第83話

バルト海


まともな整備を受けずに長い航海をしたことで、各所に異常を来していた巨大な鋼鉄の船は、遂に目的地を目視可能な距離にとらえた。


ひたすらに上陸可能と見た海岸線へと突撃していく。それが揚陸艦でも、戦艦でも、巡洋艦でもお構い無しに、だ。


「ウヴァァッーーー!!」


統率のない、本来知的生命体が有しているはずの知性の欠片もない鳴き声を上げ、海岸めがけて船が進んでいく。



ガァッン!ゴォン!!



揚陸艇と違い、上陸に必要な構造となっていない通常の艦艇は、海岸に座礁するようにしてビーチングする。


そして、艦内部から奇声をあげ、武器とすらいえない粗雑な棒や道具を手に持った船員だったものがビーチに降り立つ。


やがてきちんとした揚陸艇もやってくるが、海岸に設置された妨害のための障害物に阻まれ、揚陸艇は障害物の上へと大きく跳び跳ねる。


乗員は飛び出されるが、無事なものはすぐに起き上がり、内陸へと向かうべく砂浜を歩く。



バァン!!!!



彼らが多少歩みを進めたところで、エストニア市民の義勇工兵によって埋設された多数の指向性地雷が、人感センサーによって作動し、数人の歩兵が重傷を負い、しばらくフラフラと歩くと倒れ、絶命する。


本来の数倍にまで威力を高められた模倣品の指向性地雷は、浜辺で実物同様に多数の敵歩兵を屠り去る。


しかし、物量・・・兵力を頼りに地雷原を突破することに成功すると、彼らは本格的な内陸への侵攻を開始する。


第二次世界大戦で、地獄の絶滅戦争を繰り広げた地に住む人々が手ぐすね引いて作り上げた防衛ラインが存在していることを知らずに。



エストニア フィンランド国連派遣軍


エストニアに上陸した"大群"は不運であった。彼らの上陸地点はサーレマー島であり、そして各国は仮に上陸地点になった際に、孤立無援となりかねない島々に有力かつ強力な部隊を展開しており、サーレマー島もそうであった。


いかに空挺部隊を活用した機動防御システムが用意されていると言っても、島はその形状、大きさや交通アクセスによっては島がポツンと孤立状態におかれるかもしれないが為の措置であった。


エストニアに展開しているフィンランド陸軍もそういった部隊であり、ロシア・ベラルーシ軍と共に小国であり兵力に乏しいバルト3国に広く配備された。


彼らの装備は総じて現代の基準では軽装備と呼ばれるものだ。小火器と拳銃、そして土いじりのための道具少々。少し場違いな物としては指向性地雷。


しかし、この場所においてはこれらの装備が最も重い装備であった。火薬を使用する従来の装備を持ち込めない以上、本来は民生品にすぎないはずのこれらのエアガンは、地球人に対して圧倒的優位を得るために作られたであろうバリアを通過し、人類の生存圏を守るための軍事力を兵士たちに与えていた。



チリンチリン!!



バリア内には自動車も持ち込めない。その為、全ての兵士が折り畳み式の小型自転車に移動手段を頼ることになった。隊長を先頭に、多数のエアガンと大量の弾薬を携えて各地の防衛地点の間を行き来し、準備を整えていた。


義勇・軍工兵によって既に主要な幹線道路と軍の通行可能な場所には地雷原と障害物がまるで山のように設置され、常に移動の阻害と出血を強いるようになっている。さらに、各地の市街地は要塞化され、チョークポイントとも言える地点には多数のトーチカからなる要塞線が建設された。


「ポイント1より司令部、目標を発見、攻撃を開始する」


敵の上陸が確認されたその日のうちに、防衛地点は無数の「ポイント」としてタリンの司令部によって定められ、サーレマー島内の全ての部隊によって戦線が構築された、



カシャカシャカシャカシャ・・・



円錐状のペレットと呼ばれるエアガンの弾丸は、普段多くの人々が目にするエアソフトガンで使用されるBB弾などとは隔絶した威力を持っている。


完全に装甲化されたトーチカから発射される多数のペレットは、1発当たりの威力ではやはり火薬火器には追い付けない。


しかし、動きの鈍い敵歩兵に次々と発射されるペレットがからだのあちこちを損傷させると、体組織が崩れ、バランスが取れなくなった者から次々に倒れていった。


だが彼らは数を頼りにひたすら前進を続ける。やがてトーチカの近くまで彼らが迫ると、トーチカに立てこもっていた部隊は煙幕を張って離脱し、次のトーチカへと移動して再び弾幕を張り続ける。


次のトーチカへと移動中の部隊が攻撃を受けたこともあったが、知性を半ば失っている相手を前に、大した被害は出なかった。


いかに膨大な兵力であろうと、戦術・戦略、そして兵士としての質があまりにも開いており、妨害らしい妨害を受けずに遅滞を続けられていた。



南極


ゆっくりと移動を続け、南極を通過しつつあった巨大ヒューマノイドの顔は、かなり醜いものになっていた。


何もかもが上手く運べていない。本来ならば圧倒的物量と結界の合わせ技によって敵は抵抗もできずにただ貪り崩されるだけの筈だった。


しかし!目の前に広がっている光景は彼の幼稚な精神をひどく煮えたぎらせるのに十分であった。


東から行かせた船団は硬い鉄の鎧を着た船であるにも関わらず、結界の外にでてしまった船はあっけなく火を吹く槍によって爆散し、鉄によっておおわれていない西から行かせた船団はさらに悲惨である。


「くそっくそっくそっぉぉぉぉぉぉ!!」


"彼ら"の持っている"世界"の中でも、この世界の人口はかなり多い方であり、それは彼にとって自慢できることだった。


人口が多ければそれだけ生産力はすさまじいものになり、"戦争"ではその生産力と物量でもって相手を押し潰せる。


しかし、人口だけでは覆せない技術力の差に加え、相手はその技術力でもって人口の差などものともしない工業力により生産力で上回っている。


小賢しい小細工や戦場では小さな変化しか生まない筈の戦術など圧倒的物量で粉砕して見せる・・・その筈だった。


しかし、"彼"の軍勢は確かにそれをなし得る大津波であるが、相手もまた、巨大な津波だったのだ。


ミサイルの波状攻撃によって9割以上の船が海に消え、ようやく上陸に成功したかと思えば遥か少数の軍勢を前に損失ばかりが増えていく始末。


"彼"の怒りは大きくなり続けた。



サーレマー島


サーレマー島各地の部隊は徐々に島外へとボートで脱出するか、もしくはムフ島とのコーズウェイへと敵を誘導しながら後退を繰り返していた。


サーレマー島との間の小さなコーズウェイで接続されているムフ島は、サーレマー島と違い、バリアの範囲外であり、そして対岸のエストニア本土から強力な砲爆撃を叩き込むことが可能な位置にある。


疎開したムフ島の住民には酷だが、対岸に展開中の自走榴弾砲と自走ロケット砲によってムフ島にまでサーレマー島の部隊により誘導された敵兵は大量に殲滅される予定である。


「オーライ!オーライ!」


対岸では急ピッチで砲撃部隊が準備を整える。エストニア陸軍とフィンランド陸軍で使用されているK9自走砲に、大きな効果範囲を持つサーモバリック弾頭や焼夷弾頭を発射可能なロシア陸軍のTOS-2など、各種兵器が集積されていった。


「司令、サーレマーの部隊がムフ島へと撤退を開始しました」


「常に位置は確認しておけ、1人でも攻撃範囲内にいて貰っては困るからな」


幾度もの精鋭フィンランド軍の誘導によりムフ島へと侵入を開始した。


「撤退!」



ブルゥゥゥン!



事前に組み立てておいたバイクでフィンランド兵は次々にその場を離れていく。ここは既にバリアの外で、空挺投下で様々な物資を受け取れている。


「こちらS46部隊、司令部、現在位置はまだ攻撃範囲か?」


『こちら司令部、S46部隊、現在位置は範囲内だ、北へ2km前進せよ。それが最短経路だ』


「了解、移動する」


ムフ島へと後退した部隊は敵集団と程よい距離を保ちつつさらに移動を繰り返していた。


島内に誘導された敵集団の数は現時点で5万人ほど、これから10万人ほどにまで膨れ上がった所で火力投射を行い粉砕する予定である。


「全部吹っ飛ばして見せるさ・・・」


地球圏の本土決戦は始まったばかりである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る