第79話
ロシア連邦 FSB
FSBの特設会議場に、軍の高官達が集まり、例のバリアについて各国の情報機関が総力をあげて研究した成果が報告されていた。
「バリアの特性は知っての通りあらゆる物理的接触を拒む性質がある」
FSB職員の説明に軍人たちはうなずく。
「そして、今回の核攻撃の際に展開されたものは現在確認されている中で最大の防御力を発揮しており、核による影響を全て遮断した。驚異的な防御力だ」
軍人達の多くが苦い顔をして下を向く。攻撃がきかないなら、軍はなにもできない。
「しかし、同時に弱点を発見した」
驚いた顔を上げる軍人達。てっきり今日はお通夜状態で終わりだと思っていたのだ。
スクリーンの画像が切り替わり、コール大陸が表示され、その後すぐに拡大される。
表示されたのはなんてことはない土地、開拓の手が伸びていない場所・・・事情を知らないものが見るとそう見えるが、軍人たちは目を見張った。
地面がこげた後がある。
「見たらわかるだろう。焦げている。明らかに核攻撃のせいだろう」
「あのバリアにも範囲があるってことか?」
「恐らくだ。範囲の詳細は残念ながら掴めなかったが、中心点は発見できた」
再びスクリーンが切り替わる。限界までズームされ、あまりよろしいといえない画質だが、何か奇怪な模様と見た目をした物体が写っていた。
「色彩豊かなトーテムポールだな。こいつは移動できるのか?」
「画像だけでは分かりにくいが、こいつはどうやらかなり大型らしく、ある1つのプラットフォームを除いて移動を確認できなかった」
「大型重量物の運搬が可能なプラットフォーム・・・この時代じゃ船しかないな」
「そうだ。つまり連中の艦隊は無敵の盾を手に入れたわけだ」
この事実は陸上戦を行わなければならないということを示していた。
バリアを展開しながら沿岸に近づかれれば、安全な橋頭堡の完成だ。敵はいくらでもつれてきた陸上戦力を展開できる。
無論、最も質的に優れているといえる旧スチームー系であっても、第一次世界大戦時程度でしかなく、バルト三国のような小国の陸軍であっても簡単に蹴散らせるだろう。
しかし、きたるあの巨大ヒューマノイドとの決戦中に横槍を入れられるのは不快極まりない。
核攻撃から運良く逃れ、旧ケール王国の僅かに残った造船所で以前とは明らかに形状の違う艦艇の建造が行われていることが確認されている。
恐らくはヒューマノイドが付き添いの艦艇として作っているのだろう。弾除けにはなると。
同時に対処できないわけではないが、間違いなくある程度の混乱が生まれるだろう。全く違う性質の作戦行動を同時に行うのだから。
「どっちが先に来るにしろ、沿岸部への戦力集中が必要だ」
「アメリカは東海岸にやってくるのか。人口密集地帯だというのに、地獄だな」
両大陸の陸軍は大きな配置転換を余儀なくされ、沿岸部の都市からの民間人の疎開も必要となった。
迎撃計画を策定するなかで、問題となったのは当然どこに相手がやってくるかだ。
かつて第二次世界大戦の際、ドイツは西側連合軍の上陸地点を何度も見誤り、大きな作戦上の損失を被っている。
ある時はイギリスがほこるMI6の欺瞞情報に踊らされ、ハスキー作戦は陽動であり、本命は存在もしないギリシャ上陸作戦というものを前に、装甲戦力はそちらへと回され、結果シチリアからのイタリア本土戦において、しばらくの間大きく不利にたたされた。
オーヴァーロード作戦においては、フランスへの上陸地点をパ・ド・カレーと見誤り、またもや装甲戦力を同地に釘付けにしてしまい、ノルマンディーでの戦闘で不利を被った。
今回の迎撃計画において、モスクワやミンスク、そしてアスタナなどの軍人達は・・・潔くどこに上陸してくるかの予測を諦めた。
大戦中のドイツが警戒すべき数十倍に匹敵する長さの海岸線全てを監視するには圧倒的に数が足りていない。
北極圏の一部や、旧国境地帯の断崖絶壁のなかでも標高の高い場所は候補から排除できるが、それでも広いものは広い。
そこで考え出されたのは、空挺部隊の活用だ。
空挺であれば輸送機を用いて迅速に展開が可能であり、近年の機械化が進む空挺部隊は降下後の機動力もある程度担保できる。
空挺が足止めをしている間に後方に待機していた主力をできる限り素早く移動させて戦線へ投入し、以後は通常の戦闘へと移行し、最終的に包囲殲滅する。
計画の決定に伴って各所の人員は慌ただしく動いていった。
アメリカ合衆国 ネバダ核実験場
かつてアメリカ合衆国の数多の核兵器の実験が行われていたネバダ州の砂漠の大地のど真ん中で、人類の存亡を賭けた兵器の実験が開始されていた。
陽電子爆弾の試作品がところ狭しと大型トラックに半ば無理矢理のせられ、実験場へと運び込まれ、軍人達によってロックを外され、移動させられる。
規定の位置まで動かされると、彼らそそそくさとその場を離れていく。
「起爆!」
ドォゴボォォォォォォォォォォン!!!
実験は迅速に執り行われていった。移動と起爆を繰り返し、その後ろを性能評価チームが追いかけていく。
十数時間もすれば、全ての試作品の起爆が完了した。
しかし、性能評価チームの出した答えは性能不足であった。
「どれも正直にいってしまえば出力がショボい。やはりバッテリー式には限界があるのではないか」
試作品は全てバッテリーを電源としている。しかし、前代未聞の莫大かつ持続的な電力供給は不可能であり、
「バッテリーじゃなければ、何を使う?」
「何らかの発電方法が必要だが・・・」
発電機は瞬間的な大電力を送るのに適していない。バッテリーは適切な設計を行えば、ある程度の大電力を一度に吐き出せる。
「そもそも加速器1つじゃ限界があるのではないか?」
今回開発された試作品は全て加速器1つだけで構成されている。
比較的コンパクトとなっており、全幅3mほどのものがほとんどで、全長は20mにいかないほど。
動かすのは一度だけかつ起動時の安全性を無視できるためにこれほどまでの小型化に成功していたのだが、これでも性能は足りていない。
技術革新を待っていることはできない。そうなれば、大型化と並列化が性能を向上させる唯一の道となる。
「幸い運搬手段の開発状況によれば、どれも弾頭収納部は直径5~7m、長さも20mはある」
運搬手段側に余裕があるため、大型化と並列化によって威力と出力を向上させることになった。
開発計画は修正を余儀なくされたが、資金と資材はほぼいくらでも使える。対した影響はなかった。
アメリカ合衆国 ペンタゴン
ペンタゴンでは、東からやって来る蛮族に対してどう対処するかが話し合われていた。
アメリカ東海岸は独立時の13植民地の所在地で、古くからのアメリカの中心地域であり、政治・経済の中枢だ。
それ故、物理的に移動ができない重要資産が多すぎで、都市規模での大規模避難などは現実的ではない。
そこで、ペンタゴンはできる限りカナダの人口希薄で寒冷な地帯に誘導することとし、それが不可能であればサウスカロライナ州からジョージア州にかけての海岸線へと誘導する。
無論、これは誘導ができた場合の話であり、その他の地域にやってきた場合に備えたプランもきちんと用意されることとなっている。
300年以上前を境に行われてこなかった本土での戦いに備え、州兵と予備役の動員は急速に進み、多くの旧式装備も引っ張り出されていった。
同時に有志からなる地域民兵の組織と訓練も開始された。今回は敗残兵1人も残さず敵軍を全滅させる必要がある。軍が万が一にでも取り逃がしたら現地住民に対処してもらわなければならない。
国内中のあらゆる銃器と弾薬が東海岸へと集約されていき、同時に疎開も始まった。主労働人口は移動できないが、扶養人口の専業主婦や未成人はすべて移動させることになった。
反発は当然あったが、人類存亡の危機を前にそのような声は大方無視され、半ば強制的な疎開が推し進められていった。
「これほどまでの動員は第二次世界大戦以来だな・・・」
招集された兵士には、今までとは少し違った訓練が施された。現代的な都市での市街戦と白兵戦を想定した訓練だ。
バリアがどのようなものを拒み、どのようなものが通過できるかわからない現状、重車両が投入できない可能性も考慮しなければならない。歩兵だけで中世さながらの泥沼の接近戦を余儀なくされるかもしれないのだから。
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