第78話
ロシア クルニチェフ国家研究生産宇宙センター
旧ソ連時代から弾道ミサイルやそれらをもとにした民生用ロケットの開発を行ってきたこの研究所に課せられた任務は、陽電子爆弾の運搬手段候補の開発だ。
特大規模の兵器となることが既に決定している陽電子爆弾を安全に運搬し、目標に確実に命中させるための運搬システムは、現状存在していない。
新しく用意する必要がある。しかし、どの方法で持っていくかというのは実際に完成した爆弾をのせてテストしてみなければわからない。
爆弾本体の完成を待ってはいられないため、こちらも同時並行での開発となった。
ロシアが誇るロケットマンたちがベースに選んだのはユニバーサル・ロケットシリーズの1つであるUR-500 の子孫の1つ、プロトン-Mだ。
元は超大型ICBMとして計画され、もろもろの理由でキャンセルされたのちに宇宙ロケットになったラケータだ。
本体全幅7.4m、ロシアのロケットの中でも大型で、エンジンを変更して配置も変えればスケールアップも、もとが大きければそれだけ拡張幅は小さくてすむ。
生産予定数は少数かつ、予算は極めて潤沢である。コストは度外視して性能だけを求めて設計していいだろう。
無論、高性能を望みすぎるあまり複雑になりすぎて飛翔中に故障しては元も子もない。最低限のシンプルさと信頼性は担保されねばならない。
まず設計班は上部の弾頭部直径を大型化して8mにすることにした。下部も7.6mと拡張し、はみ出ている補助ロケットも少し大型化してバランスをとる。
8mもあれば大型化必須と見られている陽電子爆弾も収まるだろう。
次に議題に上がったのはエンジンとそれに関連する部分だ。
燃料は直径の増加にともない十分に確保できそうだったが、どのエンジンをどういう配置にするかで迷い、最終的に予算は潤沢であるからということでいくつかのバリエーションを作るという妥協案に落ち着いた。
ロシア人が弾道ミサイルをはじめとしたミサイルタイプを試作する一方で、アメリカ人も爆弾本体にリソースを注ぎつつ、滑空体といった異なる運搬手段の開発も行った。
ニューヨーク 国連安保理
核攻撃に耐える高度脅威目標に対する方策は決定された訳だが、それとは別に問題があった。
雑多な連中・・・大量の物量で攻めてくる外周は第二波を絶賛生産中であり、高度脅威目標との交戦中に茶々を入れられると厄介である。
「戦略爆撃機でも既に危ない距離が開いている以上、やはりICBMくらいしか・・・」
「通常弾頭では被害はたかが知れている。MIRVでの核攻撃しかないだろう」
銃のトリガーを一度引いた後、引き金は軽く感じるようになる。
核兵器にしてもそうだ。冷戦期のような構図でならともかく、相手はもはや人ならざるものだ。そして今彼らは人類に対して無差別攻撃と言える行動をとり続けている。
「・・・賛成多数!可決されました!」
あっさりと評決は通り、ロシアとアメリカの核戦力は再び稼働することとなった。しかも、今度は搭載される弾頭は一発そこらではない。
MIRVはICBM1基につき10発前後の核弾頭を一度に複数目標に投射する技術だ。弾頭は比較的小型のものに限られるが、どれだけ小さくても核兵器は核兵器であり、圧倒的な破壊力を持っていることに違いはない。
すぐに両国の大統領から軍へと発射命令が下された。
フィンランド共和国 西スオミ州 某所
ドゥルルルルルルルルルル・・・
フィンランドの雪深い道を、通常ならば通る訳の無い大型車両が、フィンランド軍の軽車両に護衛されながら移動していた。
「・・・こちら29番隊、目標地点に到着」
やがて彼らは道をそれて人気の無い空き地に入り、そこから巨大な筒を載せた大型車両は激しく駆動音を鳴り響かせ続ける。
護衛の軽車両は既に退避している。しばらくすると筒が動き出し、地面に垂直に立たされる。
「発射準備完了。本部、発射許可を求む」
「発射を許可する」
本部からの許可がでると、オペレーターが他の乗組員と確認をとり、発射ボタンを強く押す。
バカン!ガン!ゴン!ボフォォォォォォォォォォォォォ!!!!!
筒からガスによって押し出され、空中で点火。弾道ミサイルの強烈なエンジンから発射される噴流によってミサイルサイロやTELのミサイルを収用している筒が破損しないようにするこの方式は、コールドローンチと呼ばれる技術だ。
強力なエンジンによって上空、空の彼方へと打ち上げられた弾道ミサイルは、その飛翔角度が変わり、大気圏へ再突入してからしばらくすると、いくつもの弾頭に分かれ、コール大陸各地へと降り注ぐ。
もし、降り注いだ核の爆発を中世や紀元直後の人々が見れば、これが黙示録の日、または末法の世だと思うことだろう。
そう思わせるほどの威力が核兵器にある。しかし、偵察衛星の映像を解析した情報屋の結論はペンタゴンの軍官僚たちを驚嘆させた。
「バリアに阻まれた!?奴らはいきなりSFじみた技術を持ってきたのか?」
「詳細は全くといってわかってないが、情報屋どもは例のヒューマノイドがバリアを展開したという見解だ」
「半分当て付けみたいなもんだろうが・・・関係性を見いだせるのはあれしかないからな」
最大の問題は奴らの軍隊だ。生産設備はともかく、軍隊までがこのバリアに守られている可能性だ。バリアがポンコツで、核兵器にしか効力がなく、通常兵器は普通に通過するとかならいいが、そういう淡い希望は抱かない方がいいだろう。
「最悪陸戦か・・・」
本来ならば、この戦争での陸軍の出番は見落とされた怪物を殺すことぐらいで、敵本隊は必ず海上で藻屑になる予定であった。
しかし、このような装備を相手が持っていて、かつ様々な環境で運用できる場合、陸上での肉薄による白兵戦ぐらいしかやり口がない。
「悪い情報が続かなければいいが・・・」
極東ロシア 沿海州
つい数年前まで鉄道と道路、そして人々によって接続されていた中国東北部とモンゴルがぽっかりと無くなり、そこには海だけが続いている。
極東ロシア随一の港湾都市、ウラジオストクも、アメリカ、カナダ、メキシコの北アメリカ大陸国家の船舶しか訪れなくなって久しい。
そんな沿海州の寂れたある沿岸部に、多数の装甲戦闘車両が集結していた。
戦車はT-72を筆頭にT-90、T-80、自走砲は2S19や2S4といった重車両が物々しい雰囲気を出していた。
本来戦う予定であった戦場では多数の歩兵と協同することで真価を発揮するこれらの車両だが、この場にいる歩兵はごく少数だ。
それはなぜか、相手はNATO軍などではないからだ。怪物を相手に歩兵はむしろ不得手と言える。巨大なキリングマシーンに任せる方がいいということだ。
「今回は2体もうち漏らしたってな。海軍の連中はサボってるのかね」
「仕方ないですよ、ただでさえ広いっていうのに、哨戒機はすくないんですから」
『こちら観測班、怪物が顔を出した。砲撃を要請する』
海岸近くで監視を行っている部隊の無線が入ると、戦車隊から少しはなれた場所に展開している自走砲達が砲撃を開始する。
「さて、俺たちも移動しなきゃな」
戦車隊は砲撃で怪物を殺しきれなかった場合に備え、沿岸部へと移動する。おり悪く哨戒機は点検整備、攻撃機等はヨーロッパロシアに移動しているため、沿海州には即応可能な航空機がいない。
装甲戦闘車両は一定数がいるためかき集めてきたといったところだ。
「こちら観測班、怪物1体が沈黙、熱量低下、もう片方は全く低下してない」
『目標表面の状態を報告せよ』
「金属光沢に似た表面が観測できる。榴弾では効果がなかった可能性がある」
『了解。戦車隊が突入する』
怪物2匹のうち、今までの肉の塊のような片方は自走砲の射撃で沈黙したが、硬質な外観のもう片方は榴弾の爆発に耐えたらしい。
それならばということで、高い装甲貫徹力を誇る戦車砲の出番だ。今や貫徹力600ミリとか700ミリとかの第二次世界大戦期とは隔絶した性能を持つ戦車砲なら容易に突破できるだろう。
戦車隊はある程度怪物が顔を出すまで待ち、
ダァン!ダァン!ダァン!ダァン!
125mmのAPFSDSが怪物へと超高速で着弾する。着弾箇所からは血が吹き出し、怪物は急速にその体温を低下させていく。
数度の射撃の後、榴弾に耐えた防御力の高さを象徴するようにのっしりのっしりと動いていた怪物は倒れこんだ。
回収された新種のこの怪物は、亀のような甲羅を備えた生物のキメラであるという研究結果がでた。
ある程度の攻撃に耐える怪物は脅威としてみられ、沿岸部隊の火力の増強と、航空戦力の再配置が行われた。
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