第82話

東方海


アメリカ、カナダ、メキシコの空軍からの攻撃を受けて、東方海の帆船の大艦隊はその数を大きくすり減らしていた。


前進する間に、かつては大陸1つをまるっと守れるほどの効果範囲を持っていたはずのバリアの効果半径は既に10kmもない。


戦力の90%以上が既に海の藻屑になっているが、それでも彼らは一心不乱に進みつづける。


全ては、自らを作り出した存在の意思を実行するために。


彼らの船が最終的に取った進路の先にあったのは、アメリカ人がニューイングランドと呼ぶ地域の1つ。ニューヨーク州の沿岸部であった。



アメリカ合衆国 ペンタゴン


「残存する敵船団の進路はここまま変化がなければニューイングランドはニューヨーク州沿岸部に行き着きます」


「なんということだ。北方まで誘導しきれなかったのか・・・」


本来はカナダの低インフラ・低気温の場所に誘導し、身動きをとれなくしたところに、バリアの完全消滅かバリア内から敵軍が迂闊にも出てくる時を狙って猛攻撃を仕掛けて殲滅するという計画であったが、それをニューイングランドでやるのは無理と言って良い。


ニューヨーク州での戦闘では血生臭い銃撃戦と白兵戦が全てを決定するだろう。どちらにしろ、疎開で300万人が避難したとはいえ、未だに550万近い人口を誇るアメリカ経済の中核ニューヨーク市に到達されたらアメリカの敗けだ。


周辺のアメリカ・カナダ軍がニューイングランドへと進出し、一方で志願者による防衛隊が急速に組織され、ペンタゴンの指揮下でゲリラ戦訓練を受け、各地への潜伏準備を進めた。


「必要なのは歩兵だ・・・相手を押し負けさせられるだけの数が必要だ」


「銃を撃ったことのあるやつを全員集めろ!数があることが重要だ」


大幅に数を減らしたとはいえ、敵の推定陸上戦力は350万を数える規模と見られており、船員も含めればその物量はゆうに500万を越えるだろう。


圧倒的な武器の優位があるとはいえ、歩兵の小火器程度であれば、弾薬不足に陥って押されてしまうかもしれない。民間の戦力も総動員する必要があった。


人口密集地帯であるニューイングランドでの大規模な火力運用は極めて困難であり、出来てもM2/3ブラッドレーIFVの25mm機関砲が関の山だろう。尤も、戦闘で瓦礫だらけとなり、民間人が退避した後であれば、いくらでも火力を投射できるだろうが。



東方海 B-1B爆撃機


ある特殊任務のため、特別な改造が施されたB-1B爆撃機は東方海の敵船団上空を飛んでいた。


「敵バリア上空に到達」


「よし、実験を開始する。第一弾、投弾」


「第一弾、投弾」



ガコン、コン、ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥ・・・



B-1Bの爆弾槽から投下されたのはMk84、2000ポンド(907.2kg)の通常型無誘導爆弾である。


B-1Bの後方にはバリアの観測を行うE-8が追随しており、高度かつ複数のセンサーを持って完璧な観測結果を提供する体制が整っていた。



ボォガァン!!



多くの乗員たちの予想通り、Mk84はバリアに阻まれ、その威力を上方へ向けて放出する。


「やはりか、B-1に次を落とすよう伝えてくれ」


「了解」


すぐに命令は伝えられ、B-1Bは第二弾を投下する。


それは一見すると先ほどと同じMk84だが、後部に小さな筒がついていた。


投下後、B-1Bと十分な隙間が出来ると、小さな筒の後部が開き、巨大なパラシュートが展開され、Mk84は急速に速度を落とし、ゆらゆらと降下していく。


これはバリアに極めて低速の物体が衝突した場合の様子を観察する実験だ。敵船団がバリアを発生させる装置を艦艇に載せた時のバリアの大きさは大陸をのまんとする程だった。


しかし、科学者達は1つ疑問点を持った。なぜ大陸はバリアの影響を受けていないのかと。


もしかすると、制止物か、もしくは極度に運動エネルギーの小さい物体には影響がないのかもしれない。


この仮説が実証されれば、バリア内部の敵勢力に対する攻撃の機会は大きく増えることになる。E-8の乗員は特別な期待をもってパラシュートによって減速し続けるMk84を見続けた。


Mk84はその重量と大きさからすれば遥かに過剰な規模の巨大なパラシュートを装備していたため、B-1Bは帰還、E-8は旋回を繰り返して着弾の瞬間を待つことになった。


「あと60秒でバリアと接触します」


「絶対に逃すんじゃないぞ。この結果で歴史が変わるかもしれない」


E-8の乗員が見守るなか、恐るべき低速のMk84はバリアに接触、そして



外郭だけが通過した。



「Mk84、先端の一部が通過、これは一体・・・?」


「意味不明だな。あのバリアは一体何を基準にしているんだ?」


パラシュート付きMk84はバリアと接触している外郭だけが内部に侵入し、それ以外が外に出ているという意味不明な状態でするすると落下している。


「ともかく結果を持ち帰るぞ。あれだけでもなにかわかるかもしれないからな」


E-8は進路を母国に移し、燃料の許す限りの速度を出して降りるべき滑走路へと直進した。


研究機関に送られたデータは、研究者達を困惑させた。バリアの通過条件は一見全くわからずじまいであり、いくつもの仮説が乱立し、そして消えていった。


しかし、データの詳細な解析が進むと、少しずつ仮説は収束していった。そしてついに1つにまとまった。


大きなエネルギーを持つ物体・物質の通過を拒否している。


ミサイルであれば運動エネルギー、パラシュート付きMk84の場合であれば内容物のトリトナール高性能爆薬の化学エネルギー。


これならば、辻褄は合う。単純な金属の化学エネルギーは爆薬と見比べれば非常に小さく、Mk84の外郭先端のみが通過したことを説明できる。


完璧に見えたバリアにも弱点はあった。条件が整えば侵入できるのなら、いくらでもやりようはある。


多くの将兵の頭にあった凄惨な陸上戦は、かつてのヨーロッパ列強の植民地拡大の時代にアフリカで見られた一方的な虐殺劇へと転換されようとしていた。



エストニア バルト海沿岸


バルト沿岸に配備されているエストニア軍の歩兵たちは、見た目は以前と全く同じ武器でもって訓練に励んでいた。


ガリルにG3など、西側の小国にありがちな装備類だが、それらからは通常聞こえる筈の火薬の炸裂音は聞こえず、代わりにカシャカシャという作動音だけが鳴っている。


「この短期間でよくこれだけ高いクオリティに仕上げたもんだ」


「猟銃としても使われるからな。エアガンは」


各地の歩兵が受領していたのはかつて装備していた小火器・・・の模造品のエアソフトガンを改造したものであり、火薬の持ち込みが不可能と見られているバリア内での戦闘に備えての装備転換である。


幾つもの特別な改造が施されているこれらのエアガンは非常に強力なもので、射程と威力が大幅に強化されている。


それでも、敵の一部が装備するフルサイズのライフル弾を使用するボルトアクションライフルに比べて劣っていることは明白だ。


しかし、知恵と考える頭のある地球人類の兵士には有機物の塊と化した敵兵と違い、何百年も戦争をして作り出された戦術がある。内部を知り尽くした市街地と、多重化された防衛機構における戦闘では圧倒的優位は防御側にあることをかつてソビエトと呼ばれた大地に住んでいた人々であるならば誰でも知っている。


開けた沿岸部で相手はせず、より内陸の無人となった市街地とあらかじめ作っておいた防衛拠点に誘い込めば、敵軍の持つ武器の優位性はつゆと消え、代わりに考えられる頭を持っているこちらが一方的な虐殺を行えるだろう。


さらにエアガンは通常の火器に比べ、隠密性が高い。カシャカシャといったピストンの作動音か、圧縮された空気の放出されるポン!という音ぐらいである。


陣地の秘匿性はサプレッサー付き小火器と比べても優秀で、より多くの敵をあの世送りにできるはずだ。


さらに、部隊には多数の指向性地雷・・・の模造品も配備された。


アメリカのクレイモアに代表される指向性地雷の模造品も転移以前からあったが、これらの多くがガス噴射による発射で作動している。


ガスタンクと噴射装置を改造・変更してガス容量と噴射のパワーを大幅に強化し、対人殺傷火力を有する兵器に作り替え、多数を配備している。


もう敵がすぐそこにまで迫っている。大した時間は残っていないが、とにかくこの新兵器とその弾薬の充足と集積、そして訓練に各国の兵士は励んだ。



アメリカ合衆国 ハワイ


「艦隊は出港か、これらを無駄使いはしたくないからな。絶対にバリアを粉砕してほしいところだ」


ハワイの港に停泊していた。多数の艦艇は1隻ものこらず全て出港し、港には閑古鳥が鳴り響く状態である。


ハワイの各地に設置されている巨大なミサイル発射台に乗せられている2種類のミサイルは今か今かとその発射の時を待っていた。


一方で出港した艦隊は莫大な量の弾薬をもってバリアを破壊し、敵の親玉に致命的な一撃を加える道筋を作るパスファインダーとなるべく攻撃準備に明け暮れていた。


空母は戦闘機に搭載量が許すだけの高火力装備を取り付け、駆逐艦や巡洋艦はミサイル、VLS、レーダーの状態を逐次確認し、寸分のシステムの狂いも許さず確認する。


「まもなく決戦か・・・」


艦隊が目標を最大射程圏内に納めるときには、本土では戦闘が始まっているだろうと見られている。


どう転ぼうとも・・・すべての元となったであろうあの巨大ヒューノイドを絶対に粉砕してやるという強い意思の元、艦隊は前進を続ける。


そして、やがて艦隊の前を飛ぶホークアイのレーダーに空中に浮かぶ巨大な影が映る。


「目標発見!目標発見!」

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