第80話

ニューヨーク 国連安保理


「偵察衛星が件の艦艇が出撃していることを確認しました。同時に、各地の大艦隊も、出港を確認しました」


「ついに来るかっ」


「推定戦力はどれくらいになる?」


司会役がスクリーンに表示される画像をもぬけの殻となっている世界各地の港から、いくつものグラフが表示されているものに変更する。


「推定される海上兵力は近代装甲艦艇3000隻、近代帆船12000隻、近世帆船63000隻程度と見られ、陸上戦力は輸送船数などから予想するに7億人と見られています。これらに加えて、お守りの空飛ぶ帆船6隻と巨大ヒューマノイドとなっています」


数字上は艦船78000隻、陸上戦力7億人と、凄まじい戦力だが、これは全ての戦力が全く同じ技術水準と上級司令部によって統括され、整然とした作戦行動を取れることが前提だ。


相手はただがむしゃらに前進しているだけで、そこに戦略性も糞もない。


そのため、技術水準の違いにより効率的で戦力を分散させない艦隊行動は困難を極め、その結果艦隊は次第に長蛇の列と化し、結果、7億人もの兵士が地球圏へ全てたどり着くまでには何ヵ月もかかるだろう。下手をすれば、未だに拡大の続く境界のせいで年単位の時間がかかるやもしれない。


「これらに加えて、長時間の監視活動により、新たな情報を獲得しました。敵のバリアは我々の想定していたよりも燃費が悪かったようです。こちらをご覧ください」


再度スクリーンが切り替わる。今度は大陸の港に停泊しているバリアの円周の一部の画像を数十日間分、スライド映像にしたものが映る。


「すこし分かりにくいですが、バリアが縮小し、数日後もとの大きさに戻っています。そしてその前後、周辺地域の天候が明らかにおかしな規模と範囲で乱れていました」


スクリーンには追加で付近の天気とバリアの縮小拡大を示した表が出される。明らかに関連性が認められるものになっている。


「これらのデータと、今までに判明したこの異世界の自然環境に関する科学的知見をもとに考えるに、あのバリアはかなりの量の魔素を消費することで稼働していると見られています」


この世界の原子は、地球のものを基準とするとかなりデータ破損が激しい。


魔素という特異高エネルギー物質がそのデータ破損の穴を埋めることでこの世界がかろうじて成立しているわけだが、魔素が不足すればもとの均衡が崩れて物質が不安定化し、本来発生しない筈の科学変化が発生する。


その結果が天候の悪化として現れていた。


しかし、それよりも重要なのは、バリアが縮小するという事実だ。


拡大を続ける境界線と地球圏の魔素は極めて薄いか、あるいはないに等しい。


長大な境界線を通っている間に、バリアは相当縮小するだろう。そうなれば、洋上で彼らの部隊に大きな打撃を加えられる筈だ。


以前から巡航ミサイルと対艦ミサイルは大量増産が進んでおり、数だけなら反復攻撃で敵艦隊全てを海の藻屑にすることも容易いことだ。


アメリカ人は最悪ワシントンD.C.が、フィンランド人はヘルシンキが、ロシア人はサンクトペテルブルクが、沿岸部の首都や大都市が瓦礫だらけの激しい戦場になることを覚悟していたが、思っていたよりも小さな被害で済むかもしれない。


小さな、とても小さなものだが、1つまた人類が生存できる可能性が大きくなった。



アメリカ合衆国 ネバダ核実験場



チュシュドゥゥゥゥゥゥゥゥ・・・バフォォォォォ!!!



巨大な円柱の上部が光ると、大爆発が発生して辺り一帯の模造建築物たちが"消滅"する。


「よし、当初より格段に高い性能だ。これなら審査にだせる」


アメリカ合衆国の荒野で行われている陽電子爆弾の開発は最終段階を突破しつつあった。


もはや性能自体は満足いくものであり、あとは電力制御システムの最適化と照準システムの完成を待つばかりである。


運搬手段にはロシアのクルニチェフ国家研究生産宇宙センターの開発したUR-1000と、アメリカのロッキード・マーティンが開発した特殊大型極超音速滑空体システム、SLHSBの2つだ。


UR-1000はプロトンロケットをもとにサブロケット含め直径8m、全長68mの特大ミサイルシステムである。旧ソ連で開発されたエネルギアを超える超大型ロケットとなっている。


SLHSBはJASSMやAGM-129のスケールアップ・モデルに極超音速滑空体を大型化したものを搭載したもので、巡航ミサイルと弾道ミサイルの特性をあわせもつ特殊なミサイルとなっている。


特性の大きく違うこの2つのミサイルを利用することで、万が一迎撃が行われた際にもその成功率を大幅に減らすことができるとされている。


指数関数的に拡大を続ける境界のおかげで彼らには十分な時間があり、計画は最終段階を順調に進んでいた。


しかし、今新たな問題が持ち上がっていた。


巨大ヒューマノイドに付きまとう浮遊帆船6隻、これらそれぞれがバリア発生装置を有しているようであり、これらが巨大ヒューマノイドを囲んでいるのだ。


陽電子爆弾は直接接触させなければ意味がない。先に邪魔なバリアを展開する浮遊帆船を排除する必要がある。


幸運な事に、バリアが貧弱な物であるとは判明済みだ。外見からして色が薄く、また運良く撮影できたバリア発生装置は他地域のものと別のものであり、おそらくは旧ケール王国の物を流用していると見られている。


これに対しては、現在のところ戦闘に参加していない米露太平洋艦隊の連合艦隊の火力を総投入して破壊を試みることになっている。


ロシア海軍からは転移以前から修理が行われ、ようやく完了したキーロフ級1隻に新造のフリゲート数隻、アメリカ海軍からは戦時下で改修された空母3隻が合流することとなっており、それぞれ大西洋艦隊と東方海艦隊に引き抜かれた戦力の増強が行われていた。


特に重要戦力と見られているのはキーロフ級だ。改修され、換装が行われたVLSは極超音速の巡航ミサイル3M22 ツィルコンを80発搭載可能であり、もっとも凶悪な攻撃力を誇る。


地球人は、決戦に向けて着々と準備を整えていった。



??? ???


ああ、ついにだ。ついに僕はやつらに笑われないレベルの所まで成長した箱庭を手に入れられる。


あいつらにどれだけの間笑われた事か。世界の構造がなってない、システムがなってない、文明を発展させる基盤がなってない。


箱庭に作ってやったやつらもだ。便利な能力を与えたというのに、それを活用して僕に栄光を持ってくるどころか、胡座をかいてちっとも進歩しない。


少し進歩した連中が出てきたと思ったら、僕の与えた能力に適合できず、使えない筈の連中だったせいで、これでも笑われた。だからやつらはこれ以上成長できないように抑圧してやった。


ああ!ああ!忌々しい!憎い!


でも、僕は天才だ。地球とかいう、みんなが言っていた超文明が育っているというある次元の星の文明はとても進歩していた。


だから僕にも分けて貰おうと呼び出したら・・・!


僕の意思をまるっきり無視して自分の技術を守ってばかりで、これっぽっちも広めようとしない!


僕は怒った!下等な低次元生命体ごときが僕の意思に反するなんて!


だから何個かの少しは進歩している僕の文明を僕の力で強化してぶつけてやることにした。


あんまり強くないやつには期待してなかったけど、まさか全文明がやられるとは思ってもみなかった。


僕はとても怒った!だから全文明を使って呼び出した地球文明を接収することにした。


でも、全文明を使ってもこいつらは僕の意思を理解できていないようだった。


だから僕が直接行って、文明を奪うことにしたんだ!

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