリカとカナダの軍隊は戦術を研究し、最低限の訓練を行うことができた。
また前進妨害、誘導のための地雷や障害物も膨大な数が設置された。敵兵力自体はユーラシア側と比べアメリカ側がより多いと予想されているが、こちらとて準備を重ねた。
即時動員できる兵士の数は武器の不足もあって少ない。そのため、アメリカが歴史上幾度となく用いてきた物量と物量のぶつかり合いで勝負をつけるのは不可能だ。
しかし、必ずしも少数が多数に負けるわけではない。歴史上、その例は少ないものの、物資と支援体制をしっかりと準備し、戦術を練り、兵士と士官が優秀であり、そして士気が高ければ、勝てる戦いには勝てるものだ。
そして必要なものをアメリカ軍とカナダ軍は用意できている。バリア内部での戦闘でも、外部に誘いだしての戦闘にも対処可能な陣地を用意できており、現地部隊の士気も高い。
「準備はした。あとは奴らがどうでるかだ」
全てが用意できている軍隊は強い。常に撤退する道さえ用意されているのだから。
東方海
「うがぁっがっぁ!」
まるで獣のような唸り声を、あまりにもボロボロな木造船の上に立つ獣人が叫ぶ。
戦う相手を威嚇するための方法として、本能に"インストール"されている行為を、彼らは繰り返す。なぜなら、戦う相手・・・獲物の住む大地が見えたから。
彼らの乗る船は、大西洋側からやってきた鋼鉄船と比べ、さらにひさんな状況だ。所々小さな穴から浸水しており、所々船体を構成する木材は欠けている。
しかし、24時間、肉体的な疲れを知らず、食事も不要で、永久に働くことの可能な彼らは見事に次元の湾曲によって本来の数十倍の長さになっていた海をわたってきた。
浸水してきた水をバケツで海に戻し、致命的な穴には"仲間"の体を使って埋め、壮絶な航海の末にたどり着いた。
地球上での、大航海時代での話なら、それなりのヒットを飛ばしそうな内容ではあるが、残念ながら彼らは地球人ではなく、そしてそもそも知的生命体だろうかすら怪しい。
しかし、彼らにとってそんなことは関係ない。自ららを産み出した偉大なる神の指示するもはや目標はすぐそこであり、今すぐにでも手を伸ばせるような位置にある。今こそ、創造主の指示を達成し、偉大な神に報いる時である。
行く先には彼らの獲物・・・ただし、非常に獰猛で、彼らの偉大なる神でさえ簡単には手がつけられない獰猛な相手が待っていたが、そんなことは、彼らには関係のないことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます